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第三十六節「謀略回生 ぶつかり合う力 天と天が繋がる時」

~Discussion musculaire <筋肉談話> 心輝とアルバ①~

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「おおおーーーっらっしゃあッッッ!!!!!」

 アルバの巨体を押し上げて、心輝が凄まじい速度で大地スレスレを突き抜ける。
 砂塵が弾け舞う程の衝撃波を生み出しながら。

 その推力はもはや炎では無い。
 吹き出される命力そのもの。

 装甲の節々から鋭いまでの閃光が迸り、ここまでの推力を実現しているのである。
 しかもほぼほぼ命力を損なう事無く。



 これこそが心輝の新しい力【灼雷宝燐甲ラークァイト】の持つ能力の一つ。
 【超分化増幅循環機構】によるものである。

 各部関節部に、推進機構として命導可変孔ヴァリアブルノズルを採用。
 そこに向けて、粒状変化させた微細圧縮命力波を送り込み。
 それらが外へ放出されるとたちまち爆発的に膨らみ、瞬時にして破裂する。
 そうして生まれた衝撃力が、使用者に類稀なる推力をもたらすのだ。

 しかしそれだけでは命力は失われていく一方だろう。
 だからこそ、そこに【エテルコン】特有の命力誘導特性が生きる事となる。

 命導可変弁には【エテルコン】回路による自動制御システムが組み込まれていて。
 爆出方向を本人の意思に従って自由自在に変える事が出来る。
 そして放出された命力が隣接弁の放出命力とぶつかる様に制御。
 まるでビリヤードの球の様に弾き合い、誘導された放出命力が命受吸引孔サクションノズルへと還っていく。
 しかもそこから戻って来た命力を更に増幅・循環し、また推力に換えて爆出されるという。

 つまり、戦う為に必要な命力を推力に回す必要が無い。
 一度放出すれば、後は魔剣が持つ命力だけでいくらでも加速する事が出来るのだ。

 これは心輝と【グワイヴ】が用いていた命力循環能力を基礎として発展させた技術。
 それも一度命力を加えただけで、ほぼ永続的に推力を得られるという驚異的なシステムなのである。



「だらっしゃあああ!!!」

 この機構から生まれた推力は、当然攻撃力にも直結する。
 繰り出す拳にも爆発力をもたらすが故に。

 そうして振り抜かれた拳がアルバを撃ち抜き。
 たちまち巨大な体を激しく宙へと舞わせていく。

 その様子はまるで巨大なピンボールだ。
 そう形容出来る程に大地を跳ねる様にして転がり行く姿が。
 あっという間に景色の彼方へ消える程の勢いで。

 心輝はその間にも大地を削りながら滑り、速力を強引に落とし込む。

 それを可能とするのが脚部パーツの超強度。
 飛行能力だけに限らず、この様な陸戦にも向けた多機能性をも誇るのだ。

 勇との激戦において衝突に耐え切れなかった【イェステヴ】の強度不足問題。
 それも【アーディマス】を使用した緩衝機構によって全て解決済みである。

「さぁて、噂のアルバさんってヤツをよぉ……見せて貰おうじゃねぇかッ!!」

 でもこの程度で終わるなどとは到底思ってはいない。

 だからこそ心輝は構えるのだ。
 これより立ちはだかるであろう巨人との対決に向けて。

 そして当然の如く、景色の先で―――茶光りする肉体が「グイッ」と持ち上がる。
 まるで先程の一撃など微塵も意に介していないと言わんばかりの軽快さだ。
 それどころか「のしりのしり」とゆっくり一歩を踏み出し始めていて。

 そんな相手を前に心輝も臆す事無く、一歩づつ相対距離を詰めていく。

 二人とも落ち着いた歩みだった。
 これから激戦が繰り広げられる事を予感していたにも拘らず。

 それは二人が理由を以って戦いに挑んでいるからだろうか。
 怨み合っている訳でも無く、だからといって戦い自体を望んでいる訳でも無いから。

 だからこそ、その二人が相対して視線を合わせた時―――



 ―――互いに笑みを浮かべる事が出来ていた。



「今の一撃、なかなかであったぞシンキボゥイ。 余程の鍛錬と筋肉ゥ、そして魔剣の力が無ければ成し得ぬ芸当よ」

「おぅよぉ、アンタをぶん殴る為に仕上げて来てやったぜッ!」

 もちろんだからと言って戦う意思が無い訳ではない。
 二人は既に臨戦態勢、いつでも拳を打ち出す事に余念は無い。
 
 それでもなおこうして話を交わしているのは、二人がただそういう人間だから。

「アンタが獅堂にしてくれた事はよぉ、別に怒っちゃあいねぇ。 むしろ色々教えてくれた事に感謝したいくらいだぜ」

「ホゥ?」

「けど俺はアイツに借りがあったからな、一発でもいいからブチかましたかった。 だから選ばせてもらったぜ。 ま、大した借りじゃあねぇから今の一発でチャラにさせてもらうけどな」

 そんな軽さも心輝らしさか。
 こう語るや否や、力を抜いた片腕をブンブンと振り回し始めていて。
 
 その回した腕がピタリと動きを止めた時―――

 ―――先に延びた指先がアルバへと真っ直ぐ向けられる。

「こっからは俺の意思を貫かさせてもらうぜ。 何が何でもアンタを勇には近づけさせねぇ。 デュランの助けには行かせねぇ。 これは俺達だけの戦いにさせてもらう!!」

 そしてその意思を乗せた眼差しが、指先を越えてアルバに突き刺さる。



 するとどうだろう。
 突如としてアルバが―――笑った。

 真っ白な歯を見せつけんばかりの大きな笑みを見せつけたのだ。



「ふははは!! それは望むところだシンキボゥイ!! 元より俺はそんな事などするつもりは毛頭無いからなぁ!!」

「お? そうなのか?」

「当然よぉ!! デュラン殿は筋肉の中の筋肉ゥ!! 俺が認める程の筋肉ゥ!! 故に邪魔など不要!! 俺は俺に相応しい筋肉とマッスルアップする為だけにここに居るッ!!」

 そう、これこそが筋肉を愛する男アルバの真骨頂。
 戦いよりも使命よりも、何よりも筋肉を愛するからこそ。
 多少なりに使命感はあるだろうが、何よりもまず筋肉なのだ。

 たちまちアルバもが自慢の筋肉を見せつける様にマッスルポーズを取り始め。
 その場に筋肉の引き絞る鈍い音が絶えず鳴り響く。

 デュランも勇相手に余裕を見せていたが、アルバも相当と言えるだろう。
 むしろこれこそが彼のあるべき姿なのかもしれない。

 だが、その余裕は決してデュランが見せた物とは本質が異なるが。

「ただぁし!! シンキボゥイ……貴様が俺の筋肉に適う筋肉であればの話だがな」

「何ィ!?」

 得意のマッスルポーズを見せつけながらも、途端にアルバの目が鋭さを帯びる。
 何者の筋肉でさえも見抜くマッスルアイが。

「先程の一撃、実に良かったが―――軽い!! 軽過ぎるッ!! 羊毛フェルトの如き軽さだったァ!!」

「んだとォ!?」

 そうして見せたのはなんと嘲笑。
 
 アルバは嘲笑って見せたのだ。
 心輝自慢の新型魔剣による爆発的な一撃に対して。
 あれ程に凄まじい威力に見せつけてもなお。

「そう、軽いのだ貴様の一撃は。 心も体も技術も何もかも、一撃に対する意気込みが軽い。 だからこそ言わせてもらおう」

 すると今度はアルバの巨大な右腕がゴリリと動く。
 ゆっくりと、「ミシリ」という軋み音を打ち鳴らしながら。

 心輝の手首程もありそうな人差し指を、眼前に差し向けたのだ。



「お前は筋肉ではない。 上辺だけを取り繕う只の骨と皮に過ぎん」



 この一言ははたから見れば挑発にしか聴こえないだろう。
 でも、アルバは決してそんな安っぽい事はしない。
 筋肉に忠実であるが故に、は認めた相手にしか言わないのだ。

 つまり、アルバは心輝の力を見抜いた上でこう言い放った。
 「お前は俺が認める筋肉には至っていない」という意味を込めて。

「筋肉とはパワー!! パワーとはスピードッ!!! つまりスピードとは筋肉ゥ!!!! すなわち全てが筋肉ゥ!! その真価を前には小細工など飾りであぁるッッッ!!!!!」

 その指が次に動いたのは、心輝が備える魔剣。
 アルバは新型魔剣をただの小細工、飾りと言い放ったのだ。

 ただそれは彼の持つ信念が故に。

「貴様の持つ魔剣は確かに良い物であろう。 だが、その力に頼り、任せ、順ずる様では真の筋肉とは言えぬ」

「言うじゃねぇか……!!」

 アルバの信念とも言える筋肉論―――それはすなわち、肉体のポテンシャルを示す。
 魔剣使いが限界を超える為に突き詰めるのは肉体であり、強さでは無い。
 故に魔剣を奮うには相応の身体を得るべき、という持論である。

 肉体が完成されれば完成される程、己に秘めた命力もまた応えてくれる。
 魔剣の力も命力の成長に合わせて強くなる。
 それを成し得る物こそが筋肉であり、魔剣使いの矜持たる概念なのだと。

 だからこそアルバは胸を張ってこう言えるのだ。
 


「それを満たせぬ貴様に、俺の肉体は貫けぬ!!!!!」



 全ては己の信念と筋肉を愛するが故に。
 その矜持は、何者をも介在する余地を与えない。

 まさにその体を構築する、隙間無き筋肉の様に。

「嘘だと思うならやってみるがいい。 今から一分間、俺は何もせん。 その上で貫けると言うのならお前を認めてやろう」

「テッメ……!?」

「だがそれが成し得なかった時、お前は俺の筋肉によって粉々に打ち砕かれる事となるだろう」

 それ程の自信。
 それ程の誇り。

 この膨れ上がった肉体は伊達では無い。
 そう言わんばかりの意思を乗せ、堂々と胸を張り上げる。

 まるで己の自慢たる肉体を誇示するかの様に。

 それで心輝に火が付かない訳が無い。
 ここまでコケにされ、それでいて自信まで露わとされて。

 だからもう、体に篭めた力は臨界点に達している。

「ハイッ一分間マッスルゥチャレェーーーィンジッ!! 」



 故に、気抜けた台詞と共に差し向けた指は―――即座に跳ね退けられていた。



「ならよぉ……見せつけてやんぜ、俺と【ラークァイト】の力を……ッ!!」

 怒りは、激情は、心輝にとってこれ以上無い燃料となる。
 だからこそ、もう彼は最初からトップギアを張る事が出来るのだ。

 それ程に今、激昂しているのだから。



 怒らないはずが無い。
 心輝にとって【ラークァイト】とは一心同体。
 全ての想いを貫く為に造ってもらった物だからだ。

 これを得る為に求め、願い、血を流して懇願した。
 何よりも誰よりも信じる勇を送り出す為に。

 そこに自念は介在していない。
 愛する人を守る為に信じた者を守る一心で、今心輝はこの魔剣を纏う。
 その為に何度も傷付き、鍛え、魔剣に合わせて自身を調整してきた。

 故に【ラークァイト】そのものが今の心輝の誇り。
 多くの人々が想いを篭めてくれたこの魔剣こそが。

 自身の為に技術を奮ってくれた者達の為に。
 ここへ送り出してくれた者達の為に。
 肩を並べて信じる者達の為に。

 そんな彼等の為に―――心輝は激昂したのである。
 


 その怒りは心輝にこれ以上無い速力を与える事となる。
 まるで空気に溶けて消えて見せる程の速力を。

 その移動動作、ほぼ無動。

 身体を震わせる必要など無かったのだ。
 魔剣が望む形に運んでくれるから。
 後はそれに合わせて、望むままに、思うままに。



 拳を、脚を突き出せばいい。



 心輝が姿を消した時、既にそれは起き終えていた。
 アルバの側頭部に心輝の膝蹴りが見舞われていたのである。

ドッギャァーーーーーーンッ!!!

 その一撃はアルバが呻き声を漏らす程に強烈。
 つい首が逸れる程に強撃。

 だがそれで終わりではない。
 その瞬間にも、腕に、脚に、凄まじい衝撃が幾つも走り込む。

 たったそれだけの一瞬で、心輝は合計六つの打撃を加えていたのである。
 複数の鈍い衝撃音を瞬時にして同時に掻き鳴らしながら。 

 さすがの自慢の肉体も、超速度による打撃の嵐を前に歪み歪む。
 波打ち、へこみ、しならせて。
 先程まで余裕だったアルバが歯を食い縛らせるほどに。

 でもそれはあくまでも、たった半秒間に行われた出来事に過ぎない。

 この一方的な打ち込みは、あと五七秒も残されているのだから。



「だらっしゃあああーーーーーーッッッ!!!」



 灼雷が今、咆え猛る。
 己の誇りと信念に懸けて。

 筋肉の魔人を相手に―――その意思を貫く為に。


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