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第三十六節「謀略回生 ぶつかり合う力 天と天が繋がる時」
~Les stratégies se croisent <交錯せし戦略>~
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フランス北西部、レンヌ。
大西洋に面したブルターニュ半島を基礎とするブルターニュ地域圏の首都である。
学術都市とも言われるが、自動車産業などの工業系産業も発達している事で有名だ。
その街並みも歴史深い地に相応しい様相で、観光客なども多く訪れている。
かの世界遺産であるモン・サン=ミシェルへの足掛かりにもなるので、大きな観光拠点とも言えるだろう。
だがそれも昔の話。
今となってはもはやかつての賑わいは別の形へ。
以前、この地には【救世同盟】への反抗勢力が多く潜んでいた。
それというのも、ブルターニュ地域圏がその思想に対して難色を示していたから。
暴力性を押し出した【救世同盟】のやり方に反発し、反抗勢力を抱え込んでいたのだ。
しかしそれも間も無くデュラン達に壊滅させられ。
今や【救世同盟】の強硬派信者達が集まる戦略拠点へと変わり果てたのである。
西方からの敵の襲撃に備える為に、武器弾薬を隠す拠点として工場が改造され。
インフラも兵器輸送ルートを確保する為に極秘性を高めさせ。
観光スポットでも、隠れる場所の無い程に監視網が張り巡らされている。
旧来より住んで来た市民ももう以前の半数以下へ。
居なくなった半分は半ば強制的に退去させられ、代わりに信者が住み込んでいる。
互いに監視の目を光らせる事で、反抗勢力の芽を摘んでいるのだ。
つまり、今のレンヌは云わば外敵から身を守る為の壁。
巨大な防衛都市として成っているのである。
そしてその防衛力は人や国に対してだけではない。
グランディーヴァにもまた対抗出来る様にと、抜かり無く準備が施されている。
その戦力、大半が対空防衛兵器。
それというのも数週間前、勇達がアメリカと対決する直前の事。
実は極秘裏に、エイミーがグランディーヴァの情報をデュラン達へと渡していたのだ。
だからデュラン達もまた知っている。
アルクトゥーンがどれだけの戦力で堕とせるのかを。
どれだけの攻撃を晒せばあの巨体が破壊出来るのかを。
しかも抜かりなく作戦を遂行出来る様に、用意されたのは想定の三倍の兵器量。
彼等は知っているのだ。
象徴でもあるアルクトゥーンが落ちれば、それがすなわちグランディーヴァ終了の時だと。
それこそが【救世同盟】の返り咲く時なのだと。
例え勢力が落ち込もうとも関係は無い。
それを支えるだけの人員も戦力も投入済み。
彼等の士気も格段に高いままだ。
後は獲物が罠に掛かるのを待つだけである。
当然、狩る側として。
そんな敵意渦巻く地へ、遂にアルクトゥーンが姿を見せる。
巨大な機影は遠くからでも確認出来るほど。
青空の先に薄っすらと見える黒い影が、時間を掛けずに大きくなり始めていて。
「敵艦、作戦領域内に接近! 各員攻撃準備!! これは訓練では無い!!」
その姿を監視していた連絡員が声を荒げて通信を送る。
当然その通信は、レンヌに控えている全部隊へと通じるものだ。
すると間も無く、都市の裏側で多くの者達が慌ただしく動き出す。
街を歩いていた者も、店を営む者も。
アルクトゥーン襲来を聴き付け、慌てる様に屋内へ駈け込んでいく。
それも普通の観点からしてみれば当然の事だ。
敵性勢力の戦艦が空から来れば、恐ろしくもなろう。
だが、その行動こそは普通とはまるで違う。
中には今の今まで普通に生活していた者も居ただろう。
店を開き、営み、近所の人間と会話を交わしていた者も居ただろう。
そんな事情などに関係なく、誰しもが銃を手に取り、走り、持ち場へ向かう。
彼等はこの地で生きる者である以上に戦士だったのだ。
フランスという祖国を守る為に、銃を取る事を選んだ愛国者達なのである。
そう出来る様に、この数年で彼等は鍛えられ続けて来たのだから。
そんな事も露知らずか……アルクトゥーンがとうとう都市部上空へと到達する。
彼等が向かっていたのは北部のとある工場地。
そこへ向け、「ゴゴゴ」と轟音を掻き鳴らしながら急激に降下していったのだ。
もちろん偽物ではない。
本物のアルクトゥーンだ。
その様子はまさに強襲。
あっという間に高度を落とし、目標地点である工場地の直上へと遂に辿り着く。
たちまち周囲付近へ強力な突風が撃ち放たれ、建物をぎしぎしと揺らしていて。
超高速で迫ったからだろう、巨体が押し出した空気はそれだけの威力を誇っていた様だ。
例え空気を流す様に進む機能を有していても、全てを受け流す事は出来ないのだろう。
管制室では莉那を始め、アルクトゥーンを操る乗組員達が真剣な表情を浮かべていて。
その中心ではあのリデルの姿も。
「リデルさん、この場所でよろしいのですね?」
「はい、間違いありません」
莉那の問いに答えるリデルに、もはや先日の様な鬼気感は無い。
自信を押し出すかの様に胸を張り上げた、勇ましい姿を見せている。
その鋭い眼を、直下に向けて。
だがそんなアルクトゥーンは、罠に掛かった獲物も同然。
【救世同盟】側にしてみればこの上無いチャンスだったからこそ。
『総員、攻撃開始!』
その命令が下された時、遂に事が動き出す。
突如、工場の屋根が爆砕され、内部が露わとなる。
そうして現れたのは、なんと対空ミサイルの行列。
大量に揃えられた弾頭が直上へ向けられていたのである。
もはやこうなれば留まる事は無い。
たちまちミサイルが火を放ち、凄まじい勢いで打ち上げられていく。
何百という弾頭が一斉にして。
目指すは目の前、アルクトゥーンの巨体。
その高度距離はもはや一キロメートルの半分とてありはしない超接近爆撃。
爆風の煽りを貰いかねない程の距離で、大量に発射されたのである。
しかもそれだけではない。
周囲全方位からも、同様のミサイルが飛び始めていたのだ。
絶え間無い爆発がアルクトゥーンを包み込む。
一発一発が頭部を全て覆い尽くさんばかりの規模で。
それが何度も、何度も、余す部位無く炸裂し、爆破し、火の粉を舞わせ。
漆黒の煙尾を引いた破片を周囲に撒き散らしながら。
ドドドォン、ドドッ、ドドドドォォォ……!!
その威力は地響きすら巻き起こし。
発射人員達の足取りをも惑わせる。
それだけの威力、それだけの規模。
まさに防衛都市。
弾薬庫都市とすら形容出来る程の攻撃能力だったのだ。
もちろん、これで終わりではない。
ミサイルはなおも打ち上げ続けられているのだから。
それだけではなく、遠方からはロケット砲を構える兵士達の姿も。
陸戦部隊も当然の事、隠れた場所から姿を現しては迫撃砲を撃ち込む姿が。
遠くからはフランス海軍が飛ばした戦闘機が大量に接近してきている。
彼等は諦めはしない。
アルクトゥーンをこの地に堕とすまで。
例えレンヌを崩壊させる事になろうとも。
彼等はこの戦いに、犠牲も厭わない意思をぶつけているのである。
「奴等め、逃げる事も出来ない様だな。 攻撃は続行だ、全ての弾薬を撃ち尽くすつもりで挑め」
少し離れた司令室からその様子を眺めるのは、レンヌ防衛司令官。
黒鷲から指令を受け、アルクトゥーン撃滅を指揮している男だ。
恐らく軍人なのだろう、身に纏う軍服を幾つもの勲章が飾っていて。
精悍に見えるのは、彼もまた幾つも修羅場を潜り抜けて来たからか。
そして今回の戦いも、彼にとっての誇りとなるのだろうか。
「……呆気ないものだな。 あれだけ騒がれた存在でも、こうして罠に掛かって簡単に堕ちてしまう。 主張は強さとは直結しない……やはり力は暴力に過ぎないという事か」
そうして呟くのは一つの疎い。
彼も僅かながら暴力を奮う事への抵抗感を持っているのかもしれない。
ただ、こうしなければ国も大事な人も守る事が出来ない事を知っているから。
国を守る軍人という立場だからこそ、彼はこうして落ち着いていられるのだ。
それこそが正義だと信じているから。
攻撃開始からどれくらいが経っただろう。
おおよそ一時間程か。
地対空ミサイル攻撃も当初の勢いは既に弱まりつつあり。
地上戦力の大半は補給を余儀なくされ、補給部隊が常々に行き交う。
ただ、それでも戦闘機による攻撃は継続中だ。
巨体へと少しでも傷を負わせようと必死で。
ミサイルを撃ち尽くした後は機銃まで見舞い、接近戦まで繰り広げている。
相手が動かない事を良い事にやりたい放題である。
だが、アルクトゥーンはまだ堕ちてはいなかった。
誰がこの事を予想しただろうか。
想定の三倍の戦力を投入したのにも拘らずの状況に。
現行の火力であれば、本来なら開始四十分程度で撃沈している予定だった。
それだけの戦力、火力を有していて、しかも相手は逃げる事さえ出来ない程の集中砲火で。
余す事無く攻撃を加えていたのにも拘らず、今もこうして浮き続けている。
先程まで落ち着いていた司令官も、この事実を前にもはや動揺を隠せない。
「一体いつ落ちるんだ奴は!! まさかエイミーの情報が間違っていたのか……?」
こう疑ってしまう程に、状況は余りにも異常だったのだ。
決して与えられた情報が間違っている訳ではない。
ブライアンから大統領代行を引き受けた当時のエイミーがそんな嘘を流すはずは無く。
しかも与えられたのは論理的な性能値であり、答えを導き出したのはフランス政府だ。
そこに疑う余地は無いと言えるだろう。
それでもこうして堕とせないでいる。
だから司令官は動揺するしかなかったのだ。
目の前で起きている事が余りにも常識外れな出来事だったのだから。
攻撃は徐々に沈静化の一途を辿っている。
いくら大量に兵器を備蓄していても、物理兵器である限り有限だからだ。
あれだけの総攻撃を行えば、すぐに尽きてしまうのも当然だろう。
「航空戦力第三波沈黙! 撤退を開始!」
「地上勢力の攻撃能力、開始時当初の十五%まで減衰!」
「間も無く想定の消費段階に移行!」
アルクトゥーン管制室で、乗組員達の声が多重に響く。
しかしいずれも慌てる事無く、冷静に状況を知らせ続けていて。
その言葉に耳を傾けていた莉那の瞼が突如、ピクリと動く。
「ではそろそろ作戦を開始しましょう。 勇さん、いいですね?」
『ああ、こっちはいつでもOKだ』
落ち着いていたのも当然か。
こんな事態など既に想定していたから。
そう、彼等はこの時を待っていたのだ。
迎撃部隊が著しい消耗を果たすその時を。
全ては、勇達が思う存分にデュラン達と対決する為に。
その頃……オルレアン南西部、ムン=シュレ=ロワール。
ディック達の家があった場所。
既に騒ぎも無く、落ち着きを取り戻した場所に―――それは起きた。
なんと、林の中から勇達が飛び出したのである。
全員が全て、完全武装。
何一つ不備の無い、全ての力を結集した彼等の姿が今ここに。
向かうはデュラン達が居るオルレアン郊外。
距離からすればおおよそ十五キロメートル。
今の勇達からすればものの数分で辿り着く事が出来る距離である。
これこそが勇達の作戦。
リデルの考案した計画を逆手に取り、アルクトゥーンを囮にして。
その上で外部戦力を消耗させて、邪魔者を徹底排除し。
計画が上手くいったと勘違いしたデューク=デュランを強襲する。
それが今現実に。
寸分違わぬ、完全なる作戦通りとなったのだ。
「皆、いくぞおッ!!」
こうなった今、【救世同盟】にもはや勇達を止める手立ては存在しない。
大半の戦力を消耗した今となっては。
だからこそ勇達は駆けるのだ。
自分達に向けられた期待に応える為に。
期待される程の悲しみが包む世界を救う為に。
そしてたった一人の女性の、崩れかけていた心を掬う為に―――
大西洋に面したブルターニュ半島を基礎とするブルターニュ地域圏の首都である。
学術都市とも言われるが、自動車産業などの工業系産業も発達している事で有名だ。
その街並みも歴史深い地に相応しい様相で、観光客なども多く訪れている。
かの世界遺産であるモン・サン=ミシェルへの足掛かりにもなるので、大きな観光拠点とも言えるだろう。
だがそれも昔の話。
今となってはもはやかつての賑わいは別の形へ。
以前、この地には【救世同盟】への反抗勢力が多く潜んでいた。
それというのも、ブルターニュ地域圏がその思想に対して難色を示していたから。
暴力性を押し出した【救世同盟】のやり方に反発し、反抗勢力を抱え込んでいたのだ。
しかしそれも間も無くデュラン達に壊滅させられ。
今や【救世同盟】の強硬派信者達が集まる戦略拠点へと変わり果てたのである。
西方からの敵の襲撃に備える為に、武器弾薬を隠す拠点として工場が改造され。
インフラも兵器輸送ルートを確保する為に極秘性を高めさせ。
観光スポットでも、隠れる場所の無い程に監視網が張り巡らされている。
旧来より住んで来た市民ももう以前の半数以下へ。
居なくなった半分は半ば強制的に退去させられ、代わりに信者が住み込んでいる。
互いに監視の目を光らせる事で、反抗勢力の芽を摘んでいるのだ。
つまり、今のレンヌは云わば外敵から身を守る為の壁。
巨大な防衛都市として成っているのである。
そしてその防衛力は人や国に対してだけではない。
グランディーヴァにもまた対抗出来る様にと、抜かり無く準備が施されている。
その戦力、大半が対空防衛兵器。
それというのも数週間前、勇達がアメリカと対決する直前の事。
実は極秘裏に、エイミーがグランディーヴァの情報をデュラン達へと渡していたのだ。
だからデュラン達もまた知っている。
アルクトゥーンがどれだけの戦力で堕とせるのかを。
どれだけの攻撃を晒せばあの巨体が破壊出来るのかを。
しかも抜かりなく作戦を遂行出来る様に、用意されたのは想定の三倍の兵器量。
彼等は知っているのだ。
象徴でもあるアルクトゥーンが落ちれば、それがすなわちグランディーヴァ終了の時だと。
それこそが【救世同盟】の返り咲く時なのだと。
例え勢力が落ち込もうとも関係は無い。
それを支えるだけの人員も戦力も投入済み。
彼等の士気も格段に高いままだ。
後は獲物が罠に掛かるのを待つだけである。
当然、狩る側として。
そんな敵意渦巻く地へ、遂にアルクトゥーンが姿を見せる。
巨大な機影は遠くからでも確認出来るほど。
青空の先に薄っすらと見える黒い影が、時間を掛けずに大きくなり始めていて。
「敵艦、作戦領域内に接近! 各員攻撃準備!! これは訓練では無い!!」
その姿を監視していた連絡員が声を荒げて通信を送る。
当然その通信は、レンヌに控えている全部隊へと通じるものだ。
すると間も無く、都市の裏側で多くの者達が慌ただしく動き出す。
街を歩いていた者も、店を営む者も。
アルクトゥーン襲来を聴き付け、慌てる様に屋内へ駈け込んでいく。
それも普通の観点からしてみれば当然の事だ。
敵性勢力の戦艦が空から来れば、恐ろしくもなろう。
だが、その行動こそは普通とはまるで違う。
中には今の今まで普通に生活していた者も居ただろう。
店を開き、営み、近所の人間と会話を交わしていた者も居ただろう。
そんな事情などに関係なく、誰しもが銃を手に取り、走り、持ち場へ向かう。
彼等はこの地で生きる者である以上に戦士だったのだ。
フランスという祖国を守る為に、銃を取る事を選んだ愛国者達なのである。
そう出来る様に、この数年で彼等は鍛えられ続けて来たのだから。
そんな事も露知らずか……アルクトゥーンがとうとう都市部上空へと到達する。
彼等が向かっていたのは北部のとある工場地。
そこへ向け、「ゴゴゴ」と轟音を掻き鳴らしながら急激に降下していったのだ。
もちろん偽物ではない。
本物のアルクトゥーンだ。
その様子はまさに強襲。
あっという間に高度を落とし、目標地点である工場地の直上へと遂に辿り着く。
たちまち周囲付近へ強力な突風が撃ち放たれ、建物をぎしぎしと揺らしていて。
超高速で迫ったからだろう、巨体が押し出した空気はそれだけの威力を誇っていた様だ。
例え空気を流す様に進む機能を有していても、全てを受け流す事は出来ないのだろう。
管制室では莉那を始め、アルクトゥーンを操る乗組員達が真剣な表情を浮かべていて。
その中心ではあのリデルの姿も。
「リデルさん、この場所でよろしいのですね?」
「はい、間違いありません」
莉那の問いに答えるリデルに、もはや先日の様な鬼気感は無い。
自信を押し出すかの様に胸を張り上げた、勇ましい姿を見せている。
その鋭い眼を、直下に向けて。
だがそんなアルクトゥーンは、罠に掛かった獲物も同然。
【救世同盟】側にしてみればこの上無いチャンスだったからこそ。
『総員、攻撃開始!』
その命令が下された時、遂に事が動き出す。
突如、工場の屋根が爆砕され、内部が露わとなる。
そうして現れたのは、なんと対空ミサイルの行列。
大量に揃えられた弾頭が直上へ向けられていたのである。
もはやこうなれば留まる事は無い。
たちまちミサイルが火を放ち、凄まじい勢いで打ち上げられていく。
何百という弾頭が一斉にして。
目指すは目の前、アルクトゥーンの巨体。
その高度距離はもはや一キロメートルの半分とてありはしない超接近爆撃。
爆風の煽りを貰いかねない程の距離で、大量に発射されたのである。
しかもそれだけではない。
周囲全方位からも、同様のミサイルが飛び始めていたのだ。
絶え間無い爆発がアルクトゥーンを包み込む。
一発一発が頭部を全て覆い尽くさんばかりの規模で。
それが何度も、何度も、余す部位無く炸裂し、爆破し、火の粉を舞わせ。
漆黒の煙尾を引いた破片を周囲に撒き散らしながら。
ドドドォン、ドドッ、ドドドドォォォ……!!
その威力は地響きすら巻き起こし。
発射人員達の足取りをも惑わせる。
それだけの威力、それだけの規模。
まさに防衛都市。
弾薬庫都市とすら形容出来る程の攻撃能力だったのだ。
もちろん、これで終わりではない。
ミサイルはなおも打ち上げ続けられているのだから。
それだけではなく、遠方からはロケット砲を構える兵士達の姿も。
陸戦部隊も当然の事、隠れた場所から姿を現しては迫撃砲を撃ち込む姿が。
遠くからはフランス海軍が飛ばした戦闘機が大量に接近してきている。
彼等は諦めはしない。
アルクトゥーンをこの地に堕とすまで。
例えレンヌを崩壊させる事になろうとも。
彼等はこの戦いに、犠牲も厭わない意思をぶつけているのである。
「奴等め、逃げる事も出来ない様だな。 攻撃は続行だ、全ての弾薬を撃ち尽くすつもりで挑め」
少し離れた司令室からその様子を眺めるのは、レンヌ防衛司令官。
黒鷲から指令を受け、アルクトゥーン撃滅を指揮している男だ。
恐らく軍人なのだろう、身に纏う軍服を幾つもの勲章が飾っていて。
精悍に見えるのは、彼もまた幾つも修羅場を潜り抜けて来たからか。
そして今回の戦いも、彼にとっての誇りとなるのだろうか。
「……呆気ないものだな。 あれだけ騒がれた存在でも、こうして罠に掛かって簡単に堕ちてしまう。 主張は強さとは直結しない……やはり力は暴力に過ぎないという事か」
そうして呟くのは一つの疎い。
彼も僅かながら暴力を奮う事への抵抗感を持っているのかもしれない。
ただ、こうしなければ国も大事な人も守る事が出来ない事を知っているから。
国を守る軍人という立場だからこそ、彼はこうして落ち着いていられるのだ。
それこそが正義だと信じているから。
攻撃開始からどれくらいが経っただろう。
おおよそ一時間程か。
地対空ミサイル攻撃も当初の勢いは既に弱まりつつあり。
地上戦力の大半は補給を余儀なくされ、補給部隊が常々に行き交う。
ただ、それでも戦闘機による攻撃は継続中だ。
巨体へと少しでも傷を負わせようと必死で。
ミサイルを撃ち尽くした後は機銃まで見舞い、接近戦まで繰り広げている。
相手が動かない事を良い事にやりたい放題である。
だが、アルクトゥーンはまだ堕ちてはいなかった。
誰がこの事を予想しただろうか。
想定の三倍の戦力を投入したのにも拘らずの状況に。
現行の火力であれば、本来なら開始四十分程度で撃沈している予定だった。
それだけの戦力、火力を有していて、しかも相手は逃げる事さえ出来ない程の集中砲火で。
余す事無く攻撃を加えていたのにも拘らず、今もこうして浮き続けている。
先程まで落ち着いていた司令官も、この事実を前にもはや動揺を隠せない。
「一体いつ落ちるんだ奴は!! まさかエイミーの情報が間違っていたのか……?」
こう疑ってしまう程に、状況は余りにも異常だったのだ。
決して与えられた情報が間違っている訳ではない。
ブライアンから大統領代行を引き受けた当時のエイミーがそんな嘘を流すはずは無く。
しかも与えられたのは論理的な性能値であり、答えを導き出したのはフランス政府だ。
そこに疑う余地は無いと言えるだろう。
それでもこうして堕とせないでいる。
だから司令官は動揺するしかなかったのだ。
目の前で起きている事が余りにも常識外れな出来事だったのだから。
攻撃は徐々に沈静化の一途を辿っている。
いくら大量に兵器を備蓄していても、物理兵器である限り有限だからだ。
あれだけの総攻撃を行えば、すぐに尽きてしまうのも当然だろう。
「航空戦力第三波沈黙! 撤退を開始!」
「地上勢力の攻撃能力、開始時当初の十五%まで減衰!」
「間も無く想定の消費段階に移行!」
アルクトゥーン管制室で、乗組員達の声が多重に響く。
しかしいずれも慌てる事無く、冷静に状況を知らせ続けていて。
その言葉に耳を傾けていた莉那の瞼が突如、ピクリと動く。
「ではそろそろ作戦を開始しましょう。 勇さん、いいですね?」
『ああ、こっちはいつでもOKだ』
落ち着いていたのも当然か。
こんな事態など既に想定していたから。
そう、彼等はこの時を待っていたのだ。
迎撃部隊が著しい消耗を果たすその時を。
全ては、勇達が思う存分にデュラン達と対決する為に。
その頃……オルレアン南西部、ムン=シュレ=ロワール。
ディック達の家があった場所。
既に騒ぎも無く、落ち着きを取り戻した場所に―――それは起きた。
なんと、林の中から勇達が飛び出したのである。
全員が全て、完全武装。
何一つ不備の無い、全ての力を結集した彼等の姿が今ここに。
向かうはデュラン達が居るオルレアン郊外。
距離からすればおおよそ十五キロメートル。
今の勇達からすればものの数分で辿り着く事が出来る距離である。
これこそが勇達の作戦。
リデルの考案した計画を逆手に取り、アルクトゥーンを囮にして。
その上で外部戦力を消耗させて、邪魔者を徹底排除し。
計画が上手くいったと勘違いしたデューク=デュランを強襲する。
それが今現実に。
寸分違わぬ、完全なる作戦通りとなったのだ。
「皆、いくぞおッ!!」
こうなった今、【救世同盟】にもはや勇達を止める手立ては存在しない。
大半の戦力を消耗した今となっては。
だからこそ勇達は駆けるのだ。
自分達に向けられた期待に応える為に。
期待される程の悲しみが包む世界を救う為に。
そしてたった一人の女性の、崩れかけていた心を掬う為に―――
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