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第七節「絆と絆 その信念 引けぬ想い」

~Resolution <覚悟>~

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 剣聖が見せた実力の一端は、勇の今までの経験など無に等しい程の力を秘めていた。

 鋭感覚でも捉えられない動きと、たった一発で意識を撥ねかねない拳撃。
 まるで次元の違う実力を前に、勇はただ地面に転がされる事となる。

 何一つ抗う術も無く。



 それでも勇は脚に命力を籠め、強引に立ち上がる。
 例え体が痺れていようとも、強い意思さえあれば命力機動が支えてくれるから。

 それが叶うだけ、勇の意思はまだ負けていなかったから。

「ほぉ……【命連体プラーデ】が出来る様になってるたぁな。 ちったぁ学習してるじゃあねぇか。 そこんとこは褒めてやらぁ」

 ただその動きも剣聖を前にしては全てお見通しだ。
 当然、節々が麻痺している事も。

 今の勇が命力機動でどれだけの力を発揮出来るのかも。

 剣聖は相手を触れ、見ただけで力の度合いを測る事が可能で。
 たった今のやりとりだけでも全て把握出来てしまう程に、その知覚能力は鋭い。

 そう、剣聖は今、勇の全てを把握したのだ。
 そして理解したからこそ―――



 ―――の溜息を深く吐き出していた。

 

「――― 一発だ」

「ッ!?」

 その時、静かな一言が勇の耳へと届く。
 ずっと前にも聞いた事がある一言が。

 あの時は、勇を勇気付ける様に放たれて。
 怯えた心を奮い立たせ、戦いへの集中力を極限にまで高めさせていた。

 だが、今は違う。



「俺に一発当てたなら話を聞いてやらんでもねぇ。 一発当てられたら、な」



 まるで勇に対する挑発だ。
 あたかも「お前じゃあ一発も当てられない」と言わんばかりの。

 いや、実際そう出来る自信があるのだろう。
 今の勇では自身の動きを見切る事は出来ない、と。

 つまり、「今のお前では俺は止められない」と断言したのと同義なのである。

「その成長に免じてこれくらいの条件なら付けてやらぁ。 最大の譲歩だ。 感謝しろぉい」

「クッ、バカにして……ッ!!」

 その上での、この宣い。
 何もかもを知った様な口で吐かれる嫌味。
 それがまたしても勇の感情を逆撫で上げる。

 早くかかってこいと言わんばかりに。

 ただ、勇も二の轍を踏む程愚かではない。
 考えても見れば、剣聖の宣言はむしろ好都合で。
 例え不可能だと思われる事でも、限り無く手が届きそうな条件だから。
 もしもそれを成す事が出来れば、この剣聖を止める事が出来るかもしれない。

 勇にとって願ったりな状況だったからこそ、冷静でいられたのだ。

 それに焦りは禁物。
 また動きもわからないまま突撃してしまえば先程の二の舞だから。
 剣聖の動きの正体が掴めるまで、集中力を途切れさせる訳にはいかない。

 全ては、覗き見える可能性を掴み取る為に。

「フゥッ! フゥッ……!!」

 その冷静さが踏み込みでは無く、呼吸を整えさせていて。
 目の前の相手に対する集中力を極限に高める。

 これは強敵と出会った時に都度見せる一つのルーチンワーク。
 勇は無意識の内に、この方法で集中するという手段を得ていたのだ。

 相対してきたのが誰も彼も油断出来ない相手ばかりだったからこそ。
 目の前のかつてない強敵に、一時も目を離す事など出来はしない。



 そう、油断していない―――はずだった。
 


「その胆力もなかなか据わってきたじゃあねぇか。 ならそんなお前に一つだけ教えてやる」

 でも次の瞬間、既に剣聖は視界には居なかった。
 またしても勇の横で、天を突かんばかりに背を伸ばして見下ろしていたのである。

「なッ!?―――」

 この炎天下で大地も乾燥している。
 少しでも蹴ろうものなら土煙が立つ程に。

 けれど僅かですら舞い上がってはいない。
 それだけではなく、元の居た場所には痕跡一つ残されてはいなかったのだ。



メゴオッ!!



 そこから続くのは当然の如き、剣聖による殴打。
 鉄の様な拳が勇の頬へと容赦無く撃ち当てられたのだ。

「―――ぐぅえッ!?」

 何が起きたのかも認識出来ない。
 それまでの突如とした攻撃。

 しかもその威力は尋常ではない。
 それだけで体ごと跳ね上げられ、宙で回転する程に。

「〝守る〟ってェのはなぁ―――」

 抗う事さえ叶わぬその中でも、その声はしっかり届く。
 淡々とした剣聖の唸る様な声が。

ドゴォッ!!

 そんな最中であろうとも追撃が容赦なく勇の腹部へと見舞われる。
 回転している事など物ともしない、真芯を捉えた裏拳の一撃が。

 その一撃を前に、もはや呻き声すら漏らす事叶わない。

 たちまち勇の体が先程同様に大地へと叩き付けられ、転がり行き。
 絶え間無い天地逆転模様が視界に映り込む。

 それでも勇は抗う為に大地を叩いた。
 与えられた勢いを掻き消す為に。

 まだ諦める訳にはいかない。
 その想いが体を突き動かしたのだ。



「―――相応の力を持つ奴だけが使っていい言葉なんだよォ」
 
 
 
 だがその意思すらも、圧倒的な力の前にはひれ伏すのみ。

 もう既に剣聖は、勇の背後に立っていたのだ。
 まるで「勇の方が勝手に戻って来たのではないか」と思えんばかりの仁王立ちで。

ガッ!!

 そして見舞うのはただの蹴り。
 勇を空へと舞い上げるの、小突いた様なつま先蹴りトゥーキックである。

「がはっ!?」

 でもその威力は拳同様で。
 勇にとってはいずれもが意識を刈り取りかねない威力だ。

 しかも絶対回避不可能。
 その力の差、もはや歴然。

 勇の体が力無く大地へ落ち、転がる。
 すぐに起き上がろうとする気力さえも、今の連撃が削いでいたのだから。
 
「人一人守るくらならまぁ何とかなるかもしれねねぇ。 だが集団を守るとなりゃ訳が違う」

 それでも体を震わせ、その身を起こさせて。
 断ち切れない意思が抗う事を辞めさせない。

 そんな勇へと、剣聖が一歩一歩ゆっくりと近付いていく。
 まるで理屈を叩き込むかの様に、言葉を連ねながら。

「フェノーダラ王がいい例だ。 アイツは国を守る為に何をしたか知っているか?」

 遂にはその巨体が再び勇を見下ろしていて。
 太陽を背にしていたのにも拘らず、瞳を妖しく光らせる。

「アイツはな、国を守る為に魔剣を捨てた。 家族を守る為に戦士を捨てた」

「ッ!?」

「そして奴は、己を捨てた」

 そうして放たれた一言が勇に唖然を呼ぶ。
 今の一言には、それだけの〝重み〟が纏っていたのだ。

 剣聖の声という重みではない。
 フェノーダラ王の生き様という重みが。

「ああひょうひょうしているがよぅ? アイツの頭は国を守る事で一杯なんだよ。 それ以外考えられなくなっちまったのさ。 そういう世界で生きて来たからな」

 それはつまり、世界の在り方が故の最適化なのだろう。
 絶え間無い戦いの中で剣を置いてでも守る世界がそこにある。
 その剣を他者に託し、あるいは見捨ててでも守らねばならない世界が。

 それが彼等にとっての王という存在なのだ。

「だがおめぇは違う。 背負う物に対する意気込みが……軽いんだよ」

「意気込みが軽い……!?」

「『なんとかなる』とか思ってるんじゃあねぇか? 一発でも当てたら終わりだってよ」

「ッ!?」

 そう、見透かされていたのだ。
 勇のこの戦いに賭ける意気込みの弱さを。

 フェノーダラ王の〝覚悟〟とは違う、ただ〝思う〟だけの意思を。

 それこそが守ると宣う事の重さの差だという事を。

「そんな心の持ち様で何とかなるわきゃねぇだろぉが。 それならおめぇは今のまま、能天気に暮らしてりゃそれでいい。 目の前に居る奴だけ守ってやがれ」

 今の勇の力では剣聖には敵わない。
 つまりアルライの里を諦めろ、と言っているのだ。

 力も、心も、まだ守るに値するには届かないから。

「そんなの受け入れらないッ!! 皆知ったんだ! それなのに見捨てるなんてそんな―――」

 でも例えそんな事実があろうとも勇は認めない。
 僅かな可能性に縋るかのように。
 それが勇にとっての信念であり、行動原理だから。



 だがその信念理屈も、剣聖には通用しない。



「なら一つ言う。 ダチを殺されたおめぇはなんで笑える?」



 その突如とした一言を前に、勇が言葉を詰まらせる。
 反論出来るはずも無かったのだ。
 
 例え事実を振り切れたとはいえ、親友の統也が無残に殺されたのは事実で。
 今はその悲しみも収まり、あの時の思い出や記憶に縋らず今を生きる事を望んだ。
 そして楽しむ事もまた同様に。

 〝守る〟ということ。
 その概念だけがかつての想いに引っ張られ、こうして表面化しているだけに過ぎない。

「笑う事自体は普通な事だ。 それが適応っつうもんだからな。 つまりおめぇは例え守れなくても乗り越えられるって事だ。 そうなりゃ俺がその隠れ里の魔者を皆殺しにしようが、おめぇはいずれ忘れる。 なんてこたぁねぇ問題だ」

「そんな……そんな事ってッ!」

 人間の脳とは便利に出来ている。
 心を揺るがす程の衝撃的な事に見舞われても、勝手に最適化してくれる。
 環境に最適な思考形態へと切り替えてくれるのだ。
 良し悪しに限らずに。

 その結果、心の病に侵される事もあるだろう。
 社会に溶け込む事が出来なくなるかもしれない。
 だがそれこそ、その人間の脳が判断した最適解なのである。

 勇に至ってもそれは例外ではない。
 統也の死から始まって、多くの人の死を目の当たりにしてきた。
 それでも耐えきれているのは、勇が命力という糧を得て心を最適化しているから。
 壊れる事無く、未だ当時の面影を残したままで。

 それだけ強くなっている事を理解して、剣聖はこう言い放ったのだ。 
 魔者の村の事など忘れてしまえ、と。

 例えそれが非情な選択であろうとも。



 人が強くなる事の罪、忘却。
 その罪を抱え続ける限り、失うという業が積み重なる事もまた節理。

 果たして、その先に待つのは贖罪か、それとも―――


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