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第七節「絆と絆 その信念 引けぬ想い」

~Expressionless <無味>~

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 レンネィに誘われ、福留とフェノーダラ王達が城壁上へとその姿を晒す。
 しかし何故この場所なのか、福留にはまだ何も理解出来ていない様子。

「レンネィさん、どうしてここなのでしょうか? 門の外ではダメなのですか?」

 長い階段を経ての移動ともあり、老人には少しきついのかもしれない。
 そんな弱音とも言える一言がポロリと零れる。

「……そうですね、風以外のに晒されたくないから、とでも言っておきましょうか」

 でもそんな弱音に対する答えは、どうにも抽象的で。
 魔剣使いとは縁の無い福留がその意味を理解出来るはずも無く、ただ首を傾げるばかりだ。

「ところでエウリィは?」

「少し別の所に寄ってから来るそうだ」

「……そうですか。 むしろ来ない方が良いかもしれません」

 更には続く意味深な発言がフェノーダラ王達をも惑わせる。
 そこに秘められた意図は、長い付き合いの彼等でさえ察せない。

 そんな中でレンネィが外壁側へと歩み寄り、外の景色を眺め観ていて。
 高い城壁ともあって風通しも良く、たちまち彼女の髪がふわりと舞い上がる。
 ただ、細めた目で笑み無く眺める姿は、とても心地良さそうには見えないが。

 その哀愁とも言えるレンネィの姿に何か惹かれるものがあったのだろうか。
 福留達もまたその隣へと並び、景色に視線を向ける。

 だがそんな福留達の視界に、まるで想像もし得なかった光景が突如映り込む。

「あ、あれは!!」
「何故あの二人が相対しているのだ!?」

 そう、それ程までに信じ難い光景だったのだ。
 勇と剣聖が相対する姿は。

 勇が腰を落として魔剣に手を掛け、剣聖が静かに見下す。
 そんな二人の姿はどこをどう見ても臨戦状態。
 どうしてそうなったのか、事情を知らぬ福留達にはわかるはずも無い。

 ただそれは彼女にとっては予想通りだった様だ。

「恐らく剣聖は話にあったアルライの里という所に向かおうとしているのでしょう。 そして勇君はそんな剣聖を止めようとしている」

「なっ……!?」
 
 これは剣聖の事を知っているレンネィだからこその予見だったのだろう。
 「魔剣を求める剣聖なら必ずそうする」、「ならば勇ならそれを止めようとする」と。
 グゥと出会った時も、その身を挺して守ろうとしたからこそ。

「ですが勇君もわかっているハズ。 万が一にも剣聖に勝てる見込みなど無い事に」

「だがそれでも立ち塞がらなければならない程の信念が、勇殿にはあるという事か……」

 もしかしたらレンネィにはこの先何が起こるのか見えているのかもしれない。
 勇と剣聖―――二人が相まみえた、その結末を。

 早くも未来への希望が潰える、その瞬間を。





◇◇◇





 勇が掴んでいた【エブレ】を遂に抜く。
 いつか剣聖から譲り受け、備えさせて貰った魔剣を。

 その恩人たる人物へと刃を向ける為に。

 だがその切っ先は震えて定まっていない。
 まだ剣聖へ戦意を向ける事に抵抗があるのだろうか。

 いや、それは違う。

 勇は恐れているのだ。
 目の前の計り知れない強大な相手を前に。

 照り付ける陽射しの中、勇の頬に幾多もの雫が流れ落ちる。
 それは暑さ故の発汗か、それとも恐れによる冷や汗か。

「おめぇ……その行為がどういう意味を指すかわかってやってるんだろうな?」

「わかってます、わかってますよ……!! でも、止めなきゃ! 貴方を止めなきゃアルライの人達はッ!!」

 でもそんな恐怖など、震えなど。
 今の勇を揺り動かす決意を押し留める要因になどなりはしない。

 アルライの里で触れ合った人達との思い出が。
 そこから生まれた信念が、勇の心を突き動かす。

 あの里を殺戮の地にしてはならない。
 人と、絆と、あの笑顔を守らなければならない。

 そこから生まれた責任感が、手の震えさえ強引に抑え付ける。

「また会おうって約束したんだ! 守らなきゃ……俺が皆を守らなきゃいけないんだッ!!」

 今、アルライの里を守れるのは自分しかいない。
 剣聖に抵抗を示せるのは自分しかいない。

 その想いが魔剣を淡く輝かせ、戦意を形にしていく。

 だが、そんな臨戦態勢の勇を前にした剣聖は―――



 ―――もはや無味の表情。



 まるで欠片も興味の無い視線を向けている様だった。
 道端に転がった石粒を見る目だ。
 もしかしたら見えてすらいないのかもしれない。

 それ程までに、今の勇は剣聖にとって無価値に等しかったのである。

「そうかぁよ。 なら早くかかってきな……今のおめぇなんざ、魔剣も必要ねぇ」

「ッ!!」

 続いて放たれた一言もまた無味であり、無価値。
 そう実直に伝えてきたかの様で。

 その一言が、これ以上無い程に勇の感情を逆撫で上げる。

 今までに溜まってきた鬱憤もあったのだろう。
 自分に才能が無いと言ったのも剣聖で。
 散々振り回されたりもした。

 でもそれも所詮はキッカケ程度に過ぎない。

 「お前は何の障害にもなりはしない」、そう言われたも同然だったから。
 アルライの里を守りたいという想いを踏みにじっている様にも聴こえていたから。



 だからこそ生まれた怒りは―――これ以上に無く、燃え盛る。



「う あ あ あ あーーーッッッ!!!!」



 その猛りが、遂に足を踏み込ませさせた。
 今までに培ってきた全ての力を込めた一歩を。

 魔剣に灯る光で軌跡を描きながら。

 今までで一番の踏み込みだった。
 それ程までに力強い命力も込められていて。
 【命力機動】と身体動作が合わさった渾身の踏み出しは一瞬で剣聖へと届く程。



 しかしその時、勇はその目を疑う事となる。



 斬り込んだ先に剣聖は居た―――はずだった。
 でも次の瞬間、その姿は消えていて。

 まるで景色へ溶ける様にして消え失せたのだ。 

「えッ―――」

 当然、鋭感覚もしっかりと働いている。
 その挙動、筋肉の動き、予兆、全て網羅していたはずだったのに。



 ……何も見えなかったのである。



 ではその剣聖は何処へ行ったのか。
 答えは簡単だ。

 それは勇のすぐ隣。

 ただ死角に移動しただけ。
 挙動も無く、予備動作も無く。
 たったその一瞬で、まるで瞬間移動したかの様に移動し終えていたのだ。

 しかもそれだけで済まされる程、剣聖という存在は甘くない。



ッドパォーーーーーーンッッッ!!!



 その時突如、その場に凄まじい音が響き渡る。
 まるで巨大な車のタイヤが破裂した様な炸裂音が。

 それだけの音が鳴る程に強く、勇の背中に打撃が打ち込まれていたのである。

「ガあッ!?」

 この一撃もまた一切の予測を許さない瞬撃。
 加えて死角からの一撃ともあり、その威力がダイレクトに被部へと伝わっていく。
 そこから指先一つ余す事無く、全身へと痺れをもたらすまでの衝撃が。

 その威力、意識を奪わんばかりに強烈無比。

 それでも勇は耐えきった。
 かろうじて意識を保つ事は出来ていた。

 だがそれだけの威力が与えられれば、姿勢を維持する事など叶わない。
 たちまち勇の体が大地に叩き付けられ、盛大に転がっていく。
 またしても大きく距離を離してしまう程に幾度と無く。

ゴロゴロ……ズズッ

「ぐっ、ううっ……」

 転がる勢いは間も無く止まるも、勇がすぐ立ち上がる事は出来なかった。
 それだけの威力、そして捉えられなかったという事実に驚愕していたから。

 剣聖の驚異的な移動能力・攻撃能力はもはや勇の予測反応ですら読み取る事は叶わない。
 予測するしないに拘らず、気付いた頃には既に終わっていたのだから。

 この様な戦いを可能とするのが剣聖という存在。
 ここまでに成長してきた勇でさえも小石扱い出来てしまう実力者なのである。



 そんな相手に未熟な勇が敵う可能性は―――万に一も存在しない。


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