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第三十五節「消失の大地 革新の地にて 相反する二つの意思」

~怖い奴が来てるよッ~

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 勇とディックが二人の刺客に。
 瀬玲と心輝が無情の弾丸に晒されている頃―――

 リヨンでも既に激しい逃走劇が繰り広げられていた。

「シドーパッパ!! 絶対離れないでよッ!!」

「あ、ああッ!!」

 ナターシャが入り組んだ道を突き抜け、獅堂が彼女の小さな体へ必死にしがみ付く。
 その手に握った魔剣の力で鋭く素早く。

 その手に握っているのは【エスカルオール・アルイェン】。
 彼女だけが辛うじて魔剣の持ち込みを可能としていたのだ。

 それというのも、エスカルオールの主要素材である【白鉄軽鋼プラジュテン】が唯一手荷物検査機を通り抜けられる性質を持っていたから。
 おまけにスカートを履いて股下に隠しておけばバレる事は無かったという訳だ。

 ただ瀬玲達が見つかってしまった事で、その状況は一変したが。

「正直、僕はただの足手纏いにしかなってない気がするんだけどねッ!?」

 その加速は道中を進んでいる事と、獅堂が重しとなっている事で本来の力を発揮出来ていない。
 獅堂もさすがにその事くらいは理解出来るようだ。

 とはいえナターシャがそんな事を思う訳も無く。

「だいじょぶ!! シドーパッパはボクがまもるよ!」

「本当に親子だったらこれ以上嬉しい言葉は無いんだけどさあッ!?」

 変装でナターシャと同じ赤髪になっているとはいえ、そこまでなりきれない様だ。
 振り飛ばされない様に必死でそれどころではないというのが筋だが。

ドッギャァーーーーーーンッッ!!!

 そんな二人の背後で突如建物の壁が炸裂する。
 あろう事か分厚いコンクリートが発砲スチロールの様に弾け飛んだのだ。

 そうして現れたのは―――凄まじく鍛え上げられた肉体を持つ一人の男。

「フハハハーーー!! この様な壁など俺の筋肉の前には無いに等しいッ!! どうしたあッ!! そんなに俺の筋肉が恐ろしいかーーーッ!!」

「来てるよナターシャちゃん!! 怖い奴が来てるよッ!!」

 その男、建物や障害物があろうが容赦無し。
 ボディビルダーも真っ青の筋骨隆々な体を押し出し、何もかもをも砕きながら。
 逃げる二人へ迷う事無く一直線に迫り行く。

 その姿、理性など捨てたと言わんばかりに強引。
 時折マッスルポーズを見せつけ、色んな意味で恐ろしい様を演出し続ける。

 体付きは当然の事、顎も横幅が凄まじく剛健。
 常に歯を見せつけるまでの笑みを向け、スキンヘッドの輝きを惜しみなく放つ。
 そんな体は裸では無く、胴甲と短パンを着込んでいる。
 身に着けているのは鎧ではあっても筋肉を意識して露出が多い。
 行動だけでも十分怪しいが、身なりも相当なものと言えよう。

「ボーイもガールも筋肉を付けようゥーーー!! 俺と一緒に筋肉の汗を流すのだァーーー!!」

「絶対ヤダー!!」

 これではもはや刺客というよりも変態だ。
 ひたすら筋肉を連呼し、二人のスピードにも負けず追い掛け続ける。

 男はそれほど凄まじい速さで走ってきているのだ。
 【エスカルオール】の飛行に追い付く程の速度で。
 戦闘機とも渡り合った事もある飛行能力を持つ魔剣でも振り切れないのである。

「筋肉とはパワー!! パワーとはスピードッ!!! つまりスピードとは筋肉ゥ!!!! つまり君達も筋肉ゥ!!!!!」

「意味がわからないよッ!!」

 ただ道中を飛ぶという制限から外れればその限りではないのだろう。
 障害物を避けているからこそトップスピードには至れないだけで。

 でも、ナターシャには街の上空に出れない理由があったのだ。

「このままじゃ追い付かれちゃうよッ!?」

「でも空にはいけないッ!! 空に行ったらそれこそ―――」

 その時彼女が視線を向けたのは、空に瞬く橙色の光。
 光はずっと上空に居続けたまま動かない。

 その光こそがナターシャの懸念の素なのである。



「―――間違いなく、追い付かれるッ!!」



 彼女は既に知っていたのだ。
 空を飛ぶ者こそが、目の前の筋肉男よりも恐ろしい存在で。
 間違いなく、【エスカルオール】の持つ飛行能力さえも凌駕した力を持っているのだと。











「よりにもよってこっちが雑魚かよークソが。 アルバもやりたい放題だしさー。 どうすんだよこれー」

 そんな中、年端も行かなさそうな一人の少女が夜空の中にてグチグチと愚痴を零し続ける。
 そう、真の意味で夜空の中に。 

 なんと少女は今、空を浮いているのだ。
 つまり彼女こそがナターシャの懸念した相手という事。
 
 滞空の正体は背中に備えたランドセル状のバックパック。
 その底部から絶えず火を放ち、彼女を宙に浮かせていたのである。

「チッ、こんな事ならさっきの内にやっとけば良かったぜ……あーあ、つまんねーなー」

 しかし少女と言ってもそれは身なりだけ。
 そう語る口調は生意気な男の子の様に荒々しい。

 彼女、ブロンドとは言えない程度の薄茶色ツインテールを靡かせる褐色顔で。
 とはいえ顔付きは白人系に近くスッキリとした細めの面持ちだ。
 衣服は元気な子供の様に薄手の半袖短パンのみで、戦闘をしに来ているとは思い難い。
 ただ空の風に靡かれてあられもない姿を晒している訳だが、当人は気にしていない模様。
 それだけ自由奔放だという事なのだろう。

『何をしているかピューリー!! お前も一緒に筋肉をだなぁ!!』

「ウッゼ!! テメーはプロテインと一緒に寝てろクズッ!!」

『おお、それは名案だ!! 今日早速やってみる事にしよう!!』

 通信先から懲りない言葉がとめどなく漏れ、堪らずピューリーと呼ばれた少女から舌打ちを誘い出す。
 彼女もアルバという筋肉男に対して相当嫌気が差しているのだろう。

 もっとも、その口ぶりは癖の様なものであろうが。

「いっそあの乳牛女来てくれりゃいいのになー。 早く泣かしてやりてー、ハハッ!!」

 ピューリーの言う乳牛女……それはすなわち茶奈の事。
 その辺りのニュアンスを使う辺り、自身の無い胸まな板にコンプレックスがあるのだろうか。
 楽しそうにそう語る所は本人もその事に気付いていない様だ。

 だがその目は笑ってなどいない。
 むしろナターシャ達を強く睨みつける程に怨念、憎悪を乗せていて。

 そこから生まれた殺意が二人を絶えず追い続ける。



 ピューリーとアルバ。
 空と陸の強襲に、ナターシャ達はただ逃げる事しか叶わない。

 二人に抗う術は果たして――― 


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