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第六節「人と獣 明と暗が 合間むる世にて」

~まさかのあの人また登場~

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 上野駅へと辿り着いてから徒歩でおおよそ十五分。
 西へと向けて歩き続けると、間も無く見えたのは例の施設。

 そう、グゥが入院している施設である。

 その施設は都内でありながらも割と広域で。
 国立大学附属病院が傍に控え、有事の際の対応も完璧。
 グゥが居る建物以外にもう二つ建物が見え、ここがただの医療施設だとは思わせない。

 塀に飾られた表札に書かれているのは【大安商事】の文字。
 そう、先日フェノーダラ王が顔を拭うのに使っていたタオルにも書かれていた名称だ。

 しかしそれは仮の名に過ぎない。
 非公式である存在を偽装カモフラージュするための。



 そう、何を隠そう―――ここが福留率いる特事部の本部なのである。



 ここが使用され始めたのはつい二日前から。
 福留が勇達と出会った直後より購入を決め、本部としての一次改装が完了したばかり。
 独立した三階建てのコンクリートビルが三棟並び、駐車場も完備と申し分無い立地。
 若干古めの建物ではあるが、内装は現状でも十分使用に耐えられる様に改造済みだ。

 ビルの一つがグゥの居る医療棟。
 今後勇達が負った怪我などは基本ここで治療を受ける事となる。
 医者はすぐ隣の病院から駆け付けるので即時対応可能とのこと。

 もう一つは訓練棟。
 なんと勇達が魔剣使いとしての訓練が出来る様にとビル丸ごと抜いて造った道場である。
 既に最新運動機器なども揃えられており、勇達の鍛錬は専らここで行われる事になるだろう。

 そして三つ目が特事部本部建屋。
 職員が働く拠点として使う為の事務所とのこと。
 なおこちらは現在改装中でまだ使用出来ないそうな。

 ただ、それ以外は非常にパッとしないが。
 入口に細い木が二本ほど立つ程度で、緑っ気がほぼ皆無といった所。

 目立たないのはいい事だが、初めて見るちゃなにとっては味気なかった様だ。

「なんだかさっぱりした場所ですね」

「ま、まぁ無駄を省いたと思えばね? 俺もハッキリ見るのは初めてだけど。 しっかし、こんな所に俺達専用施設とか、そんなの作って平気なのかな」

 勇の見立て通り、ここは言わば「ほぼ勇達専用施設」となっている。
 これから仲間が増えればその限りではないだろうが、現状でそんな宛てがある訳もなく。
 VIP扱いの事といい、この施設の事といい、至れり尽くせりな待遇には受ける方も動揺するばかりで。

 恐らく土地自体は変容事件が長期化する事を見越しての用意なのだろう。
 たった一ヵ月でここまでの土地を用意出来たのは福留という存在の賜物で。
 その底力は間近にいる勇達でさえ未だ推し量る事は出来ない。

 とはいえ目の前で尻込みしていても仕方が無い訳で。
 二人が揃って施設へと足を踏み入れていく。

 警備員が居るものの、ほぼ顔パス。
 それも当然か、二人の存在はもはや関係者に知らぬ者は居ないので。
 勇達当人としては少し落ち着かない様ではあるが。

 そうして医療棟へと足を運ぶと、早速二人を新品のエントランスが迎えた。
 外観でこそ古そうであるが、入口を輝く程に綺麗なガラス張りの扉が飾っていて。
 もちろんスモークが掛かっており、内部は見えない様になっている。

 いざ中に足を踏み入れれば途端に静寂が二人を包み込み。
 更にはひんやりとした空気が漂い、外の暑さで火照った体を冷やして癒す。
 思い掛けない助けに、勇達も思わず足を止めて「ふぅ」と一息だ。

 グゥが居るのは本棟三階。
 エレベーターまでしっかり備わっているので、体力の低いちゃなも安心である。
 そんな事もあって、休憩を挟む事無く階上へと昇っていく。

 二人を迎えたのは素っ気ない造りのフロア。
 非常口を示す看板と自販機だけが彩りを飾り、後は電灯と白い壁くらいか。
 フロアには小さな椅子が四つと丸テーブル、それとその自販機が一台だけ置かれている。
 更にその先には廊下が先に延び、部屋がおおよそ左右に三つづつ。
 ビルの規模がそれ程でも無いという事もあって、部屋の数も控えめだ。

「確か手前の部屋だったはず」

 勇が昨日の記憶を頼りに先へと進み、ちゃながそれに続く。
 ここまで来ると、まだ会った事の無いちゃなとしては緊張を隠せない。
 
 でもその部屋へと近づくと、次第に笑い声の様な声が聴こえ始めていて。
 その事に気付いた勇が「あれ?」と首を傾げつつ部屋を覗き込むと―――



 なんと部屋の中には福留とレンネィの姿が。



「おぉ、来たかユウ殿」

 そしてそんな勇に先んじて気付いたのは、ベッドで横になっているグゥ当人。
 満を持しての登場に、交わしていた会話さえも遮って大手で迎える。

「こんにちは、グゥさん! 福留さんとレンネィさんも」

「こんにちは勇君。 随分と早いお越しでしたねぇ」

「ハァイ!」

 どうやら福留はグゥと既に打ち解け合った様で。
 少なくともこうして互いに笑顔で話し合える程には。
 さすがの福留、その会話術は魔者相手でも健在である。

 レンネィの方も相変わらずだ。
 昨日はグゥを助けようと必死で、彼女が帰る事など全く考えてなかったから。
 勇が家に帰った時には「ちゃんと帰れてるかな?」と心配になったもので。

 でもしれっと投げキッスを送ってくる辺りはもはや心配無用といった所か。

 相変わらずのノリに、勇としてはもはや据わった目を向けるしかなく。
 隣のちゃなに至っては何が起きたのかもわかっておらず、キョトンとしたままである。

 ただ勇としては彼女がここに居る事に疑問を感じてならない様子。

「でも何でレンネィさんがここに?」

 二言目でこんな質問が飛ぶくらいに。

 確かに当事者ではあるだろう。
 とはいえ彼女は『あちら側』の人間で。
 有事以外ではこの様に絡む事も無いと思っていたから。

「その質問には私が代わりに答えましょうか」

 だがそんな疑問の声にレンネィが答える間も無く。
 二人の間を割って入るかの様に、福留が一歩を踏み出していた。

「実はですね、レンネィさんには我々日本政府の要請を受けて貰う事となったのです」

「えっ!?」

 そうして打ち明けられたのはまさかの事実。
 これには勇も驚くばかりだ。

「レンネィさんも魔剣使いで通訳が出来ますからね。 フェノーダラ王国とのやり取りでも活躍して頂こうかと思いまして。 もちろんフェノーダラ王国との契約もある様ですので、むやみやたらと戦闘に引っ張り出す訳にはいきませんが」

「な、なるほど」

「おまけに容姿も現代人とほぼ変わりません。 普段着にこそ気を付ければ社会に溶け込んで行動する事も出来ますからねぇ」

 福留としては、学生の勇だけを引っ張り回す事に引け目を感じていて。
 レンネィの登場はその助け舟となったという訳だ。

 ただほんの少し懸念があるとすれば―――

「でもその髪の色は目立ちますよね?」

「それはまぁ……だと思われるだけですから心配無いでしょう」

「あらぁ、それは一体どういう事かしらね~ぇ?」

 どうやらこういう所だけはしっかり翻訳出来てしまった様で。
 レンネィの不機嫌そうな反応が勇の乾いた笑いを呼び込んでならない。



 今の世の中、多様性が徐々に受け入れられつつある。
 例えば髪の色をカラフルに染めたり、奇妙な髪型や服装をするなど。
 コスチュームプレイコスプレもその一環で、今やその規模は計り知れない。

 つまりどういう事かと言うと……
 レンネィもその仲間と見られるだけ、という話である。
 
 そうも思われれば、きっと今の様に革鎧を着ていても何の違和感も無く。
 精々その道の人間に「どのアニメのキャラコスですか?」と問われるくらいだろう。

 後は「自分の世界の普段着です」と答えなければいいだけだ。



「―――という訳でして、今回もグゥさんとの仲介に一役買ってもらった訳です。 一応、互いに面識がありますからねぇ」

 一度殺そうとしたとはいえ、今はどうやらすっかり殺意も消えていて。
 レンネィとグゥも、顔を合わせれば微笑みを返す程には打ち解けている様子。
 思っても見なかった変わり映えに、勇もホッと一安心である。

 とはいえ、勇としてはほんの少し寂しい気持ちもある様だ。

 今まで福留に頼られていた事が一つの自信に繋がっていたのは確かで。
 そこに特別性を感じていたからこそ、優越感も感じていた。
 心輝達に戦いを見せたのはその優越感の延長でもある。

 でもレンネィが入る事でその優位性も薄れ、求められる事が減るだろう。
 それが勇に寂しさを呼び込んでいた原因という訳である。

「ま、何にせよこれからよろしくね、ユ ウ 君っ!」

 しかしそこは相変わらずのレンネィ。
 例え思い悩んでいようともお構いなしのお色気攻撃だ。

「あっはい、そうですね」

「んもぉ~いけずぅ」

 ただ今回は理性の源と言えるちゃなも福留も居る。
 状況が状況なだけに勇も冷静そのもので。
 これにはレンネィももはやお手上げだ。

 もっとも、もう扱い方を憶えた以上振り回される事は無いだろうが。

「本当はグゥさんにも魔者側の交渉役として立って頂きたいと思っていたのですが……どうやらそうもいかなさそうです」

「ああ。 すまないが力になれそうにも無い」

 福留はちゃっかりグゥにもレンネィ同様に話を持ち掛けていて。
 でも反応を見る限り、交渉は成立しなかった様だ。

 グゥはただ俯き、浮かない顔を見せる。

「なんでだろう、同じ魔者なのに……」

 勇もそれに釣られるかの如く同様に。

 その想いはちゃなも、福留も同じだ。
 同じ魔者なら話は通じるのでは、そう思っていたから。

 でもそれは間違いだったのだ。
 魔者にも形が異なる程の違いがあって。
 互いにいがみ合う事もあるから。

 その事情をよく知るレンネィもただただ静かに頷くしか無く。



 だが、レンネィは気付いていない。
 グゥがその役目を断った真の理由が他にあるという事を。

 そしてグゥが口を開いた時―――その真実が明らかとなる。
 


「それはだね……隠れ里とは本来、戦う事を嫌った魔者が逃げ隠れる為に生まれた場所だからだよ」



 突如として打ち明けられたその事実は、瞬く間にその場を驚愕で包み込む。
 勇達は愚か、レンネィでさえも例外無く。

 こうして語られ始めたのは隠れ里の秘密の一端。

 果たしてその秘密とは。
 そこに隠された隠れ里の在り方とは。

 勇達はその答えを知りたいが為に……ただ息を飲んで耳を傾けるのだった。


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