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第三十四節「鬼影去りて 空に神の憂鬱 自由の旗の下に」

~明日、待つ~

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 アメリカ軍との戦いが終わってから二日後。
 軍病院へと収容されたエイミーが目を覚ましたという情報が入り、勇と茶奈が面会に訪れていた。



 二人が訪れた時には、ベッド上でしっかりと上半身を起こして迎える彼女の姿が。

「この度はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。 そして救ってくれてありがとう……」

「気にしないでくれよな、これが俺達のやるべき事なんだからさ。 おかげでアメリカも救えて、オマケに状況が状況で、俺達も予想以上の成果に驚いてるくらいだよ」

 弱々しくも礼を述べるエイミーに勇達が屈託の無い笑顔で応える。



 停戦を迎えてからというものの、アメリカ国内は非常に慌ただしい情勢を見せていた。
 エイミー・ネメシスと勇との戦いが行われた一部始終の動画と共に、エイミーがアルトランの手先に操られていたという事実が政府によって公表されたからだ。

 当然そう指示したのはブライアン当人。
 その目的は国内に潜む闘争思想の芽を摘む事。
 エイミー・ネメシスが【地球の怒りアースレイジー】を乗っ取た事を公表すれば、【救世同盟】信者に過ちの認識を促す事が出来る。
 こうする事でアメリカ本土の悩みの種を除去する所か、グランディーヴァの活動に大きく貢献出来るからだ。



 そしてその情報は実に効果的で。
 国内どころか全世界に波及して大きな影響を与え始めていたのである。



 巷では【救世同盟】の思想がデュゼローからアルトランの思惑へと形変わっているのではないかという意見が出始めていて。
 
 それから一日も経てば情報が世界に拡散するのが今の時代。
 その情報が【アースレイジー】の崩壊はその他の【救世同盟】関連団体への大きな不信感を呼び。
 瞬く間に信者達をも急激に離し始めたのだ。

 それ程までにアメリカ奪還の効果は絶大だったのである。



「そうでしたか。 なら頑張った甲斐がありました」

「ああ。 俺達からも貴女に礼を言わせてもらうよ。 耐えててくれてありがとう」

 エイミーは比較的元気な姿で意識を取り戻していた。
 カイト・ネメシスと異なり、それほどまで心を強く押し込まれていなかったから。
 彼女は偽装という形で黒い意識と隣り合わせで存在していからだろう。

 おかげで意識もハッキリし、当時の事もしっかりと覚えているとの事。
 偽装という行為が逆に彼女を救う結果となった様だ。

 早期段階での彼女の証言が世論をより一層、反【救世同盟】へと押し上げる力となる。
 この様にしてエイミーが早い復活を遂げた事は、勇達にとって大きな助けとなるだろう。

「ところで、良ければ私の話を聞いて頂けますか?」

「なんかその振り、デジャブを感じるなぁ……」

 聴いた事のある印象の強いフレーズを前に、勇が思わず腕を組んで頭を垂れていて。
 そんな様を前に、茶奈もエイミーも思わず「クスクス」と小さな笑いを上げる。

「フフッ、。 もう大丈夫ですから安心してください。 聞いてもらいたいのは他でもない、黒い意思に出会った時の事です」

 そんな話ともあれば勇も聞き耳を立てざるを得ず。

 勇と茶奈が椅子に座しながら和やかな雰囲気を残しつつ。
 エイミーは過去に起きた出来事を静かに語り始めた。





――――――
――――
――






 それはおおよそ一年半前。

 その頃の【地球の怒りアースレイジー】はまだ【地球の涙アースレイニー】という名前でして。
 議員として働く傍らで、その団体のトップとしても活動していたのです。

 当時は本当に小規模で、活動内容も移民問題解決を訴えるだけといったものです。
 その頃は議員としても目立った実績も挙げられない下位に属し、次の選挙には自然と消える様な存在でしかありませんでした。

 そんな私にとある日、ノースカロライナ州知事から一つの依頼を受けたのです。
 内容は「とある日本のハイスクール高校の姉妹校から短期留学生が訪れるので講壇に立って欲しい」というもの。
 とはいえ、それは体こそ立派ですが、ただの面倒の押し付けでしかありません。
 
 しかし実績を欲した私は州知事からその依頼を引き受ける事にしたのです。

 そしてあの日、私は留学生達を迎える事となりました。
 これは少し英語の不自由な子供達を迎えるだけの簡単なお仕事。
 そう思いながら。

 ですがその中に一人だけ、とても特徴的な子がいたのです。

 今でも覚えています、普遍の中に立つ彼女の極めて異質な姿を。
 まるで人形の様に意思を感じない、でもそう思わせない雰囲気。
 他の子供達は気付いていない様でしたが、人生を通して多くの人を見てきた私にはすぐにわかりました。

 彼女は普通じゃない、と。

 ですが関わる事は無いだろうとその場をやり過ごして講演を実施し。
 当然の如く難無く終わり、これで私の仕事はおしまい。
 
 そう思って帰路に就こうとした時、彼女が私の前に再び現れたのです。

 狭い廊下の中に立ち、静かに佇んでいて。
 最初は、道に迷っただけなのだろうとも思っていたものです。
 無視して立ち去ってしまえば関係は無い、そうすら思っていました。

 でも私は手を差し伸べてしまった。

「道に迷ったのですか? どこに行けばいいかわかりますか?」

 英語が不得意な子でもわかる様に丁寧に、ゆっくりと。
 そんな私に彼女はこう言いました。



「ええ……わかります。 肉には辿り着けない……果ての過去へと……!!」



 その瞬間、私の首に強い衝撃が走りました。
 彼女がその手で私の首を絞めつけていたんです。
 でもそれだけでなく。
 じんわりとした痛みと共に、体の中に何かが流れて来る感覚が首筋に伝わって来ました。
 まるで這い上がってくるかの様に不規則に「グリュ、グリュ」と、脳へと向けて血を押し退ける感覚を伴いながら。

 そして後頭部へとそれが到達した時、私の視界が突如として暗闇に包まれたのです。

 その先の光景は、まるで映画を観ている様でした。
 黒い空間に私が座っていて、スクリーンに現実の光景が流れていて。
 映る映像がどんどんと欲望を肥大化させていく様に活動的となっていきました。

 【アースレイニー】が【アースレイジー】になり。
 デューク=デュランやアルディ=マフマハイドと会談し。
 軍高官達と密会し、パイプを築き上げていく。
 本来の私では成しえない凄まじい行動力を発揮して。

 そして気付いたのです。
 目の前で起きているのは現実なのだと。
 私ではない私が全てやった事なのだと。

 そう認識した時、スクリーンの前の〝彼女〟は笑っていました。

 私の事を、嘲笑っていたのです。

 私の心が衰退していくのがわかりました。
 笑い声が大きくなるごとに、細く弱くなっていく感覚。



 でもそこに光が差し込まれて。



 気付けば貴方が居たのです。
 





――
――――
――――――





「貴方が来なければいずれ私は消えていたでしょうね」

「エイミー……」

 心の衰弱は肉体の衰弱とは違う。
 痛みや苦しみを感じずに小さくなっていき、眠る様に消え去る。
 実感から先に無くなっていくのだ、そこには恐怖すら無いだろう。
 それを奇しくも理解したエイミーだからこそ、こうやって他人事の様に言う事が出来ていて。

「でも万が一にも救って貰えたから、今なら何でも出来る気がしてなりません」

「そうですよエイミーさん。 頑張る女性はとっても強いんですから!」

 でも前向きな意思を向ける彼女に、茶奈が両腕を胸前で引き込んだ小さな気合いを見せ。
 そんな可愛らしい仕草がエイミーには心強かった様だ。

 僅かなシワが覗く顔に優しい微笑みが浮かび上がる。

「ええ、そうですね。 その想いはとても大事。 お二人共ありがとう。 私の事はもう気になさらず、やるべき事を成してください。 そして世界を、よろしくお願い致します」

「ああ。 だから今はゆっくり休んでくれ。 俺達は貴女が元気なら、それだけで十分だ」



 そして勇と茶奈は別れの挨拶を交わしてエイミーの下から去っていった。
 その足でしっかりと歩を刻みながら。
 光となって消える事も無く。

 それが彼女へ向けた、彼等なりの些細な礼儀。

 もう二人がそこまで急く事は無いのだから。










 こうして、アメリカ全土を巻き込んだ騒動が幕を閉じた。
 大国という後ろ盾を得たグランディーヴァが次に目指すのは、デューク=デュランの待つフランス共和国。

 しかしその存在は未だ謎に満ちており、付け入る手立ては見えていない。

 果たして勇達はそんな彼等に対し、どの様な手段を用いて牙城を崩すのだろうか。
 その先に待つ苦難でさえもまだ、果てしない程に霧に覆われたまま。

 それでも光明は差し始めている。

 世界を覆う【救世同盟】の力は確実に弱まりつつある。
 その時生まれた人の心の綻びが、きっと勇達の助けとなるだろう。
 
 その時こそ歌姫の命の詩が、世界に轟く時。



 人は、獣は―――明日の世界に命を咆える。





第三十四節 完


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