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第三十四節「鬼影去りて 空に神の憂鬱 自由の旗の下に」

~機影、座し~

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 アメリカ合衆国国防総省作戦司令本部の上空に突如姿を現したアルクトゥーン。
 その巨体が出現した時、海岸線を防衛する後方部隊が揃って驚愕していた。

 何故なら前触れも無く空に浮かび上がる様にして現れたのだから。

 果たして一体どこから現れたのか。
 一体どうやってあの場所に辿り着いたのか。
 何もわからなかったのだ。

 しかしこうなった以上、彼等ももはや何も出来はしない。

 アルクトゥーンの直下に佇むのは彼等の本拠地であり、総大将達が居る場所だ。
 例え兵士ポーンの二手前に敵のキングが居たとしても、自国の王が前に立てば進めるはずも無い。
 自身の主を攻撃チェックメイトなど出来る訳もないのだから。



 後方部隊が狼狽える中、アルクトゥーンから一筋の光が地表へ向けて一直線に舞い降りる。
 
 光を放つのは勇の左腕。
 虹色の光を溢れさせる勇を筆頭としたの影が、勢いのままに指令本部ペンタゴン建屋へ向けて突撃降下していく。
 彼等の傍を舞い散る虹色の光にはア・リーヴェ本体のシルエットが浮かび上がり、ある一点へと向けて細い指を向けていた。

 勇の目に映るのは黄色い願いの光。
 見た事のある願いの色を辿り、左手に篭めた力を想うがままに解き放つ。



 その瞬間―――
 五角形の巨大建屋の中心に、彼等が揃って通り抜けられる程の大穴が形成されたのだった。





◇◇◇





ゴゴゴンッ!!

 その時、地震の如き凄まじい振動が作戦司令部を襲い。
 突如として訪れた予期せぬ事態に、本部内の者達が揃って悲鳴にも近い驚きの声を上げる。

 当然彼等はアルクトゥーンが直上に到達した事にまだ気付いていない。
 それは外の部隊が連絡する間も与えない程の出来事で。
 
 でも例えその連絡が来たとしても、きっと彼等は反応する事が出来なかっただろう。
 何故なら、今まさに彼等は成層圏でミサイルが全て破壊され、呆然としていた最中だったのだから。
 アルクトゥーンを見失い、ミサイル攻撃も無為に消え、探す手段を講じる間も無く。

 そして彼等にそんな思考を巡らせる間すら与える事無く。 
 


 遂にその大元たる人物が彼等の前に姿を現す事となる。



ドッガァーーーーーーッッッ!!!



 凄まじい衝撃と共に指令本部の天井が炸裂し、無数の破片を撒き散らかす。
 核にも耐えうるシェルターとも言える本部の天井が打ち砕かれたのだ。

 そして生まれた穴から飛び出したのは一人の人影。

ダンッ!!

 勢いのままに着地を果たし、強い意思のままに立ち上がる。
 左拳に虹の光を携え、意思を灯す眼光をゆらりと持ち上げて。

 揚々と立ち上がったのは―――勇である。

 有り得るはずもない突如とした彼の登場に、周囲の兵士達が出来る事など何も無い。
 例えどんなに訓練をこなしてきても、心と体を鍛えて来ても。
 単身で核シェルターを破壊出来る相手を前に、普通の人間が太刀打ち出来ると誰が思えよう。

 しかしそんな中でも、誰よりも早く、何よりも速く動く二人の姿があった。
 腰に下げた魔剣を抜き、己の想いのままに光を解き放ちながら。
 指令室のガラス壁を突き破り、力の限りに飛び出して。
 一直線に勇へと向けて殺意を飛ばす。

 エイミーの傍にいたボディガードの二人である。

 卓越した技術と精神が、冷徹な刃を勇へと向けて。
 二刃の名の下に斬り捨てようと、容赦の欠片も持ちはしない。



 だがその瞬間、天井の穴から続いて二人の影が素早く飛び出した。



「なんッ!?」
「だとおッ!?」

 気付くももはや時既に遅し。

ドガガアッッッ!!

 たちまちボディガード達が突如現れた二人によって地面へ叩き伏せられる。
 余りの威力、余りの衝撃に、床を大きくひしゃげ潰しながら。

 続いて姿を現したのはイシュライトと―――そしてなんとバロルフである。

「キ、キサマ……【七天聖】!? お前は他人には属さぬと……ッ」

 地面に頭を叩き付けられながらもボディガードの一人が驚きを見せる。
 それ程までにバロルフがここに居る事を信じられない様だ。

「ふははっ!! 属してはおらぬゥ!! 疎が御仁に頼まれ力を奮うと決めただけよォ!!」

 バロルフの持つ【七天聖】の名は『あちら側』でも有名なのだろう。
 少なくとも叩き伏せられたボディガードが知る程には。
 有り得るはずもないかの者の登場に動揺すら隠せない。

 当然、イシュライトに叩き伏せられた方はと言えば―――
 余りの威力に意識を手放しており、微動だにしていないが。

 邪魔者はこれで全てだった。
 後は全ての代表たる者へ王手チェックメイトを掛けるのみ。

 勇の輝く左拳が、真っ直ぐエイミーへと向けて伸ばされる。

「来たぞエイミー! 互いに死体にならないままでな!!」

「ウウッ、ユウ=フジサキ……!!」

 とうとう二人が直接対峙する。
 対話の場でも無く、非公式の場でも無く。

 戦場という小さな箱庭で。
 この愚かな戦いに終止符を打つ為に。

「貴方は……貴方は空から来るハズッ!! ここには来れないハズッ!! 一体どうやってここまできたのおッ!?」

 彼女の心に見え隠れするのは怯え。
 現れるはずもない存在が突然目の前に現れて。
 全ての思惑の外からやってきた彼を、彼女はたった今恐れたのだ。

 顎が上がり、瞼を引きつらせ、掴まる所を探さんと両手が泳ぐ。
 それだけの動揺を見せつける程までに。

「どうやって、か。 なんて事は無いさ。 俺達はここまで来たんだ」

「ま……っすぐ……?」

 エイミーだけでなく高官達もが勇の一言に耳を疑い唖然と固まる。
 それ程までに、彼の言い放った一言は衝撃的だったのだから。



 アルクトゥーンにはまだまだ知られていない隠された秘密が存在する。
 今回、勇達が駆使した手の内はその一つ。

 その名も【ホロジェニック・リフジェクター】。

 簡単に言うなれば光学迷彩の類で、視覚的に認識出来なくなる機能を有した感覚阻害機能。
 しかしその能力は現代の考えでのそれを遥かに凌駕する、常識を超えたシステムである。

 光学迷彩は本来、光を透過させる物質で覆う事で被覆物が見えなくなるという技術だ。
 しかし【ホロジェニック・リフジェクター】の仕組みはそれと大きく異なる。
 有効な対象は光や電波、電気や熱、空気など、ありとあらゆる物質・エネルギー。
 アルクトゥーン全体を包み込むリフジェクターフィールドにそれら阻害対象物が触れると、リフジェクターシステムが全てを瞬時にして〝偽装〟するのだ。
 偽装された対象物はシステムによって〝搬送〟され、あるべき場所へと放される、あるいは取り込まれる。
 こうする事で、あたかも「その場に何も無い」という〝認識〟を生み出すのである。
 当然それは人の様な意思ある物体でも同様であり、触れた人間はその先にある物を認識出来ずに通り越してしまう。
 気付く事も無く、領域外へと足を踏み出してしまうのだ。

 かつて空島が見えない壁を持つ暴風に囲まれていたのを憶えているだろうか。
 あれは全てこの【ホロジェニック・リフジェクター】の機能によるもの。
 ただし出力を大幅に抑え、逸れさせる力と範囲を限定させていた物に過ぎないが。

 それは紛れも無く、隠れ里でも使われた結界障壁の応用技術。

 古代人もその機能を研究し、自ら生み出し、こうやってアルクトゥーンへと搭載したのだ。
 そしてそれを見つけだし、操る事が出来るカプロもまた、彼等にも引けを取らない知能を誇ると言えるだろう。

 とはいえ、この機能も万能ではない。
 必要以上の攻撃を受けてしまえば、リフジェクターを構築する命力フィールドが消耗し、隠す事が出来なくなってしまう恐れがある。
 そこからもし綻びが生まれ、「そこに隠れている」と認識されてしまえば、結界同様に命力ホログラフィであるリフジェクターは途端に効力を失ってしまう。
 故に隠れるのにも一工夫が必要だという訳だ。

 この機能を完全に隠しきれる程に使用した場合の連続使用可能時間はおおよそ三時間。
 そう、この三時間こそ、勇が提示した時間そのものなのである。

 マヴォと剣聖が海上からの攻撃を防ぎ。
 ディックと獅堂が海中からの伏兵を抑え。
 瀬玲達が空の目を引き付けてアルクトゥーンを隠し。
 茶奈が宇宙へとその目を向けさせる。

 それらの作戦が合致したからこそ、彼等は与えられた時間でこの場に訪れる事が出来たのである。


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