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第三十四節「鬼影去りて 空に神の憂鬱 自由の旗の下に」

~白迅、舞え~

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 ディックと獅堂が海中で潜水艦を無力化している頃。
 海上では海中の静けさと相反した激しい激闘が幕を上げていた。
 艦隊がアルクトゥーンへの再攻撃を敢行しようとミサイルの照準を合わせていたのだ。

 そして予定地点へと到達した時―――
 ミサイル射出口ハッチが一斉に開き、激しい煙が吹き上がる。

シュババババッ!!

 連装ミサイルが立て続けに空へと向けて撃ち上げられたのである。
 激しい光と音を打ち鳴らし、破壊の意思をアルクトゥーンへとぶつける為に。



 だが突如、巨大な光刃がそのミサイル全てを両断した。



 たちまち幾つもの艦直上にて大爆発が巻き起こり、艦体を激しく揺らす。
 撒き散らされた破片が激しく打ち当たり、外装を削り取りながら。
 当事者でもある乗組員達が状況を理解出来ぬまま、揺れる艦内で転げ回るばかりだ。

 でも彼等はすぐに気付くだろう。
 ミサイルを撃ち落したのがなのかという事を。

 艦橋から覗き見えるは一迅の銀光。
 その姿は望まぬとも見えてしまう程に―――鮮烈。



 そう、マヴォである。



 その機動力はもはや心輝の紅雷光の軌跡ラティスタンドライヴよりもずっと速く強靭。
 一粒一粒が認識出来る程に純度の高い命力粒子を撒き散らしながら、一直線に艦隊へと突撃してきたのだ。
 その力の強さ故に、空に未だ命力の軌跡を残したままで。

 その圧倒的速度を前には、迎撃指示を出す事は愚か声を出す事すら叶わない。

ガゴォン!!

 その時、船首に大きな歪みが生まれる。
 マヴォが着地を果たしたのだ。
 甲板を大きくひしゃげさせる程に強烈な衝撃を伴って。

 間も無くその巨体が甲板上に出来たクレーター斜面を登り、ゆるりと雄姿を晒す。
 でも彼が見せるのは決して余裕では無い。

 それは威圧と戦意。
 力強き足取りは、彼の姿を目の当たりにした者達を慄かせる程に強靭。

 <それでも相手はたった一人、勝てぬ相手ではない>

 誰がそう言ったのだろうか、そう思ったのだろうか。
 甲板に突如そんな声が上がり、乗組員達が一斉に銃を向けて行く。
 彼等だけではない。
 船内に潜んでいた乗組員達もが次々と姿を現し、マヴォへと向けて敵意をぶつけ始めたのだ。

 そして彼等は容赦はしない。
 間も無く凄まじい銃撃の嵐が撃ち放たれる。
 先程のミサイルの逆雨にも負けぬ程に。
 絶え間なく、容赦なく、力の限り、狙いを付けて。

 対するマヴォが全く意にも介さずに歩を刻み続ける中で。

「やはり無血解決は無理か。 ならば仕方あるまい」

 そう呟く事が出来る程に―――無意味。
 今のマヴォにとって、それらの銃弾を命力の盾で全て受けきる事など造作も無い。
 魔装もさる事ながら、彼自身の命力コントロールはそれ程までに卓越しているのだから。

 そんなマヴォが見上げ、目標を定める。
 如何にして有効的に沈黙化を果たす事が出来るかを見極める為に。

 視線の先にあるのは艦橋。
 艦船をコントロールする場所である。



 マヴォは戦う前、勇から一つの願いを受けていた。
 それは「可能な限り犠牲を出さないで欲しい」というもの。

 今回起きたのはいわば「相互合意の上で起きた戦争」だ。

 人の命を殺める事はグランディーヴァの理念に反する事ではある。
 しかし直接手を下さなくとも戦場においては何が死因になるかはわからない。
 だからこそ、今回に限ってはどうしても死者が出てしまう可能性があるのだ。
 相手が死に物狂いだからこそ……。

 戦争は個々の戦いとは違う。
 幾多もの人の意思が絡み合う、勝敗が付くまで続く争いなのだ。
 そこでは兵士すら個々の意思を持たず、命令の意のままに戦わねばならない。
 アメリカ軍はその上で出てしまう犠牲も同意の下で戦争に挑んでいるのだから。



 出来うる事なら殺したくはない。
 だが止めなければならない。
 だからこそ、可能な限り人を殺めぬ様に。



 想いと願いと決意を力に換え、マヴォの魔剣を握る拳に熱が籠り。
 その心を受け取った魔剣【アンフェルジィ】が、そして手足に備えた白銀甲が呼応する。
 それが魔装に力を与え、彼の体を余す事無く光で包み込んだ。

 その時輝くその様は、まさに五芒の銀星。
 
 星そのものと成ったマヴォが身長三倍もあろう魔剣を両手に構え、深く、深く、己の体を引き絞らせる。
 ただゆっくり、力を篭めて。
 己に与えられた可能性魔剣を一つ一つ心で繋ぎ合わせながら。





 そしてその目が大きく見開かれた時―――それは起きた。





 白銀の斬撃が水平一閃の下に―――艦橋中腹部全てを甲板上から薙ぎ払ったのである。





 その様はまるでだるま落としのよう。
 管制室がある上部部分はしっかり形を残したままで。
 薙ぎ払われた中腹部は一瞬にして粉々に砕け、無数の破片を海へと撒き散らす。

 しかし人間は一人たりともその中に混じってはいない。
 マヴォが命力を感知し、人員が一人も巻き込まれない斬撃軌道を導き出したのである。

 途端、斬り離された艦橋上部が重力に誘われるがままに落下していく。

ガッギャァン!!

 艦上部は見事に中腹部が在った所へと乗り、バランス良くその図体を維持させていて。
 接合部は金属摩擦音がひっきりなく響き、潰れひしゃげ、金属の破断音が「バキンッバキンッ」と鳴り渡る。
 乗っているだけともあり、その不安定さ故に波の勢いだけで今にも海へ落ちてしまいそうだ。

 それでもこう出来たのは、力と素早さを重ね揃えたマヴォだからと言える。
 もし力の入れ方を間違えれば艦橋は斬撃の勢いのままに弾かれ、海の藻屑と消えていただろう。
 人を巻き込まない手段に講じる事が出来たのもそうだ。

 そんな条件が在ろうとも難なく成し得てしまうのが、勇の認めるマヴォの技術力なのである。

 突如として起きた衝撃的ショッキングな出来事に、乗組員達はもはや唖然とする他無い。

「もうお前達には何も出来ん。 それでもやるというのならば容赦はせんが、オススメはせんぞ? それよりも、艦橋に残る者達の救助を勧めるとしよう」

 その助言にも足る言葉を残し、マヴォは再び空へと跳ぶ。
 彼の戦いはまだ終わってはいないのだから。

 残された乗組員達はただただ項垂れ、自分達の無力さと圧倒的な力の差に打ちひしがれる。
 文字通り、彼等にはもう何も抵抗する力は無かったのだから。

 見渡せば、一刃が切り裂いたのは艦橋だけでは無かった。
 マヴォの背後にあった掃射砲も、ミサイル発射口も、武器と言える物は何もかも。
 何もかも叶わぬ程に全てが斬り落とされてしまっていたのである。

 



 マヴォはただただ、空を舞う。
 遠く離れた戦艦へと向けて。
 その機動力の秘密は手足に備えられた、彼の為に仕上げられた新型魔剣。

 その名も【白迅甲はくじんこうギュラ・メフェシュ】。

 【蒼燐合金鋼アーディマス】の筐体に【白輝霊鍮エテルコン】の外装と内部魔導式が構築され、現代の力学をふんだんに盛り込んだ超小型圧縮空力射出器エリアルブラスターである。
 だが【エスカルオール】の持つエリアルブラスト機構と性能は段違いだ。
 艦間を飛行する程度ならば、一、二噴きするだけで良い。
 それ程までに強力な射出力を誇っているのである。

 もちろんこれは誰でもが使える訳ではなく、恐らく心輝もこれを使いこなす事は出来ないだろう。
 マヴォの強靭かつ柔軟な体があってこそ扱える代物なのだ。

 もし力に耐えられない者が扱いを間違えた場合、結果は悲惨だ。
 この装備は腕や脛などに至らない、手の甲や足の甲を覆い隠す程度の小さな物。

 仮にその力の噴出角度を間違えて使用すれば―――
 たちまち力に耐え切れずに四肢の関節が千切れながら体から離れ、最悪の場合は体そのものが四散する。
 先日の実験の後に心輝の治療が長引いたのは、外面よりもむしろそういった内部的ダメージの方が深刻だったからである。

 しかし今、マヴォはこの魔剣を使いこなしている。
 防御面でも、攻撃面でも。

 先程の一撃は手に持つ【アンフェルジィ】だけの力では無い。
 【ギュラ・メフェシュ】の加速力と命力増幅能力、そして彼の強靭な身体能力が全て合わさったからこそ成し得たのである。



 その後間も無く、一隻目と同様に艦橋を海に落とす駆逐艦の惨姿があったのは言うまでもない。


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