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第三十四節「鬼影去りて 空に神の憂鬱 自由の旗の下に」
~戦争、容す~
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勇とブライアンとの会合が行われたその翌日。
アメリカでは全国会議員達が召集され、緊急議会が開かれていた。
その議場の中にはエイミーの姿もあり、彼女が纏め上げる【アースレイジー】の隠れたシンパも数多く潜んでいる。
その割合はおおよそ六割。
過半数を占める人数だ。
議場に居る議員達を集めたのはブライアン大統領。
内容は当然、【双界連合グランディーヴァ】との全面戦争についての議論である。
突如として湧き出た国難とも言える事案に、【アースレイジー】関係者のみならずグランディーヴァのシンパまでもが唸りを上げて頭を抱える様を見せていた。
「―――という事があり、我々とグランディーヴァの交渉は決裂。 彼等は我々との全面対決を望んだという訳だ」
議場で各自に見える様に流された映像には勇とブライアンが話し合う姿の一部が映し出され、事の顛末がブライアン自身によって補足されて伝えられる。
エイミーや【アースレイジー】に関する部分の会話は切り取られてはいたが。
しかしそんな動画であっても事実は変わらない。
状況を理解した議員達は揃って勇の宣戦布告ともとれる言い分に憤りを見せ始める。
「彼等の目的は【救世同盟】の撲滅であり、今回の戦争の原因はエイミー議員率いる【アースレイジー】にあるとも言っていたよ。 これが口実なのか建前なのかはわからないがね」
そう言われた途端に【アースレイジー】の関係者達が騒ぎ立て。
グランディーヴァの暴挙とも言える行為に怒りを露わにしている。
もちろん他の議員には騒ぐ彼等が【アースレイジー】関係者である事を知らない人間も多い。
だからこそ何も知らない議員達にはそんな者達の声も「無垢の一案」と取れてしまう。
これが彼等の強みだと言えるだろう。
「やはり奴等は最初からそのつもりだったのだ!! 国連に認可を受けたのも、立場を隠れ蓑にしようとしたに過ぎないんじゃないか!? 」
「そうだ!! 何が世界を救うだ!! これではただのテロリストと何ら変わりないでは無いか!!」
そんな声が議場に咆え上がり、議論に熱を帯び始め。
当のブライアンも先日の勇との会合の時と打って変わり、浮かない表情を浮かべたまま壇上に突っ立ったままだ。
下がった肩もどこか力の抜けた様に見え、打ち上がる意見に対し反論の余地すら無く。
彼の仲間でもある上院議員が「静粛に!!」と諫めるが、議論の声は留まるところを知らない。
だがその時、一人のたった一声が議場を一瞬にして支配する。
「皆さんお静かに。 ここが戦場なのではないのですよ?」
透き通る様な声がマイクを通して響き渡り、たちまち議員達の咆哮が留まりを見せ始め。
そして視線が一斉に一点へと向けられ、立ち上がったその者に奪われて止まない。
議席の前で立つのはエイミー=ブラットニー当人。
青のスーツを身に纏い、スレンダーな容姿と美貌を見せつけるかのよう。
渦中の人物にしては堂々とした立ち振る舞いは、シンパでなくとも心をも奪われる様である。
「ブライアン大統領が困ってしまっておりますので、まずは話を最後まで聞き、そこから意見を募る事に致しましょう」
「そうですな、申し訳ない」
これがエイミーのカリスマ性なのだろう。
彼女の隣で怒りを見せていた議員もその一言で委縮したかの如く声を和らげていて。
彼だけでなく、周囲の人間もが同様に口を紡ぎ始め。
たちまち議場に静けさが取り戻されていく。
「ありがとう、エイミー議員。さて、彼等の傍若無人極まりない所業に憤りを感じたのは私も同じだ。 だからこそ我々には彼等に力を示す義務があると言えるだろう」
まるでそんな彼等の感情を汲み取ったかの如き発言が、議席に座る議員達を再び奮い立たせ。
その一声を前に「そうだ!」などといった怒声が再び飛び交い始める。
しかしブライアン当人はといえば先程と同様に力の無い様のまま。
そう語る声もどこか覇気が抜け、トーンの低い声に一層拍車を掛けるかのよう。
「しかし正直な所、私は彼等を買っていた。 きっと世界を救ってくれるだろう、とね。 だがそれも見事に裏切られ、私としては何を信じたらよいかわからなくなってしまった。 大統領失格だと言われても仕方あるまい」
たちまち見せた気落ちとも言える姿を前に、張り上げられた声も次第と萎えていく。
彼の言う事もまた、議員達にはわからない訳でもなかったからだ。
ブライアン大統領本人がグランディーヴァに入れ込んでいたのは周知の事。
【アースレイジー】関係者すら知る公の事実である。
今までに彼等への支援も執り行い、ミシェルの派遣を容認したのも彼自身。
その結果の末路は誰が見ても凄惨と言えるものであり、議員達の同情を誘うには十分過ぎたのだから。
「大統領、お気を確かに」
「ありがとう、ロドニー。 とはいえ、今の私には彼等を信じたい気持ちがどこか残っていてな。 もしかしたら判断を間違えてしまうかもしれない」
彼の告白に感慨深く聞き耳を立てるのは周囲の議員達だけでない。
エイミーもまた同様に。
それも政敵ではなく、ブライアンの感情をも汲み取る様にして。
でもそれは決してその意思に啓郷する為ではない。
その意思から導かれる答えから機会を逃さない為だ。
ブライアンの動向を伺い続けながら、静かに機を待つ。
そんな誰しもが押し黙る中で、ブライアンが胸中に秘めた事を解き放つ。
それはエイミーすらも想像しえなかった……議会を震撼させる一言。
「そこで提案なのだが、私は今回のグランディーヴァとの戦いにおいて大統領権限を他の者に託したいと思う」
この一言の前に、彼等を囲う側近すら驚愕を示す。
それは平たく言えば『大統領の任の放棄』。
そう取られてもいざ仕方のない提案だったのだから。
「大統領!! それは国民に対して示しが―――」
「アレックス!! 今はもうメンツに拘っている時では無いのだッ!!」
側近の一人が異論を挟むも、ブライアンの怒声にも足る一言が全てを掻き消す。
その時の口元は感情が今にも噴出してしまいそうな程に震えていて。
その迫力はもはや異論を挟む余地すら与えない。
「私はその国民に対し道を示す為に敢えて道を外れようと思う。 そして彼等を導いてくれるであろう人物にこの権利を一時譲渡したい。 その人物はもう既に決まっている。 副大統領でも上院議員でも無い。 この場で多くの人間の心を掴み、次代に可能性を感じさせる者―――」
大勢が見守る中、ブライアンがそっとその目を閉じ。
顎を上げながら僅かに乱れた呼吸を整える。
彼の中で想いを巡らせ、次に放つであろう一言を纏め上げながら。
議員が。
側近が。
そしてエイミーが。
誰しもが見守る中、遂にブライアンがその目を見開く。
視線をただ一人の人物へと向けながら。
「エイミー=ブラットニー議員、君に全ての大統領権限を譲渡したい」
ブライアンからその一言が発せられた途端、議員席が突如として喧騒に包まれる。
【アースレイジー】関係者からも、そうでない者達からも。
途端の指名に「何故彼女が……」と、ただただ戸惑いを呼び込むばかり。
現在のエイミーは立場で言えば議席の一つを勝ち取っただけのただの議員に過ぎない。
大臣や上院議員といった高位の立場に立った事は無く、実績どころか経験も皆無に等しい人物だ。
そんな人間に対し、突如として大統領権限を譲渡する―――これは酔狂としか言いようがない所業。
例え渦中の人間であろうとも、普通に考えれば有り得ない采配なのである。
副大統領も、側近達も、彼の発言にただただ項垂れる他無い。
それは彼等もまた、エイミーがどの様な立場の人間かを知っている『ブライアン側』の人間だからこそ。
「何故エイミー議員を指名したのか、その理由は幾つかある。 まず第一に、彼女が次期大統領選に立候補する意思を見せていた事を知っているからだ。 求心力も高く、支持率は私のそれよりも高いという噂もね」
これには異論を挟もうとしていた議員達を黙らせる程の事実に他ならない。
実際そういった声は誰の耳にも届いており、ブライアンの次期が危ういという事も少なからずあったからだ。
例えキャリアが無くとも、国民から選ばれれば文句は言えない……それが政治家だ。
今回の指名はその人気の前借りと思えばいいだろう。
それが出来る程に支持を集めているのがエイミーなのである。
「加えて、今のエイミー議員率いる【アースレイジー】の協力者は多く、軍上層部にまで浸透していると聞く。 ならば彼等との連携も容易だろう。 国防総省も彼女への協力を惜しまぬようお願いしたい」
既にブライアンはその気なのだろう。
反対があろうとも無かろうとも。
議員の中には「グランディーヴァの所為でブライアン大統領が心を病ませた」と口ずさむ者も。
そう思わずには居られなかったのだ。
それ程までに衝撃的な提案だったのだから。
それに対し、エイミー陣営はと言えば―――当然、戸惑いを隠せない。
彼女の信奉者の中には「まさかあのブライアン大統領が【アースレイジー】に鞍替えしたのか?」などと思う者も少なくは無く。
突然のエイミーの大出世とも言える状況に、現実を直視出来ないでいたのだ。
だがエイミー本人はと言えば―――
自信を覗かせた微笑みを浮かべ、静かにブライアンの話に耳を傾けていた。
内心どう思っているのかは定かではない。
きっと彼女にとってもブライアンは政敵である事に間違いは無いだろう。
そのブライアンがこうして大統領権限を譲渡すると言ってきたのだ。
普通なら戸惑う所だ。
それでも堂々としていられるのがエイミーという存在。
今の立場を最もよく知る人物だからこそ。
「ブライアン大統領、心中お察しいたします。 そして提案の件ですが―――快くお受けしようと思います」
例え戸惑う様な発言であろうと、これは千載一遇のチャンスとも言える。
それを見逃すほどエイミーは生易しくは無い。
伊達に【アースレイジー】という大組織を纏め上げている人間では無いのだから。
シンパすらもが怒涛の展開に声を殺す中、胸を張り上げる様な強気の姿勢を見せつける。
「グランディーヴァの所業は私達としても実に憤りを感じずにはいられません。 だからこそブライアン大統領に代わり、全身全霊を以って彼等を打ち滅ぼす事を約束いたしますわ」
その声明が周囲から「おおっ」という声を上げさせ。
議会中の期待を一心に受ける中で、エイミーはその腕を掲げて大きな笑みを返す。
彼女の中に潜む野心を表へと噴出させるかの様に。
「そして彼等の首を並べ、国連へと突き返して差し上げましょう。 我が祖国の地を踏みにじる愚か者達に正義の鉄槌を下す事を、親愛なるブライアン大統領に代わって宣言いたします!!」
その時、議会が揺れた。
愛国心に溢れる彼等の想いは雄叫びへと変わり、彼等を戦いの意思へとシフトさせる。
ブライアンも、その側近達も、彼等の称賛を前に無言を貫き見上げてやまない。
ただただ熱意はエイミーへと向けられ、議会は彼女の下に纏まっていった。
この日、七月中旬。
アメリカ合衆国議会は正式にグランディーヴァとの全面戦争を容認し、国民へと向けて事実を伝えた。
エイミーが大統領代理として戦いの指揮を執る事も含めて。
熱い日差しが照り付ける季節の中で、世界は激動する。
アメリカが、日本が、世界が。
グランディーヴァとアメリカ合衆国との対決を前に打ち震え、緊張の瞬間を静かに傍観する。
果たしてどの様な形へと成るのか……戦いの結末はもはや誰にも予想出来はしない。
アメリカでは全国会議員達が召集され、緊急議会が開かれていた。
その議場の中にはエイミーの姿もあり、彼女が纏め上げる【アースレイジー】の隠れたシンパも数多く潜んでいる。
その割合はおおよそ六割。
過半数を占める人数だ。
議場に居る議員達を集めたのはブライアン大統領。
内容は当然、【双界連合グランディーヴァ】との全面戦争についての議論である。
突如として湧き出た国難とも言える事案に、【アースレイジー】関係者のみならずグランディーヴァのシンパまでもが唸りを上げて頭を抱える様を見せていた。
「―――という事があり、我々とグランディーヴァの交渉は決裂。 彼等は我々との全面対決を望んだという訳だ」
議場で各自に見える様に流された映像には勇とブライアンが話し合う姿の一部が映し出され、事の顛末がブライアン自身によって補足されて伝えられる。
エイミーや【アースレイジー】に関する部分の会話は切り取られてはいたが。
しかしそんな動画であっても事実は変わらない。
状況を理解した議員達は揃って勇の宣戦布告ともとれる言い分に憤りを見せ始める。
「彼等の目的は【救世同盟】の撲滅であり、今回の戦争の原因はエイミー議員率いる【アースレイジー】にあるとも言っていたよ。 これが口実なのか建前なのかはわからないがね」
そう言われた途端に【アースレイジー】の関係者達が騒ぎ立て。
グランディーヴァの暴挙とも言える行為に怒りを露わにしている。
もちろん他の議員には騒ぐ彼等が【アースレイジー】関係者である事を知らない人間も多い。
だからこそ何も知らない議員達にはそんな者達の声も「無垢の一案」と取れてしまう。
これが彼等の強みだと言えるだろう。
「やはり奴等は最初からそのつもりだったのだ!! 国連に認可を受けたのも、立場を隠れ蓑にしようとしたに過ぎないんじゃないか!? 」
「そうだ!! 何が世界を救うだ!! これではただのテロリストと何ら変わりないでは無いか!!」
そんな声が議場に咆え上がり、議論に熱を帯び始め。
当のブライアンも先日の勇との会合の時と打って変わり、浮かない表情を浮かべたまま壇上に突っ立ったままだ。
下がった肩もどこか力の抜けた様に見え、打ち上がる意見に対し反論の余地すら無く。
彼の仲間でもある上院議員が「静粛に!!」と諫めるが、議論の声は留まるところを知らない。
だがその時、一人のたった一声が議場を一瞬にして支配する。
「皆さんお静かに。 ここが戦場なのではないのですよ?」
透き通る様な声がマイクを通して響き渡り、たちまち議員達の咆哮が留まりを見せ始め。
そして視線が一斉に一点へと向けられ、立ち上がったその者に奪われて止まない。
議席の前で立つのはエイミー=ブラットニー当人。
青のスーツを身に纏い、スレンダーな容姿と美貌を見せつけるかのよう。
渦中の人物にしては堂々とした立ち振る舞いは、シンパでなくとも心をも奪われる様である。
「ブライアン大統領が困ってしまっておりますので、まずは話を最後まで聞き、そこから意見を募る事に致しましょう」
「そうですな、申し訳ない」
これがエイミーのカリスマ性なのだろう。
彼女の隣で怒りを見せていた議員もその一言で委縮したかの如く声を和らげていて。
彼だけでなく、周囲の人間もが同様に口を紡ぎ始め。
たちまち議場に静けさが取り戻されていく。
「ありがとう、エイミー議員。さて、彼等の傍若無人極まりない所業に憤りを感じたのは私も同じだ。 だからこそ我々には彼等に力を示す義務があると言えるだろう」
まるでそんな彼等の感情を汲み取ったかの如き発言が、議席に座る議員達を再び奮い立たせ。
その一声を前に「そうだ!」などといった怒声が再び飛び交い始める。
しかしブライアン当人はといえば先程と同様に力の無い様のまま。
そう語る声もどこか覇気が抜け、トーンの低い声に一層拍車を掛けるかのよう。
「しかし正直な所、私は彼等を買っていた。 きっと世界を救ってくれるだろう、とね。 だがそれも見事に裏切られ、私としては何を信じたらよいかわからなくなってしまった。 大統領失格だと言われても仕方あるまい」
たちまち見せた気落ちとも言える姿を前に、張り上げられた声も次第と萎えていく。
彼の言う事もまた、議員達にはわからない訳でもなかったからだ。
ブライアン大統領本人がグランディーヴァに入れ込んでいたのは周知の事。
【アースレイジー】関係者すら知る公の事実である。
今までに彼等への支援も執り行い、ミシェルの派遣を容認したのも彼自身。
その結果の末路は誰が見ても凄惨と言えるものであり、議員達の同情を誘うには十分過ぎたのだから。
「大統領、お気を確かに」
「ありがとう、ロドニー。 とはいえ、今の私には彼等を信じたい気持ちがどこか残っていてな。 もしかしたら判断を間違えてしまうかもしれない」
彼の告白に感慨深く聞き耳を立てるのは周囲の議員達だけでない。
エイミーもまた同様に。
それも政敵ではなく、ブライアンの感情をも汲み取る様にして。
でもそれは決してその意思に啓郷する為ではない。
その意思から導かれる答えから機会を逃さない為だ。
ブライアンの動向を伺い続けながら、静かに機を待つ。
そんな誰しもが押し黙る中で、ブライアンが胸中に秘めた事を解き放つ。
それはエイミーすらも想像しえなかった……議会を震撼させる一言。
「そこで提案なのだが、私は今回のグランディーヴァとの戦いにおいて大統領権限を他の者に託したいと思う」
この一言の前に、彼等を囲う側近すら驚愕を示す。
それは平たく言えば『大統領の任の放棄』。
そう取られてもいざ仕方のない提案だったのだから。
「大統領!! それは国民に対して示しが―――」
「アレックス!! 今はもうメンツに拘っている時では無いのだッ!!」
側近の一人が異論を挟むも、ブライアンの怒声にも足る一言が全てを掻き消す。
その時の口元は感情が今にも噴出してしまいそうな程に震えていて。
その迫力はもはや異論を挟む余地すら与えない。
「私はその国民に対し道を示す為に敢えて道を外れようと思う。 そして彼等を導いてくれるであろう人物にこの権利を一時譲渡したい。 その人物はもう既に決まっている。 副大統領でも上院議員でも無い。 この場で多くの人間の心を掴み、次代に可能性を感じさせる者―――」
大勢が見守る中、ブライアンがそっとその目を閉じ。
顎を上げながら僅かに乱れた呼吸を整える。
彼の中で想いを巡らせ、次に放つであろう一言を纏め上げながら。
議員が。
側近が。
そしてエイミーが。
誰しもが見守る中、遂にブライアンがその目を見開く。
視線をただ一人の人物へと向けながら。
「エイミー=ブラットニー議員、君に全ての大統領権限を譲渡したい」
ブライアンからその一言が発せられた途端、議員席が突如として喧騒に包まれる。
【アースレイジー】関係者からも、そうでない者達からも。
途端の指名に「何故彼女が……」と、ただただ戸惑いを呼び込むばかり。
現在のエイミーは立場で言えば議席の一つを勝ち取っただけのただの議員に過ぎない。
大臣や上院議員といった高位の立場に立った事は無く、実績どころか経験も皆無に等しい人物だ。
そんな人間に対し、突如として大統領権限を譲渡する―――これは酔狂としか言いようがない所業。
例え渦中の人間であろうとも、普通に考えれば有り得ない采配なのである。
副大統領も、側近達も、彼の発言にただただ項垂れる他無い。
それは彼等もまた、エイミーがどの様な立場の人間かを知っている『ブライアン側』の人間だからこそ。
「何故エイミー議員を指名したのか、その理由は幾つかある。 まず第一に、彼女が次期大統領選に立候補する意思を見せていた事を知っているからだ。 求心力も高く、支持率は私のそれよりも高いという噂もね」
これには異論を挟もうとしていた議員達を黙らせる程の事実に他ならない。
実際そういった声は誰の耳にも届いており、ブライアンの次期が危ういという事も少なからずあったからだ。
例えキャリアが無くとも、国民から選ばれれば文句は言えない……それが政治家だ。
今回の指名はその人気の前借りと思えばいいだろう。
それが出来る程に支持を集めているのがエイミーなのである。
「加えて、今のエイミー議員率いる【アースレイジー】の協力者は多く、軍上層部にまで浸透していると聞く。 ならば彼等との連携も容易だろう。 国防総省も彼女への協力を惜しまぬようお願いしたい」
既にブライアンはその気なのだろう。
反対があろうとも無かろうとも。
議員の中には「グランディーヴァの所為でブライアン大統領が心を病ませた」と口ずさむ者も。
そう思わずには居られなかったのだ。
それ程までに衝撃的な提案だったのだから。
それに対し、エイミー陣営はと言えば―――当然、戸惑いを隠せない。
彼女の信奉者の中には「まさかあのブライアン大統領が【アースレイジー】に鞍替えしたのか?」などと思う者も少なくは無く。
突然のエイミーの大出世とも言える状況に、現実を直視出来ないでいたのだ。
だがエイミー本人はと言えば―――
自信を覗かせた微笑みを浮かべ、静かにブライアンの話に耳を傾けていた。
内心どう思っているのかは定かではない。
きっと彼女にとってもブライアンは政敵である事に間違いは無いだろう。
そのブライアンがこうして大統領権限を譲渡すると言ってきたのだ。
普通なら戸惑う所だ。
それでも堂々としていられるのがエイミーという存在。
今の立場を最もよく知る人物だからこそ。
「ブライアン大統領、心中お察しいたします。 そして提案の件ですが―――快くお受けしようと思います」
例え戸惑う様な発言であろうと、これは千載一遇のチャンスとも言える。
それを見逃すほどエイミーは生易しくは無い。
伊達に【アースレイジー】という大組織を纏め上げている人間では無いのだから。
シンパすらもが怒涛の展開に声を殺す中、胸を張り上げる様な強気の姿勢を見せつける。
「グランディーヴァの所業は私達としても実に憤りを感じずにはいられません。 だからこそブライアン大統領に代わり、全身全霊を以って彼等を打ち滅ぼす事を約束いたしますわ」
その声明が周囲から「おおっ」という声を上げさせ。
議会中の期待を一心に受ける中で、エイミーはその腕を掲げて大きな笑みを返す。
彼女の中に潜む野心を表へと噴出させるかの様に。
「そして彼等の首を並べ、国連へと突き返して差し上げましょう。 我が祖国の地を踏みにじる愚か者達に正義の鉄槌を下す事を、親愛なるブライアン大統領に代わって宣言いたします!!」
その時、議会が揺れた。
愛国心に溢れる彼等の想いは雄叫びへと変わり、彼等を戦いの意思へとシフトさせる。
ブライアンも、その側近達も、彼等の称賛を前に無言を貫き見上げてやまない。
ただただ熱意はエイミーへと向けられ、議会は彼女の下に纏まっていった。
この日、七月中旬。
アメリカ合衆国議会は正式にグランディーヴァとの全面戦争を容認し、国民へと向けて事実を伝えた。
エイミーが大統領代理として戦いの指揮を執る事も含めて。
熱い日差しが照り付ける季節の中で、世界は激動する。
アメリカが、日本が、世界が。
グランディーヴァとアメリカ合衆国との対決を前に打ち震え、緊張の瞬間を静かに傍観する。
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