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第三十四節「鬼影去りて 空に神の憂鬱 自由の旗の下に」

~宝女、逢う~

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 アメリカ合衆国ノースカロライナ州。
 首都ワシントンD.C.を置くバージニア州の南に控える、アメリカ大陸の原住民インディアンと関わりの深い地である。
 かつて南北戦争でも、かの有名なリンカーンに反旗を翻した南部連合側に所属する奴隷州だったという過去も。
 当然戦争も過去のもので、今では合衆国の中の一つとして機能している。

 その中腹部、州都ローリー市。
 この街の一角に、とある屋敷が存在する。

 今日はその屋敷を所有するにとっての休息日。
 束の間の安息を心行くまで味わうかの様に、ゆったりとした時間を過ごしていた。

 彼女の名はエイミー=ブラットニー。
 救国団体【地球の怒りアースレイジー】の頭領であり、アメリカ政府の政治にも深く関わりを持った存在だ。
 この団体の目的は当然救国。
 世界の救済を訴えつつ、犯罪者や不法移民、あるいは国民に相応しくないとする所業を犯す者を排除し監視するのが主な活動。
 まさにデュゼローの思想を汲み取った【救世同盟】の亜種として成長を果たし、今アメリカを裏側から蝕みつつある存在だ。
 その事に気付く・気付かないに限らず、正義を奮って秩序を取り戻さんとする彼女達の行いに賛同する者も少なくはない。

 そして彼女自身はと言えば、モデルかと見間違う程に美しい女性である。
 透き通る様な白い肌に整ったロングストレートのブロンド髪。
 低身長ではあるが欧米人特有の肩幅に対しての小顔。
 その肌にはシワ一つ見つからない瑞々しさに溢れた様相。
 歳は既に四十越えで若いとは言えない。
 元々アンチエイジングなどで若さを保たせてはいたが、その規模と言えば予防程度。
 しかしおおよそ一年半前から整形や整体エステ等を駆使して徹底的な肉体改造を施し続け。
 その結果、誰もがうらやむ美貌を手に入れたのである。

 広い屋敷の中、一般家庭の家ほども在ろう自室で彼女が一人くつろぐ。
 そんな時、部屋を仕切る扉がノック音を鳴り響かせ、間も無く動きを見せた。

 扉が開いて姿を見せたのはボディガードであろう屈強な体格を持つ、スーツ姿の男。
 扉の外にも同様の身なりの者が一人、彼女を警護する為に立つ。
 男達が腰に携えるのは銃では無く―――剣。

 そう、魔剣である。

 彼女を警護するのは魔剣使い。
 下手な普通の人間よりもずっと頼りになる強力なボディガードという訳だ。

「ミズエイミー、貴女に来客です。 ですが……」

 でも男の表情は優れない。
 どこか戸惑いにも足る強張りを浮かべていて。
 雇い主であるエイミーにもどう答えてよいかあぐねる様にも見える。

 しかしエイミーはと言えば、静かに微笑みを向けていて。
 
「問題ありませんよタリス。 今日はオフなので時間もありますし。 それでどなたがいらっしゃったのかしら?」

「休みの所すまないが、このタイミングしかなかったんだ。 許してくれないか」

 その突如、場に居なかったはずのとある男の声が響き渡る。
 返事する間を与える事も無く。

 途端、ボディガード達が洗練された動きで魔剣を掴み取り。
 二人から放たれた凄まじい命力の波動が場を包み込む。
 今にも斬り捨てんばかりの勢いで。

 それは強者の証。
 この二人は紛れも無く―――それが出来る猛者なのである。

 だがその時、エイミーが素早く両手を翳して彼等を制した。

「おやめなさい」
「で、ですがこの男は……!!」

 二人の動きは止まるも、なお敵意を露わにしたままだ。
 現れた男の存在がそれ程までに脅威であるからこそ。

 でもエイミーはきっとそれを知っていて止めたのだろう。
 まるでそれを物語るかの様な余裕の微笑みがなお浮かんだままなのだから。

「私も丁度彼とお会いしたいと思っていたのです。 つまり彼は客人です。 その客人として来られた方を手荒に扱うのは人道に反しますよ?」

「う……も、申し訳ありません」

「いえ……先程も言った通り。 引き続き警護をお願い致します」

 そう言いくるめられれば、彼等ももはや抗えず。
 言われるがまま、静かに退出する事しか出来はしない。

 間も無く、外から扉が閉められ。
 たった二人だけとなった広い部屋の中、エイミーが不敵な笑みを浮かべながら男へと視線を向けた。



「そう、貴方とは一度会って話をしてみたかったのですよ。 ねぇ、ユウ=フジサキ?」



 なんと、エイミーの前に現れたのは紛れも無い勇本人だったのだ。
 臆する事無く堂々と一人でこの場に訪れたのである。

「ああ、話し合いを認めてくれて助かったよ。 いきなり戦いはごめんだからな」

「ええ、秩序無き戦いは私の望む所でもありません。 でも許していただけますか? 彼等は『あちら側』の人間なのでまだこの世界の秩序に染まりきってはいないのです」

 外のボディガードはその中でも相当な手練れなのだろう。
 先程発していた命力は相当なものであり、命力量だけで言えばバロルフにも匹敵する。

 それが二人―――いざ戦いとなれば、負ける事は無くとも骨が折れる戦いになる事請け合いだ。

「まぁ突然の訪問だし、押し掛けに近いから無礼なのもわかってるよ。 後、俺は敬語とか苦手だからこんな話し方で失礼かもしれないけど―――」
「その点はお気になさらず。 今はプライベートの時間ですし、フランクな方が個人的にも話し易いですから」

 本来二人は敵同士と言える存在だ。
 しかし勇を前にしても、エイミーは身じろぎ一つ無く屈託の無い笑顔を向けたまま。

 すると彼女はそっと自分の前に置かれた一人用ソファーへと手を向ける。
 柔らかさを感じさせる羽毛に覆われた高級感溢れるソファーだ。
 間に置かれた机も煌びやかな白銀の装飾が陽の光を受けて瞬きを放っていて。
 それだけではなく、周囲に置かれた家具のいずれもが高価な造りを見せつけて勇の視線を誘ってやまない。

 団体の頭領とはこんなに儲かる物なのかと思わせる程に、全てが煌びやかさを誇っていたのである。

「にしても、聴いていたよりずっと綺麗なんだな、正直驚いたよ」

 エイミーに誘われるがまま、勇が椅子に座り込む。
 しかし高価そうなのがどうにも落ち着かず、背もたれに体を預けぬままで。

「ふふっ、これでも世界を救わんとする団体のトップですもの。 それに今の私は女性の象徴ですから、皆に憧れられる様な者でなくてはなりません」

 勇を目前としながらも、なおエイミーが女性の象徴の由縁たる存在感を醸し出す。
 背もたれに体を預け、肘掛から上がる腕で頭を支え。
 リラックスしたようにもたれ掛かる姿は妖艶さすら醸し出す。
 湯浴み後なのだろうか、身に纏うのは厚手の白い布ローブのみ。
 同時に僅かな温かな甘い乳性の香りが鼻腔をくすぐり、勇の男心を刺激していた。

 それでいてその姿は指摘する事すら憚れる程に堂々としていて。
 大人の色香を漂わせる姿に惑わされまいと、勇も視線を外して冷静さを保たせる。

「貴方こそ、その力強さを感じさせる体は惚れ惚れする様ですね。 その腕で私の首を掴めば、一瞬でへし折る事も出来るでしょうに」

 その時彼女の顔に浮かぶのは、目を鋭く細めさせた不敵の笑顔。
 胸を張り、細い顎を僅かに上げさせながら。
 まるで「そうしてみろ」と挑発しているかの如く。

「出来る訳ないだろ。 俺は話しに来たって言ったハズだ。 それに多分……んだろ?」

「―――勘のいい方ですね。 ええ、出来ません。 もししてしまえば、その瞬間からグランディーヴァはこの国の、いえ、世界の敵となるでしょうね」

 つまり……抜かりは無い、という事だ。

 これがエイミーの強さの証であり、真骨頂とも言える由縁。

「この部屋には幾つもの集音マイクと隠しカメラが設置されています。 もし私を手に掛ければ、その映像や音声が大陸の反対側にある【アースレイジー】の支部情報施設に送信される様になっているのです。 後は仲間がそのデータを公共放送に乗せれば……後はわかりますね?」

「ああ。 怖い人だよ、貴女は。 でも、死ぬ事は怖くないのか?」

 でもその返事は返らない。

 すると何を思ったのかエイミーはそっと立ち上がり、ゆっくりと部屋の隅へと歩んでいく。
 勇が先回りする様に視線を向けると、その先に見えたのは棚と茶器。
 その隣には見た事のあるメーカー名を刻んだ魔法瓶電気ポッドが置かれていて。
 歩み寄ったエイミーが茶器を使い、丁寧に紅茶を仕立て始める。

 茶器こそ品のある柄を有していてとても高級そう。
 しかし使っている茶葉はどうやらスーパーで売っている様な安価な物の様だ。

「怖くないと言えば、嘘になりますね。 ですがそれが思想の成就となるのなら、それも厭わないでしょう」

 軽く仕立てた紅茶を注いだ茶器を乗せた皿を二つ両手に掴み、エイミーが勇の下へと歩み寄る。
 そして机の上へと茶器を置くと、ゆっくり自席へと戻っていった。

「そうすれば後は第二第三の私が生まれ、思想を受け継ぎます。 私の首を取った所で【アースレイジー】が終わる事は無いのです」

 そう言い放つと、遠慮する事も無く茶を喉へと通す。
 安っぽさを感じさせる単調な味わいが逆に彼女の喉と舌を悦ばせていた。

「貴方もどうぞ? 安物ですけど。 こう見えて私、安い紅茶の方が好みなんです。 貴方の口に合えば良いのですが……」

「ありがとう。 かくいう俺も高いお茶なんて飲んだ事ないけどね」

 互いに質素主義といった所か。
 それが生まれ以ってなのか、ただの趣味なのかはわからないが。

 何一つ恐れる事も無く、勇もまた茶器を口元へと運ぶ。

 もしかしたら毒が付いているかもしれない。
 もしかしたら茶ではなく異物かもしれない。

 そうすら思える物を、勇は何一つ戸惑いを見せぬままに喉へと流し込んだ。

「如何かしら?」

「あ、これ飲んだ事あるな。 多分家にもあるかも」

「あら! ならお土産にもならないわね、残念」

 その時覗かせたエイミーの笑顔は先程見せた笑みよりもずっと人らしくて。
 毒や異物だなどと思わせるのもおこがましい程に、至って自然だった。

 当然だ、彼女に一切の敵対意思は無い。
 彼女は正真正銘、客人として勇と相対しているに過ぎないのだから。
 自ら手を下さない事がポリシー。
 その噂はまさに正しいと言える。

 今勇の目の前に座るのは、確かにただの女性に過ぎないだろう。



 だが間違いなく、誰もが触れる事すら出来ない存在。
 自分自身という無敵の鎧を身に纏った女性なのである。



「ううっ……」

 そんな時、突如エイミーが頭を抱えて苦悶の表情を写す。
 突然の事に勇も驚き、心配そうに身を乗り出した。

「ど、どうしたんだ? 大丈夫か?」

 しかしエイミーはそっと手を伸ばして彼の動きを制止する。

「大丈夫、大丈夫です。 これでも病弱な所があるので……発作の頭痛です。 薬を飲んで落ち着けば問題ありませんから」

 その薬も常に持ち歩いているのだろう。
 ローブのポケットに手を忍ばせると、錠剤ケースを握って再び姿を晒す。
 後は手馴れた様に錠剤を取り出すと紅茶と共に飲み込み、その身を椅子へと「トスン」と預けた。

「ほんの数分、待っていただけますか? すぐに落ち着くと思いますので」

「ああ、構わないよ」

 そのままエイミーは苦悶の表情のまま目を瞑り、呼吸を整える。
 勇はその様子を静かに見つめ、時が訪れるのを待ち続けたのだった。


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