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第三十四節「鬼影去りて 空に神の憂鬱 自由の旗の下に」

~一刃、託す~

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「セリ殿、少しよかろうか」

 それは勇とシンが戦い終えた後かな。
 シンの事をイシュに任せて、レンネィさんとアンディの搭乗手続きを済ませようと奔走してた時、艦内でジョゾウさんに呼び止められたの。
 小嶋由子との戦いの後にさ、詳しい説明する間も無くアルクトゥーンに乗って日本出ちゃったじゃん?
 一応事の顛末は説明したつもりだったんだけど、結局改めて会いに行く事も出来なかったから心残りではあったんだよね。
 でもこうやって再会出来たから、丁度いいと思って。
 二人の手続きを終えたら、ほんの少しだけジョゾウさんと話をする事が出来たってワケ。

「お手を煩わせて申し訳無し」

「ううん……ちゃんと説明するって言っといて出来なかったからさ、丁度良かったよ」

 まぁこうしてジョゾウさん本人が来てくれたのが嬉しかったってのもあるけどね。
 助ける事が出来てよかったなぁって。
 あの人も上に立つ様になって喋り方も少し変わったけど相変わらずだったよ。

「もう勇には会ったの?」

「いや。 今更勇殿にどの面下げて会えようか。 半ば強引に魔特隊を抜けた身故な、裏切ったも同然であろう」

「プッ……そんな事アイツは気にしないわよ」

「そうであろうな。 ああ、そうであろう。 だがこれは俺の意思であり、けじめでもある。 男には時に引かねばならぬ時があるのだ」

 正直「めんどくさっ!!」って思ったわ。
 素直になればいいのにね。
 勇も多分同じ事言うと思う。
 講演の時に顔合わせてるんだからさ。

 ま、その意思を捻じ曲げてもしょうがないし、男って総じてそんなもんなんでしょって。

「それはともかく……セリ殿には改めて礼がしたくてな。 カラクラの里を救って頂いた事、里の者達を代表して礼を言う」

「ちょっと、頭なんて下げなくてもいいわよ。 あれは私達がしたくてやった事だし、友達が死んだら悲しい事くらい、ジョゾウさんが一番よくわかってるでしょ」

「ううむ……」

 ジョゾウさんだって里の人が一杯亡くなって苦しかった事くらい私だってわかってる。
 仲が良かったムベイさんだってあの時に亡くなったって事だし、きっと今でも苦しいはずだよ。
 私達だってジョゾウさんが死んだら……多分相当キツい。

「だからジョゾウさんが里を離れられない理由も理解しているし、気に病む必要は無いよ。 さっきの話も私達でなんとかするから。 ジョゾウさんはカラクラの里を守ってよ、もう私達には素早く駆け付けられる事が出来ないからさ」

「セリ殿……その気持ち痛み入るようよ」

「ま、そこは多分日本政府が全面的にバックアップしてくれるから平気だろうけどね」

「うむ、あれ以降日本政府からは謝罪と補償を受け申した。 里の者達は納得出来ぬ様であったが、そこはなんとかしよう」

 鷹峰さんがトップに戻って、カラクラの里に対する圧力も無かった事になったんだって。
 ま、当然だけどね。
 里の修繕とかは里の人達が自分達でやるって突っぱねたらしいから、資材や食料とかの物資は無条件で提供される様になったんだってさ。

「おかげで今、カラクラの里は以前が如き姿を取り戻しつつある。 もう心配はなかろうよ」

「そう……それは良かった」

「後は世界が混ざる事を避けるのみ。 そこでセリ殿に相談がある」

 そんなやり取りの中で出て来たのが【エベルミナク】。
 ジョゾウさんが突然背に担いだ魔剣を取り出して、私に差し出したの。

「こやつを連れて行っては貰えぬだろうか」

「なんか人みたいに言うじゃん。 これ、ジョゾウさんの大切な物なんじゃないの?」

 最初はこれも男っぽい理由なのかなって思ったわ。
 でも違った。

 ジョゾウさんが頑なにこれを守って来たのには理由があったんだって、その時ハッキリわかったんだ。

「ウム。 これは彼等の魂が籠りし器ゆえな」

「器……?」

「左様。 この魔剣を巡って、多くの魔者、人間が悠久の時を経て命を落としもうした。 そして前の所持者であるレヴィトーンの同族アルアバもまた、其が理由で世界から消えたのでござる。 その実行者は……いや、それは言わぬ事としよう」

 それに関して何か言いたい事もあった様だけど、思い留まったみたいだったから訊かなかった。
 ただ、その時見えたジョゾウさんの目は悲哀に満ちていたのだけはわかったかな。

「それらの命が失われし出来事は全てが誤解から始まったと創世の女神様がおっしゃられた。 だからこそ、この魔剣にはそれらを清算せねばならぬ義務があるのではなかろうか……そう思うたのだ」

「清算って?」

「惨劇の全てが誤解から生まれしモノであるならば、其が故に生まれたこの魔剣には多くの無念が詰まっておる。 レヴィトーンだけではない。 この刃に掛かって逝ったボウジを始め、多くのカラクラ戦士達の無念もまた籠っているのだ。 その無念を晴らす為にも世界を救う戦いに役立てて欲しいのだ。 さすれば誤解の下に戦い続けた者達も救われよう……」

 多分ジョゾウさんが一番救って欲しいと願ったのは、そのレヴィトーンって人の事なんじゃないかって思った。
 詳しくは聞かなかったけど、なんとなくそう感じたよ。
 敵だった人の事を想うなんてさ、勇みたいじゃん?
 なんかロマンチストみたいで、ちょっとじんわり来ちゃった。

 なんだかんだで愉快な人ってイメージしかなかったけど……芯は凄いしっかりしている、勇にそっくりな人だったんだなぁってさ。

「ん、わかった。 そういう事なら受け取っておく」

「ありがたし……!! 出来うる事ならばセリ殿に使うて頂ければ幸いに御座る」

「私が? うーん……まぁ近接武器もう無いし、何とかしてみせるわ」

 長物なんて使った事無いから自信は無かったけどね、ジョゾウさんの手前断る訳にもいかないし。

「それじゃ、出発準備もあるから私は行くよ」

「時間を取らせて済まぬ」

「どうせジョゾウさんは時間あるんだから、勇にもう一度顔くらい見せといたらー?」

 この一言を最後に、返事を聞かないまま立ち去ってやったわ。
 その時のジョゾウさんの苦悶の表情が今でも目に浮かぶようよ。

 本当に会ったかどうかは定かじゃないけどね。



 これがあの時あった出来事かな。






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「って訳で受け取ったコレなんだけど、ちょっと扱い難くてねー」

「ま、セリさんは短刀みたいな小回り利く方が得意でしょ」

 以前までは亜月の形見である【エスカルオールII】を使用していたが、今はナターシャに手渡した事で近接兵装は皆無。
 愛用武器である大弓型魔剣【カッデレータ】で殴るか、直接格闘するしか今の手段は無い。
 以前殴った事で破損した経歴もあるが故に格闘を考慮して強度を増してはいるが、扱い辛い事に変わりは無い訳で。

「それでさ、ちょっとコレを出来るだけ短くして欲しいのよ。 性能を変えないままさ」

「アンタ無茶苦茶言うッスね。 これ古代三十種でしょ、古代人の英知の結晶でしょ」

 時折、人は理解出来ない事を理解しようとせず、理解する者へ簡単に強要する事がある。
 瀬玲の場合は半ば冗談を含んでいるのだが、内容が内容なだけにカプロ自身は笑えない。

「ア・リーヴェさんは簡素な造りって言ってたじゃん。 何、出来ないの?」

 さすがの煽りも今回ばかりは効果無く。
 これまでに無い程顔をしかめるカプロの姿が。

「多分刀身はアーディマスとノル・アーディマスの複合鍛造ッスね、これは素材加工からして難しそうッス」

「また難しい言葉並べてぇ……」

「ノル・アーディマスはオリジナルよりも含有素材バランスを弄って柔らかめにした物ッス。 日本刀と同じ様なもんッスよ」

 そもそもが日本刀の造り自体を瀬玲が知るはずも無く。
 「また始まった」と言わんばかりに、途端に瀬玲が膝の上に腕を組んで顎を座らせていた。

「ま、検討してみるッスけどね。 限度はあると思うんでそれだけは理解して欲しいッス」

「おっけ。 じゃあさ、ついでに私用の新魔剣の設計案なんだけど……こんなの造れないかな」

 カプロが前向きに切り替えた所を見計らい、これみよがしに瀬玲が妙な提案を持ち掛ける。
 再び顔をしかめるカプロの前に彼女が取り出したのは、一枚の紙だった。

 そこに描かれていたのは―――丁寧に描かれた新魔剣の構図。



 【カッデレータ】とは形が全く異なる、彼女の望みし新たな力のカタチだった。



「セリさん絵上手いッスね。 本当は設計とか出来るんじゃねッスか?」

「思い思いに描いただけだし、出来るかどうかなんてわからないまま描いたから設計なんて無理。 アレンジングは任せるわ、主要部以外で必要無いと思った部分は省いていいから」

 描かれた魔剣には幾つも矢印が飛び、各々の機構が文字に興されている。
 主要部機構から隠し武器、【エベルミナク】のホルダーまで。
 思いのままに詰め込んだ機構がふんだんに詰め込まれ、そこに有るのは瀬玲の妄想そのものと言っても過言ではなかった。
 瀬玲の予想では、見た途端に文句を口に出すであろう無茶な内容ばかり。

 しかしカプロがそれを一目にした時、彼女の手から引き離すかの様に紙を掴み取った。

「ほうほう……これは面白いッスね!! これ、いいじゃねッスか。 この機構、貰いッスね……うぴぴ」

 予想に反し、カプロががっつりと食い付き、食い入る様に構図を眺める。
 顔が動く度に尻尾がピョコピョコと動き、彼の喜びを表情の代わりに体現させていた。

「わかったッス。 確かに全部積み込むのは無理ッスが、アイディアは他の魔剣に生かさせてもらうッスよ!」

「おっけ、それでいいわ。 んじゃよろしくぅ」

 そう伝え終えると、瀬玲が遠慮する事も無く立ち上がる。
 カプロも新しいネタを前に興奮を隠しきれず、嬉しそうに鼻を躍らせていた。

 おやすみの挨拶が交わされる事も無く、二人の視線が互いを外す。
 それで今日の話は終わり―――そう思われた時、ふと踵を返した彼女が動きを止めた。

「あ、忘れてたわ」

「ん、何をッスか?」





ッパォーーーンッ!!





 そんな乾いた衝撃音が工房一杯に鳴り響く。
 間髪入れず続き響いたのは、毛玉の「アパーーーッ!!」という叫び声。

 不幸は忘れた頃にやってくるものだ。
 これに懲りて以降、カプロが迂闊に女性へ手を出す事は無くなったのだという……。



 例え事故であろうとなかろうと、恋人ではない女性の尻を鷲掴みにするのはマズいだろう。


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