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第三十四節「鬼影去りて 空に神の憂鬱 自由の旗の下に」

~決意、灯す~

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 悲報すら打ち崩す程の緊張感の無い空気が管制室を包み。
 【死の砂蠍】団とやらが何をしようとしているのかすらわからなくなった頃。

 途端、動画の中で僅かに空気が変わる。
 恐らく彼等の訴えたい事を全て伝え終えたのだろう。

 その先に続くのが勇達にとっての本番。
 彼等の犯行声明……その内容如何では勇達自身が動かねばならぬのだから。

 嘲笑すら上がっていた場が静まり返り、動画に注視の視線を送る。
 目の前の男が何をしようとしているのか、一挙一動一声を逃さない為に。

『これより我等は世界に対し、無慈悲の攻撃を仕掛ける。 その手始めとして、我々を探り、晒そうとしていた者を一人、この場で処刑する!!』

「何ッ!?」

 その言葉と共に、男が画面から離れていく。
 すると彼の影に隠れていた一人の人物が突如として露わとなった。

 猿ぐつわを口に嵌められ、簡素な木製の椅子に座らされている。
 胴手足と縛られており、身動きは取れない様子。
 項垂れる様に顔を落とし、呼吸に合わせて上下に動く様を見せる。
 一瞬、鼻提灯が見えたが―――間も無く事態に気付き、その顔を自ら起こした。

 そこに座らされていたのは一人の女性。
 短髪のブロンドに小柄な顔付き、どうみても欧米人種。
 先程まで泣いていたのであろう、目元から猿ぐつわに掛けて染みらしい跡がくっきりと残っていた。

 その時、勇達の顔がピクリと動く。

 彼等は彼女の事を知っていた。
 ここまでの大筋で語られる事は無かったが、勇達には彼女と面識があったのだ。

 あらすじを説明すればこうだ。
 それは獅堂との戦いの後の魔特隊時代の事。
 東南アジアの国ベトナムにて今回同様に彼女が魔者に捕まった際に、丁度任務で訪れた勇達が救ったというもの。
 その際彼女には素性を知られてしまったが、それ以降も彼女は魔特隊の事を隠し続けて来たのである。

「なんであの子が……!?」

 もう三年以上も昔の話な訳で、名前も出てこない。
 しかし覚えているからこそ、この偶然に驚きを隠す事が出来ずにいた。

 そして驚きを見せたのは彼等だけではなかった。

「なっ……アミィ、なんでアンタが……」

 その反応を示したのは千野。
 どうやら彼女も捕まった女性の事を知っている様だ。

『愚か者には死を! 新たな世界に愚者は不要なり!! 世界よ知れ、これが我等の志だ!!』

 先程の男がアミィと呼ばれた女性の背後へ向けて歩きながら姿を現す。
 その手に握られたのは、ナタの様な刀。
 しかしナタよりも長く重そうな、人を斬る為の武器。
 遥か昔から使われてきた、原始的な断首刀である。

『んー!! んー!!』

 事態に恐れたアミィが画面の向こうで悲鳴を上げる。
 だが体中が縛られ、椅子も固定されていて動く事もままならない。
 精々首が動く程度で抵抗すら不可能。

「これはマズいですね……!!」

 画面の前で、福留が唸りを上げる。
 目の前で起きようとしている事に、ただただ無念に拳を握り締めるしか出来ない。
 彼としてもこの様な光景を「行う側」として見た事があるからこそ、その凄惨さを良く知っているのだ。

『これが終わった後は貴様らだグランディーヴァ!! 我々はお前達に対して徹底的に戦ってやる!!』

 男が刀を振り上げ、アミィの首に狙いを定める。
 彼女の首を斬り落とす事だけが今の彼の目的。
 男の目にもはや迷いも戸惑いも無い。
 
 誰しもが凄惨になるであろう光景を見逃さぬよう画面を見つめる。
 自分達の戦いがこの様な悲劇を引き起こす事も厭わなかったからこそ、その覚悟の表れとして。

 そして遂に彼等はその瞬間を―――目の当たりにした。





 画面の向こうで、勇が男を殴り飛ばす光景を。





『ぶわばァーーー!!』

「「「……は?」」」

 余りの衝撃の出来事に、グランディーヴァの面々が理解出来ず「ガチリ」と固まる。
 しかし事態に気付いた誰しもが「ハッ」として首を振り向かせれば―――

 そこに今さっきまで居たはずの勇の姿が無い訳で。

 その間も画面の向こうでは「ドガッ」「ガンッ」と殴打音が鳴り響き、悲鳴や雄叫びが打ち上がる。
 僅かに映像もぐらりと揺れ、カメラに伝わる衝撃が如何に強いものかを物語っていた。

 その後ものの二分程度でそういった音は収まりを見せ。
 間も無く映像に、再び勇が姿を現した。

『カメラ役の奴、抵抗しないで映し続けるんだ、いいな?』

『わ、わかった……』

 続き動画に繰り出されたのは日本語とアラブ語のコラボレーション。
 伝わっている様に聴こえているのがどこかシュールさすら漂う。

『俺が誰だかわかるだろう? 俺の名は藤咲勇……グランディーヴァの藤咲勇だ! この動画を観ている【救世同盟】に告ぐ。 もう二度とこんな真似をするのは止せ!! 国連からも発表されたハズだ。 恐怖や怒りを引き出す事が世界にどれだけの悪影響を及ぼすのかを!!』

 先程までの動画と雰囲気が大きく変わり、勇の声がハッキリと響き渡る。
 力強さを見せる体躯、決意の乗った声、そして動画を観る者達の心を突かんばかりの力強い目付き。

 それらはまさに先程の男とは天と地ほどの差もある、世界を救わんとする男の姿だったのだ。

『その先の未来がお前達には見えているのかッ!? 全てが解決したとしても、恨みや憎しみは世界を包み続ける!! もうそれは人が人らしい生活を送る事が出来ないって事なんだよ!! 俺達はそんな未来を許さない。 創らない!! 絶対にッ!!!』

 握り締めた拳を振り下ろし、己の決意を露わとする。
 その場で起きようとしていた処刑などといった無意味な行為に対する憤りと、そんな事をさせないとする誓いを篭めて。

『それでもこの様な事を起こし続けるのならば、俺は何度でもこうやって止めに行く。 例え止める事が出来なくても、俺は諦めない。 お前達が人の心を蹂躙し続ける限り……俺達グランディーヴァはお前達を追い続けるッ!!』

 その言葉は、【救世同盟】への威嚇であると共に、仲間達へ向けての決意表明でもあった。
 「世界を救うまで、グランディーヴァは戦い続ける」、そんなメッセージが篭められていたのだ。

 可能性を諦めない。
 その一言が、管制室のみならず動画を観ていた者達の心に炎を灯す。

 心輝が猛り。
 瀬玲がニタリと笑い。
 福留が頷き。
 イシュライトが拳を握り締め。
 マヴォが両拳を突き合わせ。
 ディックが指を翳し。
 獅堂が目を見開き。

 そして茶奈が万遍の笑顔を送る。

 他の者達も同様に、自分達の決意を形にして。
 勇の決意表明を前にそれぞれの想いを露わとしたのだった。

『―――以上だ。 お前達ももう家族の下に帰るんだ。 戦ったって、苦しくて痛いだけで得られる物なんて何も無いんだからさ』

『わ、わかった、そうするよ……』

 最後には敵だった者達にも優しく声を掛け。
 その一言が【救世同盟】のメンバー達も抵抗を諦めさせた様だ。

 間も無く機材を片付けようとする彼等の姿が勇と一緒に画面に映り。
 勇もそんな彼等に微笑み、「ウンウン」と頷きを見せる。

 しかしその瞬間、勇がアミィと共にその場から姿を消したのだった。

 天力の光は意識しなければ認識する事は出来ない。
 それ故に、二人が突如消えた様にしか見えず。
 たちまちそれが『えっ?』『何が?』といった声を誘発していた。

 そのまま動画は止まる事無く映し続けた。
 何の動きも無いどこかの部屋の映像を延々と。
 きっとカメラを扱う者も、動画を配信する者も、機器を止める事無くその場を離れたのだろう。
 動画の持ち時間が終わるまで、その映像が止められる事は無かった。



「全く……こんな事はこれ限りにして欲しい所だよ」



 途端、聴き慣れた声が再び管制室に響き渡る。
 それに気付いた仲間達が振り向けば、そこには勇が立っていた。
 当然、がんじがらめにされたままのアミィ付きで。

「ちょ……勇、アンタ今―――」
「リアルタイムだったからな。 アイツラもあの場所に居るってわかったし、助ける事は難しくなかったよ。 これが録画とかだったらアウトだったけどな」

 そんな事を惜しげも無く告げる勇を前に、アミィの顔が青ざめていく。
 その時漏れた「んう~」という声がトーンダウンを帯び、本当の意味で危機一髪であった事を改めて実感させたのだった。



 

 その後アミィは勇達に保護され、そして間も無くスイス政府に連行ドナドナされた。

 当然だ、彼女は元々パスポートを持っていなかったのだから。
 決して盗られた訳でも、失くした訳でもなく。
 実は勇達と出会った時もその件でやらかしており、その後も様々な国に密入出国を繰り返していたのだとか。
 彼女、千野と知り合いのフリーのジャーナリストという事なのだが、相当無茶振りしていた様だ。

 もちろんダーティな人間という訳ではない。
 ただ純粋に、アホの子なだけである。 (※千野談)

 勇もその事を知っていたから、苦笑でアミィを送り出した。
 自業自得なのだ、救いも無いだろう。





 こうしてその日起きた出来事が終わりを告げ。
 今回の動画は当然世界へと配信され、メジャー放送局でも取り上げられる事となった。

 確かに今回の出来事はイレギュラーだっただろう。
 だが藤咲勇という存在が起こした旋風は、【救世同盟】内でも強く吹き荒れた事は間違いなかった。

 何故なら、これを機に【救世同盟】による犯行声明が大きく数を落としたのだ。
 その中でも特に強い反応を示したのは規模の大きい団体だった。

 迂闊な事をすればグランディーヴァからの奇襲は避けられない。
 それが自分達に不利をもたらす可能性がある……そう察したから。

 世界的に見れば些細な出来事に過ぎない。

 しかし間違いなくこの日、世界は良い方向に舵を切り始めたのだ。


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