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第三十三節「二つ世の理 相対せし二人の意思 正しき風となれ」

~信念と疑念 信じるが如何に簡単な事か~

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 日本を出発してから二日目。

 ここでようやく心輝が目を覚ました。
 起きた彼は今まで通りで……体の復調はまだにも関わらず動こうとするなど、早速無茶を見せたもので。
 落ち着きの無い彼らしい行動だ。
 もちろん安静にしていなければならないという事もあり、しばらくは車椅子での生活を余儀なくされる。
 歩くどころか腕、指一本動かす事すら禁じられる程ともあり、首上だけで項垂れるなどの表情豊かな仕草を見せていた。

 当面はレンネィによる看病の下での生活が続きそうである。

 とはいえ退屈なのは退屈な訳で。
 心輝を中心に、勇と茶奈と瀬玲、心輝の乗る車椅子を押すレンネィがアルクトゥーン艦内の通路を行く。
 起きて間も無く暇を持て余すだろうと、勇達は早速心輝を車椅子に乗せて医務室を出たのである。
 もちろん母親達に見つからないよう一般区画ではなくグランディーヴァ専用路を使ってだ。
 
「なぁセリ、【命力循環法】でパパっと再生してくれよ、車椅子めんどくせぇよ」

「は? 何言ってんの、面倒だから嫌に決まってんじゃん。 自慢の【超再生能力】で治しなさいよ」

 互いに面倒を押し付け合い、どちらも譲らない。
 昔から良く知る間柄だからか、もはや遠慮の欠片も無い様子。

 ただ……これに関しては互いにからこそ、行動に移さない訳であるが。



 【命力循環法】も【超再生能力】も根幹は似た性質の回復術だ。
 自分と相手の命力を混ぜ合わせて人の意思で損傷部を保全していく【命力循環法】。
 自身の持つ自然治癒力を命力によって強引に強化して再生させる【超再生能力】。
 いずれも命力によって傷を繋ぎ合わせ、修復するといったもの。
 それも傷を負った間際であれば即座に回復も可能であろう。

 しかし既に二日も経ち、傷口は大きく形を変えている。

 こうなると簡単には再生出来ず、先日の診断の様に傷跡が残るのだ。
 なにせ元の形に戻そうとする力なのだから。
 後は本当の意味での自然治癒に任せるしか無く、その速度を僅かに増させるくらいしか出来ない。
 強引に再生してしまえば修復の精度が荒くなり、損傷しやすくなるなどの後遺症となってしまう。
 例えば骨などは傷跡に沿って折れやすくなり、筋肉などは伸縮に影響が出るなど、行動に支障をきたすものばかり。

 本来肉体は損傷すれば超回復と呼ばれる自然治癒力によって以前よりも強靭に再生したりするものだ。
 それに頼った方が、何よりも好都合だという訳である。

 瀬玲が以前瀕死の重傷を負った時に数日間安静にしていたのは、経過診断と……【命力循環法】を学ぶ為に他ならない。
 


 そんな話で盛り上がりながら通路を進んでいた所為か、気付けば目的地へと辿り着いていた。

 そこはカプロの工房。
 勇達はカプロに呼び出されていたので、こうして訪れたという訳だ。
 案件はもちろん……心輝の事に関してである。

「カプロ、来たぞー」

 当然艦内全域はバリアフリー、車椅子が通る事にも差し支えは無い。
 勇達が何一つ遠慮する事無く工房へと足を踏み入れていく。
 すると室内でカプロが待ちかねたかのように腰を椅子へ降ろしたまま彼等を迎えた。

「やっと来たッスね。 それじゃ早速始めるとするッス」

 一体何を始めようとしているのか。

 これはいわゆる心輝の為に設けられた答弁会。
 心輝の今後にも関係する、大事な話し合いの場だった。

「ま、ハッキリ言っちゃうと、【グワイヴ・ヴァルトレンジ・リファイン】も【イェステヴ・リグオーデ】も完全に破砕されちゃったッス。 こうなるともう破片を溶かして材料にするしか使い道は無いッスね」

「マジか……」

 心輝の魔剣は先日の戦いによって全てが粉々に打ち砕かれた。
 つまり今、心輝の武器は何も無い。
 それをどうするかという事、そして今後の事。
 これらをカプロが直接問い質そうとしていた訳である。

「どうやってあんな壊れ方したのか全く持って不思議ッス。 破片が殆ど同じ質量を持った形で砕けるとかどう考えても有り得ないッスからね」

「仕方ないさ、創世の鍵で出来た武器は普通じゃないんだ。 攻撃によって加えられた力は存在そのものに作用される様になってるからな」

 勇が生み出した創世の鍵の武器はこの世界に本来存在しない物質で出来ている。
 そして概念そのものに干渉する事が出来る機構を持った武器なのである。

 つまり創世剣で斬られたり創世拳で殴られた物は個体として認識され……個体そのものを破壊する力を与えられる。
 個体全体にくまなく破壊衝動が伝わり、分子や原子、素粒子結合を砕く力となるのである。
 例えそれが針の様に刺す様な一撃であっても、たちまち物体そのものの素体構造を破壊する力へと置き換わってしまう。
 だから心輝の魔剣は何度も創世拳に打たれる事で組成結合が崩壊し、粉々にかつ均等に砕け散ったのだ。

 タイで異形が一太刀斬られただけで全身に崩壊影響を及ぼしたのもその一端である。

「何にせよ、もうシンの魔剣はもうこの世には存在しねぇッス。 新しく作らなきゃね」

「ンだよ、じゃあなんの問題もねぇじゃねぇか」

 車椅子から今にも乗り出しそうな雰囲気の心輝だったが……途端に気を納めて背もたれに項垂れる。

 カプロは幾度と無く魔剣を造りだし続けている。
 【グワイヴ】の素体も当然造った事があるので、基本データは残っているはずだ。
 複製するだけで済むのだ、それだけならば問題は何も無いだろう。

 そう、魔剣の問題ならば。

「でも、ボクはシンの魔剣を造るつもりはこれっぽっちもねぇッス」
「はぁ!? なんで―――」



 しかし心輝がそう言い掛けた途端……突如としてその口が止まる。



 心輝は気付いたのだ。
 もっともらしい……魔剣を造らないと公言したカプロの真意に。

「そうね、カプロの言う通りだと思う」
「そうですね……」

 それは勇達ももう既に気付いていた事だ。
 レンネィですらも。

「シン……ボクは正しい事の為に力を奮える人にしか魔剣を造らねッス。 でもシンはそれを破って間接的に皆を危険に晒そうとしたッス。 だからもう、ボクはシンの為に魔剣は造れないんスよ。 また同じ事されちゃ敵わねぇッスからね」

「そうか……ま、そうだよな」

 心輝のしでかそうとした事はそれ程までに大きい出来事だった。
 自分の欲の為に勇と戦い、アルトランの仲間になろうとさえした。
 それは裏切り。
 そのポテンシャルが残り続ける限り、カプロは安易に魔剣を譲り渡す事は出来ないのだ。

「そうかぁ、じゃあしばらく俺はどちらにしろ戦えねぇなぁ」

 ここに連れてこられた時、どんな楽しい事が待っているのだろうと期待をしたものだ。
 何せここに至るまでに暗い話など欠片も無かったのだから。
 しかしこうして自分の起こした過ちの代償を目の当たりにして初めて気付く。

 自分が如何に愚かであったかという事に。

 時間を置く事で冷静に考える事も出来たから、後悔すらも滲み出る。
 戦いの直後レンネィに諭された時に感じたものよりもずっと……重く苦しい後悔が。



「でも、条件次第ではそれを撤回する事も吝かじゃねッス」



 聞き間違いか、それとも空耳か。
 その時、心輝がその耳を疑う。
 思わず目を見開き、カプロへ向けて首を押し出させていた。

「条件!? 条件ってなんだッ!?」

 堪らずその身を持ち上げ、懇願するかの様に咆え上げる。

 もはや必死だったのだ。
 失った信用を取り戻す方法が何なのか。
 自分に出来る事が何なのか。

 今の彼は何でも受け入れんとばかりに……カプロの返す一言を渇望していた。

 勇達が、レンネィが……そして心輝が。
 期待の眼差しを向ける中、遂にカプロがその口を開かせる。



「条件はただ一つ。 今後、何があろうと勇さんの行動を無条件で信用する事っス」



 その一言が放たれた瞬間、心輝の顔が固まる。
 しかしカプロの言葉はそれに留まらない。

「しかもアルトラン・ネメシスへの誓いすらも上回る、絶対的な誓いとしてッス」

 それは平たく言えば、勇を信奉しろと言っている事となんら変わらない。
 しかも無条件で、である。
 例え勇が間違っていても、他の誰かが裏切っても、レンネィが死んでも。
 「何があろうと」というのはすなわちそういう事なのである。

 勇だけを信じ、共に戦い続けろ……カプロはそう言い切ったのである。

 その一言を前に、心輝が思わず心を思い留まらせる。
 レンネィに誓いを立て、勇と共に戦う事を選んだのは確かだ。
 でももしそれが間違いだとわかったら。
 それで本当にレンネィが不幸になったら。
 そんな想いが脳裏を過り、その口を「YES」と口走らせられなかったのである。

「そ、それは―――」

 ただ「わかった」と言えば良い事だろう。
 ただそれだけで彼等は信じるだろう。

 だがそれは嘘で、彼等をまた裏切る事になる。

 心輝にとってはそれも嫌だった。
 もうあんな意味の無い戦いはしたくないから。
 もう勇達を裏切りたくないから。

 だから心輝は……迷う余りに答える事が出来なかったのだ。

 しかしそんな時、心輝はふと周囲に居る勇達へと視線を向けた。
 するとどうだろう……彼の眼に、以前と少し違う光景が見えていたのだ。



 勇を慕う様に囲う仲間達の姿が。



 それは決して意識したものではない。
 決して愛情や友情、仲間意識からではない。
 自然にそうなったのだろう。

 真実を信じ、がむしゃらに突き進もうとする勇を支えようとする仲間達の姿がそこにあったのだ。

 そしてそれが見えた時、彼はようやく気付く。
 自分が天士になれない理由に。



 仲間達はもう、信じていたのだ。
 信じていなかったのは、心輝だけだったのだ。



「そうか……はは、そういう事かよ。 なんだ、たったそれだけの事だったのか……」

 彼は我が強くて単純だから気付けなかったのだろう。
 それでも、何も知らない時はまだ信じていた。
 でも、なまじ強くなったから……彼は無意識の内に勇から心を離反させていたのだ。

 対抗心という意識と成って。

 無条件に信じるという事は、まるで盲目的とすら思える事だろう。
 しかし彼等が言うのは少し違う。
 ただ、必要以上に考える事は無い……それだけなのだ。

 何故なら、勇は信じるに値する人間なのだから。

 彼は世界を滅ぼしたりはしない。
 仲間に裏切らせる様な行為をしない。
 レンネィに手を掛ける様な事などしない。

 それくらいはもう、誰でもわかっている事なのだから。



「ああ、わかった。 信用するぜ、何がなんでもな……!!」



 それに気付けた時、心輝の心は完全に定まる。
 何があろうと勇を信じ、助け、その背中を押す。
 その腕、脚となって、力を奮う。

 そう、心から誓う事が出来た。

 こうやって心から言う事が出来たから……誰しもが微笑み、彼の想いを受け入れる。
 カプロもまた、例外ではない。



「わかったッス。 それじゃ、ボクもシンを信用するッスよ」



 人を信じるという事は、そういう事なのだ。


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