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第三十三節「二つ世の理 相対せし二人の意思 正しき風となれ」
~孤独と懺悔 それでもなお想い続けるから~
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何かの役に立ちたい。
誰かの力になりたい。
そう考えたのは竜星も同じだった。
最初のキッカケは恐らくモンランでの共闘だろう。
たかがゲーム、されどゲーム。
得意な物で助けになるのであればと自ら訓練の場へと出向いたものだ。
それ以外でも何か無いか……優しい彼がそう思うのは必然だったのかもしれない。
気が付けば、ナターシャとの艦内デートの折に相談を持ち掛けていた。
「―――という訳で、何かないかなぁってさ」
「うーん……」
そこは安居料理長が店を開く食堂。
今や安居料理長だけでなく別の料理人もが厨房に立ち、様々な種類の品物を扱っている。
長い旅路とあってメニューはなかなか飽きさせない様な多種多様な物ばかり。
定番の定食から限定の訪問国名物品、果てにはスィーツまでもが完備されている。
二人はそんな店の角で、共にパフェを突きながらその様な相談事を語り合っていた。
「ボク、そういえばりゅー君の趣味、他に知らない。 特技も……」
「アニメの話しかしてない気がするね……」
何分、二人が付き合い始めたのはつい最近からだ。
この様に語り合う事は多いが、互いにまだ知らない事は多い様で。
何せナターシャに至ってはグランディーヴァ発足直前に竜星の名前を知ったくらいなのだから。
「僕もナターシャちゃんみたいに戦えたらいいのに。 そうしたら守れるかな、藤咲さんみたいに」
男の子が勇達の様な力に憧れるのは当然の事だ。
自分もそんな力が欲しい……竜星が密かに抱いていた想いをさりげなく吐露する。
とはいえそれがどこか恥ずかしくて、その声は僅かに小さい。
「ワオ!! それいいね!!」
しかしそんな提案が飛ぶと、ナターシャが堪らずスプーンを降ろして「てしてし」と拍手を上げる。
それは思っていたよりも好印象な反応。
竜星もナターシャの嬉しそうな笑顔を前に思わずはにかみを覗かせていた。
「それならボクが魔剣の使い方教えてあげる!」
「本当!? そうしたらナターシャちゃんが僕の師匠だね!」
そんな話で盛り上がり、本来であれば知る事の出来ないであろう魔剣の特性をナターシャなりの観点で語られる。
多少抽象的ではあったが……それでも竜星にとっては何もかもが新鮮で。
それでいてアニメの様にとても不思議で。
終始楽しそうに聞き耳を立てていた。
気付けばパフェを突く事も忘れていて。
器に乗ったアイスが自然に形を崩す程の時間が過ぎていた。
「僕も魔剣を使いこなせる様になれるかな。 ドキドキしちゃうな」
「きっと大丈夫だよ!」
何を以って大丈夫かは定かではないが、些細な応援も期待へと変わる。
二人は早速と言わんばかりに……残ったパフェを掛けこみ、期待を胸に店を後にしようと席を立った。
「それじゃ、ししょの所いこ!」
「どこに居るかわからないけどね」
目的は当然、魔剣を使う許可をもらう為。
本来は許可など必要は無いのだが……彼女等なりのけじめの付け方なのだろう。
二人にとっての魔剣の第一人者は紛れも無く勇なのだから。
しかし店を出た矢先、二人の前に思いがけぬ人物が姿を見せた。
「あ、ナ、ナッティ……乾―――」
「えっ……アニキ、なんで―――」
そう、アンディである。
レンネィと共に乗艦したアンディが宛ても無く艦内をうろついていたのだ。
いや、厳密に言えば―――
「……」
途端二人が押し黙り、場に静寂が生まれる。
竜星もそんな二人を前に何も声を出す事が出来ず、神妙な表情を浮かべながら視線を二人の顔に行き来させていた。
「あ、その、あのよ……ママと一緒に乗る事に……なったから」
「え!! ママ来てるの!?」
「えっ!? あ、ああ……」
しかしそう聞いた途端にナターシャがいつもの明るさを見せ始め、思わぬ出来事にアンディが驚きを見せる。
まるでアンディの事なんか何一つ気にしてはいない……そんな風にも思わせる挙動。
それがアンディの表情を更に曇らせ、視線を逸らさせていた。
この様な態度が再び彼の沈黙を生み……ナターシャの首を傾げさせる。
魔剣での繋がりも今は無いから、どちらも考えている事は読めない。
それが拍車を掛けて互いに言葉が見つからず。
以前の様に話す事が出来ないから、キッカケすらも思い浮かびはしなかった。
このまま擦れ違ってしまいそうな程に……再び静けさが場を包み込む。
そんな時ふと、竜星が何かを思い付き……想うがままに声を上げていた。
「アンディ君、学校はどうしたの?」
当然、ナターシャも竜星もアンディの事情など知りはしない。
何故ここに至ったのか、それがその学校で起きた問題が発端だったなどとは。
もし思う所があるのであれば、その話題は一つの禁句にも近いだろう。
「え、ああ、それ、それな!」
だがアンディはそんな話題を前に拒否を起こすどころか、まるで食い付くかの様に早口で言葉を並べていた。
「お前等の動画が流れてさ、あれから学校の奴等、いきなり俺の事無視し始めたんだよ。 確かに俺も魔特隊関連の事訊かれて、白状したのは確かだけどさ―――」
その話題が出ると、ナターシャと竜星も思わず「ああ~あれかぁ」としみじみとした声を漏らす。
そんな二人の反応がアンディの気持ちを前押しし、更にその口を弾ませた。
「アイツラひでぇよな、あんなに仲良かったと思ったのに。 俺は別に何もしてないのによ」
「無視は酷いなぁ……」
「だろ!? だからなんか一気に冷めちゃって……もういいかなって……さ」
そう語りながらも、弾んでいた口が途端に収まりを見せる。
この出来事はアンディにとってショックであった事には変わりはない。
友人だと思っていた者達がこうして掌を返したのだ、彼等を信用していたから……その落胆は計り知れない。
もし心が弱ければ、人間不信に陥る事も吝かでは無い程の出来事なのだから。
アンディが気落ちを見せ、再び口が止まる。
だが彼の口を……彼女が止めさせない。
「よくないよ!!」
それは激昂にも足る叫びだった。
アンディが、竜星が驚き狼狽え、周囲に居た人が振り向いてしまうくらいに大きな。
「アニキ、逃げるのはよくないよ。 逃げたら昔と一緒。 ししょと会う前の昔の……」
彼女の言う師匠……それは勇では無く、もう一人の。
二人の窮地を救い、魔剣の使い方を教えてくれた老魔剣使いの事。
彼と出会うまで、二人はとても弱かった。
逃げるしか出来なかった。
今となってはもう遠い過去の記憶。
でも思い出したくも無い記憶。
それほどまでに辛く厳しかったから。
その時のアンディと今のアンディが重なっている様に見えて。
叫ばずにはいられなかったのだ。
訴えずにはいられなかったのだ。
それは単に……アンディを想うが故に。
「―――何が違うって言うんだ……昔と何がッ!!」
その想いが、アンディの潜んだ苦しみを引きずり出す。
「何も変わりゃしない!! あの時から力も使えなくなってッ!! 俺だけが置いて行かれてるッ!! 俺だけがッ!!!」
その手が強く握られ、憤りを体現する。
戦う力を失って、魔特隊から外された。
仲の良い友も、孤児だった頃の彼を蔑む目で見ていた者達と同じになった。
もう何も残っちゃいない……そう思える程に、今の彼は孤独だったのだ。
「そんな中でお前は俺にまたあの場所に戻れって言うのかよおッ!!」
彼を蔑む者達が居る学校へ?
孤独だけが待つ学校へ?
また一人になる為に?
一人で苦しめと言うのだろうか。
でもそれは……きっと、ただの勘違いだったのだろう。
「うん、変わらないよ。 だから……ボクとまた一緒にガッコ、いこ?」
ナターシャはまだアンディの事を見捨ててはいない。
何があろうとも、彼女は彼を裏切れない。
だから彼は……孤独ではない。
「ナッティ……お前、俺の事―――」
「ボクは怒ってないし、今でもアニキの事好きだよ。 だから全部が終わったら……またガッコに行くんだぁ。 べんきょして、今度は一杯友達作って、一杯遊ぶんだぁ。 それはアニキとだけじゃない。 だって今はりゅー君も居るもん」
するとナターシャの右手が傍に居る竜星の左手を掴み取る。
柔らかくそっと掴んだ時の感触は、彼女の優しい心と同じ様に……暖かで、温もりを与えていた。
それが竜星の心にも伝わり、心地よさと……勇気を与えた。
「そうだね。 他の人は知らないけど、僕はアンディ君の事を凄いって思うし、皆みたいに無視はしないよ。 むしろ魔特隊だったって事は凄い事だって思う」
「乾、お前―――」
「僕もナターシャちゃんと一緒に、君と学校に行くよ。 だってその方が楽しそうだからさ!」
アンディと竜星は元々接点が殆ど無い、同じクラスの仲間であった程度の間柄だ。
でも竜星はアンディが話すと楽しい人間だという事はよく理解していた。
アンディの明るさは持ち前だ。
決して魔剣の力でも、命力の力でも無い。
そして友人を惹きつけた力もまた、彼の持つ魅力のお陰。
魔剣使いや命力がどんな力であるか……それを知る今の竜星なら、その本質を見極める事など容易い。
「だから僕は今の君と友達になりたいんだ!!」
今やアンディは全てを曝け出した身。
その上で一般の世界に彼の居場所は無い。
だがこうしてナターシャと竜星は彼を受け入れようとしている。
それがアンディにとってどれだけ救いか。
もしかしたら……最初からこうなる事を心のどこかで期待していたのかもしれない。
だからこそ彼はこうして無意識に二人を探していたのだ。
ナターシャに許しを請えば。
竜星に謝れば。
もしかしたらまた以前の様に。
けれどそんな行為など必要無かったのだ。
ナターシャも、竜星も……既にもう許していたのだから。
「乾……俺、友達になれるかな? ナッティ、俺、昔みたいにまた優しく出来るかな?」
「出来るよ!! だってアニキは一人じゃないもん!! ここにはししょも皆も居るよ。 寂しくないから、きっと優しくなれるよ。 前みたいに!!」
「うん、僕ももっとアンディ君と仲良くなりたい!!」
人は余裕が出来た時、他人に優しさを与える事が出来る様になる。
それを人は……善意と呼ぶ。
だが余裕が無ければそんな善意すら与える事が出来ず、時には傷つける事もあるだろう。
アンディはどこか余裕が無かったのかもしれない。
生活が上手く行きすぎて、失う事が怖くなったから。
だから不安要素を排斥しようとしたのだろう。
でも全てを失ってしまった。
失ってしまったと思っていた。
しかしここでようやく気付いたのだ。
自分はまだ……全てを失ってはいないのだと。
それに気付けた時、彼はようやく自分を曝け出せる。
人に対して……素直になれる。
「あのさ、ナッティ。 俺……その、あの時酷い事言ってごめんな。 乾も、あの時庇ってあげられなくてごめん!」
それはアンディがずっと言いたかった一言。
言いたくても、言い出せなかった彼の本音。
それを言えたら……もう彼を隔てる壁は何も無くなる。
「うんっ!! 大丈夫っ!!」
「僕は気にしてないよ! 僕こそアンディ君の悩みに気付けなくてごめん!」
そしてこう返せるから……彼等はもう友達であり、家族なのだ。
悩みも、苦しみも……分かち合えるから、人は強く生きていける。
例え弱くても、こうして寄り添って生きていくのだ。
そこに至れたから、三人は揃って笑顔を浮かべる事が出来た。
「実はな、あの動画見て不覚にも面白れぇって思っちまった!! 羨ましいって思っちまった!!」
「「ええーっ!!」」
たちまちアンディが恥ずかしさを同居させた笑みへと表情を変える。
それがどうにもおかしくて、ナターシャと竜星の嘲笑を呼ぶ。
気付けば大きな笑い声を上げ、三人は揃って歩いていた。
アンディを中心に……ナターシャと竜星とで手を繋ぎながら。
彼等はもう、それが容易に出来る程に……心が育っているのだから。
誰かの力になりたい。
そう考えたのは竜星も同じだった。
最初のキッカケは恐らくモンランでの共闘だろう。
たかがゲーム、されどゲーム。
得意な物で助けになるのであればと自ら訓練の場へと出向いたものだ。
それ以外でも何か無いか……優しい彼がそう思うのは必然だったのかもしれない。
気が付けば、ナターシャとの艦内デートの折に相談を持ち掛けていた。
「―――という訳で、何かないかなぁってさ」
「うーん……」
そこは安居料理長が店を開く食堂。
今や安居料理長だけでなく別の料理人もが厨房に立ち、様々な種類の品物を扱っている。
長い旅路とあってメニューはなかなか飽きさせない様な多種多様な物ばかり。
定番の定食から限定の訪問国名物品、果てにはスィーツまでもが完備されている。
二人はそんな店の角で、共にパフェを突きながらその様な相談事を語り合っていた。
「ボク、そういえばりゅー君の趣味、他に知らない。 特技も……」
「アニメの話しかしてない気がするね……」
何分、二人が付き合い始めたのはつい最近からだ。
この様に語り合う事は多いが、互いにまだ知らない事は多い様で。
何せナターシャに至ってはグランディーヴァ発足直前に竜星の名前を知ったくらいなのだから。
「僕もナターシャちゃんみたいに戦えたらいいのに。 そうしたら守れるかな、藤咲さんみたいに」
男の子が勇達の様な力に憧れるのは当然の事だ。
自分もそんな力が欲しい……竜星が密かに抱いていた想いをさりげなく吐露する。
とはいえそれがどこか恥ずかしくて、その声は僅かに小さい。
「ワオ!! それいいね!!」
しかしそんな提案が飛ぶと、ナターシャが堪らずスプーンを降ろして「てしてし」と拍手を上げる。
それは思っていたよりも好印象な反応。
竜星もナターシャの嬉しそうな笑顔を前に思わずはにかみを覗かせていた。
「それならボクが魔剣の使い方教えてあげる!」
「本当!? そうしたらナターシャちゃんが僕の師匠だね!」
そんな話で盛り上がり、本来であれば知る事の出来ないであろう魔剣の特性をナターシャなりの観点で語られる。
多少抽象的ではあったが……それでも竜星にとっては何もかもが新鮮で。
それでいてアニメの様にとても不思議で。
終始楽しそうに聞き耳を立てていた。
気付けばパフェを突く事も忘れていて。
器に乗ったアイスが自然に形を崩す程の時間が過ぎていた。
「僕も魔剣を使いこなせる様になれるかな。 ドキドキしちゃうな」
「きっと大丈夫だよ!」
何を以って大丈夫かは定かではないが、些細な応援も期待へと変わる。
二人は早速と言わんばかりに……残ったパフェを掛けこみ、期待を胸に店を後にしようと席を立った。
「それじゃ、ししょの所いこ!」
「どこに居るかわからないけどね」
目的は当然、魔剣を使う許可をもらう為。
本来は許可など必要は無いのだが……彼女等なりのけじめの付け方なのだろう。
二人にとっての魔剣の第一人者は紛れも無く勇なのだから。
しかし店を出た矢先、二人の前に思いがけぬ人物が姿を見せた。
「あ、ナ、ナッティ……乾―――」
「えっ……アニキ、なんで―――」
そう、アンディである。
レンネィと共に乗艦したアンディが宛ても無く艦内をうろついていたのだ。
いや、厳密に言えば―――
「……」
途端二人が押し黙り、場に静寂が生まれる。
竜星もそんな二人を前に何も声を出す事が出来ず、神妙な表情を浮かべながら視線を二人の顔に行き来させていた。
「あ、その、あのよ……ママと一緒に乗る事に……なったから」
「え!! ママ来てるの!?」
「えっ!? あ、ああ……」
しかしそう聞いた途端にナターシャがいつもの明るさを見せ始め、思わぬ出来事にアンディが驚きを見せる。
まるでアンディの事なんか何一つ気にしてはいない……そんな風にも思わせる挙動。
それがアンディの表情を更に曇らせ、視線を逸らさせていた。
この様な態度が再び彼の沈黙を生み……ナターシャの首を傾げさせる。
魔剣での繋がりも今は無いから、どちらも考えている事は読めない。
それが拍車を掛けて互いに言葉が見つからず。
以前の様に話す事が出来ないから、キッカケすらも思い浮かびはしなかった。
このまま擦れ違ってしまいそうな程に……再び静けさが場を包み込む。
そんな時ふと、竜星が何かを思い付き……想うがままに声を上げていた。
「アンディ君、学校はどうしたの?」
当然、ナターシャも竜星もアンディの事情など知りはしない。
何故ここに至ったのか、それがその学校で起きた問題が発端だったなどとは。
もし思う所があるのであれば、その話題は一つの禁句にも近いだろう。
「え、ああ、それ、それな!」
だがアンディはそんな話題を前に拒否を起こすどころか、まるで食い付くかの様に早口で言葉を並べていた。
「お前等の動画が流れてさ、あれから学校の奴等、いきなり俺の事無視し始めたんだよ。 確かに俺も魔特隊関連の事訊かれて、白状したのは確かだけどさ―――」
その話題が出ると、ナターシャと竜星も思わず「ああ~あれかぁ」としみじみとした声を漏らす。
そんな二人の反応がアンディの気持ちを前押しし、更にその口を弾ませた。
「アイツラひでぇよな、あんなに仲良かったと思ったのに。 俺は別に何もしてないのによ」
「無視は酷いなぁ……」
「だろ!? だからなんか一気に冷めちゃって……もういいかなって……さ」
そう語りながらも、弾んでいた口が途端に収まりを見せる。
この出来事はアンディにとってショックであった事には変わりはない。
友人だと思っていた者達がこうして掌を返したのだ、彼等を信用していたから……その落胆は計り知れない。
もし心が弱ければ、人間不信に陥る事も吝かでは無い程の出来事なのだから。
アンディが気落ちを見せ、再び口が止まる。
だが彼の口を……彼女が止めさせない。
「よくないよ!!」
それは激昂にも足る叫びだった。
アンディが、竜星が驚き狼狽え、周囲に居た人が振り向いてしまうくらいに大きな。
「アニキ、逃げるのはよくないよ。 逃げたら昔と一緒。 ししょと会う前の昔の……」
彼女の言う師匠……それは勇では無く、もう一人の。
二人の窮地を救い、魔剣の使い方を教えてくれた老魔剣使いの事。
彼と出会うまで、二人はとても弱かった。
逃げるしか出来なかった。
今となってはもう遠い過去の記憶。
でも思い出したくも無い記憶。
それほどまでに辛く厳しかったから。
その時のアンディと今のアンディが重なっている様に見えて。
叫ばずにはいられなかったのだ。
訴えずにはいられなかったのだ。
それは単に……アンディを想うが故に。
「―――何が違うって言うんだ……昔と何がッ!!」
その想いが、アンディの潜んだ苦しみを引きずり出す。
「何も変わりゃしない!! あの時から力も使えなくなってッ!! 俺だけが置いて行かれてるッ!! 俺だけがッ!!!」
その手が強く握られ、憤りを体現する。
戦う力を失って、魔特隊から外された。
仲の良い友も、孤児だった頃の彼を蔑む目で見ていた者達と同じになった。
もう何も残っちゃいない……そう思える程に、今の彼は孤独だったのだ。
「そんな中でお前は俺にまたあの場所に戻れって言うのかよおッ!!」
彼を蔑む者達が居る学校へ?
孤独だけが待つ学校へ?
また一人になる為に?
一人で苦しめと言うのだろうか。
でもそれは……きっと、ただの勘違いだったのだろう。
「うん、変わらないよ。 だから……ボクとまた一緒にガッコ、いこ?」
ナターシャはまだアンディの事を見捨ててはいない。
何があろうとも、彼女は彼を裏切れない。
だから彼は……孤独ではない。
「ナッティ……お前、俺の事―――」
「ボクは怒ってないし、今でもアニキの事好きだよ。 だから全部が終わったら……またガッコに行くんだぁ。 べんきょして、今度は一杯友達作って、一杯遊ぶんだぁ。 それはアニキとだけじゃない。 だって今はりゅー君も居るもん」
するとナターシャの右手が傍に居る竜星の左手を掴み取る。
柔らかくそっと掴んだ時の感触は、彼女の優しい心と同じ様に……暖かで、温もりを与えていた。
それが竜星の心にも伝わり、心地よさと……勇気を与えた。
「そうだね。 他の人は知らないけど、僕はアンディ君の事を凄いって思うし、皆みたいに無視はしないよ。 むしろ魔特隊だったって事は凄い事だって思う」
「乾、お前―――」
「僕もナターシャちゃんと一緒に、君と学校に行くよ。 だってその方が楽しそうだからさ!」
アンディと竜星は元々接点が殆ど無い、同じクラスの仲間であった程度の間柄だ。
でも竜星はアンディが話すと楽しい人間だという事はよく理解していた。
アンディの明るさは持ち前だ。
決して魔剣の力でも、命力の力でも無い。
そして友人を惹きつけた力もまた、彼の持つ魅力のお陰。
魔剣使いや命力がどんな力であるか……それを知る今の竜星なら、その本質を見極める事など容易い。
「だから僕は今の君と友達になりたいんだ!!」
今やアンディは全てを曝け出した身。
その上で一般の世界に彼の居場所は無い。
だがこうしてナターシャと竜星は彼を受け入れようとしている。
それがアンディにとってどれだけ救いか。
もしかしたら……最初からこうなる事を心のどこかで期待していたのかもしれない。
だからこそ彼はこうして無意識に二人を探していたのだ。
ナターシャに許しを請えば。
竜星に謝れば。
もしかしたらまた以前の様に。
けれどそんな行為など必要無かったのだ。
ナターシャも、竜星も……既にもう許していたのだから。
「乾……俺、友達になれるかな? ナッティ、俺、昔みたいにまた優しく出来るかな?」
「出来るよ!! だってアニキは一人じゃないもん!! ここにはししょも皆も居るよ。 寂しくないから、きっと優しくなれるよ。 前みたいに!!」
「うん、僕ももっとアンディ君と仲良くなりたい!!」
人は余裕が出来た時、他人に優しさを与える事が出来る様になる。
それを人は……善意と呼ぶ。
だが余裕が無ければそんな善意すら与える事が出来ず、時には傷つける事もあるだろう。
アンディはどこか余裕が無かったのかもしれない。
生活が上手く行きすぎて、失う事が怖くなったから。
だから不安要素を排斥しようとしたのだろう。
でも全てを失ってしまった。
失ってしまったと思っていた。
しかしここでようやく気付いたのだ。
自分はまだ……全てを失ってはいないのだと。
それに気付けた時、彼はようやく自分を曝け出せる。
人に対して……素直になれる。
「あのさ、ナッティ。 俺……その、あの時酷い事言ってごめんな。 乾も、あの時庇ってあげられなくてごめん!」
それはアンディがずっと言いたかった一言。
言いたくても、言い出せなかった彼の本音。
それを言えたら……もう彼を隔てる壁は何も無くなる。
「うんっ!! 大丈夫っ!!」
「僕は気にしてないよ! 僕こそアンディ君の悩みに気付けなくてごめん!」
そしてこう返せるから……彼等はもう友達であり、家族なのだ。
悩みも、苦しみも……分かち合えるから、人は強く生きていける。
例え弱くても、こうして寄り添って生きていくのだ。
そこに至れたから、三人は揃って笑顔を浮かべる事が出来た。
「実はな、あの動画見て不覚にも面白れぇって思っちまった!! 羨ましいって思っちまった!!」
「「ええーっ!!」」
たちまちアンディが恥ずかしさを同居させた笑みへと表情を変える。
それがどうにもおかしくて、ナターシャと竜星の嘲笑を呼ぶ。
気付けば大きな笑い声を上げ、三人は揃って歩いていた。
アンディを中心に……ナターシャと竜星とで手を繋ぎながら。
彼等はもう、それが容易に出来る程に……心が育っているのだから。
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