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第三節「未知の園 交わる願い 少年の道」
~これくらいの礼はしてもいいよね~
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「我々の要求は二つ。 一つ目は食料の供給、二つ目は諸君らの撤退を所望する」
日本政府とフェノーダラ王国との交渉は折り返しへと差し掛かり、条件提示の順番がとうとうフェノーダラ王国側へと回ってくる。
しかし日本政府の実質的な要求は無し。
この事実に、フェノーダラ側も僅かな抵抗を見せていた。
「こちら側からの一方的な要求となってしまっても良いのだろうか」、そんな思惑が生まれていたからだ。
それでもこう言い放ったのは単にフェノーダラ王の意向があったからである。
転移によってその殆どの土地を失ったが、今共に居る民だけは守らねばならない。
皆を守る為に必要であれば例え横暴と思われようとも要求を突き通す、そんな強い意思があったからこそ。
だが彼等の覚悟を決めた要求も、次の瞬間には唖然を呼ぶ事だろう。
提示された要求を前に何の抵抗も無く「ウンウン」と頷く福留。
その顔は先程から変わらないまま。
余裕すら感じ取れる程の笑顔だったのだから。
「わかりました。 一つ目の要求ですが、その程度であれば我々も即時対応出来ると思います。 特に重要とも察しますので、可能な限り素早い供給をお約束いたしましょう」
「おお、それは助かる! だがいいのか? 総勢百十九人程、これだけの人数の食糧ともなれば相当な負担ともなろう?」
この返事に対してもなお福留は変わらぬままだ。
再び身軽な頷きを見せ、彼等の望みに肯定の意をありありと見せつける。
「ええ、何の心配もございません。 幸い我が国では食料の備蓄を提供出来る程に持ち合わせておりましてねぇ。 不運にも今回の事件に巻き込まれた皆さんにはしばらく無償で提供する事が可能です。 いつまでこの事態が続くかはわかりませんが、安定するまでは食料の心配をしないよう我々も配慮するつもりです」
「なるほど……凄い国力を有しているのだな、『ニポンセイフ』とやらは」
フェノーダラ王曰く、『あちら側』の人間にとっては食べる糧を得る事も一苦労なのだという。
魔者との戦いが絶えない世界ともあり、土地を広げる事もままならない。
広げようと集落を作っても大抵は滅ぼされたりするので、人も増えないのだそう。
城壁で囲んだ土地の中に畑や水源を有し、家畜を買う事でかろうじて安定させている。
そんな生活を昔から送って来た彼等にとって、日本政府の申し出はこれ以上に無い程驚きだったのだ。
もちろん永遠と無償と言う訳にはいかない。
フェノーダラの民が安定し、日本国民に受け入れられる様に成れば、彼等も生活の糧を得る為に働く必要が出てくるだろう。
そういった事もまた勇を通して簡潔に伝えていく。
それに関してはフェノーダラ側も了承の意を頷きで示していた。
彼等もまた貰いっぱなしは性に合わないのだろう。
「次に二つ目の要求ですが、駐留した我が方の軍隊は一部を残し、この後撤退致します。 そちらは元々その予定だったので差し支えありません。 残す部隊は監視用のつもりでしたが、皆様へのサポート要員へ切り替える事にしましょう」
その要求も福留にとっては些細な問題であったのだろう。
ちょっとした肯定的な提案まで盛り込み、相手に反論の意見すら沸かせない。
「それと、これは提案なのですが……どうやらそちらの人々の一部で体調が優れない方々がいらっしゃる様ですね。 後ほど医療団の手配を致しますので、彼等の城内への立ち入りを許可願います。 また、同時に彼等を寝かせる為の寝具を用意しましょう。 設営場所は城内に予め見繕って頂けると幸いです。 衣類なども用意しましょう。 この近辺では魔者と呼ばれる怪物も居ませんし、鎧などは不要でしょう。 他にも簡易トイレなども必要ですね。 婦女子の方もおられる様ですし、エチケットは大事にしなければなりませんから」
次から次へと並べられる福留側からの提案に、口数の伴わない勇は愚かフェノーダラ側が揃って首を引かせる。
まさに至れり尽くせり……開いた口も塞がらない。
勇も喋りきれず、福留に復唱を請う程だ。
「そこまでして頂いてもよろしいのか?」
「えぇ、『困った時はお互い様』という言葉が我々にはありまして。 あぁ、お互いで協力しあおう、という意味です」
福留が得意げにそう語ると……勇達の注目を受ける中でそっと立ち上がり、机を迂回する様に歩み始める。
兵士達が動揺し警戒するも気に留める事無く。
そのままフェノーダラ王の傍まで歩み寄ると、そっと右手を差し出した。
「今はまだ出会ったばかりでお互いが譲歩しあうのも大変な状態ですが、いずれ分かり合う時が来た時……お互いに協力し合って歩んでいきたい、そう願います」
差し出された手の意図。
それのわからないフェノーダラ王が、ふと勇へ視線を向け。
すると勇はそれに気付き、おもむろに近くに座る父親の手を取り握手の素振りを見せつる。
勘の鋭いフェノーダラ王にはすぐ理解出来た様だ。
福留と視線を合わせると、爽やかな笑みを向けて手を掴み取る。
「お互いのより良き未来の為に」
互いが掴んだ手が握手という形に変わり、お互いの気持ちを確かめるかの様に上下に揺れる。
その一言を訳して返した勇や聴いていたちゃな達もまたその状況を感慨深く見つめていて。
こうして日本政府とフェノーダラ王国との交渉は無事終わりを迎えたのであった。
対話が終わりを告げ、各々が席を立ち始める。
フェノーダラ側はと言えば、余りにも事が良い方向に運び過ぎた所為か側近達が勘繰る始末だ。
フェノーダラ王としては直接対話したからこそ福留の意図を読み取った事で信用する事が出来た様であるが。
福留は早速スマートフォンを取り出し、どこかへ向けて連絡をし始めていた。
今交わした約束を果たす為に早速手配をしている様で、漏れる声は必要物資の名が連なったもの。
電話先の相手が勇達同様に戸惑っていた事は予想するのも容易いだろう。
勇の父親とちゃなは椅子に座り、なんて事の無い世間話を交わしている。
交渉が終わった事で緊張が解れたのだろう、その姿は落ち着いたものだ。
半ば父親が話すばかりであったが、聞き耳を立てて相槌を打つちゃなもどこか嬉しそうに微笑みを浮かべていて。
そして勇はと言えば……剣聖に呼ばれ、歩み寄っていた。
「おう、ご苦労だったな」
「いえ、凄いやりがいがありましたよ。 感動したっていうか何て言うか」
「そうかい。 ま、おめぇみてぇなガキにゃまだ早いくらいの話し合いだったからなぁ」
両陣営の翻訳係を務める事で会話に感情移入してしまったのだろう。
興奮冷めやらず、胸の奥では心臓が未だ高鳴りっぱなしだ。
当然こんな会話に入るなど勇には初めての事であり、緊張もしていたのは間違いない。
それでも福留とフェノーダラ王のやり取りは気迫籠る話し合いだったからこそ、緊張すら忘れていて。
互いに強い意思を向けていたから、それに心が引かれてならなかったのだ。
「所で、何かあったんです?」
とはいえ、勇はこうして呼ばれたのが不思議でならなかった様で。
剣聖が神妙な面持ちを向けていた事もまた加えて引っ掛かり。
どこか胸騒ぎを感じずには居られなかった。
「まあなんだ、しつこく言う様だが、これからはおめぇが思った道を歩いて行きゃいい。 俺の助言なんか宛にしてねぇでな」
「それって……」
「俺ぁここに残るぜ。 まあ色々世話になったな。 おめぇの母ちゃんにも礼を言っといてくれや」
こうなる事はこの地に訪れた時から予想していた事だ。
ここまでの間に色々な事があって忘れていたが、思い出す間も無く剣聖の一言が待っていて。
きっと感謝してもしきれないだろう。
命と力をくれた剣聖は、勇にとって掛け替えのない恩人なのだから。
途端に目元が緩み、視界が滲む。
鼻頭がチリリとむず痒さを呼び、思わず啜らせて。
たった三日間の出来事で多くをくれた人との別れは、少年にこれ程までに無い程の感慨を与えていたのだ。
でもきっと目の前の男はそんな情けない姿を望みはしないだろう。
だから勇は目元を引き絞る。
自分も強くなったと伝えたいから。
「―――わかりました。 剣聖さん、今まで本当にありがとうございましたッ!!」
「おうよ!」
勇はそう言い残し、自身を待つ福留達の元へと駆けていく。
その足取りはとても力強く、迷いはもはや何一つ見当たらない。
そんな少年の姿を、剣聖は片笑窪を上げた顔で見つめていた。
フェノーダラ王達に見送られ、勇達が城を後にする。
多くの者達の別れの声が聞こえる中で、勇がふと振り向くと―――列挙する兵士達の向こうに一際大きな人影が目立って見えて。
そんな光景を前に、勇は笑みを零さずにはいられない。
その人影から伸びた腕は、彼等を見送る様に大きく大きく……ゆっくりと左右に振れていたのだから。
城門から出た勇達が自衛隊のキャンプへ向けて歩き続ける。
入る時には青かった空も僅かに薄掛かり、日が沈む様を見せていた。
時刻はもう既に夕刻の六時前
想像以上に時間が過ぎ去っていた様だ。
「でも福留さん、平気なんですか? そんな簡単に要求引き受けちゃってましたけど……」
勇には最前線で伝えるばかりで質問する余裕も無く。
ようやく落ち着いた今、浮かんだ疑問を晴らそうとせんばかりに質問が飛ぶ。
でも、福留はそんな質問を前にも絶えぬ笑顔を浮かべたままだ。
「えぇ。 百二十人程度であれば、大型災害の救助と比べたら大した事ありませんから心配いりませんよ」
「そ、そうなんですか」
さすがに政府代表ともあれば話のスケールも大きすぎて。
とはいえ例題もスケールが理解出来る話ともあって、不思議とすんなり頭に入ってくるかのよう。
「それよりも、魔剣とやらを手に入れる事が出来なかったのは残念で仕方ありません」
するとたちまち今までにこやかだった福留の顔が途端に曇り、落胆の吐息を「フゥ」と漏らす。
やはりそこだけは気掛かりだったのだろう。
「魔者関連と思われる事案は幾つか発生していましてね。 もし魔剣を我々で所持出来るのであれば問題解決の糸口になったかもしれないのですが―――」
「福留さん、実はその事で相談があるんです」
その時、勇が福留に【大地の楔】が入った箱をそっと差し出す。
これだけは真実を話した後も伝えてなかった、唯一残された秘密。
でもそうした事には勇の思惑があったからこそ。
「勇君、これは?」
福留もずっと不思議にこそ思ってはいたが、重要な物とは思っておらず。
だが勇の真剣な眼差しを前に、これが何なのかを悟る事は言わずとも容易だった。
「もし良かったらこれを使ってください。 王様から頂いた物ですけど、俺にはまだ使いこなせそうにないので」
「勇君……いいのでしょうか? 王様に貰ったのであれば君の信用を失いかねませんよ?」
その問い掛けに勇が思わず迷いを見せるが、彼の意思は固い様だ。
静かに頷いて応え、箱を福留の胸元へとそっと添える。
自分の力がまだ【大地の楔】を持つに相応しくないレベルだと感じさせていた事も当然あるだろう。
しかし、差し出したのには別に想う事があったからだ。
勇個人が出来る事などたかが知れている。
それこそ、勇にとっては渋谷を救うだけで精いっぱいだった。
それ故に、フェノーダラ王達がどう言おうとも変容事件の事は政府に任せた方がいいと考えたのだ。
例え魔剣が強力な力を備えていようと、それはあくまで魔者に対してだけに過ぎない。
対人であれば現在持ちうる兵器の方が断然強力なのだから。
だからこそ魔者に対しては抑止力になっても、世界バランスが崩れる様な代物ではない。
―――そう結論付けたのである。
また、勇には細やかであるがもう一つの理由も抱いていたからこそ。
「城の人々が助かるよう色々して頂くんですから、これくらいのお礼はしてもいいかなって思うんです」
「そうですか……わかりました。 ではこちらは丁重に扱わせて頂きますね」
それはとても勇らしい理由で。
福留も心を穏やかにせずにはいられない。
福留が差し出された箱を受け取り、重そうに脇へ抱える。
その時夕日に掛かり輪郭がぼやけた福留の顔には、とても嬉しそうな優しい笑顔が浮かんでいた。
「さて、皆さんの乗ってきた車はあんな状態でしたし―――」
勇達が乗ってきた車はと言えば……既に限界だ。
オフロードを超重量で走った所為でタイヤはパンクしてホイールはガタガタ。
車体も天板が取れた所為で内側から開く様に変形してボロボロで見る影も無し。
根幹であるドライブシャフトも衝撃に次ぐ衝撃で完全に歪みきっていて。
とてもではないが乗って帰れるような状態とは言い難い。
つまり、廃車確定という惨状である。
「なので今日は私がお送りしましょう。 折角ですから帰りに何かおいしい物でも御馳走いたしましょうか」
「いやぁ、何から何までありがとうございます」
「そういえば、少し南に行った所に私の好きな料亭がありましてね―――」
夕日の光を浴びて赤みを帯びた荒野が彼等を誘う。
その跡に引くのは談笑の残滓。
日の光にも負けない程の明るさを伴っていて。
そんな中、高い城壁に立つのはフェノーダラ王達。
勇達が帰っていく姿を城壁の上から静かに見送る。
彼方が徐々に青みを帯びて深い青が一面を染めていく中で。
彼等は世界を取り巻く虚空の青を見つめながら何を思うのか。
今はただ、その流れに身を任せ虚ろうのみであろうが―――
第三節 完
日本政府とフェノーダラ王国との交渉は折り返しへと差し掛かり、条件提示の順番がとうとうフェノーダラ王国側へと回ってくる。
しかし日本政府の実質的な要求は無し。
この事実に、フェノーダラ側も僅かな抵抗を見せていた。
「こちら側からの一方的な要求となってしまっても良いのだろうか」、そんな思惑が生まれていたからだ。
それでもこう言い放ったのは単にフェノーダラ王の意向があったからである。
転移によってその殆どの土地を失ったが、今共に居る民だけは守らねばならない。
皆を守る為に必要であれば例え横暴と思われようとも要求を突き通す、そんな強い意思があったからこそ。
だが彼等の覚悟を決めた要求も、次の瞬間には唖然を呼ぶ事だろう。
提示された要求を前に何の抵抗も無く「ウンウン」と頷く福留。
その顔は先程から変わらないまま。
余裕すら感じ取れる程の笑顔だったのだから。
「わかりました。 一つ目の要求ですが、その程度であれば我々も即時対応出来ると思います。 特に重要とも察しますので、可能な限り素早い供給をお約束いたしましょう」
「おお、それは助かる! だがいいのか? 総勢百十九人程、これだけの人数の食糧ともなれば相当な負担ともなろう?」
この返事に対してもなお福留は変わらぬままだ。
再び身軽な頷きを見せ、彼等の望みに肯定の意をありありと見せつける。
「ええ、何の心配もございません。 幸い我が国では食料の備蓄を提供出来る程に持ち合わせておりましてねぇ。 不運にも今回の事件に巻き込まれた皆さんにはしばらく無償で提供する事が可能です。 いつまでこの事態が続くかはわかりませんが、安定するまでは食料の心配をしないよう我々も配慮するつもりです」
「なるほど……凄い国力を有しているのだな、『ニポンセイフ』とやらは」
フェノーダラ王曰く、『あちら側』の人間にとっては食べる糧を得る事も一苦労なのだという。
魔者との戦いが絶えない世界ともあり、土地を広げる事もままならない。
広げようと集落を作っても大抵は滅ぼされたりするので、人も増えないのだそう。
城壁で囲んだ土地の中に畑や水源を有し、家畜を買う事でかろうじて安定させている。
そんな生活を昔から送って来た彼等にとって、日本政府の申し出はこれ以上に無い程驚きだったのだ。
もちろん永遠と無償と言う訳にはいかない。
フェノーダラの民が安定し、日本国民に受け入れられる様に成れば、彼等も生活の糧を得る為に働く必要が出てくるだろう。
そういった事もまた勇を通して簡潔に伝えていく。
それに関してはフェノーダラ側も了承の意を頷きで示していた。
彼等もまた貰いっぱなしは性に合わないのだろう。
「次に二つ目の要求ですが、駐留した我が方の軍隊は一部を残し、この後撤退致します。 そちらは元々その予定だったので差し支えありません。 残す部隊は監視用のつもりでしたが、皆様へのサポート要員へ切り替える事にしましょう」
その要求も福留にとっては些細な問題であったのだろう。
ちょっとした肯定的な提案まで盛り込み、相手に反論の意見すら沸かせない。
「それと、これは提案なのですが……どうやらそちらの人々の一部で体調が優れない方々がいらっしゃる様ですね。 後ほど医療団の手配を致しますので、彼等の城内への立ち入りを許可願います。 また、同時に彼等を寝かせる為の寝具を用意しましょう。 設営場所は城内に予め見繕って頂けると幸いです。 衣類なども用意しましょう。 この近辺では魔者と呼ばれる怪物も居ませんし、鎧などは不要でしょう。 他にも簡易トイレなども必要ですね。 婦女子の方もおられる様ですし、エチケットは大事にしなければなりませんから」
次から次へと並べられる福留側からの提案に、口数の伴わない勇は愚かフェノーダラ側が揃って首を引かせる。
まさに至れり尽くせり……開いた口も塞がらない。
勇も喋りきれず、福留に復唱を請う程だ。
「そこまでして頂いてもよろしいのか?」
「えぇ、『困った時はお互い様』という言葉が我々にはありまして。 あぁ、お互いで協力しあおう、という意味です」
福留が得意げにそう語ると……勇達の注目を受ける中でそっと立ち上がり、机を迂回する様に歩み始める。
兵士達が動揺し警戒するも気に留める事無く。
そのままフェノーダラ王の傍まで歩み寄ると、そっと右手を差し出した。
「今はまだ出会ったばかりでお互いが譲歩しあうのも大変な状態ですが、いずれ分かり合う時が来た時……お互いに協力し合って歩んでいきたい、そう願います」
差し出された手の意図。
それのわからないフェノーダラ王が、ふと勇へ視線を向け。
すると勇はそれに気付き、おもむろに近くに座る父親の手を取り握手の素振りを見せつる。
勘の鋭いフェノーダラ王にはすぐ理解出来た様だ。
福留と視線を合わせると、爽やかな笑みを向けて手を掴み取る。
「お互いのより良き未来の為に」
互いが掴んだ手が握手という形に変わり、お互いの気持ちを確かめるかの様に上下に揺れる。
その一言を訳して返した勇や聴いていたちゃな達もまたその状況を感慨深く見つめていて。
こうして日本政府とフェノーダラ王国との交渉は無事終わりを迎えたのであった。
対話が終わりを告げ、各々が席を立ち始める。
フェノーダラ側はと言えば、余りにも事が良い方向に運び過ぎた所為か側近達が勘繰る始末だ。
フェノーダラ王としては直接対話したからこそ福留の意図を読み取った事で信用する事が出来た様であるが。
福留は早速スマートフォンを取り出し、どこかへ向けて連絡をし始めていた。
今交わした約束を果たす為に早速手配をしている様で、漏れる声は必要物資の名が連なったもの。
電話先の相手が勇達同様に戸惑っていた事は予想するのも容易いだろう。
勇の父親とちゃなは椅子に座り、なんて事の無い世間話を交わしている。
交渉が終わった事で緊張が解れたのだろう、その姿は落ち着いたものだ。
半ば父親が話すばかりであったが、聞き耳を立てて相槌を打つちゃなもどこか嬉しそうに微笑みを浮かべていて。
そして勇はと言えば……剣聖に呼ばれ、歩み寄っていた。
「おう、ご苦労だったな」
「いえ、凄いやりがいがありましたよ。 感動したっていうか何て言うか」
「そうかい。 ま、おめぇみてぇなガキにゃまだ早いくらいの話し合いだったからなぁ」
両陣営の翻訳係を務める事で会話に感情移入してしまったのだろう。
興奮冷めやらず、胸の奥では心臓が未だ高鳴りっぱなしだ。
当然こんな会話に入るなど勇には初めての事であり、緊張もしていたのは間違いない。
それでも福留とフェノーダラ王のやり取りは気迫籠る話し合いだったからこそ、緊張すら忘れていて。
互いに強い意思を向けていたから、それに心が引かれてならなかったのだ。
「所で、何かあったんです?」
とはいえ、勇はこうして呼ばれたのが不思議でならなかった様で。
剣聖が神妙な面持ちを向けていた事もまた加えて引っ掛かり。
どこか胸騒ぎを感じずには居られなかった。
「まあなんだ、しつこく言う様だが、これからはおめぇが思った道を歩いて行きゃいい。 俺の助言なんか宛にしてねぇでな」
「それって……」
「俺ぁここに残るぜ。 まあ色々世話になったな。 おめぇの母ちゃんにも礼を言っといてくれや」
こうなる事はこの地に訪れた時から予想していた事だ。
ここまでの間に色々な事があって忘れていたが、思い出す間も無く剣聖の一言が待っていて。
きっと感謝してもしきれないだろう。
命と力をくれた剣聖は、勇にとって掛け替えのない恩人なのだから。
途端に目元が緩み、視界が滲む。
鼻頭がチリリとむず痒さを呼び、思わず啜らせて。
たった三日間の出来事で多くをくれた人との別れは、少年にこれ程までに無い程の感慨を与えていたのだ。
でもきっと目の前の男はそんな情けない姿を望みはしないだろう。
だから勇は目元を引き絞る。
自分も強くなったと伝えたいから。
「―――わかりました。 剣聖さん、今まで本当にありがとうございましたッ!!」
「おうよ!」
勇はそう言い残し、自身を待つ福留達の元へと駆けていく。
その足取りはとても力強く、迷いはもはや何一つ見当たらない。
そんな少年の姿を、剣聖は片笑窪を上げた顔で見つめていた。
フェノーダラ王達に見送られ、勇達が城を後にする。
多くの者達の別れの声が聞こえる中で、勇がふと振り向くと―――列挙する兵士達の向こうに一際大きな人影が目立って見えて。
そんな光景を前に、勇は笑みを零さずにはいられない。
その人影から伸びた腕は、彼等を見送る様に大きく大きく……ゆっくりと左右に振れていたのだから。
城門から出た勇達が自衛隊のキャンプへ向けて歩き続ける。
入る時には青かった空も僅かに薄掛かり、日が沈む様を見せていた。
時刻はもう既に夕刻の六時前
想像以上に時間が過ぎ去っていた様だ。
「でも福留さん、平気なんですか? そんな簡単に要求引き受けちゃってましたけど……」
勇には最前線で伝えるばかりで質問する余裕も無く。
ようやく落ち着いた今、浮かんだ疑問を晴らそうとせんばかりに質問が飛ぶ。
でも、福留はそんな質問を前にも絶えぬ笑顔を浮かべたままだ。
「えぇ。 百二十人程度であれば、大型災害の救助と比べたら大した事ありませんから心配いりませんよ」
「そ、そうなんですか」
さすがに政府代表ともあれば話のスケールも大きすぎて。
とはいえ例題もスケールが理解出来る話ともあって、不思議とすんなり頭に入ってくるかのよう。
「それよりも、魔剣とやらを手に入れる事が出来なかったのは残念で仕方ありません」
するとたちまち今までにこやかだった福留の顔が途端に曇り、落胆の吐息を「フゥ」と漏らす。
やはりそこだけは気掛かりだったのだろう。
「魔者関連と思われる事案は幾つか発生していましてね。 もし魔剣を我々で所持出来るのであれば問題解決の糸口になったかもしれないのですが―――」
「福留さん、実はその事で相談があるんです」
その時、勇が福留に【大地の楔】が入った箱をそっと差し出す。
これだけは真実を話した後も伝えてなかった、唯一残された秘密。
でもそうした事には勇の思惑があったからこそ。
「勇君、これは?」
福留もずっと不思議にこそ思ってはいたが、重要な物とは思っておらず。
だが勇の真剣な眼差しを前に、これが何なのかを悟る事は言わずとも容易だった。
「もし良かったらこれを使ってください。 王様から頂いた物ですけど、俺にはまだ使いこなせそうにないので」
「勇君……いいのでしょうか? 王様に貰ったのであれば君の信用を失いかねませんよ?」
その問い掛けに勇が思わず迷いを見せるが、彼の意思は固い様だ。
静かに頷いて応え、箱を福留の胸元へとそっと添える。
自分の力がまだ【大地の楔】を持つに相応しくないレベルだと感じさせていた事も当然あるだろう。
しかし、差し出したのには別に想う事があったからだ。
勇個人が出来る事などたかが知れている。
それこそ、勇にとっては渋谷を救うだけで精いっぱいだった。
それ故に、フェノーダラ王達がどう言おうとも変容事件の事は政府に任せた方がいいと考えたのだ。
例え魔剣が強力な力を備えていようと、それはあくまで魔者に対してだけに過ぎない。
対人であれば現在持ちうる兵器の方が断然強力なのだから。
だからこそ魔者に対しては抑止力になっても、世界バランスが崩れる様な代物ではない。
―――そう結論付けたのである。
また、勇には細やかであるがもう一つの理由も抱いていたからこそ。
「城の人々が助かるよう色々して頂くんですから、これくらいのお礼はしてもいいかなって思うんです」
「そうですか……わかりました。 ではこちらは丁重に扱わせて頂きますね」
それはとても勇らしい理由で。
福留も心を穏やかにせずにはいられない。
福留が差し出された箱を受け取り、重そうに脇へ抱える。
その時夕日に掛かり輪郭がぼやけた福留の顔には、とても嬉しそうな優しい笑顔が浮かんでいた。
「さて、皆さんの乗ってきた車はあんな状態でしたし―――」
勇達が乗ってきた車はと言えば……既に限界だ。
オフロードを超重量で走った所為でタイヤはパンクしてホイールはガタガタ。
車体も天板が取れた所為で内側から開く様に変形してボロボロで見る影も無し。
根幹であるドライブシャフトも衝撃に次ぐ衝撃で完全に歪みきっていて。
とてもではないが乗って帰れるような状態とは言い難い。
つまり、廃車確定という惨状である。
「なので今日は私がお送りしましょう。 折角ですから帰りに何かおいしい物でも御馳走いたしましょうか」
「いやぁ、何から何までありがとうございます」
「そういえば、少し南に行った所に私の好きな料亭がありましてね―――」
夕日の光を浴びて赤みを帯びた荒野が彼等を誘う。
その跡に引くのは談笑の残滓。
日の光にも負けない程の明るさを伴っていて。
そんな中、高い城壁に立つのはフェノーダラ王達。
勇達が帰っていく姿を城壁の上から静かに見送る。
彼方が徐々に青みを帯びて深い青が一面を染めていく中で。
彼等は世界を取り巻く虚空の青を見つめながら何を思うのか。
今はただ、その流れに身を任せ虚ろうのみであろうが―――
第三節 完
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しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
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田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
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勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
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