78 / 1,197
第三節「未知の園 交わる願い 少年の道」
~下手な小細工は通用しません~
しおりを挟む
老人を交え、勇達が踵を返して再びフェノーダラ城へと一歩を踏み出した。
彼を交渉の間に誘う為に。
老人が三人の後を追う様に歩く中、スーツ胸元の内ポケットから何かを取り出す。
それは掌に掴める大きさの携帯無線機。
それを「スッ」と口元へ充て、通信先との通話を始める。
相手は先程の指揮官だ。
「これから彼等と交渉してきますので、皆さんは続きその場で待機願います。 命令あるまで全ての行動は厳禁です」
『了解しました』
たったそれだけを伝え、無線機を元の場所へと返す。
勇達も通話に聞き耳を立てていた様で。
宣言通りの対話路線に変わりは無く、安堵の吐息が「ホッ」と漏れる。
すると、そんな彼等の背後から老人が速足で近づいてきた。
「そうそう、折角なのでこれをお渡ししておきましょうか」
老人の提案に気付いた勇達が足を止め、再び互いに向き合う。
その時彼が出したのは、掌に包み込める程に小さな箱の状の物。
それは艶やか木目調の茶黒い外観に、金銀鮮やかな紋様があしらわれた―――名刺ケースである。
そこから手馴れた様に三枚の名刺を取り出すと、一つ一つ丁寧に勇達へと渡していく。
もちろん勇達の様な子供が居るからとあって、礼儀を省いた簡素的な形で。
「遅れましたが私、福留 晴樹と申します。 日本政府の代表として今回の変容事件に関わる問題に携わる事となりまして」
名刺には名前と共に、聞いた事も無い部署名が書かれていた。
その名は「防衛庁 特殊事案対策部」。
それが彼の所属する、変容事件に関わる問題に対して動く部署の名称という事か。
「いやぁつい先日出来たような部署なものですから、なかなか人員が纏まらなくてねぇ」
役職は無いのか、それ以外に明記されている事柄はと言えば直通の電話番号とEメールアドレスくらい。
しかし質素な内容に反して煌びやかなデザインが目に留まり、それだけでも本気さを感じ取れる。
たったこの二日間でこんな物が用意出来ているのだ、相応な金額が掛かっているのだろう。
ぼやきが入る所は普通の人にしか見えないが、名刺を見るだけでも大層な立場の人間である事が透けて見えるかの様であった。
「あ、私は名刺を持ってきて……あ、あった! 私こういう者です」
勇の父親が素早く名刺入れを取り出し、福留へと名刺を渡す。
勇の父親の姿はと言えば、仕事から帰ってきてからの仕事着のまま。
普段から内ポケットに名刺入れを入れていた事が功を奏した様だ。
そんな勇の父親の名刺ケースはと言えば、アルミ外装の何の飾りっ気の無い物。
一般人ならば普通の事ではあるのだが、息子の勇としては福留との差にちょっとばかり不満のご様子。
一般リーマンの給料で買える物などたかが知れているからこそ、その不満は理不尽なものであるが。
「ふむ、藤咲徹さんですね、そちらはお子さん方ですかな?」
「この子が息子の勇です。 そしてこちらが今仮で家に泊めている田中ちゃなさんです」
「仮……ですか」
途端、福留が「ふぅむ」と疑問の声を漏らす。
勇の父親が語った一言から複雑な事情を感じてならなくて。
勇達は魔剣や剣聖達の事を語るつもりは無かった。
余りにも事情を深く知っているとバレてしまえば、身柄の拘束なども有り得るが故に。
相手が国家であればなおさらだ。
何せ堂々とその権利を行使出来る立場なのだから。
しかし渋谷で起きた出来事は周知の事実。
その範囲であれば語っても問題は無い。
それが勇達がここに至る間に相談して決めた事。
だから勇は対話を父親に任せ、余り前に出ない事を決めたのだ。
彼が素直だからこそ、うっかり真実を漏らしかねないから。
「―――という訳でして。 なんとか無事に帰れたものの、田中ちゃなさんの帰る家も無く。 とりあえず落ち着くまでは、という事になったのです」
勇の父親が語ったのは、勇とちゃなが変容事件に巻き込まれてから命からがら一緒に逃げ帰って来たという事。
どうやって帰って来たかは彼にも詳細がわからないからこそ、ぼやかしも自然で。
現在東京の警察は事態の収拾に追われてどこも人手不足だ。
ちゃなを保護してくれと頼んでも叶わない事かもしれない。
それは当然福留もよく知る所であり、藤咲家の采配に感心を寄せる様に聴き入る姿を見せていた。
「それはそれは、大変でしたねぇ。 しかしその対応は実に素晴らしい。 本来は健全とは言い難いですが、事態が事態ですから仕方のない事でしょう。 昨今は隣人との関係も希薄と言われる時代ですが、まだまだ捨てたもんじゃありませんなぁ」
腕を深々と組んで「ウンウン」と感慨深く頷いて見せる福留に、勇達もまんざらではなく。
世の中では少女を連れ込んで監禁するなどといった事件も増えたからこそ、彼等の様に善意を人へ与えられる者達の存在はとても貴重だ。
ちゃなが微笑みを浮かべながら彼等の傍に付いている事が何よりもの証。
そこに福留が疑う余地は一切ありはしない。
そこだけには。
「しかし、早く変容区域の封鎖が解除されるといいですねぇ」
「そうですね、田中さんの家が平気かどうかも確かめたいし、怪物も消えたって事ですし」
だがその時―――思い掛けず放った勇の一言が全ての空気を一転させた。
「勇君、君はどうしてあの街が解放されると思ったのですか?」
途端、福留の鋭い目が勇へと向けられる。
その瞳は先程までの緩やかさが嘘の様に鋭く光り、睨みつけている様にも見えていた。
「えっ……それは―――」
福留の突然の豹変に勇が焦りを隠せない。
それは父親達も同様だ。
「その……そう、昨日何も居なかったって報道あったから―――」
「ええ。 ですがそれはまだ見つかっていないという話です」
鋭い切り返しはたちまち勇の返す言葉を奪い去る。
ただただ唖然とする勇を前に、福留の勢いは衰える事を知らない。
「そしてもう一つ。 何故怪物は消えてなくなったと思ったのでしょう? どこかへ隠れて? 煙の様に? ―――それとも、業炎に焼かれて、でしょうか?」
その一言は勇とちゃなを絶句へ誘い、返す言葉を完全に失わせた。
目の前に立つ福留という老人は、先日起きた事を知っているとわかってしまったから。
そう……変容事件に関する話は全ては振りだったのだ
勇達から真実を引き出す為の罠。
彼等が何故ここに居るのか、それを解明する為に仕組んだ福留の策略だったのである。
「実はですねぇ、街に残った幾つかの監視カメラに奇妙な映像が映っていたのですよ」
「あ……」
福留がそう言い放ち、内ポケットから何かを取り出す。
それは片手で持てる程度の小さなタブレット端末。
途端、手馴れた様に操作を始め、間も無く画面を勇達へと向けた。
するとそこにはなんと……白黒の映像の中で動く勇達の姿が映し出されていたのだ。
動画の種類は多様だった。
最初はヴェイリと共に歩む姿が映し出され。
次にはちゃなが宝石店に足を踏み入れた姿が。
ヴェイリが一人ビルを昇っていく姿も映し出され。
勇がダッゾ族の集団に向けて歩いていく姿も。
逃げる勇と、大集団が追う姿もその後に続いて。
そして、ちゃなが光球を撃ち出した所もハッキリと映し出されていたのである。
最後には無人のアパレル店で服を着替えてお金を置いていく勇の姿もまた同様に。
全ての映像には日付もしっかり刻まれており、それが先日の出来事であった事は明白。
何もかもが証拠となりえる映像ばかりで、もはや言い逃れすら難しい。
「お前達、これは一体どういう事なんだ!!」
誰より一番ショックを受けたのは何も聞かされてなかった父親だ。
「危ない事はしない」と言って出掛けたのに、嘘を付いて魔者達と戦っていたという事実に。
先程のフェノーダラ城での会話も、剣聖が上手くぼやかしていたので誤魔化す事は出来ていた。
しかし証拠の映像が映し出された今、もはや言い訳も叶いはしない。
勇は暴露された事実を前に、ただただ静かに項垂れる他無く。
だがその時、福留が体を盾にして二人の間に割って入った。
「まぁ、お父さんの思う所もあると思いますが、今は少し本題を進まさせて頂きますねぇ」
思わず身を引かせる二人の間で、福留が端末を仕舞い込みながら話を続ける。
「私はお二人があの怪物達を何かしらの方法で退治したと考えていまして。 あ、まだこの事は上には内緒ですがね」
先程の勇達の雰囲気などに振り回される事無く、福留にはいつの間にか軽さが戻っていて。
ふと右手の人差し指を天へと向けると、軽快な動きで左右に振らせる仕草を見せていた。
「そこで本当の事を話して頂ければ、私も皆さんの力に成れるのではないかと思っています」
その一言と共に微笑んだまま小さく頷く姿が勇達に落ち着きを取り戻させる。
虹の様に雰囲気を変える福留という存在は掴み所こそ無いが、それが逆に理性的に見えて。
全てを見透かした様な立ち振る舞いは、抵抗すら無意味だと思える程に理知的だったから。
そしてここまで知る彼だからこそ、もはや勇達に隠す理由は無かったのだ。
もう父親にも事実を知られたから。
そんな事も含めて誰かに打ち明けたかったから。
勇とちゃなは覚悟を決め、福留へと全ての真実を語り始めた。
魔者に襲われた事から始まり。
勇とちゃなを守ろうとして親友の統也を失った事。
逃げる先で剣聖に出会った事。
魔剣を貰い、自らの手で統也の仇を取った事。
ヴェイリと共に戦おうと言われたが騙されていた事。
ちゃなの力によってダッゾ族の集団を蹴散らせた事。
結果的にダッゾ族の王を倒せたという事。
今日起きた事もまた同様に。
魔剣を得た事で習得した命力が『あちら側』との会話の成り立つ鍵であるという事も。
そんな話を、福留が目を細めながら静かに聞き入る。
その瞳はどこか悲しみを帯び、勇達を襲った悲劇に感傷を示していた。
「なるほど……君はこの三日間で普通の人が経験した事の無い過酷な環境に晒され続けたんですねぇ」
「はい……」
「お父さん、出来れば勇君達を責めないであげてください。 彼等は常人の想像を遥かに超えた場所で戦ってきたのです。 それはもう誰に相談してもわかってあげられない事なのですから。 だからご両親だけは責めずに暖かく見守ってあげてください」
そう諭された途端、勇の父親の心に渦巻いていた怒りの感情が「スゥー」と抜けていく様に消えていく。
福留の優しく包み込む様な言葉には、人の心を静める説得力の様なものがあるのだろう。
「それにお二人は悪い事は一切していません。 ちゃんと動画を通してお二人の行動はしっかり見ていましたから、安心してください」
変容後の渋谷は無人。
ルールを厭わない者であれば、あらゆる物品が盗り放題という場所となっている。
もしかしたらこうしている間にも勇達の様に警察の間を潜り抜けて盗みを働く者が居るかもしれない。
しかしそんな中で、勇もちゃなも金目の物には一切目も暮れずに戦う事だけに集中していた。
いくらでも盗む機会はあっただろう。
それでも二人は理性と倫理を守り、ルールを決して破らなかった。
福留はそんな二人なら信じられる、そう思ってこの場に一人で来たのである。
「ですが、嘘はいけません。 勇君、ちゃなさん、二人とも今後は気を付ける様にお願いしますねぇ」
「は、はい」
「気を付けます……」
勇が諭されるがままに深々と頭を下げる。
ちゃなもまた同様にして。
確かに勇は真実を黙って置こうと嘘は付いたが、ちゃなは傍に付いていただけ。
しかしそれが結果的に揃って謝らせる事になってしまった。
勇はそれがどうにも申し訳なくて。
ちゃなに向けて小さく「ごめんね」と返す。
でもちゃなは気にしていなかった様で、「ううん」と首を横に振っていて。
頭を下げながらも……互いに「ふふっ」と笑い合う二人の姿がそこにあった。
「さぁ、歩みを止めてしまいました。 出来れば今日中に交渉を済ませたいので早く向かいましょうか」
そんな二人に微笑みを向けながらも、そのままにしておく訳にもいかず。
福留が「急ぎましょう」と言わんばかりに両腕を扇ぐ様にして一度二度と持ち上げる仕草を見せ。
勇もちゃなもそれに気付くと、「あっ」と声を漏らしながら足早にフェノーダラ城へと向けて足を踏み出していく。
その時の二人はどこか仲の良い兄妹にも見えて。
思わず福留と勇の父親に穏やかな笑顔を呼び込んでいた。
こうして四人は再び歩を進めてフェノーダラ城へと向かう。
これから成されるのは日本政府とフェノーダラの対話。
果たしてその結果は一体どの様な形に転がっていくのだろうか……。
彼を交渉の間に誘う為に。
老人が三人の後を追う様に歩く中、スーツ胸元の内ポケットから何かを取り出す。
それは掌に掴める大きさの携帯無線機。
それを「スッ」と口元へ充て、通信先との通話を始める。
相手は先程の指揮官だ。
「これから彼等と交渉してきますので、皆さんは続きその場で待機願います。 命令あるまで全ての行動は厳禁です」
『了解しました』
たったそれだけを伝え、無線機を元の場所へと返す。
勇達も通話に聞き耳を立てていた様で。
宣言通りの対話路線に変わりは無く、安堵の吐息が「ホッ」と漏れる。
すると、そんな彼等の背後から老人が速足で近づいてきた。
「そうそう、折角なのでこれをお渡ししておきましょうか」
老人の提案に気付いた勇達が足を止め、再び互いに向き合う。
その時彼が出したのは、掌に包み込める程に小さな箱の状の物。
それは艶やか木目調の茶黒い外観に、金銀鮮やかな紋様があしらわれた―――名刺ケースである。
そこから手馴れた様に三枚の名刺を取り出すと、一つ一つ丁寧に勇達へと渡していく。
もちろん勇達の様な子供が居るからとあって、礼儀を省いた簡素的な形で。
「遅れましたが私、福留 晴樹と申します。 日本政府の代表として今回の変容事件に関わる問題に携わる事となりまして」
名刺には名前と共に、聞いた事も無い部署名が書かれていた。
その名は「防衛庁 特殊事案対策部」。
それが彼の所属する、変容事件に関わる問題に対して動く部署の名称という事か。
「いやぁつい先日出来たような部署なものですから、なかなか人員が纏まらなくてねぇ」
役職は無いのか、それ以外に明記されている事柄はと言えば直通の電話番号とEメールアドレスくらい。
しかし質素な内容に反して煌びやかなデザインが目に留まり、それだけでも本気さを感じ取れる。
たったこの二日間でこんな物が用意出来ているのだ、相応な金額が掛かっているのだろう。
ぼやきが入る所は普通の人にしか見えないが、名刺を見るだけでも大層な立場の人間である事が透けて見えるかの様であった。
「あ、私は名刺を持ってきて……あ、あった! 私こういう者です」
勇の父親が素早く名刺入れを取り出し、福留へと名刺を渡す。
勇の父親の姿はと言えば、仕事から帰ってきてからの仕事着のまま。
普段から内ポケットに名刺入れを入れていた事が功を奏した様だ。
そんな勇の父親の名刺ケースはと言えば、アルミ外装の何の飾りっ気の無い物。
一般人ならば普通の事ではあるのだが、息子の勇としては福留との差にちょっとばかり不満のご様子。
一般リーマンの給料で買える物などたかが知れているからこそ、その不満は理不尽なものであるが。
「ふむ、藤咲徹さんですね、そちらはお子さん方ですかな?」
「この子が息子の勇です。 そしてこちらが今仮で家に泊めている田中ちゃなさんです」
「仮……ですか」
途端、福留が「ふぅむ」と疑問の声を漏らす。
勇の父親が語った一言から複雑な事情を感じてならなくて。
勇達は魔剣や剣聖達の事を語るつもりは無かった。
余りにも事情を深く知っているとバレてしまえば、身柄の拘束なども有り得るが故に。
相手が国家であればなおさらだ。
何せ堂々とその権利を行使出来る立場なのだから。
しかし渋谷で起きた出来事は周知の事実。
その範囲であれば語っても問題は無い。
それが勇達がここに至る間に相談して決めた事。
だから勇は対話を父親に任せ、余り前に出ない事を決めたのだ。
彼が素直だからこそ、うっかり真実を漏らしかねないから。
「―――という訳でして。 なんとか無事に帰れたものの、田中ちゃなさんの帰る家も無く。 とりあえず落ち着くまでは、という事になったのです」
勇の父親が語ったのは、勇とちゃなが変容事件に巻き込まれてから命からがら一緒に逃げ帰って来たという事。
どうやって帰って来たかは彼にも詳細がわからないからこそ、ぼやかしも自然で。
現在東京の警察は事態の収拾に追われてどこも人手不足だ。
ちゃなを保護してくれと頼んでも叶わない事かもしれない。
それは当然福留もよく知る所であり、藤咲家の采配に感心を寄せる様に聴き入る姿を見せていた。
「それはそれは、大変でしたねぇ。 しかしその対応は実に素晴らしい。 本来は健全とは言い難いですが、事態が事態ですから仕方のない事でしょう。 昨今は隣人との関係も希薄と言われる時代ですが、まだまだ捨てたもんじゃありませんなぁ」
腕を深々と組んで「ウンウン」と感慨深く頷いて見せる福留に、勇達もまんざらではなく。
世の中では少女を連れ込んで監禁するなどといった事件も増えたからこそ、彼等の様に善意を人へ与えられる者達の存在はとても貴重だ。
ちゃなが微笑みを浮かべながら彼等の傍に付いている事が何よりもの証。
そこに福留が疑う余地は一切ありはしない。
そこだけには。
「しかし、早く変容区域の封鎖が解除されるといいですねぇ」
「そうですね、田中さんの家が平気かどうかも確かめたいし、怪物も消えたって事ですし」
だがその時―――思い掛けず放った勇の一言が全ての空気を一転させた。
「勇君、君はどうしてあの街が解放されると思ったのですか?」
途端、福留の鋭い目が勇へと向けられる。
その瞳は先程までの緩やかさが嘘の様に鋭く光り、睨みつけている様にも見えていた。
「えっ……それは―――」
福留の突然の豹変に勇が焦りを隠せない。
それは父親達も同様だ。
「その……そう、昨日何も居なかったって報道あったから―――」
「ええ。 ですがそれはまだ見つかっていないという話です」
鋭い切り返しはたちまち勇の返す言葉を奪い去る。
ただただ唖然とする勇を前に、福留の勢いは衰える事を知らない。
「そしてもう一つ。 何故怪物は消えてなくなったと思ったのでしょう? どこかへ隠れて? 煙の様に? ―――それとも、業炎に焼かれて、でしょうか?」
その一言は勇とちゃなを絶句へ誘い、返す言葉を完全に失わせた。
目の前に立つ福留という老人は、先日起きた事を知っているとわかってしまったから。
そう……変容事件に関する話は全ては振りだったのだ
勇達から真実を引き出す為の罠。
彼等が何故ここに居るのか、それを解明する為に仕組んだ福留の策略だったのである。
「実はですねぇ、街に残った幾つかの監視カメラに奇妙な映像が映っていたのですよ」
「あ……」
福留がそう言い放ち、内ポケットから何かを取り出す。
それは片手で持てる程度の小さなタブレット端末。
途端、手馴れた様に操作を始め、間も無く画面を勇達へと向けた。
するとそこにはなんと……白黒の映像の中で動く勇達の姿が映し出されていたのだ。
動画の種類は多様だった。
最初はヴェイリと共に歩む姿が映し出され。
次にはちゃなが宝石店に足を踏み入れた姿が。
ヴェイリが一人ビルを昇っていく姿も映し出され。
勇がダッゾ族の集団に向けて歩いていく姿も。
逃げる勇と、大集団が追う姿もその後に続いて。
そして、ちゃなが光球を撃ち出した所もハッキリと映し出されていたのである。
最後には無人のアパレル店で服を着替えてお金を置いていく勇の姿もまた同様に。
全ての映像には日付もしっかり刻まれており、それが先日の出来事であった事は明白。
何もかもが証拠となりえる映像ばかりで、もはや言い逃れすら難しい。
「お前達、これは一体どういう事なんだ!!」
誰より一番ショックを受けたのは何も聞かされてなかった父親だ。
「危ない事はしない」と言って出掛けたのに、嘘を付いて魔者達と戦っていたという事実に。
先程のフェノーダラ城での会話も、剣聖が上手くぼやかしていたので誤魔化す事は出来ていた。
しかし証拠の映像が映し出された今、もはや言い訳も叶いはしない。
勇は暴露された事実を前に、ただただ静かに項垂れる他無く。
だがその時、福留が体を盾にして二人の間に割って入った。
「まぁ、お父さんの思う所もあると思いますが、今は少し本題を進まさせて頂きますねぇ」
思わず身を引かせる二人の間で、福留が端末を仕舞い込みながら話を続ける。
「私はお二人があの怪物達を何かしらの方法で退治したと考えていまして。 あ、まだこの事は上には内緒ですがね」
先程の勇達の雰囲気などに振り回される事無く、福留にはいつの間にか軽さが戻っていて。
ふと右手の人差し指を天へと向けると、軽快な動きで左右に振らせる仕草を見せていた。
「そこで本当の事を話して頂ければ、私も皆さんの力に成れるのではないかと思っています」
その一言と共に微笑んだまま小さく頷く姿が勇達に落ち着きを取り戻させる。
虹の様に雰囲気を変える福留という存在は掴み所こそ無いが、それが逆に理性的に見えて。
全てを見透かした様な立ち振る舞いは、抵抗すら無意味だと思える程に理知的だったから。
そしてここまで知る彼だからこそ、もはや勇達に隠す理由は無かったのだ。
もう父親にも事実を知られたから。
そんな事も含めて誰かに打ち明けたかったから。
勇とちゃなは覚悟を決め、福留へと全ての真実を語り始めた。
魔者に襲われた事から始まり。
勇とちゃなを守ろうとして親友の統也を失った事。
逃げる先で剣聖に出会った事。
魔剣を貰い、自らの手で統也の仇を取った事。
ヴェイリと共に戦おうと言われたが騙されていた事。
ちゃなの力によってダッゾ族の集団を蹴散らせた事。
結果的にダッゾ族の王を倒せたという事。
今日起きた事もまた同様に。
魔剣を得た事で習得した命力が『あちら側』との会話の成り立つ鍵であるという事も。
そんな話を、福留が目を細めながら静かに聞き入る。
その瞳はどこか悲しみを帯び、勇達を襲った悲劇に感傷を示していた。
「なるほど……君はこの三日間で普通の人が経験した事の無い過酷な環境に晒され続けたんですねぇ」
「はい……」
「お父さん、出来れば勇君達を責めないであげてください。 彼等は常人の想像を遥かに超えた場所で戦ってきたのです。 それはもう誰に相談してもわかってあげられない事なのですから。 だからご両親だけは責めずに暖かく見守ってあげてください」
そう諭された途端、勇の父親の心に渦巻いていた怒りの感情が「スゥー」と抜けていく様に消えていく。
福留の優しく包み込む様な言葉には、人の心を静める説得力の様なものがあるのだろう。
「それにお二人は悪い事は一切していません。 ちゃんと動画を通してお二人の行動はしっかり見ていましたから、安心してください」
変容後の渋谷は無人。
ルールを厭わない者であれば、あらゆる物品が盗り放題という場所となっている。
もしかしたらこうしている間にも勇達の様に警察の間を潜り抜けて盗みを働く者が居るかもしれない。
しかしそんな中で、勇もちゃなも金目の物には一切目も暮れずに戦う事だけに集中していた。
いくらでも盗む機会はあっただろう。
それでも二人は理性と倫理を守り、ルールを決して破らなかった。
福留はそんな二人なら信じられる、そう思ってこの場に一人で来たのである。
「ですが、嘘はいけません。 勇君、ちゃなさん、二人とも今後は気を付ける様にお願いしますねぇ」
「は、はい」
「気を付けます……」
勇が諭されるがままに深々と頭を下げる。
ちゃなもまた同様にして。
確かに勇は真実を黙って置こうと嘘は付いたが、ちゃなは傍に付いていただけ。
しかしそれが結果的に揃って謝らせる事になってしまった。
勇はそれがどうにも申し訳なくて。
ちゃなに向けて小さく「ごめんね」と返す。
でもちゃなは気にしていなかった様で、「ううん」と首を横に振っていて。
頭を下げながらも……互いに「ふふっ」と笑い合う二人の姿がそこにあった。
「さぁ、歩みを止めてしまいました。 出来れば今日中に交渉を済ませたいので早く向かいましょうか」
そんな二人に微笑みを向けながらも、そのままにしておく訳にもいかず。
福留が「急ぎましょう」と言わんばかりに両腕を扇ぐ様にして一度二度と持ち上げる仕草を見せ。
勇もちゃなもそれに気付くと、「あっ」と声を漏らしながら足早にフェノーダラ城へと向けて足を踏み出していく。
その時の二人はどこか仲の良い兄妹にも見えて。
思わず福留と勇の父親に穏やかな笑顔を呼び込んでいた。
こうして四人は再び歩を進めてフェノーダラ城へと向かう。
これから成されるのは日本政府とフェノーダラの対話。
果たしてその結果は一体どの様な形に転がっていくのだろうか……。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる