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第三節「未知の園 交わる願い 少年の道」

~誤解ってなんだろう~

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 ちゃながぷくりとした笑みを浮かべ、魔剣を抱えたまま勇の下へと駆けていく。
 余程魔剣を賜った事が嬉しかったのだろう。
 自分の身に合う物であればなおさらだ。

 しかし彼女と打って変わり、フェノーダラ王の表情は浮かない。
 勇とちゃなに魔剣を託す事で好事とも言える祭事が終わったからこそ。

 残るのは―――悪事しかないのだから。

「さて。 本当であればこのまま祝いの席を設けたい所ではあるのだが。 正直な所、今はそんな余裕が無い」

「あぁ、外の奴等かぁ」

 その応えに対し、フェノーダラ王が静かに頷く。

「剣聖殿の言う通りの状況であるとしたら、我々は何故かこの本殿のみがこの世界へと『転移』してしまったという事になる。 おまけに外の彼等が居座り続ければ状況を把握する事も困難だ。 このままでは我々は全員飢え死に、あるいは衰弱死は免れないだろうな」

「そんなっ!?」

 その時、話を聴いていた勇が堪らず叫びを上げる。
 ここまで好意を寄せてくれた人々が待つのは死。
 それが納得出来る訳もない。

 その想いが体をも震わせ、その拳を強く握らせていた。

 でもそんな勇の態度がフェノーダラ王に一つの妙案を思い浮かばせる。
 それを考えついた時、王の視線が自然と勇へと向けられ―――



「そこで是非、君達に頼みがある。 彼等との交渉の橋渡しを願えないだろうか?」



 橋渡し……それは詰まる所、通訳。

 世界の異なる者同士の対話に勇が入り、互いの意思疎通を行うという事である。
 こうすれば少なくともフェノーダラ側に敵意が無い事は伝えられ、自衛隊が武器を持つ理由も無くなる。
 果てには友好のキッカケともなりえるかもしれない。

 だがそれは国家間の対話の通訳。
 一つ間違えれば決裂し、惨事に発展する事もありうる。
 剣聖が居るのであれば抵抗は出来るだろうが、皆が戦う事は出来ないだろう。

 その果てに待つのは【フェノーダラ】の滅亡。

 人生経験の少ない勇にでもそれくらいは容易に想像出来た。
 そして、そうしたくないという強い想いもまた、心の奥に生まれていて。

 失敗する事よりも、面倒だと思う事よりも……ずっとずっと強い意思が。



「わかりました。 俺が出来る事であれば協力させてください!」



 だからこう応える事が出来たのだ。



 勇が勇気を振り絞って真っ直ぐな視線を向け。
 そんな応えに、フェノーダラ王は安心したかの様に微笑みを返す。

「どうかよろしく頼みたい。 剣聖殿ではきっと交渉など出来様も無いであろうからなぁ」
「あぁん!?」

 そんな小言が剣聖を刺激し、湧き出た怒りが右拳をワナワナと持ち上がっていく。

 だがやはり相手がフェノーダラ王なだけに。
 「出来るのかね?」と言いたげなフェノーダラ王のいじらしい笑みが途端に向けられ、たちまち右腕が震えながらも動きが止まり。
 「ぷンぬッ」という鼻息と共に苦虫を噛み潰した嫌そう~な深いしかめっ面を背け、両腕を激しく組ませたのだった。

 どうやら言い返せぬ程に図星だった様だ。

「で、では、俺達は話し合いに行きますね」

 勇がどちらの味方も出来る訳も無く。
 繰り広げられた二人の静かな攻防に苦笑を浮かべつつも踵を返す。
 ちゃなと勇の父親も共にして。

 そんな時、部屋の奥に立っていたエウリィが「ハッ!」と何かに気付き。
 すぐさまフェノーダラ王の下へと駆け寄り、服の袖をグイグイと引く。

 するとフェノーダラ王が「あっ!」と声を上げる程の何かを思い出した様で。
 間髪入れずに椅子から飛び上がる様に立ち上がった。
  
「ちょっと待ってくれフジサキユウ!」

 途端、フェノーダラ王の声が広間に木霊して。
 気付いた勇達がそっと振り返る。

 どうやら相当焦っていたのだろう。
 勇達が足を止めた事に安堵を憶え、「フゥ」という溜息を零していたのだから。

「フジサキユウ、エウリィからたっての頼みがある様なので少し聞いて頂けないだろうか。 何、きっと悪い事では無いよ」

「えっ? はい、いいですけど……」

 焦る程に重要な事なのだろうか。
 そう思ってやまない勇がほんの少しばかり眉間を寄せる。

 橋渡し役を任された事に一抹の不安を抱いていたからこそ。
 そこに新たな不安要素を感じてならなかった様だ。

 しかし勇のそんな想いを他所に、エウリィは既に傍へと歩み寄っていて。
 ほんの少し近いと感じさせる距離間で、彼女の微笑みがふわりと浮かぶ。

わたくし、フェノーダラ王が第一子、エウリィ=ニムハ=フェノーダラと申します」

「あ、はい、名前は先程から―――」

「フジサキユウ様、その……お願いがございます」

 そんな時見せたエウリィの姿は、少女らしい可憐な仕草を見せていて。

 両掌を握り合わせた様は願いの強さ故か。
 でも視線は勇から逸れ、白い頬は僅かな赤みを帯び。
 僅かに腰が揺れ動き、腰下全てを隠すスカートが小刻みに震える。

 そんな清純乙女の恥じらいにも見える姿が勇のハートを撃ち貫いた。

 勇が思わず惚けてしまう程に、その仕草はとても可愛く見えていたのだ。
 
「な、なんでしょうか……」

「私、つい先日十五歳となりまして、間も無く嫁げる身ともなるでしょう」

 『あちら側』にも婚姻を行う年齢は定められているのだろう。
 現代と比べれば若くはあるが、時代を遡ればこんな年齢でも不思議では無く。
 勇も授業でそんな事を習った記憶があったからこそ、「『あちら側』ではそうなんだな」としか思いはしない。

 そんな思考を巡らせる勇を他所に、エウリィが語り始めて止まらない。

「ですがその途端にこの様な出来事が起きてしまいました。 私は困り果て、自問自答を繰り返したのです。 『なぜ世界はこの様な試練を与えるのか』と。 まだ恋もした事が無いというのに……!!」

 本音の中に妙な熱量が籠る。
 清純さの中にチラリと覗く力強さは、思わず勇が顔を引かせる程の。

 途端に逸れていた視線が勇へと向けられ、語りが更に熱を帯び始めヒートアップしていく。

「嗚呼、でも世界は私を見捨てた訳では無かったのです。 そう、そこでフジサキユウ様が颯爽と現れたのですから。 私達をお救い下さった英雄として!!」

「え……?」

「もはやこれは運命ですッ!! フジサキユウ様ッ!!」

 すると突如エウリィが握っていた両手を解き放ち、自由となっていた勇の左手を掴み取り。
 そして自身の胸元へと強く引き寄せ……「ギュッ」と握り締める。

 突然の思わぬ出来事に、勇の顔はもはや真っ赤だ。
 もちろんエウリィも同様である。

「私は貴方様の事をッ!!―――」
「エウリィ、飛ばし過ぎだよ」

 だが途端にフェノーダラ王の一言が釘を刺し。
 その瞬間、エウリィの体が空気に打ち付けられたかの如く「ガチリ」と固まる。
 興奮の余りに顔を真っ赤に染め上げ、叫びを上げんと口を開ききったままに。

 たちまち落ち着きを取り戻した彼女の頭がグラリと揺れ、ガクリと垂れ落ちた。

 どうやら興奮の余り我を失っていた様だ。
 フェノーダラ王の横槍が彼女に冷静さを取り戻させたのだろう。

「も、申し訳ありません、興奮してしまうと自分でも抑えらえなくてつい……」

 エウリィはと言えば、縮こまりながら俯いていて。

「あ、いやいや、平気ですよ、はは……」

 両手の人差し指を絡める仕草を見せながら反省する姿がまさに小動物のよう。
 お姫様の様な可憐な姿も相まって、そのギャップが可愛さを引き立たせていて。

 勇は勢いにこそたじろいではいたが、エウリィのそんな姿に惹かれてならず。
 気付けばどうしたらいいものかと左手を宙に泳がせるばかりだ。

「ははは、すまないフジサキユウ殿。 エウリィも色々あった所為か気持ちに整理が付かないようでね。 誤解させていたら申し訳ない」

「あ、ああ~! いえ、大丈夫ですよ。 今はこんな状況ですし。 でも危うく誤解する所でした、アハハ……」

 その一言が勇に落ち着きを呼び戻す。

 全ては誤解―――そう認識したのだ。
 最初はエウリィがまるで愛の告白をしてきたかの様に感じていて。
 でも常識的に考えれば初対面の相手にそんな事をするはずも無い。
 それは勇が彼女カノジョを欲していて、エウリィも可愛かったからそうあって欲しいと思う気持ちが呼び込んだ幻想だったのだと。

 僅かに残念ではあったが、これが現実。
 現実を直視出来る事に馴れた勇だからこそ、そうも感じれば切り替える事は容易かった。





「ああ、誤解だよ。 良かったらエウリィを貰ってくれないか」





 その時、勇の体が瞬間凍結する。

 もとい、瞬間凍結したかの様に何もかもが凍り付いていた。
 体も、思考も、不意にエウリィに握られた左手さえも。

 フェノーダラ王が、エウリィが、何を言っていたのか全く理解出来なくて。

 〝誤解ってなんだろう〟、そんな言葉だけが幾度と無く脳裏で繰り返リピートされるばかりだ。

「フジサキユウ様、私は本気です!!」
「ちょっとまって!! 誤解って何が誤解なの!?」

 凍り付いた思考はまともな返事すら返せない。
 何がまともなのかもはや誰にもわかりはしないが。

「決まっているじゃないか、エウリィは最初から君を愛しているのだと!! 子を成す事も辞さないのだと!! 君ならきっとエウリィを幸せに出来ると思っている!!」
「結婚前提!? いきなり過ぎません!?」

 ようやく現実を取り戻すも、フェノーダラ王の追撃が落ち着く暇すら与えてはくれない。

「全てが円満解決し、契りを交わしたら君を王に推薦するのも悪くないな!! 孫はいくら居てもいい!!」
「まだ何も決まってないのに!?!?」

 そんな動揺が、興奮が、彼の呼吸を激しく乱して気管支を刺激した。
 たちまち喉元に強い閉塞感が襲い掛かる。

「ゲホッエホッ……と、突然なんなんですか、冗談は程ほどにしてくださいよぉ~……」

 拍子に勢いよく唾を取り込んでしまったのだろう。
 それでも足りないと言わんばかりに咳き込み続ける。
 相当驚いたのには間違いない様だ。

「そうは言うが私は真面目だよフジサキユウ」

 勢いこそ冗談ではあったが、話そのものはどうやら本気らしい。
 エウリィもまた、屈んで勇の背を摩りながら優しい微笑みを向けて同調の頷きを見せていて。

「昨今の魔剣使いは皆、己の事ばかりを考える者達ばかりでね。 君の様に愚直な程に真っ直ぐで自己犠牲の精神を持つ者は早々いない」

「そ、そうなんだ……」

「君の様な者ならエウリィを預ける事が出来る、そう思っているのだ。 何、今すぐとは言わない。 良ければ考えておいてくれないかね?」

「どうかよろしくお願いいたします」

 勇の心には色々と思う所もあるが、正直まんざらではない気持ちではあった。
 「こんな子が彼女だったら」、そう思える程に綺麗な子だったから。
 気遣ってくれる様も優しさが滲み出ていて、彼の心を捉えて離さない。

 そしてそんなエウリィがこうやって好意を寄せてくれている。

 それがどこか非現実的にも感じて。
 夢のようにも思えて。

 でも現実だったから……笑顔をほころばさずにはいられない。





 フェノーダラ王達の見送りを背に受けながら、勇達が広間を後にする。

 その時見えたエウリィの手を振る姿がとても印象的だった様で。
 気になった勇が何度もチラリと背後へ視線を向ける姿が。

 エウリィに告白された事がよほど嬉しかったのだろう。
 勇の顔には終始「ニヤニヤ」とした笑みが浮かびっぱなしだ。

 その隣では不思議そうに見つめる勇の父親の姿が。

 余りにも断片的な会話しか耳に入らず、何が起きていたのかわからなくて。
 ただ勇の奇妙なまでの嬉しそうな様で悪い事が起きてはいないという事だけはわかっていたのだが。

「勇さん、良かったですね」

 そんな時、不意にちゃなから何気ない祝福の言葉が贈られる。
 「フフッ」と軽く笑いながらそう返す彼女の態度は本当に祝福している様だ。
 嫉妬ではなく祝いともなると、少なくともちゃなが勇に対して全く好意を抱いていないという事が垣間見えてしまう訳で。

 そんな事実に気付いた勇の心にほんの僅かな蟠りを抱かせる。

「なぁ勇、一体何があったんだ?」

「勇さん、お姫様と婚約したんですよ」

「えっ、そうなのか!? つ、つまり逆玉かっ!?」

 勇が誤魔化す間も無くちゃながフォローを入れ、そこで初めて勇の父親が事実を知る。
 知らないままで居てくれた方が勇としてはありがたかったのだが。

 無垢な少女の何気ない善意は時たま憎らしさを演出する。

「でかした勇!!お父さんは嬉しいぞぉ!!」

 父親はといえば、息子の躍進に大喜びだ。
 勇の両肩をバンバンと叩き、喜びを盛大に見せつける。

 しかし渦中の当人としてはその余計なテンションを前に、ただただ困惑のまま頭を抱えるしかなかった……。


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