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第三節「未知の園 交わる願い 少年の道」

~彼女の力はとんでもない~

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 気さくなフェノーダラ王や、その娘であるエウリィという可憐な少女と打ち解けた勇。
 彼等の歓迎から始まり、フェノーダラに伝わる古の魔剣【大地の楔】を賜る事に。
 魔剣から放たれる不穏な気配に不安を憶えつつも……納められた箱を受け取り、父親やちゃなの所へと下がっていったのだった。

 しかしその足は二人の隣に立つ剣聖へと向けられていて。

「あの、剣聖さん、これ―――」

 勇が不機嫌そうな態度を見せる彼の前へと立つ。
 すると何を思ったのか、抱えた箱をそっと差し出した。

「あん? どういうつもりだそいつぁ?」

 態度の通り、声も腹の底から唸る様な口調。
 ギロリとした目が勇へと向けられ、堪らず身じろぎさせる。

 とはいえ勇もそんな態度を向けられるいわれは無い訳で。

 フェノーダラ王から「君はまず自信を持て」と言われたから。
 自信と勇気と、そして剣聖への感謝の気持ちが彼の心を後押しする。

「俺、剣聖さんに助けられた事、物凄い感謝してるんです。 【エブレ】だってもらったから」

 剣聖は相変わらず両腕を組み、「ムスッ」とした表情で明後日の方向を向き続けたまま。
 しかしそう語る勇から離れる事も避ける事も無く、静かに佇み続けていて。

「なら俺に恩返しをさせてください。 きっとこの魔剣は俺より剣聖さんが持つ方が相応しいと思うんです」

「―――そこまでの毒気を感じたかよぉ、ソイツに」

 そんな剣聖の一言に、勇が唖然とした表情を向ける。
 拭いきれぬ不安を見事に見抜かれてしまった様だ。

「やっぱり剣聖さんはなんでもお見通しですね……」

「ったりめぇだぁよ。 大体そんな事言うのはおめぇくらいなもんだ。 大概の奴ァそんな魔剣渡されりゃ、是が非でも懐に仕舞い込むもんよ」

 剣聖がさも魔剣の存在こそが魔剣使いの本懐であるという事を伝えんばかりに語りを上げる。
 こうして魔剣を差し出されたのは一度ではないからこそ。
 そうでなくとも、剣聖にとってもこの二日間の出来事は、勇という存在がそうするであろうと予想出来る程に単純かつ親身だったから。

 彼等『あちら側』の人間にとっては有り得ない程のお人好しさを見せる勇だからこそ、逆に予想も容易だったのだ。
 〝魔剣よりも力よりも、気持ちを優先する存在〟なのだと。

「それに俺には【エブレ】で十分かなって。 それに剣聖さん欲しそうにしてたから―――」
「バッカ野郎、んなの理由になるかぃ。 それにソイツぁおめぇが貰ったもんだ。 今更どうこう言うつもりゃねえ!」

 途端に剣聖が顔を今まで以上に大きく歪ませ、厄介を除ける様に手を払い。
 その態度から癪に障ってしまったと感じ取った勇が堪らず困惑の顔を引かせる。

「そ、そうですか、わかりました……」

 頑なな態度は相変わらずのまま。
 さっきまで見せていた明るい雰囲気はどこへいったのやら。
 勇は諦める他無く、肩を落としてすごすごと前から去っていった。

 そんな姿を剣聖の視線が追っていた事にも気付く事無く。



 その瞳が浮かべていたのは、外面とは打って違う……穏やかさを伴った目付きだった。



 勇とそんなやり取りを交わすと、何を思ったのか剣聖が一歩をのしりと踏み出す。
 その視界に映るのは、エウリィの耳打ちに耳を貸していたフェノーダラ王。
 彼女との話をしていようがお構いなく、その前で腰を落として巨体を目前に晒した。

「―――エウリィ、その話は後で当人に訊くとしよう。 それで何用かな剣聖殿」

 エウリィも引き際を心得ているのだろう、軽快な足取りで一歩二歩、地を擦る様にしてその身を引かせる。
 フェノーダラ王も堂々としたもので、目と鼻の先へ迫らんばかりに巨大な顔を寄せる剣聖を前に身じろぎ一つ見せはしない。

「今思い出したんだがよ、おめぇさんにちぃと頼みてぇ事がある」

「ほう? ならば聞かねばなるまい」

 図体に見合わぬ小声での相談事。
 並々ならぬとも思える事に、フェノーダラ王もどこか表情に真剣味を帯びる。

「そこのちゃなって奴によ、【ドゥルムエーヴェ】をくれてやってくんねぇか。 代わりの魔剣は俺から出す」
「ッ!?」

 だが剣聖からその一言が発せられた途端、フェノーダラ王が動揺にも足る驚きを見せ。
 目を見開かせた顔が次第に強張りを生んでいく。

「あれをか……彼女が扱えるのか?」

「おう、あいつぁあれだ、【】の可能性がある」

「何!? わかった、その頼みに応えよう」

 フェノーダラ王が考える間も無く肯定の頷きを見せる。
 交換条件は元より、国の窮地を救いに訪れた剣聖の頼みを無下に出来る訳も無く。
 何より彼の語った理由がフェノーダラ王には充分なまでに理解出来たから。

 今の一言を最後にそっと離れる剣聖を前に、フェノーダラ王が神妙な面持ちを浮かべたままエウリィへと手招きする。
 今度は逆に彼女へと何かしら耳打ちをすると、聞き取ったままにエウリィがその場から速足で立ち去っていった。

 その時フェノーダラ王の目に映るのは、勇が見せる【大地の楔】を興味深く見つめるちゃなの姿。

 事情を知らずに初めて目前にしているのにも拘らず、強張りを見せる勇と違って全く動じる事すら無く指で触れてすらいて。
 「わぁ」と興味深そうな驚きを見せる彼女に、「なるほど」と言わんばかりの小さな頷きを見せる。

 ちなみに勇の父親も同様な仕草を見せてはいたが、視線は一切向けられない。
 命力を持っていない彼には畏怖を感じる感覚も無い、という事をフェノーダラ王は知っているからだ。

 すると間も無くエウリィが再び姿を現す。
 その腕に抱えられていたのは、彼女の身の丈を凌駕する長大な物体だった。



 外観はまるで木彫りで出来た様な黄白色の肌面で構築され、僅かに膨らみを伴ってうねりくねった長物。
 しかし先端まで伸びれば、途端に人の頭などゆうに超える大きさに膨らむ様に曲がり、弧を描く様な巨大な鉤爪状を形作る。
 その頂点部には【エブレ】や【アメロプテ】に備えられた豆粒程度の珠とは比べ物にならない程の直径二センチメートル級の物が備えられていた。

 その姿はまさに魔法の杖。
 斬る事も叩く事も目的とされていない、力そのものに意味を持つ杖型魔剣である。



「タナカチャナ殿、こちらへ」
「え!? あ、はい……」

 ちゃなが突然呼ばれた事にびっくりするも、慌てながらフェノーダラ王の下へテトテトと駆けていく。
 先程の勇の姿を見ていたからか、迷いの無い軽快な足取りで。

 そして前に立った彼女に、フェノーダラ王が再び厳格そうな表情を浮かべながら両手を翳して見せる。

「剣聖殿からのたっての依頼で、其方にこれを授ける事と成った。 大切に使って頂きたい」
「えっ?」

 先程の剣聖との話を聴いている訳も無く。
 ちゃなは突然の事に思わずキョトンとするばかりだ。

 いざ剣聖に視線を向けてみれば―――
 既に部屋の隅に置かれた椅子に腰を掛け、退屈そうに欠伸を上げていて。
 視線を向けられた事に気付くと、「適当に貰っとけ」と言わんばかりに手を払って見せる。
 そんな態度を前に、ちゃなはただただ困惑するばかりだ。

 その最中でも朗らかな表情を浮かべたフェノーダラ王が目の前で待っている訳で。

 好意を無下にも出来ず。
 たちまちその身を縮こませながら、小さく頷きを見せていた。



 それから空かさずフェノーダラ王の両腕が再び空に軌跡を描く儀式が執り行われ。
 その間、ちゃなはただじっとし続けていて。
 どうにも緊張は隠せない。
 何せ説明も無くのいきなりの儀式なのだから。

 なお、勇の時よりも手の動きが妙に妖しく、仕草がやたら長い。
 きっとこれもフェノーダラ王の遊び心の一端なのだろう。



 儀式が終わると、エウリィがちゃなへと抱えた魔剣をそっと差し出す。

「あ、ありがとうございます……」

 大きい物だからと物怖じしていたものだ。
 しかしいざ受け取ってみると意外な事に気が付き、ちゃなの顔に小さな驚きを垣間見る。

 とても軽いのだ。
 これ程かという程に。
 頭一つ飛び抜ける程に長く、太い柄を掴みきる事も出来ないのに。

 何せ、非力なちゃなが片手でもゆうに掲げられるのだから。

「それは魔剣【ドゥルムエーヴェ】。 長く我が国に現存しながらも誰も扱う事の出来なかった強力な魔剣だ。 先々代が由縁あって剣聖殿より譲り受けたのだが、使い手がいなければ使い道も無くてね」

「はわぁ……」

 口数足らずなちゃながそれ以上を返す事も出来ず。
 ただただ並べられた逸話に感心の声を漏らすばかり。
 「ぽやー」っとした丸い目を覗かせ、茫然とした姿を見せていた。

「そいつぁアメロプテよりも段違いに強力な魔剣だが……ま、ちゃななら使いこなせるだろうよ」

 そんな時、不意に剣聖の声が広間に響く。
 まるで戸惑う彼女の背中を後押しするかの様に。

 ちゃなは不思議とその意味をわかる気がしてならなくて。
 【ドゥルムエーヴェ】という魔剣を手に取った彼女だけが、その内に秘められた力を感じとっていたのだから。

 まるで命力を欲するかの様に「チリチリ」とした感覚が掌に走っていて。
 でもそれはどこか優しくくすぐった様に心地良さすら感じさせ、握った手を放したくないという想いに駆られる。
 それでいてその存在感が大きさと重なる様に逞しく見え、彼女の自信を押し上げていたのだ。

 持っているだけで強くなった、そんな気にさせてならなかったのである。

 力を吸い取った珠が瞬きを生み、その意思の様なモノを彼女だけに示す。
 それに気付いたちゃなは不思議と嬉しく感じていて。
 微笑みを浮かべながら魔剣の柄を両手で抱き込んで見せる。

 きっとそれが魔剣を受け取った者が普通見せる姿なのだろう。

 フェノーダラ王はそうであろう様子を見せるちゃなを前に静かに頷きを見せていた。



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