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第三十三節「二つ世の理 相対せし二人の意思 正しき風となれ」

~悪魔と誓約 そこに秘めし呪いとは~

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 『あちら側』の世界の行く末、それは決して暗くはない。
 人と魔者が手を取り合える世界……それこそがあるべき生命の星の未来だから。

 それを知り、理解出来たからこそ、彼等からはもう何も言う事は無かった。

 こうして、ア・リーヴェを中心とした世界の真実の告白は終わりを迎えたのだった。
 


「これで俺達から話せる世界の真実に関する事は全部です。 ア・リーヴェ、話してくれてありがとうな」

『いえ、これくらいの事はしなければ。 私も少しは助けになりたいですから』

「それでは皆さんお疲れさまでした。 以上で閉会と致しますねぇ」

 福留がそう締めると、傍聴人達が気持ち冷めやらぬままに席を立ち始める。
 自身の居住区に戻る者、話題に華を咲かせる者、緊張冷めやらず椅子に座り続ける者など、多種多様な姿を見せていた。
 心輝が一人その中に紛れる様にしてその場から去っていく。
 瀬玲が密かに視線を向ける中で。

 少し疲れたのか、壇上のア・リーヴェは床に座り込んだ姿を見せていた。
 小さな人形の様な体で神秘的な姿を持つ彼女ではあるが、体育座りで座り込む姿はどこかアンマッチ。
 遠くで前田と渡部が彼女の肢体、主に下半身を覗き込もうと必死だ。

 そんな視線を遮る様に……彼女の前に一人の人物が立ち塞がる。

「ア・リーヴェさん、貴重な情報をありがとうございました。 日本政府を代表させてお礼を言わせて頂きます」

 それは鷹峰。
 やはりそこは日本の代表者か……堂々とした貫禄と彼の持前である柔らかさのある姿を見せていた。

『私こそこの場に来て頂けた事を感謝致します。 これからも世界に良き未来が生まれますよう』

 するとア・リーヴェがそっと小枝の様な両腕を上げ、鷹峰の前へと掲げる。
 それに気付いた鷹峰は「おや」と漏らしつつも、太い人差し指を彼女の手へとゆっくり伸ばした。

 サイズ違いの握手はこうにも可愛げな事か。
 自身の腕よりも太い指を両手で掴み、力一杯に上下させて。

 思わず鷹峰の顔がほころぶ程に必死な握手。
 実体が無いにも拘らず触れられ、それでいて柔らかな感触は……彼の頬をこれほどかと言わんばかりに緩ませていた。

「では、これで失礼いたしますね。 勇君達もこれから大変かもしれないがどうか頑張って欲しい。 出来うる限りの援助は約束しましょう。 だからどうか二つの世界を救ってください」

「ええ、もちろんです。 必ず救ってみせますよ」

 そして今度は勇と鷹峰が力強い握手を交わす。
 こうして二人が手を繋ぐのはいつ振りだろうか。
 初めて二人が対面した時以来だ。

 しかしあの時と違って勇の手はとても力強くて。

 当時と今の面影を思わず重ねれば、かつての少年だった頃の面影はもう無く。
 当時をよく覚えている鷹峰が思わず感慨に耽る。

 「男はここまで強くなれるものなのだな」……そう思わずには居られなかったのだから。





 その後、ア・リーヴェに興味を持った者と彼女との触れ合いへと続く。
 直接的であれば話を交わす事も、触る事も出来る人形の様な天士
 誰しもがそんな存在に惹かれてならなかったから、こうなるのは必然だったのだろう。

 その中、勇はそっと踵を返し……部屋の外へと足を踏み出していた。

 するとそんな彼の肩を掴む様に押し留める者が一人。

「ちょっと待ちなさい」

 そのまま「ズイッ」と引き寄せられ、その体がぐるりと回ると……瀬玲の顔が視界に映る。

「なんだよ、まだ何か聞きたい事があるならア・リーヴェに―――」
「駄目、アンタじゃないと多分わからないから」

 その表情は陰りを帯びた真顔。
 何を思ってか、怒気すら感じさせる雰囲気を纏っていた。

 瀬玲の感情から何かを察した勇が眉をピクリと動かす。

「……そうだな、こっちに来てくれ」

 和気藹々とする講演室の端で、二人が影の様に足早で去っていく。
 彼等が居なくなった事にすら気付かぬ程、人の出入りで織り成す風景に溶け込みながら。



 そして二人が行き着いたのはアルクトゥーンの端の端、部外者立ち入り禁止の通路の一角。

「ここなら遠慮なく言えるな」
「そうね」

 二人がその足を止める。
 途端勇が腕を組み、大きく息を吐き出した。

 息が止まった時……彼に浮かぶのもまた、真剣味を帯びた表情だった。

 大勢の人が居る手前、迂闊に表情を崩せなかったのもあったのだろう。
 その原因は……二人共に共通。



「シンの事、気付いた?」



 瀬玲の一言を前に、勇が間を置く事無く静かに頷きを見せる。

「ああ。 アイツ大分堪えてたみたいだからな」

 きっかけは当然、アルトラン・ネメシスの事。
 その時からずっと、心輝は項垂れたまま一言も発言する事は無かった。

 彼は悩んでいたのだ。
 自身の愛すべき者を救ったのが世界を滅ぼそうとしている者の影などとは思いもよらぬ事だったのだから。

 そして彼は契約を交わしたのだ。
 「彼に近づこうとする者を全力で排除する事」と。

 それは口約束に過ぎない。
 守らなければならない誓約では無いだろう。
 だがそれもまた呪いだったのだ。

 もしそれを反故にすれば、その手によってレンネィの命が失われてしまう可能性がある。

 かつて彼女が心臓を損傷する程の致命傷を受けた時、アルトラン・ネメシスの宿った井出辰夫が命力の物理生体糸を張り巡らせて損傷部を完全修復した。
 しかしその修復方法は非常に脆く、完全に彼女に馴染むまでの間は命力を使う事を禁じられる程。
 当然その力はアルトラン・ネメシスに起因する……それすなわち、彼の意思次第ですぐさま損傷部を覆う生体糸が消滅させられてしまうかもしれないからだ。

 当時井出辰夫だったアルトラン・ネメシスとの契約の事は勇達も知らぬ事だが、何かがあったと思うのは当然の事だ。
 相手はデュゼローすら騙したアルトランの分身なのだから。

「あの透明の命力の色は、本当に透明だったんだね。 心が乗っ取られてたから」

「ああ、アルトラン・ネメシスに乗っ取られた人間に意思は無い。 死んだも同然だったんだ」

 当時命力の扱いに目覚めた瀬玲ですらも不可能と言わしめた技術。
 それを体現出来たのは……アルトラン・ネメシスが機械的に人間の体を操作する事が出来たから。

 並の人間ではそこに至る事は出来ないだろう。
 まさに神の所業……いや、悪魔の所業か。

「そこまでわかってるならいい。 アンタはどうするつもり?」

 突き刺さる様な視線を向け、瀬玲が唸る様に意思を測る。
 彼女が怒っている様に見えるのは、心輝がまた何かをやらかさないか……それが見えているからこそ憤っているに過ぎない。
 幼馴染であるが故に、彼の事を想う彼女なりの優しさの形。

 勇は期待とも言える厳しい態度の彼女を前に、そっと天井を仰ぐ。



「ま、だけしかないさ」



 その一言を残し……勇は光となってその場から姿を消した。



「ったく、ほんと頼むわよ。 相手は筋肉だるまバロルフじゃないんだから」

 瀬玲はそんな煮え切らぬ一言を吐き出すと、そっと懐に仕舞い込んでいたインカムを耳に充てる。
 そしてそのまま通信先に向け……何かをそっと囁くのだった。


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