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第三十三節「二つ世の理 相対せし二人の意思 正しき風となれ」

~偽神と決心 進むべき道は見えた~

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 ネメシス……それはギリシャ神話で謡われる女神の名。
 しかしその正体は、義憤や復讐といった名すら冠される……人間の負の感情の神体。

 敢えてその名を取ったのは、かの存在が相応しいまでに一致していたからなのだろう。





「アルトラン・ネメシス、それが打倒すべき相手……」

 ア・リーヴェの口から明かされた事実。
 それは全宇宙の敵とも言える存在の正体だった。

『例え創世の鍵が力を取り戻しても、アルトラン・ネメシスが居る限り再びフララジカシステムが異常動作を続けるでしょう。 しかしアルトラン・ネメシスを消滅させる事が出来れば二つの星の引き合う力は失われ、結果、世界融合は完全に止まります。 その隙を見計らって創世の鍵で再び分断すれば……二つの世界は完全に関係を断たれ、また力を蓄えるまでアルトランは手出しが出来なくなるでしょう』

 それこそが世界を救う唯一の方法。

 一刻も早く【救世同盟】の思想を取り除き、世界の感情バランスを正側に戻す。
 その上でアルトラン・ネメシスを打倒し、創世の鍵を使えば……全ては元に戻るのだ。

「それまでにやる事が大き過ぎますね。 まずは人の意思から、ですか。 拳でわからせるだけならば簡単なのでしょうが……」

 人はそう簡単には負の感情を捨てきる事は出来ない。
 それほど単純にはいかないのだ。
 【救世同盟】の思想は特に強い信念が篭められているから。
 家族や友人を守りたい……そんな強い信念が。

 心が強くある限り、彼等は負の感情を消す事は無いだろう。
 その源は人の持つ正義感……義憤とも言える心の表れなのだから。

 それこそがアルトランの真の狙いにも拘わらずとも。

『アルトラン・ネメシスは思念の塊の為、実体を持ちません。 故に、依り代となる人間に寄生し、体を転々としながらアルトラン本体とは別々に行動している様です。 この世界が融合を開始した際、私の力が僅かに戻った事で彼の存在を確認する事も出来ました』

「ほぉ、つまりもう居場所はわかってるってぇことかぁよ」

『居場所まではさすがにわかりかねますが、少なくとも近くには』

「近く!?」

 どよめきが室内を包み、困惑の色を映し出す。
 何せ世界を崩壊させようとしている者の分身がすぐ近くに居ると言うのだ、恐れもしよう。
 しかも人間の体を使っている……外見では見分けが付かないという事だ。

『ええ、彼は何故か皆さんの傍に居ました。 執着する何かがあるのでしょうか。 妹星こちら側に来た時は、ドゥーラと名乗る者の体に潜んでいたようです』
「ん何ィ!?」

 途端剣聖が驚きの余りその身を立ち上がらせた。
 当然だ、彼はフララジカが始まる前から何度もドゥーラに会っていたのだから。

 その頃から彼女の体にアルトラン・ネメシスが潜んでいたかは定かでは無いが。

『彼はその後、イデタツオ井出辰夫という男の体へと移りました』
「なッ!?」

 続くのは心輝。
 彼もまた井出辰夫という男に深く関わっている。
 最愛の人間であるレンネィの命を救い、とある契約をも結んだのだから。

 心輝の肩が震え、その顔が床へと向けて沈み込む。
 余りの衝撃の事実に……ただ項垂れる他無かったのだ。



『そして今、彼が体を宿しているのが……オノザキシオリ小野崎紫織という少女です』



 小野崎紫織。
 それは勇達とすら接触した事の無い、無関係の人間。
 そして勇達に異形を差し向けた者でもある。

 既にその悪意は敵であろう勇達に向けられていたのだ。

『彼は今も普通の人間として実生活に溶け込み生活をしているはずです。 その体になってからは久しく……既に気配を殺し、何をしているかは定かではありません』

「小野崎紫織、か。 これから総務省を通じて関係部署に通達し、該当する人物がどこに居るのかを調査しましょう」

「それならもっと早くわかる方法があるかもしれません。 先日襲い掛かって来た異形、あれはアルトラン・ネメシスの刺客なんです。 異形に変質させられていた少年は恐らく小野崎紫織の関係者です。 彼から事情を聴けばもしかしたら何かわかるかもしれない」

「おおっ!!」

 未だ少年は目を覚ましてはいない。
 しかし医者の診断では体に支障は無く、数日中には目を覚ますだろうという話だ。
 例え事件の記憶が無かったとしても、身元がわかれば絞り込みも出来るだろう。

「それと鷹峰さん。 いいですか、決して相手を刺激しない様に接触は絶対に避けてください。 今は泳がせておく方が得策ですから」

 勇の注意喚起に鷹峰だけでなく他の官僚までもが緊張の面持ちを浮かべ始める。
 相手は人知を超えた相手……もし接触すれば予想も付かない何かが起きる可能性は否定出来ない。
 そこから生まれる出来事が今後勇達の行動にどう悪影響マイナスファクターを及ぼすのか。

 天士であるア・リーヴェですら予想も出来ぬ程に、事態は深刻なのだから。

「わ、わかった。 調査員には細心の注意を払うよう通達しておこう」

 すると鷹峰の指示を受けた一人の官僚が話の途中で部屋の外へと歩き去っていった。
 緊急性も高いとあって、行動は早い方がいいと判断したのだろう。

 そんな官僚陣が慌ただしい動きを見せる中……ふと茶奈が何かを思い詰めた顔付きを浮かべ、ア・リーヴェへ向けてそっと声を上げる。

「でも、いいんですか?」

「え、何が?」

「アルトランの事です。 ア・リーヴェさんと仲が良かったんじゃないですか? それなのに倒さなきゃいけないなんて悲し過ぎます……」

 今でこそ世界を脅かす敵とはいえ、ア・リーヴェが愛したと言う程までの人物だったのだ。
 ア・リーヴェと、そして苦しみ続けたアルトランへの同情が、こうして躊躇いとなる。

 そう想えるのが茶奈の優しさなのだろう。

『案ずる事はありませんよ、タナカチャナ。 私はもう想いを決めましたから』

「ア・リーヴェさん……」

『彼を止めなければ全てが無に帰します。 私にとっては宇宙が無くなる事よりも、明日を望む人の意思が失われる方がずっと辛いのです。 そうしない為にも、彼の意思を止めたい。 例え彼を討つ事になるとしても。 これはフジサキユウと出会った頃から決めていた事です』

 そうも言うが、恐らく彼女はその前からもずっと考えていたのだろう。
 もしアルトランを倒す事で全ての解決が図れるならば、彼への想いを犠牲にする事もいとわないと。

 そしてそれが現実になったからこそ、彼女もまた決心する事が出来たのだ。

 それが彼女の天士たる心の強さの一端なのだから。

「俺もア・リーヴェの意思に同調したからわかる。 例え辛くても、悲しくても、乗り越えなければ明日は失われてしまう。 そうしない為に俺達は進まなきゃいけないんだ。 まぁもし出来るならば、話し合いくらいはしたいけどな」

「そうですね、話し合えるならそれに越した事は無いですから」

 そうも言うが、それは恐らく不可能に近い。
 アルトランも恐らくは全ての覚悟を決めて事に挑んでいるからこそ、こうまでに周到に立ち回る事が出来ているのだろう。

 それでも希望を捨てないから。
 そこに可能性を感じるから願うのだ。
 願うだけならば幾らでも許されよう。

 そうして現実に繋げる事が今の勇達の役目なのだから。


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