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第三十三節「二つ世の理 相対せし二人の意思 正しき風となれ」

~怨念と権化 青年は世界を喰らう~

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 天士の目的……それは【セカイ輪廻】を成す事。

 幾重にも繰り返された宇宙の創造と人類の発展。
 その果てしない繰り返しはもはや始まりすらわからぬ程に途方も無い以前。

 ア・リーヴェの知る真実が少しづつ少しづつ……紐解かれていく。
 ビーンボールの持つ仮説が史実と成りながら。

 そして最大の謎が今、明らかになろうとしていた。





「まさか宇宙がそれほどまでに多く存在しているとは思いもよりませんでしたね」

「まだまだ前の宇宙があるかもしれないという段階にしか至っていないからね、研究を続けるにも時間がまだまだ掛かるのさ」

『それでも皆さんの文明レベル当時の私達では物質的根拠を出すのは不可能でした。 私達はそれに至る前に天力に目覚めており、それらを利用した発展が主でしたから。 それ故に、物理技術面では既に皆さんの方が優れているのかもしれませんね』

 ア・リーヴェの誉め言葉を前に、科学技術に精通する傍聴者達もどこか嬉し気だ。

 天力を得ないまま発展が続く事が物理科学の目覚ましい発展を遂げる要素にも成りえるのだろう。
 当時の天士の持つ科学技術がどれほどのものかは定かではないが、彼女の口ぶりからすれば現代の様な機械文明も存在しなかったのではないだろうか。

「どうやら僕達はア・リーヴェさん達とは真逆の進化を遂げたのかもしれないね。 何せ命力なんてしらないままここまで発展してしまったんだから」

『ええそうかもしれません。 ですがそれもまた一つの可能性。 それを予見など出来はしませんから』

 彼女達天士にとっても、この宇宙の多くは謎だらけだ。
 その様にして創られたのだから。
 現人類がこの様に進化を遂げたのもまた、彼女達にしてみれば想定外の事だったのかもしれない。

「それにしても、どうして【セカイ輪廻】を起こすの? そこまでしなくてもいいんじゃ」

 そんな時、傍聴人の一人からそんな声が挙がる。

 【セカイ輪廻】を起こす理由。
 それもまたわからぬまま。

 その答えもまたア・リーヴェの口から明かされる。
 しかし、今までに論理の塊とも言える発言とは打って変わり……実に淡泊な答えだった。



『【セカイ輪廻】を起こす理由は……ありません』



 途端、その場が静寂に包まれる。
 愕然よりも強い呆然によって。

「理由が、無い? なら何故そこに至る?」

『それは自然とそう至る様に世界構造がなっているからだと、私達にとっての前宇宙の天士が言っておりました。 こういった事実もまた、天士から天士へ受け継がれ伝えられる事なのだと』

「運命みたいな?」

『いえ、運命とはまた少し異なります。 そうなるのは必然、知的生命体は必ず宇宙を創るまでに成長する……そうなる様になっているのです。 例えこの話を聴いて個々が発展を止めたとしても、いずれ誰かが発展し、育ち、次の宇宙を創る。 例えこの星が無くなっても、別の星で進化が進み、次へ進むでしょう。 そう出来てしまうのだそうです』

 恐らく、そう成らない宇宙の構築に挑戦しようとした天士もかつて居たのだろう。
 しかしそれは決して逃れる事の出来ない【セカイ輪廻】の宿命さだめ

 人が子を産み、育ち、学び、次代に継ぐ様に。

 世界もまた、新たなセカイを産む為に……成長しているのだ。



『ですが……今、幾多にも継がれ続けた宿命すらをも覆そうとしている者が居ます』



 その時、室内中に戦慄が走る。
 ア・リーヴェの言い放った返しの一言は、余りにも……衝撃的だった。

 そう、それはずっと自然的な事だと思っていたのだろう。
 話を聴いてもなお、システムの故障程度にしか思っていなかったのだろう。

 まさか作為的なものだとは……思っても居なかったのだろう。

「フララジカが、人為的に起こされている!?」

『はい、その通りです』

 たちまち場が喧騒に包まれ、「どういうことだ」などという言葉が飛び交う。

 それもそのはず……フララジカシステムはいわば天士の機械。
 【創世の鍵】と同じ、人間には認識出来ぬ装置。
 それを人為的に操作する、そんな事が出来る人間はこの世に存在しないはず。

 だがそれは……居たのだ。
 たった一人だけ。

『その者はかつて姉星あちら側において多くの憎悪、憤怒、虚無、諦念、嫉妬、猜疑といった絶望を知り、世界の闇に消えました。 そしてそれらの感情を吸い上げ続け……呪ったのです。 世界と、宇宙と、その理全てを』

「それって、まさか……ッ!?」

 ア・リーヴェの頭が俯かれ、その顔に陰りを帯びる。
 その彼女の一言を前に多くの者達が……気付いた。

『その根源を滅ぼす事が、全ての絶望を無くすことが出来る唯一の方法だと信じて』



 そして再びその顔が持ち上がった時、覚悟を決めた表情が露わとなる。





『彼の名はアルトラン。 かつて私を心に宿し、共に人類を導こうとした青年です』





 そうなる事もまた、必然だったのかもしれない。

 青年は最初、とても純粋だったのだ。
 ただの一人の人間として、天士に最も近い存在として。

 皆に愛されたくて。
 皆に必要とされたくて。

 だがその時の人はまだ未熟だったから。
 彼もまた未熟だったから。

 世界の絶望をその身に受けて、穢れてしまったのだろう。
 染まってしまったのだろう。

 それほどまでに世界は想像を超えて残酷だったのだ。

 それほどまでに……凄惨だったのだ。



「アルトラン……それがフララジカを起こす者の名……」

『そうです。 彼もまたたった一人真の天士へ進化し、そして同時に絶望に堕ちたのです。 そうなった場合のケースは私にも予想は出来ません。 しかし彼は現にフララジカシステムに干渉し、こうして世界融合を推し進めてしまいました。 決して夢でも幻でも無い、これは現実として起きている事なのです』

 天士に至りながらも絶望を抱きし者。
 まるで相反する事象を抱えながらも……実際に今存在し、そしてフララジカを成就せんと密かに動いている。
 それはおそらく今までに継がれてきた宇宙にすら起き得なかった不測の事態。

 だから彼女は嘆いていたのだ。
 今の彼女に出来る事が知識にも知恵にも見当たらなかったから。

『恐らく彼は世界融合を試みた後、宇宙を崩壊させ、その反発力で前宇宙に行くでしょう。 そしてその前宇宙すら崩壊させ、連鎖的に原初へ向かうつもりなのだと思われます。 そう、宇宙がこの様に創られる様にした原初へと』

 彼もまた天士だからこそ出来る。
 時間と死と肉の概念を取り除く事の出来る体へと成れる者だからこそ。

『もう絶望を生まない為に、全てを無に帰し。 何も産まない、何も考えない、ただ動くだけの世界を構築する。 それが彼の目的。 私はその怨念に満ちた思念を感じ取ったまま星へと還ってしまいました。 なので彼の考えている事はそこまでしかわかりません……』

 そんな考えに至ったのも、アルトランという男の一つの優しさだったのかもしれない。
 恐怖や怨念、憎悪……そんな負の感情が苦しみしか生まなかったから。
 苦痛の無い世界を生み出す為には、そうしなければならない。

 世界の仕組みを知っていたであろうからこその……結論であり極論。

「でもよ、こっちにだってもう【創世の鍵】があるじゃねぇか。 それならさっさと分断しちまえばアルトランっつう奴の考えなんか関係無いんじゃねぇか?」

 心輝の言う事も一理あるだろう。
 世界を分断した【創世の鍵】……その力を使い、二つの世界を元の形に戻せばそれで全ては解決する。

 それが出来るのであれば。

「残念だが、そう上手くも行かないんだ。 今の【創世の鍵】の出力じゃ世界の分断は出来ないんだよ」
「「「ええっ!?」」」

 途端、そこに期待していたはずの面々までもが驚きの顔を見せつける。
 剣聖やラクアンツェまでもが。

「今の地球がどういう状況かはわかるだろ? 【創世の鍵】も天士の力の一部なんだぜ?」

「あ……」

 そう、今の世界には圧倒的に足りていないのだ。
 天士の力の根源となる……希望の力が。

 かつてア・リーヴェの半身を使うにまで欲する天力が。

「まさかここで【救世同盟】の影響が強く出て来るとはな。 自分で種を撒いておいてなんだが、やられた気分だよ」

 その原因こそ【救世同盟】の思想。
 世界へ闘争による恐怖や怨念をばらまき続けているからこそ、今世界の天秤は大きく負に傾いているのである。

「じゃあデュゼローが【救世】で思想を広めたのもアルトランと何か関係が?」

『ええ、あります。 アルトランは非常に賢く、用意周到な方でした。 恐らくデュゼローという者はアルトランの遺した嘘の情報を掴まされ、それがあたかも世界を救う為だと信じ込まされたのでしょう』

 デュゼローは一人で動く事が多かったと剣聖は言う。
 彼は長い一人での調査でこの虚実に当たった時、それが真実だと信じ込んでしまったのだろう。
 もしも剣聖達が共に動いていたらば、第三者的論観ファクトチェックによって騙される様な事は無かったかもしれない。

 彼ほどの者をそう信じこませる程に……周到だったのだ。

「つまりデュゼローはアルトランの思惑に騙されて、世界融合の手助けをしてしまったって事だ。 魔者と手を取り合ったり憎み合ったりする事でその速度は変わる事は無い。 それは全てアルトランの遺した偽情報フェイクだったんだよ」

『ですが負の感情を膨らませる事で結果的にアルトランの力が強まり、互いの世界を引き寄せる力が強くなっている事は確かです』

「おまけに【創世の鍵】の力まで奪ってな。 二段三段も相手の方が上手って訳だ」

 アルトランは遥か太古よりずっと生き続け、そして罠を張り巡らせてきたのだ。
 周到に、冷徹に、そして内に秘めた怨念を滾らせて。

 余りの衝撃に、もはや誰からも声が上がらない。

『また、アルトランは妹星こちら側には転移してきていません。 きっと転移しない様に気配を殺しているのでしょう』

「うそっ、それじゃあ手が出せないじゃない!?」

 まさに八方塞がりとも言える状況。
 希望の欠片すら見当たらないと思われる様な中で、瀬玲の甲高い声だけが大きな部屋に響き渡る。

 だがそんな中、勇がそっと顔を横に振り……真剣な面持ちで壇上から傍聴者達へと顔を向ける。
 同様の表情を浮かべたア・リーヴェと共に。

「けど、可能性が無い訳じゃない」

『確かにアルトランはこちら側には来ていません。 ですが、その残滓……負の感情が固まって思念を持つ様になったアルトランの分身が妹星こちら側に来ているのです。 互いの星を引き合う為の楔となる為に』

 その存在こそが、きっとア・リーヴェが最も伝えたかった者。
 全ての負の権化であり、勇達が相対せねばならぬ……敵。 



『その存在を敢えて呼称するならば……〝アルトラン・ネメシス〟……!』


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