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第三十三節「二つ世の理 相対せし二人の意思 正しき風となれ」
~信用と信頼 心残りの清算を~
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時はほんの少し遡り……勇が説明を始めようとしていた頃。
アルクトゥーンの下へと近づく一人の人影があった。
背丈は極端に小さいが、腹回りは背丈ほどにもあらんばかりの図体。
しかし歩き方はどこか細々しく、お世辞にも速いとは言い難い。
直下にはグランディーヴァ一般隊員が二人ほど、遅れて参じる者達の為に待機中。
そんな彼等を前に……その人影が堂々と姿を晒す。
すると兵達はその人影を前に一礼を示し……彼等自らの手で浮遊エレベータを呼び寄せた。
間も無く彼等の前にエレベータが到着すると、その者は迷う事無く乗り込んでいく。
エレベータに乗り込むや否や、手馴れた様にコンソールを弄り……アルクトゥーンへと向けて飛び去って行ったのだった。
◇◇◇
「―――以上が俺の得た天力の一端です」
勇の見せた瞬間移動……その衝撃は思わず傍聴人達の声を殺す程。
その証明とも言える実演に、誰しもが関心を寄せていた。
たった一人の男を除いて。
「ふむ、実にエキセントリックな力だ」
途端、静まり返った場に一人の拍手が小さく響く。
拘束された腕の限られた可動域を使った小さな拍手。
その音、その声の主は……アルディだった。
「確かに素晴らしい力だと思う。 その力を全ての人類が使える様になるのならば、きっと未来は明るいだろうな」
アルディの首にはインカムにも使われている命力翻訳機が備えられており、その言葉は言語に拘らず傍聴人達にも聴こえていた。
たちまち傍聴人達がアルディに睨みつける様な厳しい視線を向ける。
アルディは当然世間では重犯罪人……誰しもが彼の行いを許してはいないからこそ。
しかしアルディはそれに気付いてもなお、その声を上げる事を止めはしない。
「だが、その力を見せる事が証明とはならない。 それがトリックではないという保証も何も無いのだからな」
まるでそれは憎まれ口の如く。
先日「勇達の事を信じよう」と公言したのにも拘らずの一言故に。
しかしこれは傍聴人達のあずかり知らぬ事。
だから敢えて……彼はこう言い放ったのだ。
これもきっとアルディなりの助け舟だったのかもしれない。
そしてそれを読み取れたから……勇もまた、素直に応える事が出来る。
「ならアルディ、貴方の体を使って証明させて欲しい」
勇から向けられたのは相変わらずの嫌味の無い笑顔。
そんな彼を前に……笑みを誘われるアルディの姿があった。
「わかった、いいだろう」
アルディが何の抵抗も無く勇の提案を受け入れる。
それを確認した勇が壇上から降り、ゆっくりとアルディへ向けて歩み寄っていく。
その間にも勇の合図でアルディの拘束が解かれていた。
周囲を緊張が包む中、二人が相まみえる。
「皆さん、少しの間待っててほしい。 すぐ終わらせるからさ」
その一言と同時に勇がアルディの肩へと手をそっと乗せる。
キュンッ―――
すると突如として二人の姿が先程と同様に光と成って講演室から姿を消したのだった。
◇◇◇
キュオッ―――
二人が移動した先……そこはどこかの一室だった。
清潔感溢れる装いと、無駄の無い飾り気、白と黒を基調とした落ち着いた雰囲気。
中央には大きなワークデスクが置かれ、埃一つ無く整えられていた。
「ここはまさか……」
アルディが途端声を詰まらせ、その目を見開かせる。
対して勇はと言えば、初めて見るであろう光景に見渡す様を見せていた。
「ここはどこなんだ? お前の想いを辿って来たから、俺にはどこかはわからないんだ」
「ここは私のオフィスだよ。 表向きのね」
そう、そこはとある企業の一室。
アルディの表の顔が働く場所だった。
ワークデスクには『President Arjuan』銘が打たれた名札も置かれており、それが彼の本名である事が伺える。
「本名はアルジュアンっていうのか」
「アルジャーンだ。 だがまだ信じるには足りんな、私のオフィスに偽装している可能性も否定は出来ないからな」
「疑い深いなアンタは……」
例え勇の事を信用しても、間違いが無いとも限らない。
だからこそ彼は徹底して粗を探し、抜け目が無い事を確認するのである。
失敗に対して冷徹であれ……それもまたアルディの出世術の一つなのだろう。
アルディがデスクを探り、偽りが無いかをくまなく調べる。
そこから出てくるのは護身用の隠し小銃や、機密を仕舞う為の隠し空間など。
いずれもアルディだけしか知らないものばかり。
まるでオフィスそのものを持って来たかと思える程に、彼の知る様相と全く同じだったのだ。
それはここがアルディの表の顔が働く、とあるヨーロッパの国に存在する会社そのものという事に他ならない。
アルディに表の顔があると知ったのは僅か五日ほど前の話。
そして彼はまだ表で働いている企業の名前を出してはいない。
つまり、偽装する為にはその間に彼の働いていた企業を探し出し、社長室をまるごとコピーする必要がある。
それが物理的に不可能かどうかなど、アルディ本人は愚か、誰にでもわかる事だ。
一通りくまなく探し終えると、アルディが思わずその頭を抱える。
調べれば調べる程、自分の知る場所と同じという証拠ばかりが出て来るのだから。
「なるほど、これが証明か。 まさか本物の我が社だとはな」
アルディが立ち上がり、外を眺め観る。
そこは一面がガラス張りとなった壁。
勇も釣られて外へと目を向ければ……見えるのはどこかの街を見下ろす様な風景だった。
「随分大きな会社なんだな」
「ビルの一つ間を借りているに過ぎんよ。 表の私が出来る事はこれが精一杯だったのだ」
世界は言う程甘くは無い。
アルディの様に知的であろうと、登り詰める為には多くの困難が待ち受けている。
彼以上に優れた人間など、この世にはまだまだいるのだから。
「確かにこれなら信用出来るかもしれんな」
「そうだな。 でも、証明はこれだけじゃないさ。 ほら、部屋の外に出たらどうだ?」
「ニシシ」と笑う勇を前に、アルディが「ふぅむ?」と声を唸らせる。
もはや疑う余地すら無い現状。
アルディは言われるがままに部屋を閉じる扉へと歩み寄っていく。
そして扉を開いた時……彼の前に驚きの光景が広がっていた。
「あ……社長!?」
その先にあるのは大きなフロア。
そこには多くの人間がデスクワークをこなし、時には歩き、働く姿を見せていた。
そう、彼の会社の社員が働いていたのである。
数日間も社長が音信不通のままなのにも拘らずである。
しかも今はこの地域においての朝……しっかりと定刻通りの出勤を果たして。
「一体どこに行っていたんですか!? もしかしてずっと社長室に!?」
「社長!! 連絡の一つ寄越さずどうしちゃったんですか!!」
途端、広いフロア各所に居た社員達が一斉に駆け寄っていく。
余る勢いはアルディが戸惑いを見せる程。
「お前達、私が居ない間も仕事していたのか……」
「当たり前じゃないですか! 社長が居ない間大変だったんですからね!?」
思わずアルディが振り向くが、既に勇の姿は社長室の中には無い。
まるで気を使ったかの如く、どこか隠れたか、どこかへ転移したのか。
怒涛の社員達の質問攻めを前に、見せた事の無い様な慌てた表情を浮かばせる。
「ま、待て、待ちたまえ君達……ハァ……」
きっとこうなる事も勇の思惑通りだったのだろう。
それに気付いたアルディの顔に困惑の色が浮かぶ。
―――全く……大したお節介だなこれは―――
偶然か必然か。
これは勇がアルディに与えた最後のチャンスだった。
アルディが自身の会社で働く人間達に何かを残す為の。
恐らくアルディの中にもほんの少し心残りがあったのだろう。
社員に全てを伝える事無く、「アルディ=マフマハイド」として捕まる事を。
社員達が会社と共に自然消滅していく事を。
そんな心残りがあったから勇はここに連れてこれたのだ。
そしてそんな場を与えられたのならば……アルディの様な人間が動かない訳は無かった。
「皆、迷惑をかけてすまない。 しかし少し話を聞いて欲しい」
すると……途端に社員達が騒ぐのを止め、アルディの言葉に耳を傾ける。
それほどまでの信頼関係を彼等は持っているのだろう。
「時間が無いので単刀直入に言わせてもらう。 君達はこの会社で働き続けたいかね?」
「当然です!! 私はこの会社に骨をうずめるつもりで―――」
もはや即答の領域。
決して全ての人間がそう思っている訳ではないだろう。
でも、その言葉に頷き、強い意思を見せる者達がほとんどだ。
それを見る事が出来たから。
気付けばアルディの顔に微笑みが生まれていた。
それほどまでに……信頼して貰えてると理解出来たから。
「わかった。 ならばやって見せてくれ。 リカルド、君が次の代表だ」
「えっ!?」
「君ならば今の困難を乗り越える事も可能なはずだ。 皆も信頼してくれている。 ならば断る道理も無いだろう? 部屋の道具は好きに使ってくれて構わない……頼んだよ」
アルディが先程机から取り出したであろう、手に取った社長室の鍵をリカルドと呼ばれた男の手にそっと納める。
その顔には力強い微笑みが浮かび、小さく頷いて見せた。
リカルドと呼ばれた男も当然状況を飲み込めていない。
だがそこはアルディの信頼する男であるのだろう、その意思を汲み取り頷きを返す。
それを見たアルディは……その微笑みを大きな笑みへと変えたのだった。
「ありがとうリカルド、ありがとう皆。 どうかこの会社をもっと大きくしてくれたまえよ」
その一言を最後に、アルディが踵を返す。
そして勢いのままに社長室へとその身を戻すと、扉をバタンと閉じきった。
突然の事で何が起きたのか、社員達にはまだ理解しきれていない者が多かった。
そんな中、我に返ったリカルドがアルディを追うかの様に続いて社長室の扉を開く。
「社長!? あれ―――」
だが……社長室にはもう、誰一人の姿もありはしなかった。
アルクトゥーンの下へと近づく一人の人影があった。
背丈は極端に小さいが、腹回りは背丈ほどにもあらんばかりの図体。
しかし歩き方はどこか細々しく、お世辞にも速いとは言い難い。
直下にはグランディーヴァ一般隊員が二人ほど、遅れて参じる者達の為に待機中。
そんな彼等を前に……その人影が堂々と姿を晒す。
すると兵達はその人影を前に一礼を示し……彼等自らの手で浮遊エレベータを呼び寄せた。
間も無く彼等の前にエレベータが到着すると、その者は迷う事無く乗り込んでいく。
エレベータに乗り込むや否や、手馴れた様にコンソールを弄り……アルクトゥーンへと向けて飛び去って行ったのだった。
◇◇◇
「―――以上が俺の得た天力の一端です」
勇の見せた瞬間移動……その衝撃は思わず傍聴人達の声を殺す程。
その証明とも言える実演に、誰しもが関心を寄せていた。
たった一人の男を除いて。
「ふむ、実にエキセントリックな力だ」
途端、静まり返った場に一人の拍手が小さく響く。
拘束された腕の限られた可動域を使った小さな拍手。
その音、その声の主は……アルディだった。
「確かに素晴らしい力だと思う。 その力を全ての人類が使える様になるのならば、きっと未来は明るいだろうな」
アルディの首にはインカムにも使われている命力翻訳機が備えられており、その言葉は言語に拘らず傍聴人達にも聴こえていた。
たちまち傍聴人達がアルディに睨みつける様な厳しい視線を向ける。
アルディは当然世間では重犯罪人……誰しもが彼の行いを許してはいないからこそ。
しかしアルディはそれに気付いてもなお、その声を上げる事を止めはしない。
「だが、その力を見せる事が証明とはならない。 それがトリックではないという保証も何も無いのだからな」
まるでそれは憎まれ口の如く。
先日「勇達の事を信じよう」と公言したのにも拘らずの一言故に。
しかしこれは傍聴人達のあずかり知らぬ事。
だから敢えて……彼はこう言い放ったのだ。
これもきっとアルディなりの助け舟だったのかもしれない。
そしてそれを読み取れたから……勇もまた、素直に応える事が出来る。
「ならアルディ、貴方の体を使って証明させて欲しい」
勇から向けられたのは相変わらずの嫌味の無い笑顔。
そんな彼を前に……笑みを誘われるアルディの姿があった。
「わかった、いいだろう」
アルディが何の抵抗も無く勇の提案を受け入れる。
それを確認した勇が壇上から降り、ゆっくりとアルディへ向けて歩み寄っていく。
その間にも勇の合図でアルディの拘束が解かれていた。
周囲を緊張が包む中、二人が相まみえる。
「皆さん、少しの間待っててほしい。 すぐ終わらせるからさ」
その一言と同時に勇がアルディの肩へと手をそっと乗せる。
キュンッ―――
すると突如として二人の姿が先程と同様に光と成って講演室から姿を消したのだった。
◇◇◇
キュオッ―――
二人が移動した先……そこはどこかの一室だった。
清潔感溢れる装いと、無駄の無い飾り気、白と黒を基調とした落ち着いた雰囲気。
中央には大きなワークデスクが置かれ、埃一つ無く整えられていた。
「ここはまさか……」
アルディが途端声を詰まらせ、その目を見開かせる。
対して勇はと言えば、初めて見るであろう光景に見渡す様を見せていた。
「ここはどこなんだ? お前の想いを辿って来たから、俺にはどこかはわからないんだ」
「ここは私のオフィスだよ。 表向きのね」
そう、そこはとある企業の一室。
アルディの表の顔が働く場所だった。
ワークデスクには『President Arjuan』銘が打たれた名札も置かれており、それが彼の本名である事が伺える。
「本名はアルジュアンっていうのか」
「アルジャーンだ。 だがまだ信じるには足りんな、私のオフィスに偽装している可能性も否定は出来ないからな」
「疑い深いなアンタは……」
例え勇の事を信用しても、間違いが無いとも限らない。
だからこそ彼は徹底して粗を探し、抜け目が無い事を確認するのである。
失敗に対して冷徹であれ……それもまたアルディの出世術の一つなのだろう。
アルディがデスクを探り、偽りが無いかをくまなく調べる。
そこから出てくるのは護身用の隠し小銃や、機密を仕舞う為の隠し空間など。
いずれもアルディだけしか知らないものばかり。
まるでオフィスそのものを持って来たかと思える程に、彼の知る様相と全く同じだったのだ。
それはここがアルディの表の顔が働く、とあるヨーロッパの国に存在する会社そのものという事に他ならない。
アルディに表の顔があると知ったのは僅か五日ほど前の話。
そして彼はまだ表で働いている企業の名前を出してはいない。
つまり、偽装する為にはその間に彼の働いていた企業を探し出し、社長室をまるごとコピーする必要がある。
それが物理的に不可能かどうかなど、アルディ本人は愚か、誰にでもわかる事だ。
一通りくまなく探し終えると、アルディが思わずその頭を抱える。
調べれば調べる程、自分の知る場所と同じという証拠ばかりが出て来るのだから。
「なるほど、これが証明か。 まさか本物の我が社だとはな」
アルディが立ち上がり、外を眺め観る。
そこは一面がガラス張りとなった壁。
勇も釣られて外へと目を向ければ……見えるのはどこかの街を見下ろす様な風景だった。
「随分大きな会社なんだな」
「ビルの一つ間を借りているに過ぎんよ。 表の私が出来る事はこれが精一杯だったのだ」
世界は言う程甘くは無い。
アルディの様に知的であろうと、登り詰める為には多くの困難が待ち受けている。
彼以上に優れた人間など、この世にはまだまだいるのだから。
「確かにこれなら信用出来るかもしれんな」
「そうだな。 でも、証明はこれだけじゃないさ。 ほら、部屋の外に出たらどうだ?」
「ニシシ」と笑う勇を前に、アルディが「ふぅむ?」と声を唸らせる。
もはや疑う余地すら無い現状。
アルディは言われるがままに部屋を閉じる扉へと歩み寄っていく。
そして扉を開いた時……彼の前に驚きの光景が広がっていた。
「あ……社長!?」
その先にあるのは大きなフロア。
そこには多くの人間がデスクワークをこなし、時には歩き、働く姿を見せていた。
そう、彼の会社の社員が働いていたのである。
数日間も社長が音信不通のままなのにも拘らずである。
しかも今はこの地域においての朝……しっかりと定刻通りの出勤を果たして。
「一体どこに行っていたんですか!? もしかしてずっと社長室に!?」
「社長!! 連絡の一つ寄越さずどうしちゃったんですか!!」
途端、広いフロア各所に居た社員達が一斉に駆け寄っていく。
余る勢いはアルディが戸惑いを見せる程。
「お前達、私が居ない間も仕事していたのか……」
「当たり前じゃないですか! 社長が居ない間大変だったんですからね!?」
思わずアルディが振り向くが、既に勇の姿は社長室の中には無い。
まるで気を使ったかの如く、どこか隠れたか、どこかへ転移したのか。
怒涛の社員達の質問攻めを前に、見せた事の無い様な慌てた表情を浮かばせる。
「ま、待て、待ちたまえ君達……ハァ……」
きっとこうなる事も勇の思惑通りだったのだろう。
それに気付いたアルディの顔に困惑の色が浮かぶ。
―――全く……大したお節介だなこれは―――
偶然か必然か。
これは勇がアルディに与えた最後のチャンスだった。
アルディが自身の会社で働く人間達に何かを残す為の。
恐らくアルディの中にもほんの少し心残りがあったのだろう。
社員に全てを伝える事無く、「アルディ=マフマハイド」として捕まる事を。
社員達が会社と共に自然消滅していく事を。
そんな心残りがあったから勇はここに連れてこれたのだ。
そしてそんな場を与えられたのならば……アルディの様な人間が動かない訳は無かった。
「皆、迷惑をかけてすまない。 しかし少し話を聞いて欲しい」
すると……途端に社員達が騒ぐのを止め、アルディの言葉に耳を傾ける。
それほどまでの信頼関係を彼等は持っているのだろう。
「時間が無いので単刀直入に言わせてもらう。 君達はこの会社で働き続けたいかね?」
「当然です!! 私はこの会社に骨をうずめるつもりで―――」
もはや即答の領域。
決して全ての人間がそう思っている訳ではないだろう。
でも、その言葉に頷き、強い意思を見せる者達がほとんどだ。
それを見る事が出来たから。
気付けばアルディの顔に微笑みが生まれていた。
それほどまでに……信頼して貰えてると理解出来たから。
「わかった。 ならばやって見せてくれ。 リカルド、君が次の代表だ」
「えっ!?」
「君ならば今の困難を乗り越える事も可能なはずだ。 皆も信頼してくれている。 ならば断る道理も無いだろう? 部屋の道具は好きに使ってくれて構わない……頼んだよ」
アルディが先程机から取り出したであろう、手に取った社長室の鍵をリカルドと呼ばれた男の手にそっと納める。
その顔には力強い微笑みが浮かび、小さく頷いて見せた。
リカルドと呼ばれた男も当然状況を飲み込めていない。
だがそこはアルディの信頼する男であるのだろう、その意思を汲み取り頷きを返す。
それを見たアルディは……その微笑みを大きな笑みへと変えたのだった。
「ありがとうリカルド、ありがとう皆。 どうかこの会社をもっと大きくしてくれたまえよ」
その一言を最後に、アルディが踵を返す。
そして勢いのままに社長室へとその身を戻すと、扉をバタンと閉じきった。
突然の事で何が起きたのか、社員達にはまだ理解しきれていない者が多かった。
そんな中、我に返ったリカルドがアルディを追うかの様に続いて社長室の扉を開く。
「社長!? あれ―――」
だが……社長室にはもう、誰一人の姿もありはしなかった。
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