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第三十三節「二つ世の理 相対せし二人の意思 正しき風となれ」

~浮足と我慢 世界はまだ語れない~

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 バロルフとアルディを連れた勇達が復路を進む。
 するとそんな折、通路の先から「ヌイッ」と大きな影が現れた。



「おう、おめぇこんな所にいやがったか」



 途端、野太い大声が狭い通路内を巡って響き渡る。
 勇が気付き通路の先を見ると……そこにはよく知った声の主が立っていた。

「あれ、剣聖さん、どうしてこんな所に」
「ッ!?」

 その名に反応し、バロルフが飛び上がるかの様な勢いで首を突き出す。

 突如として現れたのは自分とも変わらぬ程の巨躯の男。
 その者……剣聖。
 バロルフが超えたと自負していたはずの……『あちら側』最強の人物。

 だがこの瞬間でバロルフは全てを理解した。
 そう、余りにも次元が違い過ぎた事を今……理解してしまったのだ。



 技術や能力を突き詰めれば、それに対する視野も変わってくるものだ。
 それは『あちら側』の人間でも例外ではない。

 例えば……剣道での試合の時、素人から見れば「竹刀の打ち合い」と「駆け引き」しか見えはしない。
 しかし達人から見れば、微妙な体の動きや竹刀の向き、体の動かし方などが目に留まる。
 そこから見えてくるのは次の一手。

 また、こういった事は運動だけに拘らない。
 勉学や創造技術などにもこれらは生き、積み重ねる事で見えてこなかったモノが見えるようになる。
 そこを突き詰める事がいわゆる『熟練する』という事に他ならないのだから。



 バロルフも見紛うこと無き、命力に関する熟練者である。
 だからこそ……剣聖を見た時、彼には見えたのだ。

 剣聖という存在の強大さ。
 対する自身の非力さを。
 超えたと宣い、卑下していた事の愚かさを。



 そう理解した時……気付けば跪いていた。



 それ程までに、彼にとって剣聖という存在は圧倒的だったのである。

「かの三剣魔、剣聖殿とお見受け申すッ!!」

 頭を垂れ、片拳を床に突き……自身を低く低く見せつける。
 それはまるで今までの非礼を詫びるかの様に。

「あん? なんだおめぇは?」

 しかし会った事も無い剣聖がそんな事情など知る訳も無く。
 突然目の前で頭を下げたバロルフを前に思わずその首を傾げさせる。

「我が名は【七天聖】が【一天】バロルフ……貴方様に出会えて光栄に存じます……ッ!!」

 あの自尊心の塊とも言えるバロルフが一目でのこの変わりよう。
 こうしなければならぬと思えるまでに剣聖という存在が彼には大きく見えたのだ。

 勇達はただ気付いていなかっただけに過ぎない。
 ずっと剣聖という強大な者の傍に居続け、その強さを知りながらも強さの意味を知らないまま馴れてしまったから。
 強くなって初めて出会えば、勇達がこうなる事もまた例外ではなかったかもしれない。

 それだけの力を……剣聖は持ち合わせているのだから。

 そして剣聖の前に跪くのもまた、実力も才能をも有するバロルフ。
 事情も何も知らぬからこそ……剣聖はそんな彼に、こう言い切る事が出来る。



「おう、よくわからねぇが……バロルフか、やらぁ」

 

 剣聖が相応の実力者の名前だけしか憶えないというのは『あちら側』においては有名な話だ。
 それでもなおこうして「憶える」と言われるという事は、今を生きる魔剣使いにとってどれだけ誉れ高いか。

 頭を垂れて床を見つめるバロルフの顔に浮かぶのは……見開かせた目と窄んだ口。
 喜びと驚きが混じり合い、感動が故に震えすら呼び込んでいた。

「あ、有り難き幸せッ!!」

 その様な姿を見せるバロルフを前に、勇もまた驚きを見せる。
 今までに幾度と無く剣聖に相対する者を見て来たが、ここまでの態度を見せた者など見た事が無かったからだ。

 剣聖はと言えば……まるで見飽きたかの如く、子指で鼻をほじくり回しているだけだが。

 もしかしたらレンネィ達も剣聖と初めて出会った頃はこの様に跪いていたのかもしれない。
 そうも思えば、勇の口元に珍妙なニタリ顔が浮かぶのも無理は無い訳で。

 その時、そんな顔を浮かべる勇へと剣聖の視線が移る。

「ところでよぉ、俺にだけ先に教えてくれねぇか、【創世の鍵】の事をよ?」

 バロルフがなお跪き続ける中であろうとお構いなく話題が切り替わる。
 それも当然か……剣聖が興味の無い事に足を運ぶ訳も無く。
 どうやら剣聖はただそれだけの為に勇を追ってきたようだ。

 しかし勇は剣聖のその態度を前に、呆れた様な溜息を吐き出していた。

「ですから……日本に着いたら言うって言ってるじゃないですかもう。 三百年待ったんだから数日も変わらないでしょ、少しくらい我慢してくださいよォ」

「だがなぁ、知りてぇもんは知りてぇんだぁよ」

 それもそのはず……剣聖は移動の間に何度も勇とこの様に接触していた。
 三百年も追い続けて来た真実が今目の前に在るからこそ、待っても居られないと言わんばかりに。
 そのしつこさは勇が舌を巻く程……呆れるのも無理は無い。

「剣聖さんだっていつも大切な事を教えてって言っても『面倒くせぇ』って突っぱねてきたじゃないですかぁ。 それと同じですって」

「んぐが……てめぇ、痛いトコ突きやがる……」

 そうも言われてしまえば剣聖もそれ以上前に出る事が出来ず。
 立場は今までと真逆……教える勇の方が優勢。
 その為か、そう語る勇はどこか強気の姿勢だ。

「まぁ簡単に教えて貰わずに自分で考えてこれたから強く成れたってのもありますし、感謝こそしてますけど。 でもそれとこれとは話は別です」

「くぅ~……」

「もう後一時間程で日本に着きますから、それまで待っててください」

 その一言を最後に、勇が兵達やアルディと共に講演室へ向けて一歩を踏み出す。
 残されたのは悔しさの余りに天井へ顔を向ける剣聖と、なお跪いたままのバロルフ。
 「いつまで跪いていればいいのだ……」などと誰にも聞こえぬ小言が呟かれる中で……二人の大男はただ静かに、去り行く勇の動向に目を見張らせるのだった。





 勇の言う通り……アルクトゥーンは既に日本の目と鼻の先とも言える地点へと到達していた。
 それに合わせて二人を呼びに来たのである。

 日本では予め呼んでおいた関係者が集結しつつあった。
 後はアルクトゥーンが日本へ再上陸を果たし、関係者を迎え入れるのみ。

 そう、全ては勇が知った『世界の理』の真実を余す事無く伝える為に。



 そして間も無く……その時が訪れようとしていた。


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