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第三十二節「熱き地の再会 真実は今ここに 目覚めよ創世」

~悲願を求めし里の唄~

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 石段を駆け登り終えた勇達の前に広がっていたのは……小さな農村の様な里の姿だった。

 あまり木は並んでおらず、草原の中にある集落の様なたたずまい。
 木と草を編んで建てられた質素な建屋が数多く並ぶ。
 しかしある程度の文化は有している様で、井戸から水を汲み出しては流れていく簡素な木製の水路筒が建屋同士を繋ぐ様に張り巡らされていた。
 
 そして肝心の住人は魔者。
 僅かに赤み掛かった黄色い長めの体毛が全身を覆い、前に突き出た鼻、長い尻尾が特徴的。
 背丈も勇達程と同じ程度で、それほど大きくはない。
 犬の様にも見えるその姿は……どこか勇に懐かしさを思い起こさせる様相だった。

 そんな里を見渡す勇達の前に立つのもまた、住人と同じ姿の魔者……先程の影の正体だ。
 毛先が荒れ、薄毛になっている所を見ると……恐らく老人なのだろう。

「ようこそゴトフの里へ。 ワシは里長のヤヴという」

「俺が藤咲勇です。 よろしくお願いします」

 続き茶奈達も挨拶を交わし、自分達に敵対意思がない事を改めて伝える。
 ヤヴもそれは承知の上だったのだろう、武器を仕舞う彼女達を前に静かに頷く姿があった。

「お主の事は色々と聞いておるよ。 アルライのジヨヨ村長からな」

「ジヨヨ村長が……そうか、だから……」

「うむ……まぁ立ち話もなんだ、ワシの家まで行こう」

 先程と変わらず落ち着いた雰囲気を見せるヤヴに、勇達も安堵の笑みを浮かべる。
 茶奈達にとっては、以前敵意を向けた里と遭遇した事があり……不安も少なからずあったのだろう。
 剣聖に関してだけは、いつも通りの余裕あるニヤけ顔のままであるが。

 ヤヴに連れられ、勇達が里の中を横断していく。
 若者は彼等を恐れる様に隠れ逃げるが、それに相反して年寄り達の反応はどこか違った。
 まるで彼等を迎えるかの様に、通り道を彼等の体が形成していたのである。
 中には拝む者までもが居り、勇達に小さな驚きを呼ぶ。
 
「ヤヴさん、失礼かもしれませんが教えてください。 どうして彼等はこうまで友好的なんですか? 俺達の事を不安に思わないのでしょうか……」

 先頭を歩くヤヴに勇が問い掛ける。
 さすがの勇もこの様な歓迎は想定していなかった。

 盲目的とも思われる様な一方的な善意は、誠意が売りの勇をも懐疑的にさせてしまった様だ。

「彼等は喜んでいるだけだ。 君達が訪れた事をな」

「え……」

「君達が訪れた事で我々隠れ里の悲願が達成されたと思っているんだ」

 その間にも、老人の一人が勇達の体に触れ、喜び打ち震えてしゃがみ込む。
 まるで勇達が神か仏で、触れる事がさも幸福であるかの様に……光悦に満たされていたのだ。

「隠れ里の……悲願って……?」

 それは聞いた事も無い事だった。
 アルライのジヨヨ村長も教えてくれなかった……隠れ里が存在する理由。



「何……人を待っているだけさ。 たった一人の御人が帰ってくるのを……」



 そう語るヤヴもどこか黄昏れた浮かれない表情を浮かべていて。
 勇達もその一言を前に返す言葉も無く、声が詰まる。

「彼等は君達がその御人だと思っているのだろう。 老い先短い身だからこそ……夢にまで見た瞬間が訪れたのだとね」

 隠れ里は伝説の時代から悠久の時を歴史から断絶したまま存在してきた。
 争う事を拒み、隠れ、それを良しとして細々とこうして生きて来たのだ。

 全ては悲願を達成する為に。

 ヤヴの言う「御人」が誰の事かはわからない。
 きっと彼も知らないのだろう。
 でもこの里に伝わる悲願を言い伝えて来たから……彼等は望み続けるのだ。
 いつか悲願を達成し、真の意味で使命から解放される事を。

 勇はそれを感じずにはいられなかった。
 自分がその存在であればと思う程に。

 それ程までに……かの者達の拝む姿は純粋で、希望の願いに満ち溢れていたのだから。










 しばらく歩き続けた勇達の前に現れたのは、大集団が入れそうな程に平面に広い大きな木造の家だった。
 人が五~六人入るだけで一杯となるジヨヨ村長の家とは大違いだ。
 
「少し汚れてはいるが、気にしないでくれ」

 ヤヴが質素な木製の引き戸を開き、勇達を迎え入れる。
 その時、誘われるままに足を踏み入れた彼等の目に映ったのは……清潔感を感じさせる内部の様相であった。

 部屋などは無く、一室の中に寝具や台所、道具を仕舞う棚などが全て置かれている。
 木板が張り巡らされた床と、その上に敷き詰められた藁編みの絨毯。
 香りもどこか心地良い乾燥した草の匂いを僅かに感じる程度だ。
 壁は一部こそ痛んでいるものの……古くとも丈夫な大黒柱が家屋を支えており、しっかりとした造りが逆に安心感を誘うよう。
 彼が言う程でも無い整頓された様子に、思わず勇達の感心の声が漏れ出ていた。

 どうやらゴトフの里では日本の田舎の様に床に膝を付いて座るスタイルが一般的の様だ。
 藁の絨毯は畳の様なものだと思えば良いだろう。

 ヤヴが家内中央の藁の絨毯の上へと膝を突いて座り込む。
 勇達もまた誘われるままに、彼と対面する形で座り込んでいった。

「緊張する必要はない。 楽にしてくれて構わんよ」

 茶奈に限っては緊張が抜けなかったのだろう……一人だけ正座で背筋を伸ばして座っており、どこか落ち着かない。
 そう言われて初めて足を崩すが、それもそれで落ち着かない様で。
 結局正座のままで耳を傾ける彼女の姿がそこにあった。

「さて、何から話したものか……まずは軽く世間話でもしておくかね?」

 そんな事を言うヤヴを前に、剣聖もまた落ち着かない様子を見せる。
 回りくどい事を嫌う彼の性格なのだ、結論を急ぎたくもなろう。
 だが余計な事をすまいと……茶奈と同様に正座で座り、腕を組んだままその身を固まらせていた。
 当然その顔に浮かぶのはしかめっ面だ。

「それなら一つ、ちょっと聞きたい事があるんです」

「何だね?」

 それは勇がこの里に訪れてずっと疑問に思っていた事だ。
 先程の悲願の事よりも先に感じた……彼等の容姿について。

「以前、俺、エウバ族のグゥさんって方と仲良くなったんです。 そのグゥさんがどこかヤヴさん達と姿が似ていて……もしかしてって思ったんです」

 グゥもまた彼等と同じ様に、犬の様な容姿を持つ魔者だった。
 体毛の色や長さこそ異なるが、特徴は似ている。
 今でこそ記憶にも薄いが、重ねて見れば思い出す事も難しくは無かった様だ。

 そんな勇の質問を前に、ヤヴは静かに考えを巡らせていた。

「エウバか……似ているのも無理は無い。 彼等は遥か昔に血を分けた兄弟種だからな。 グゥという者も聞いた事があるぞ。 確か次期里長候補の一人だったな」

「里長候補……グゥさんはそんな人だったんだ」

 思い出しても見れば、グゥは色々と知っていたし、落ち着いた雰囲気はヤヴとも共通点がある。
 きっとそういった広い視野を持てる者に里長や村長として隠れ里を支える資格があるのだろう。

「最近はとんと声を聴かなくなったがな」

「エウバは……滅びました。 グゥさんが最後の生き残りそうです」

「だった……?」

「ええ……見届けてはいないのですが、グゥさんも恐らくはもう……」

 その他、勇はヤヴにグゥの事を色々と伝えた。
 勇にとっても懐かしい事だったから……語る度に思い出が飛び出す様に甦る。
 
 彼には敵対心が無かった事。
 すぐに勇の事を信じてくれた事。
 里の事を色々と話してくれた事。
 転移直後に里で起きた事。
 里の記憶とも言うべき日誌を託された事。

 そしてグゥが姿を消した事も。

 その記憶は今の彼を造る礎になっていたから……思い出す事なんて、苦でも無かった。

「そうか……ならば、グゥに代わり君に礼を言おう。 こうして私達の前に訪れようと思う程までに成長を遂げてくれた事を感謝する」

 その時ヤヴが見せたのは、深く沈み込む様に丁寧な土下座。
 その一礼を済ますと、間も無く彼の頭がゆるりと持ち上がっていく。

「いえ、俺達もまだ確証があってきた訳じゃないんです。 ただきっと、ここに何かがあるんじゃないかって思ってきたからで……多分それは礼を言われる事じゃない。 むしろ歓迎してくれた事にこちらから礼を言いたいくらいですよ」

 見事なまでの丁寧な物腰のヤヴを前に、勇も照れ隠しの様に視線を逸らして頭を掻く姿があった。

 やはり勇達もどこか村人達の歓迎が気恥ずかしい所もあったのだろう。
 拝み倒されるのも悪い気はしないだろうが……理由が理由なだけに素直に喜べない訳で。

「ハハハ、君が言うには彼が最初のキッカケだったのだろう? ジヨヨ村長があれ程褒め倒していた君をここまで成長させるキッカケとなったのが我々の兄弟ともなれば、誇り高くもなろうよ」

 そう語るヤヴがどうにも嬉しそうに見えて。
 勇もどこかまんざらではなさそうだ。

「ジヨヨ村長……一体どんな風に俺の事を伝えてたんだぁ……?」

「ハハハ! それは是非とも本人に聞いてみるとよかろうな」

 途端、屋内にヤヴの笑い声が木霊する。
 ひょっとすればそれ程までに……面白おかしい事まで伝えられていたのかもしれない。

 その様子を前に勇が思わず頭を傾げ、「んん?」と疑念の声を漏らす。
 茶奈達もまたそんな彼がどこか面白く見えて……ヤヴの笑い声に釣られたかの様に笑い声を揃えて上げていた。



 既に彼等を包む雰囲気は緩やかで、親近感さえ纏わせる。
 きっと彼等はもう最初から……話の通じる仲間の様なものだったのかもしれない。


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