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第三十一節「幾空を抜けて 渇き地の悪意 青の星の先へ」

~思想酔曲〝矛盾〟~

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 リビアの南側に位置する、とある地点。
 地図上には何も無いとされる、砂漠の中の一地域。

 しかし今、そこに一つの拠点が設けられていた。

 それが出来上がったのはほんの半年ほど前。
 とある一人の男がそれよりも前にリビアで声を高々と上げ、実った事から完成に至った施設である。

 彼の名はアルディ=マフマハイド。
 欧米にはテロリストと恐れられながらも、関連団体においては英雄とさえ呼ばれた事のある男だ。

 そういった境遇では、勇もアルディも変わらないのだろう。
 ただ普通かそうで無いか、思想家であるか無いかの差でしかない。

 極東の英雄と北アの英雄。
 二人が人知れず相まみえる時……世界は一つ、何かが変わろうとしていた。









「同志アルディ!! 大変だ、グランディーヴァが攻め込んで来たぞ!!」

 拠点内、白い壁に囲まれたとある一室。
 部屋に並ぶのは質素な会議机と使い古した木製の椅子。
 いずれも安価で揃えられる様な物ばかり。

 そこの入り口の扉から最も離れた壁際に……一人の褐色肌の男が鎮座していた。
 動画の時と同じく、清潔感を感じさせる白のターバンと衣服を身に纏って。

 彼こそがアルディと呼ばれた男本人である。

「案ずる事は無い、奴等が来るなどとうに知っていた事だ。 それよりいいのか、こんな所に居て……お前には命じていたハズだ。 『神に身を捧げよ』と……」

「そ、それは……」

 アルディは報告に来た男に視線を向ける事無く、手元に置かれたノートパソコンのキーボードを叩き続けていた。
 男の言う事になんら関心を持つ所か……冷たくあしらうのみ。

 彼が言うのは詰まる所、「殉教せよ」という事。
 平たく言えば……「死ね」という事である。

 しかし男はその答えに躊躇する様を見せていた。
 当然だ……誰しも死ねと言われて簡単に死ねるほど単純では無いのだから。
 アルディの傍に居る様な優れた人間であればなおの事だろう。



ガシャァーーーンッ!!



 そんな折、彼等の耳に届く程近く、かつ離れた場所から何かの炸裂音が響き渡る。
 ガラスの様な割れやすい物を突き破った時に出る破砕音だ。
 男が戸惑う余り逃げ出すが……その中でもアルディはなお、粛々と作業を続けていた。

 すると、彼の居る部屋の入り口に……一人の男の影が映り込む。



 現れたのは……勇だった。



「見つけたぞ……アルディ=マフマハイド……!!」

 声を荒げ、腹から湧き上がる様な低い声でその名を呼びつける。
 そこでようやくアルディは勇に気付き……ディスプレイに向けていた顔をゆっくりと上げた。

「随分と早いお付きじゃあないか……なぁ、グランディーヴァのユウ=フジサキ……」

 アルディが見せるのは余裕。
 目の前に居る勇を恐れる事無く、ゆるりと立ち上がり……鼻で笑う様な鼻息を一つ上げる。
 そんな彼……どう見ても魔剣使いでもなければ、何かの達人という訳でもない。

 ただの……ひ弱な普通の人間であった。

「今すぐ計画を止めろ……さもなければ……!!」

「まぁ待て、そういきり立つな……今の私には何も出来んよ。 ほら見てみろ」

 勇み足で強い一歩を踏み出す勇を前に、アルディは己の両手を上げて抵抗放棄を示す。
 彼の両手には何も握られておらず、かといって身辺に武器がある訳でもない。
 あるのは先程まで弄っていたパソコンのみだ。

「私は武器を握るのが嫌いでね」

「だから……他人にやらせるのかッ!!」

バッキャァン!!

 途端、部屋の入口を支える木枠が破砕した。
 勇が怒りの余り、叩き折ったのである。

「だから待てと言っている……それとも無力で無抵抗の人間に手を出すのかね君は。 ……何、少し話をしようじゃないか」

「話……だと……?」

 妙な冷静さを見せるアルディ。
 それがどうにも策謀的にも見えて。

 勇が感情をコントロールし、落ち着きを見せながら相手の一挙一動を監視する中……アルディは微笑みを見せ、その口を開いた。

「その力強さもそうだが……あのしたたかなプレジデント=コジマ小嶋 由子を捕まえたとあって、大した行動力だ。 ひょっとすれば、そうだからこそ同志デュゼローが危険視したのかもしれんな」

 その名が出た途端、勇の顔が僅かに強張る。
 デュゼローの名は彼にとっても一つのトラウマでもあるのだから。

「やはり君はあの時死ぬべきだったのだ……世界の為にな」

「そうやって世界の為とのたまって……挙句の果てに人に死ぬ事を強要するのか!! ここに来るまでに一体何人の人間がお前の命令で命を落としたと思っているんだ!!」

 勇がこの施設へ到達するまでに多くの人間が彼の前に立ち塞がった。
 それこそ第二、第三部隊が戦った軍勢など話にならない程に多くの兵士達が、である。
 そのほとんどが……死を恐れず、勇へと向けて攻撃を仕掛けて来た。

 最後には身を挺し、爆弾を握り締め……勇もろとも死のうと、自爆を敢行してきたのだ。

 若者も、女も、老人も……関係無かった。
 彼等は皆、勇を止める為だけに……無残にも散っていったのだ。

 中には勇が身を挺して止める事が出来た者も居た。
 でも……その者は彼から解き放たれると同時にこう叫ぶ。
 「神よ、我々の正義はここにあり!!」と。

 そして拳銃を手に取り……己の口に突きつけて引き金を引いた。

 彼等は信じていたのだ。
 こうする事で神の身元に行けるのだと。
 そう信じさせたのは他でもない、アルディ当人。
 拍車を掛けたのは……【救世同盟】の思想である。

 だが彼にとって……人とはただの道具に過ぎなかった。



「そんなのは知った事ではない」



 それは人としての感情の一切を感じない冷徹な一言。
 勇が耳を疑う程に……。

「彼等はに命を捧げたのだ。 私はその手助けをしたに過ぎない。 そう……世界を救う為に、な」

「なんだと……ッ!?」

 淡々と彼の口からそんな事が語られる。
 同時にその手がまるで手話の如く小刻みに動き、彼の意思の在り方を体現していた。

 手の動き自体に意味は無い。
 ただより意思を伝える為だけの……手拍子の役割にも似たジェスチャーに過ぎなかった。

「同志デュゼローは素晴らしき発見をしてくれた。 殺し合い、憎み合う事で世界が救われる……それは私にとって願ったりな事だったよ」

 不思議と彼の言う事がすんなりと頭に入ってくる様に感じる程、その説明は実に明快なもの。
 【砂上の戦教師せんきょうし】と呼ばれるのもわかる程に……丁寧かつ冷淡な口調だったから。

 だからといって、その程度で傾く程……勇の意思は弱くは無い。

「つまりは、我々の信じる神が正しかったのだ。 かつて欧米諸国が世界を混乱に陥れ、我々はそれに抵抗した。 だが世界は戦う事を否定し、私を世界の敵とみなした。 それは何故か……彼等が間違っていたからだ」

 彼が言うのは詰まる所、宗教戦争の事。
 彼等の住む地は昔から宗教の絡みによって大きな戦争がたびたび起きている。
 互いに主張し、互いに否定し合う……それはまさに今の状況と何も変わらなかった。
 現在ではフララジカによって鎮静化しているものの、それは今でも水面下で起き続けている。

 そう……それは【救世】という組織が彼等の行いを肯定したからに他ならない。

 だからアルディは今、【救世同盟】としてこうやって堂々と声を上げる事が出来るのだ。
 かつてデュゼローが訴えた、世界の融合を止める為の一つの手段を成す為に。

「しかし今、世界は人が殺し合う事を望んだ。 争う事で救われる……その理想を実現する為に、神の名の下に戦う時が来たのだ。 その為にも彼等の犠牲は必要不可欠なのだよ。 戦い、殺し、殺される。 それが叶わぬのであれば、自ら死を選ぶ。 これこそが世界の望み、神の望み、そして私の望みだ」

「そんな事をして、人を殺して殺させて、彼等を敬いもせず、そんな世界の果てに行くつもりなのか!! それが神の所業であってたまるかあッ!!」

「君には我々の神の事などわかりはしまい……君達の様な信仰心の欠片も無い者達にはな」

 勇にはその一言に言い返す事が出来なかった。
 彼等が言うのは宗教であり、【救世同盟】とは一つ異なった概念だったのだから。



 宗教とは一つの救いである。
 それを信じ、敬う事で心の平穏を呼び、一つの倫理を得る。
 もしそれが争いと関係無いのであれば、多くの人の心を一つに纏める事も出来る。

 だがその信仰を争いに繋げれば……その先に待つのは凄惨な現実だ。

 互いに信じる者の為に争い、相手を邪教と宣い徹底的に叩き潰す。
 かつて世界各国で起きた戦争のほとんどが、それによるものと言われている。

 今となってはその意思こそ薄れたが……アルディ達は違う。

 彼等は今なおずっと戦争を続けている。
 自ら信じる神の為に。

 宗教に程遠い勇達に彼等の強い信仰心などわかる訳も無いのだ。
 彼等にとっての宗教とは……生きがいなのだから。



「それに君達は少し思い違いをしているのではないか?」



 その時僅かに空気が変わった。
 先程の冷徹なまでの淡々とした声に熱が籠ったのだ。

「何……!?」

 勇もまたその変化に気付き、思わずその身に力を籠らせる。
 相対する者の行動に警戒する様に。

「争い無く、平和に世界を救う……実に立派な理想だ。 それが叶うのであれば誰もが望むだろう。 ……だが、その手段がこの様な戦いではな!」

 アルディの掲げていた腕が徐々に沈み、だらりと肩にぶら下がる。
 しかしその肩はまるで怒りに満ちたかの様に……高々と上がっていた。

 そして今までの雰囲気を払い除けるかの如く……勇を睨み付けたのだった。

「戦いを嫌う者が戦う……これ程滑稽な事があろうか……!! そう、君達の事だよグランディーヴァ!! 世界を救う為に戦い、叩き伏せる……これが私達の戦いと何が違うッ!?」

 その時、下げられていた両手が開かれる。
 自分の吐いた息を包み、抱える様に。

 彼の想いを体現するままに……力強く、激しく震わせながら。



「我々と君達は同じだッ!! 世界を救うために手段を択ばないッ!! ただその手段が違うだけの事に過ぎないのだッ!! そんな君達に我々を否定する権利は何一つ無ぁい!!!!!」



 アルディが咆えに咆える。
 全身を震わせ、両腕を振り上げ、声を荒げて。
 彼の強い意思をありありと見せつけたのだ。

 まるで直接心に訴えて来る様だった。

 その一声にはありとあらゆる感情が乗っている様に聴こえて。

 怒り、憎しみ、悲しみ……そして切望。

 アルディという存在が経験してきたであろう凄惨な体験を彷彿とさせんばかりの……多重意思。



 彼が曲がりなりにも【宣教師】を名乗っている事がわかり過ぎる程に……情を揺るがさせる一声だったのだ。



 叫びが木霊となり、施設を駆け巡る。
 その直後に途端の静寂が生まれ、二人の間に沈黙が続く。

 勇はアルディの一言を前に……俯き、声を出しあぐねる様を見せていた。

 アルディはそんな勇を前に、睨みを利かせたまま微動だにしない。
 勇が折れるまで睨み続けんばかりに……力みを身震えで示していた。

 そんな時……勇の顔がゆっくりと持ち上がる。



 そしてアルディに見せたのは……信念の曲がる事無き、真っ直ぐな瞳だった。



「確かに……お前の言う通りかもしれない。 俺達は戦いを否定しながらも戦っている……矛盾していると言わざるを得ないよな」

 先程までは己を見据え、彼の言葉と擦り合わせ、考えていたのだろう。
 考えた結果、自分なりの答えが見つかったから……

「ならばそう―――」
「けどッ!! 俺達とお前達とでは根本的な部分が異なるんだ。 俺達が戦うのは、全てが解決した先に遺恨を残さない為なんだよ。 俺達が世界を救うんだ!! 人が笑って過ごせる明日を、未来を……俺達は望む!!」

 意思に溢れた瞳は見開かれ、アルディにも負けぬ想いを乗せる。
 それが出来る程に……彼もまた多くの想いを募らせてきたから。

 だからこそ……勇は高々に叫ぶ事が出来る。





「お前に世界を救う意思はあるのかッ!! 命を悪戯に扱った先に生まれる未来を、お前は考えた事があるのかあーーーッ!!!!!」





 勇の叫びはその場全てを揺らし轟かせる。
 猛りに猛った感情は遂に……目の前に覆われたヴェールを、剥ぎ取るのだった。


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