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第三十一節「幾空を抜けて 渇き地の悪意 青の星の先へ」
~砂塵消曲〝転身〟~
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「はぁ!? うん……わかった」
マヴォら第三部隊が離陸を始めた頃……。
瀬玲はアージに膝を突かせ、余裕を見せつけていた。
しかしそんな折、彼女達に通信が入る。
勇がアルディの居場所を突き止めた……と。
本来ならば、それはアルディを捕まえてから伝える情報だった。
電撃作戦である以上、結果以外の報告は足を止める事にしかならないからだ。
だがアルディが敷く策略が不穏な空気を見せた為……急遽彼女達にも状況が伝えられたのである。
「ったく……策略とか勘弁して欲しいわぁ、面倒臭くてしょうがない」
途端緊張が途切れ、瀬玲が肩を落とす。
たちまち放っていた【闘域】が薄れ……アージが振り掛かる重圧から解き放たれた。
「なぜ……解いた……?」
アージはなおも膝を突き、息を荒げる。
それ程までに意思を削がれ、体力を奪われていたのだ。
それに対し瀬玲は……先程の厳しさが消え、ひょうひょうとした普段の彼女へと戻っていた。
「これ以上戦う必要も無いでしょ。 勇の代わりに言ってあげるわ……『私達は戦いに来たわけじゃない』ってね」
それを聴いた途端、アージが眼を僅かに細める。
その一言は……彼の知る懐かしい一言だったから。
―――俺達は戦いに来た訳じゃない!―――
―――さっきも言っただろ……戦いに来た訳じゃないって―――
いずれも一人の男が戦士になりきれぬ少年だった頃に放った一言。
アージをこの世界に引き寄せた少年が心から想っていた一言。
「フッ……懐かしいな……あの時は本当に……」
懐かしさが穏やかさを呼び、あの時に戻りたいとさえ思わさせる。
そんな事を思える彼にとっては、少年に出会った頃が一番幸せだったのかもしれない。
穏やかさと、平穏を享受出来るあの時代が。
「だがもうあの時には帰れないのだ……もう後戻りは出来んのだ……!!」
その一言と共にアージは立ち上がり、再び瀬玲へと睨みを利かす。
諦めが悪い所は勇と同じ……これもきっと彼に感化されたから。
例え強敵であろうと、彼もまた可能性を諦めたりはしなかったのだ。
だが……瀬玲はそんな彼にそっぽを向き、手で払う仕草を見せつけた。
「悪いけど、もうやる気は無いかな。 これ以上ここに留まってても仕方ないし。 アージさんだって一緒でしょう? なんでここに居たのかは知らないけどさ」
先程の戦いで散らせた髪を束ねて整える。
その姿はまさしく隙だらけ……まるで襲ってこいと言わんばかりに。
「……俺は【救世同盟】の一員としてここに居たに過ぎん。 アルディの護衛としてな」
しかしアージは襲うどころか魔剣を下げ……自分の事を打ち明ける。
瀬玲を前に隠す必要も無かったのだろう。
心が変わっても武人……戦う意思を持たない者を叩く気概が無いのは昔のままだった。
「そう……もう戻る気は無いのね?」
「ああ……俺が間違っているとは思ってはいないからな。 いや、我が師の為にも思う訳にはいかんのだ……」
「ん……わかった。 マヴォにはそれとなくそう伝えておく」
「すまんな……あの時の約束は守れそうにない事も」
アージが言う約束……それは瀬玲が戦いに目覚めた時の事。
彼女が戦いを受け入れ、暴走するかもしれない事を示唆した時……二人はこう約束を交わした。
「もし瀬玲が間違った道に進みそうになった時、アージ達が正して見せる」……と。
それが今、奇しくも逆の形で相対する事となってしまった。
いや、きっと今もアージにとっては……。
それが叶わぬ程に力の差が出来てしまっていたから。
アージはそう答え、自身の無力に無念を乗せたのだ。
「いいよ、私は多分もう……今の意思から外れる気は無いから」
そして瀬玲も……瀬玲のままだった。
勇達と共に居続ける事の喜びがあるからこそ、彼女は戦いに染まりきる事は無い。
彼女にとって、戦いよりも仲間と意思を合わせる事が何よりも大事になっていたのだから。
「行きなよ、アージさんはアージさんの道をさ。 私達は止めはしないから。 でも多分次に会った時は……容赦出来るかわからないから」
「……わかった。 なれば次こそは失態を見せぬようもっと強くなってみせるさ」
するとアージは……掴んでいた魔剣を背中に預け、くるりと振り返る。
「互いに生き続けよう……出来うる事ならば」
その一言を最後に、彼はそのままその場を歩き去っていく。
瀬玲が見送りの視線を向ける中で。
彼女が見届けたのは……哀愁を伴う彼の背中。
途端砂塵が吹き荒れ、砂煙が周囲を包む。
彼の背中はその中へ消え……晴れた後にはもう、その姿は砂煙と共に消え失せていた。
「行ってしまいましたね」
その時、瀬玲の耳に聴き慣れた声が届く。
そっと振り向き見ると……その先にはイシュライトの姿があった。
「戻って来てたんだ」
「ええ、全ての敵を倒して参りましたよ。 私もアージ殿と再び話を交わしたかったですが……ああもなっては叶わないかもしれませんね」
「うん……そうね、そう……かもしれない」
しかし二人共、完全に諦めた訳では無かった。
アージが再び彼等の下に戻ってくる事を願い……二人は戦い続けるだろう。
いつの日か世界を分断する方法を手に入れ、彼の考えを元に戻すまで。
二人の意思は……変わらない。
瀬玲が、ディックが……想いを連ねながら、各々の道を築く。
全ては一人の男の愚かな野望を止めるため。
そんな中、遂に勇がその男……アルディの潜む場所へと辿り着いた。
彼のドス黒いまでの願いとは一体何なのか。
未だ見えぬ愚裁の矢は一体どこにあるのか。
多くの謎が渦巻く中で……二人が相対する。
この戦いの結末は、果たして如何な形へと辿るのであろうか……。
マヴォら第三部隊が離陸を始めた頃……。
瀬玲はアージに膝を突かせ、余裕を見せつけていた。
しかしそんな折、彼女達に通信が入る。
勇がアルディの居場所を突き止めた……と。
本来ならば、それはアルディを捕まえてから伝える情報だった。
電撃作戦である以上、結果以外の報告は足を止める事にしかならないからだ。
だがアルディが敷く策略が不穏な空気を見せた為……急遽彼女達にも状況が伝えられたのである。
「ったく……策略とか勘弁して欲しいわぁ、面倒臭くてしょうがない」
途端緊張が途切れ、瀬玲が肩を落とす。
たちまち放っていた【闘域】が薄れ……アージが振り掛かる重圧から解き放たれた。
「なぜ……解いた……?」
アージはなおも膝を突き、息を荒げる。
それ程までに意思を削がれ、体力を奪われていたのだ。
それに対し瀬玲は……先程の厳しさが消え、ひょうひょうとした普段の彼女へと戻っていた。
「これ以上戦う必要も無いでしょ。 勇の代わりに言ってあげるわ……『私達は戦いに来たわけじゃない』ってね」
それを聴いた途端、アージが眼を僅かに細める。
その一言は……彼の知る懐かしい一言だったから。
―――俺達は戦いに来た訳じゃない!―――
―――さっきも言っただろ……戦いに来た訳じゃないって―――
いずれも一人の男が戦士になりきれぬ少年だった頃に放った一言。
アージをこの世界に引き寄せた少年が心から想っていた一言。
「フッ……懐かしいな……あの時は本当に……」
懐かしさが穏やかさを呼び、あの時に戻りたいとさえ思わさせる。
そんな事を思える彼にとっては、少年に出会った頃が一番幸せだったのかもしれない。
穏やかさと、平穏を享受出来るあの時代が。
「だがもうあの時には帰れないのだ……もう後戻りは出来んのだ……!!」
その一言と共にアージは立ち上がり、再び瀬玲へと睨みを利かす。
諦めが悪い所は勇と同じ……これもきっと彼に感化されたから。
例え強敵であろうと、彼もまた可能性を諦めたりはしなかったのだ。
だが……瀬玲はそんな彼にそっぽを向き、手で払う仕草を見せつけた。
「悪いけど、もうやる気は無いかな。 これ以上ここに留まってても仕方ないし。 アージさんだって一緒でしょう? なんでここに居たのかは知らないけどさ」
先程の戦いで散らせた髪を束ねて整える。
その姿はまさしく隙だらけ……まるで襲ってこいと言わんばかりに。
「……俺は【救世同盟】の一員としてここに居たに過ぎん。 アルディの護衛としてな」
しかしアージは襲うどころか魔剣を下げ……自分の事を打ち明ける。
瀬玲を前に隠す必要も無かったのだろう。
心が変わっても武人……戦う意思を持たない者を叩く気概が無いのは昔のままだった。
「そう……もう戻る気は無いのね?」
「ああ……俺が間違っているとは思ってはいないからな。 いや、我が師の為にも思う訳にはいかんのだ……」
「ん……わかった。 マヴォにはそれとなくそう伝えておく」
「すまんな……あの時の約束は守れそうにない事も」
アージが言う約束……それは瀬玲が戦いに目覚めた時の事。
彼女が戦いを受け入れ、暴走するかもしれない事を示唆した時……二人はこう約束を交わした。
「もし瀬玲が間違った道に進みそうになった時、アージ達が正して見せる」……と。
それが今、奇しくも逆の形で相対する事となってしまった。
いや、きっと今もアージにとっては……。
それが叶わぬ程に力の差が出来てしまっていたから。
アージはそう答え、自身の無力に無念を乗せたのだ。
「いいよ、私は多分もう……今の意思から外れる気は無いから」
そして瀬玲も……瀬玲のままだった。
勇達と共に居続ける事の喜びがあるからこそ、彼女は戦いに染まりきる事は無い。
彼女にとって、戦いよりも仲間と意思を合わせる事が何よりも大事になっていたのだから。
「行きなよ、アージさんはアージさんの道をさ。 私達は止めはしないから。 でも多分次に会った時は……容赦出来るかわからないから」
「……わかった。 なれば次こそは失態を見せぬようもっと強くなってみせるさ」
するとアージは……掴んでいた魔剣を背中に預け、くるりと振り返る。
「互いに生き続けよう……出来うる事ならば」
その一言を最後に、彼はそのままその場を歩き去っていく。
瀬玲が見送りの視線を向ける中で。
彼女が見届けたのは……哀愁を伴う彼の背中。
途端砂塵が吹き荒れ、砂煙が周囲を包む。
彼の背中はその中へ消え……晴れた後にはもう、その姿は砂煙と共に消え失せていた。
「行ってしまいましたね」
その時、瀬玲の耳に聴き慣れた声が届く。
そっと振り向き見ると……その先にはイシュライトの姿があった。
「戻って来てたんだ」
「ええ、全ての敵を倒して参りましたよ。 私もアージ殿と再び話を交わしたかったですが……ああもなっては叶わないかもしれませんね」
「うん……そうね、そう……かもしれない」
しかし二人共、完全に諦めた訳では無かった。
アージが再び彼等の下に戻ってくる事を願い……二人は戦い続けるだろう。
いつの日か世界を分断する方法を手に入れ、彼の考えを元に戻すまで。
二人の意思は……変わらない。
瀬玲が、ディックが……想いを連ねながら、各々の道を築く。
全ては一人の男の愚かな野望を止めるため。
そんな中、遂に勇がその男……アルディの潜む場所へと辿り着いた。
彼のドス黒いまでの願いとは一体何なのか。
未だ見えぬ愚裁の矢は一体どこにあるのか。
多くの謎が渦巻く中で……二人が相対する。
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