上 下
873 / 1,197
第三十一節「幾空を抜けて 渇き地の悪意 青の星の先へ」

~砂塵消曲〝転身〟~

しおりを挟む
「はぁ!? うん……わかった」

 マヴォら第三部隊が離陸を始めた頃……。
 瀬玲はアージに膝を突かせ、余裕を見せつけていた。
 しかしそんな折、彼女達に通信が入る。

 勇がアルディの居場所を突き止めた……と。

 本来ならば、それはアルディを捕まえてから伝える情報だった。
 電撃作戦である以上、結果以外の報告は足を止める事にしかならないからだ。
 だがアルディが敷く策略が不穏な空気を見せた為……急遽彼女達にも状況が伝えられたのである。

「ったく……策略とか勘弁して欲しいわぁ、面倒臭くてしょうがない」

 途端緊張が途切れ、瀬玲が肩を落とす。
 たちまち放っていた【闘域】が薄れ……アージが振り掛かる重圧から解き放たれた。

「なぜ……解いた……?」

 アージはなおも膝を突き、息を荒げる。
 それ程までに意思を削がれ、体力を奪われていたのだ。

 それに対し瀬玲は……先程の厳しさが消え、ひょうひょうとした普段の彼女へと戻っていた。

「これ以上戦う必要も無いでしょ。 勇の代わりに言ってあげるわ……『私達は戦いに来たわけじゃない』ってね」

 それを聴いた途端、アージが眼を僅かに細める。
 その一言は……彼の知る懐かしい一言だったから。

―――俺達は戦いに来た訳じゃない!―――
 
―――さっきも言っただろ……戦いに来た訳じゃないって―――

 いずれも一人の男が戦士になりきれぬ少年だった頃に放った一言。
 アージをこの世界に引き寄せた少年が心から想っていた一言。

「フッ……懐かしいな……あの時は本当に……」

 懐かしさが穏やかさを呼び、あの時に戻りたいとさえ思わさせる。
 そんな事を思える彼にとっては、少年に出会った頃が一番幸せだったのかもしれない。

 穏やかさと、平穏を享受出来るあの時代が。

「だがもうあの時には帰れないのだ……もう後戻りは出来んのだ……!!」

 その一言と共にアージは立ち上がり、再び瀬玲へと睨みを利かす。
 諦めが悪い所は勇と同じ……これもきっと彼に感化されたから。

 例え強敵であろうと、彼もまた可能性を諦めたりはしなかったのだ。



 だが……瀬玲はそんな彼にそっぽを向き、手で払う仕草を見せつけた。



「悪いけど、もうやる気は無いかな。 これ以上ここに留まってても仕方ないし。 アージさんだって一緒でしょう? なんでここに居たのかは知らないけどさ」

 先程の戦いで散らせた髪を束ねて整える。
 その姿はまさしく隙だらけ……まるで襲ってこいと言わんばかりに。

「……俺は【救世同盟】の一員としてここに居たに過ぎん。 アルディの護衛としてな」

 しかしアージは襲うどころか魔剣を下げ……自分の事を打ち明ける。
 瀬玲を前に隠す必要も無かったのだろう。
 心が変わっても武人……戦う意思を持たない者を叩く気概が無いのは昔のままだった。

「そう……もう戻る気は無いのね?」

「ああ……俺が間違っているとは思ってはいないからな。 いや、我が師の為にも思う訳にはいかんのだ……」

「ん……わかった。 マヴォにはそれとなくそう伝えておく」

「すまんな……あの時の約束は守れそうにない事も」

 アージが言う約束……それは瀬玲が戦いに目覚めた時の事。
 彼女が戦いを受け入れ、暴走するかもしれない事を示唆した時……二人はこう約束を交わした。

 「もし瀬玲が間違った道に進みそうになった時、アージ達が正して見せる」……と。

 それが今、奇しくも逆の形で相対する事となってしまった。
 いや、きっと今もアージにとっては……。

 それが叶わぬ程に力の差が出来てしまっていたから。
 アージはそう答え、自身の無力に無念を乗せたのだ。

「いいよ、私は多分もう……今の意思から外れる気は無いから」

 そして瀬玲も……瀬玲のままだった。
 勇達と共に居続ける事の喜びがあるからこそ、彼女は戦いに染まりきる事は無い。
 彼女にとって、戦いよりも仲間と意思を合わせる事が何よりも大事になっていたのだから。

「行きなよ、アージさんはアージさんの道をさ。 私達は止めはしないから。 でも多分次に会った時は……容赦出来るかわからないから」

「……わかった。 なれば次こそは失態を見せぬようもっと強くなってみせるさ」

 するとアージは……掴んでいた魔剣を背中に預け、くるりと振り返る。

「互いに生き続けよう……出来うる事ならば」

 その一言を最後に、彼はそのままその場を歩き去っていく。
 瀬玲が見送りの視線を向ける中で。
 彼女が見届けたのは……哀愁を伴う彼の背中。

 途端砂塵が吹き荒れ、砂煙が周囲を包む。 
 彼の背中はその中へ消え……晴れた後にはもう、その姿は砂煙と共に消え失せていた。



「行ってしまいましたね」



 その時、瀬玲の耳に聴き慣れた声が届く。
 そっと振り向き見ると……その先にはイシュライトの姿があった。

「戻って来てたんだ」

「ええ、全ての敵を倒して参りましたよ。 私もアージ殿と再び話を交わしたかったですが……ああもなっては叶わないかもしれませんね」

「うん……そうね、そう……かもしれない」

 しかし二人共、完全に諦めた訳では無かった。

 アージが再び彼等の下に戻ってくる事を願い……二人は戦い続けるだろう。
 いつの日か世界を分断する方法を手に入れ、彼の考えを元に戻すまで。



 二人の意思は……変わらない。









 瀬玲が、ディックが……想いを連ねながら、各々の道を築く。
 全ては一人の男の愚かな野望を止めるため。



 そんな中、遂に勇がその男……アルディの潜む場所へと辿り着いた。



 彼のドス黒いまでの願いとは一体何なのか。
 未だ見えぬ愚裁の矢は一体どこにあるのか。

 多くの謎が渦巻く中で……二人が相対する。



 この戦いの結末は、果たして如何な形へと辿るのであろうか……。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

男装の皇族姫

shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。 領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。 しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。 だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。 そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。 なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

ザ・聖女~戦場を焼き尽くすは、神敵滅殺の聖女ビームッ!~

右薙光介
ファンタジー
 長き平和の後、魔王復活の兆しあるエルメリア王国。  そんな中、神託によって聖女の降臨が予言される。  「光の刻印を持つ小麦と空の娘は、暗き道を照らし、闇を裂き、我らを悠久の平穏へと導くであろう……」  予言から五年。  魔王の脅威にさらされるエルメリア王国はいまだ聖女を見いだせずにいた。  そんな時、スラムで一人の聖女候補が〝確保〟される。  スラム生まれスラム育ち。狂犬の様に凶暴な彼女は、果たして真の聖女なのか。  金に目がくらんだ聖女候補セイラが、戦場を焼く尽くす聖なるファンタジー、ここに開幕!  

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

処理中です...