上 下
858 / 1,197
第三十一節「幾空を抜けて 渇き地の悪意 青の星の先へ」

~鮮烈叫曲〝恋愛〟~

しおりを挟む
 突如始まった、園部氏ら保護者組による審問会。
 ナターシャさんの恋人である乾竜星君への尋問とも言える場は熾烈さを増し始めました。
 しかもその行先はあらぬ方向へ……。

 是非とも乾君にも頑張って頂きたいところですが、もはやどうなってしまうのか誰にも予想が付きません。
 多くの傍聴人達が困惑の顔を浮かべながら見守る中、果たしてこの審問はどの様な結末を迎える事となるのでしょうか。





「さぁどうなんだ乾……お前にナターシャをいだく資格があるのかどうか……己の心で示して見せろ!!」

 そう強く語るマヴォ氏ですが、どこか壮絶な勘違いをしている様にしか思えません。
 もしかすると『あちら側』の方々にはこれが普通なのかもしれませんが。

「男ってぇのはな……いざって時は自らの体で愛する女を庇ったり、守ったりするもんなんだ。 お前にそれが出来るのかよ……?」

 園部氏とマヴォ氏がとうとう二人で畳みかけてきました。
 乾君へのプレッシャーはもはや計り知れません。
 このまま彼は折れてしまうのでしょうか。
 恋人のナターシャさんを諦めてしまうのでしょうか。

 ところで、当のナターシャさんはと言えば―――



 ……スマホです、スマホを弄っています!!
 


 もはや保護者組の声に聞き耳を立てる様子すら見られません!!
 確かに何をしているのかわからない状況ですが、余りにも放置しすぎです。
 乾君を信頼しているのか、それとも保護者組の言っている事が支離滅裂なのか……それは本人にしかわからない事でしょう。

 しかしWiFiも完備されている艦内ですが、悠長にネットサーフィン出来るのでしょうか。
 セキュリティが心配でなりません。

 今回の争点であるナターシャさんの協力も得られない以上、乾君は不利と言わざるを得ません。 
 場を邪魔する訳にもいかない立場上、小声でしかエールを送れないのが悔やまれます。
 がんばれ乾くーん!



「お前等ちょっと興奮しすぎだろ……乾君困ってるじゃんか」



 おっと……おっとぉ!!
 とうとう来ました、助けの声が!!

 藤咲氏です!!
 自分の世界に入っていたのは僅かな間だけだったようですね。
 彼もまたつい先日、田中茶奈さんとの交際を正式に発表した身。
 恋人である彼女の事を考えれば、そう悩んでしまうのも無理はないでしょう。

「いきなり愛とか言われても、な、乾君?」

「え、あ、は、はい……そうですね、僕どう答えたらいいかわからなくて……」

 さすが藤咲氏……誘う様なやんわりとした言葉遣いはグランディーヴァのリーダーに相応しい一面と言えるのではないでしょうか。
 乾君、ここでようやく声を出す事が出来た所為か、胸をなでおろしています。

「け、けどよぉ……」

「過程をすっ飛ばすのはいいけどさ、場ってものがあるだろ? なんでそこで結婚みたいな話になるんだよ……」

 確かに藤咲氏の言う通りでしょう。
 しかし藤咲氏、それは最初に言って欲しかった。

「大体、あそこまで言われ続けたら口を挟む余地なんか全く無いだろぉ……」

 園部氏とマヴォ氏、藤咲氏の前に返す言葉がありません。
 確かに二人の言葉には重みもありましたが……考えても見れば二人が実際に子供を育てた経験はありません。
 マヴォ氏に至っては子供どころかお相手も居ない模様。

「聴こえてるぞ千野……居ないんじゃなくて出来ないだけなんだからなっ!!」

 しかし藤咲氏の一言がキッカケだったのでしょうか、乾君から先程の怯えた表情が消えています。

「ちょっと待て、スルーしないでくれないか?」

 保護者組の矛先が反れたからでしょうか。

「あの……少し話してもいいですか?」

「え? あ、おう……いいぜ、話してみろ」

 藤咲氏の横槍が園部氏とマヴォ氏の勢いを留める事に成功した模様。
 乾君はこの隙を見計らって攻勢に打って出る事が出来るのかー!?

「僕がナターシャさんを好きになったのは……その、最初はただ僕と似てるなって思ったのがキッカケで……」

「あー確かにそうかも」

「そ、そうなんです! でもですね、今は違うんです。 ナターシャさんは強くてかっこいいけど……でも優しくて可愛くて……僕なんか相応しくないんじゃないかって思う事もあるんです」

 藤咲氏の丁寧なアシスト。
 乾君、とうとう自分が言いたい事を語り始めました。
 いいですね、青春です。
 聴いているこちらの歯が浮きそうになるくらいに。

 一方で、ナターシャさんと言えば……乾君の言葉に聞き惚れていますね。
 やはり二人にはこんな審問会は不要なのかもしれません。

「それでも僕はやっぱりナターシャさんが好きなんです! 一緒に話して、一緒に遊んで、一緒に居る事がとても楽しくて大好きだから!!」

「お、おぉ!?」

 乾君のまさかの怒涛の勢いに、園部氏達が気圧されています。

 なるほど……彼は―――





「僕がそうやって一緒に色んな事を楽しむ事が出来るのは……ナターシャさんだけなんです!!」





 遂に言い切りました!!
 乾君、己の気持ちをハッキリと言い切りましたー!!

「よく言った!!」
「かっこいいー!!」
「乾、お前は男だーーーッ!!」

 傍聴人達からも熱いエールが降りかかっています!!
 もしかしたら彼等も私と同じ気持ちだったのかもしれません。
 それにしても良かった……すいません、年甲斐も無く涙が……。

「……あ……えーっと、あのですね、今のはそういう意味じゃなくて……僕が言いたかったのはナターシャさんと一緒に遊ぶのが一番楽しいっていう事で、決してナターシャさんじゃないと楽しめないとかそんなんじゃなくてですね!?」

 ……どうやら言葉のあやだったようです。
 でも残念ながら誰も聞いていない様子。
 盛大な「俺にはナターシャしか居ない」宣言を前に、皆さん興奮しっぱなしです。
 慌てる乾君の姿がどうにも微笑ましいですね。

 そう言い切られた園部氏達ももはや何も言えない様子。
 それだけの破壊力でしたからね、これで返せるのは余程の恋愛マスターくらいしか居ないでしょう。

「ま、俺達に間を挟む余地なんて無かったって事だな。 っつか、最初からこんな事する必要なんて無かったと思うけどさ」

 どうやら藤咲氏は元々乗り気では無かった様子。
 乾君の手助けに入ったのも頷けます。
 「人の恋路を邪魔する奴はなんとか」と言いますからね、藤咲氏のアシストは実に見事なものでした。



 え?
 あ、はい。



 ここで突然ですが、傍聴人からサプライズがあるとの事。
 サプライズの催し人は、相沢瀬玲さんですね。

 何か、タブレットの様な物を掲げていますが……?

 おや、画面に誰かが映っております。



『ハァーイ、皆さん元気してますか~?』



 おや、彼女は……

「げっ!? レ、レンネィ!?」

 そうです、園部氏の奥様であるレンネィさんです。
 どうやらリアルタイムで繋がっている様ですが……。

『フフ、全部観てたわよぉ……ね、セリ?』

「もちろん、最初から最後までバッチリ生でお送りさせて頂きましたぁー!」

「セリてっめ……!!」

 相沢さんの用意周到さには目を見張るものがありますね。
 しかしそれにしても園部氏の慌てぶり……一体どういう事なのでしょうか……?
 
『何をするのかと思いきや……シン……?』

「こ、これはだな、その、ナッティの事を想ってだな……」

『へぇ~……ナッティの事を想って、ねぇ~……?』

 何やら妙な威圧感を感じざるを得ません。
 園部氏もレンネィさんの前にとうとう押し黙ってしまいました……!

『ナッティの事を想って男を説く……カッコよくなったものねぇ~? 愛する人を守る為の男の背中で? 逆に女に守られて? 挙句に死にそう~になっちゃったから泣いちゃって? 最後はワンワン叫んでたのよねぇ~?』

「お、おうふ……」

『過程をすっ飛ばして結婚を申し込んで? 婚約指輪を用意したけどサイズ違って? 相当弁明しようと頑張ってたわよねぇ~? あの時の言葉、忘れてないわよぉ~……〝心が通じ合ってれば形も言葉も要らねぇんだ……〟って!!』

「んが……」

 噂のレンネィさん、圧倒的強さです。
 なるほど、園部氏が狼狽える理由がわかりました。

 どうやら色々あったようで……園部氏、レンネィさんに頭が上がらない様子。

 結婚三年目という事ですが、これはもうカカァ殿下と言わざるを得ませんね。

『シン……駄目よぉ、乾君を困らせちゃ。 彼の事はナッティに任せなさい、いいわね?』

「ハイ……」

『それではこれで審問会を終わりに致します!! 皆さんお疲れ様ぁ~!!』



<カンカーン!!>



 またしてもタイミング良くキッピーちゃんの机を叩く音が鳴り響きました。
 どうやらこれで閉幕の様です。
 どうしてレンネィさんが締めたのかは定かではありませんが……。





――
――――
――――――





 これがアルクトゥーン内で起きた騒動であり、真実の光景です。
 彼等も普通の人と何ら変わらぬ事が証明された映像だったのではないでしょうか。

 もちろんこの映像を公開する事に、多くの登場人物から待ったの声が出たのも事実です。
 しかし私はこの動画こそ公開するべきだと思ったからこそ……彼等の、主に二人の制止を振り切り、今回の投稿に踏み切りました。

 幸い、藤咲氏と相沢氏の助けもあって、こうやって無事公開する事が出来たのです。

 楽しんで頂けたでしょうか?
 私は満足です。

 これからも、この様な彼等の生活を、彼等の側で映して参りたいと思っております。
 もし今後見掛けた場合は……是非とも暖かい目で見守る様に観て頂ければと思います。

 ご視聴、ありがとうございました。





//////////////////////





 なお、この騒動の後……。
 審問会を強行し、竜星に不当な嫌疑を掛けたとして……園部心輝、マヴォ両氏に実刑判決が言い渡された。
 罪状は「艦内迷惑防止法違反」。
 罰として、今後累計二週間の艦内公共トイレ掃除を言い渡される事となったのだった。

 また……審問会の場を盛り上げたとして、キッピーにも実刑が下る。



 与えられた罰は「一週間おやつ抜き」。



 その判決を言い渡されたキッピーが驚愕の表情を浮かべていたのは言うまでもない。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...