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第三十一節「幾空を抜けて 渇き地の悪意 青の星の先へ」
~前編戯曲〝不穏〟~
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【機動旗艦アルクトゥーン】が空へと消えた日の翌日。
お茶の間に流れる朝のニュース番組では、未だグランディーヴァの話題で持ちきりだった。
それだけ日本国内では【救世同盟】に対する反感が強まっているという事なのだろう。
そんな形で始まる曇り空の日。
そこは日本、千葉県北部のとある街。
茨城県にも近いその場所は東京が近く駅もある、活気に溢れたベッドタウンだ。
そんな住宅がひしめく街中にとある一件のマンションがあった。
五階建ての小柄さで、築年数もそこそこ経っているのか外壁の汚れも目立つ。
間取りは三部屋ダイニングキッチン付きといった所で、家族で住むにも丁度いいくらいだろう。
それは何の変哲も無い、どこにでもある様な建造物。
しかし、その中のある一室だけは……何かが違っていた。
他の部屋と変わらぬ間取りの室内。
リビングに備えられたテレビでも、グランディーヴァを話題にした番組が流れていた。
音量は小さめ……というよりも、その部屋に居る人間が耳を澄ませば聴こえる程に小音。
それを眺め観るのは、窓を背にしてダイニングチェアに座った一人の中年女性。
丸めた背に淡い日の光を浴びる姿は穏やかさを伴う。
テレビに見入っているのだろうか……流れる映像に顔を向け、微動だにもしない。
しかしそれは……ただの体裁に過ぎなかった。
テレビへ向けた顔に覗くのは、左右に開いて向かれた瞳。
僅かに開いた口からはよだれが流れ落ち、喉元を伝って服に染みを作る。
体は本当に微動だにしていない……呼吸すらしているのか怪しい程に無動。
その隣、ダイニングテーブルを挟んだ場所には同年代であろう中年男性の姿もあった。
机に腕を乗せ、背筋を伸ばして座っている。
しかし、真っ直ぐ壁に向けられた顔を見ると……何処を見ているかもわからない視線のズレた両瞳が異常さを醸し出す。
時折目玉が痙攣するかの様に「ピクピク」と動き、異常さを物語っていた。
そこは四階……周囲から覗ける建物は遠くに見える別のマンションのみ。
明らかな異常な場である事に、気付ける者は誰一人としていない。
そんな一室で、普通に動く者が一人―――
個室であろう玄関前の部屋からノブの音を「ガチャリ」と微かに鳴らして扉が開かれる。
そこからゆっくりと姿を現したのは……一人の少女だった。
ショートの髪型にスッキリとした細身の体格、血の気を感じさせない程の蒼白の肌。
身に纏うのは普通の学生服……これから通学なのだろう。
玄関へと足を踏み出した彼女はそっとリビングの固まったままの男女へと視線を向ける。
その視線はまるで異物を見るかのように冷たく鋭い。
そんな彼女は何を思ったのか、緩く口角を上げ……微笑みを浮かべていた。
「行ってきます……」
それは気持ちの籠っていない、掠れて聞こえる一声。
外面だけを繕った……愛想の無い挨拶。
だが……その声が上がった途端、先程まで微動だにすらしなかった男女が突然動き出した。
「「いってらっしゃい!!」」
男女がまるで息が合った様に声を重ねて返す。
顔が先程のままなのが不気味さを助長させる。
しかし彼女はそんな事に目も暮れる事無く……玄関の扉を開けて外へと歩み出ていた。
ガタン……
その手によって扉が締められる。
間も無く鍵を掛けたであろう音がガチャリと鳴ったのを最後に、その場は再び静寂を取り戻していた。
男女は先程と同じ様に……既に再び動かなくなっていたのだ。
先程と同じ体勢へと戻って。
その様子は言うなれば、挨拶するためだけの機械。
そこに個人の意思が介在している様には全く見えなかった。
彼女の名は小野崎紫織。
内に異質を秘めし者。
二人の男女……それは詩織の両親だったのだろう。
元は普通の家庭で、普通の家族だったのだろう。
いつからこうなったのかは定かではない。
ただきっと、彼女がこうなってしまった時から。
◇◇◇
「シーオちゃーん!!」
マンションを出て一人歩こうとしていた詩織の背後から、突如元気な声が張り上がる。
続いて影から姿を現したのは……一人の少年だった。
「相変わらず冷たいなぁシオちゃんはぁ……置いて行かないでっていつも言ってるじゃんか~」
そんな小言を言いつつも、少年の顔はどこか嬉しそうなにやけ顔が浮かぶ。
彼の名は小倉 海斗。
小野崎紫織の旧知の仲である少年である。
時間を掛けて整えたのだろう、丁寧に跳ねさせた頭髪はお洒落好きを物語る。
顔立ちや体付きも比較的整っており、彼女の一人くらいは居てもおかしくないスタイルだ。
その性格さえなければ……であろうが。
「まぁでもそんなシオちゃんも大好きなんだけどね~!! あ、今日のシオちゃんいい感じじゃん~、実は髪のセットに力入れたりしてる~?」
黙々と一人歩く詩織、その周囲ををグルグル回りながら海斗が一人しゃべくり倒す。
彼女の視線の前に躍り出ては、視線を外されても幾度と無くそれを繰り返し続けていた。
詩織は不機嫌そうな顔を浮かべているのだが……海斗は一向に気にする事は無く。
「でもさでもさ、やっとここまで元気になってくれて良かったよ~! 俺、二年前にシオちゃんが【東京事変】に巻き込まれて塞ぎこんだって聞いた時、ほんとすげぇ心配したんだから!! 俺としちゃ、同じ学年になったのは嬉しい事なんだけどさ」
海斗の年齢は詩織の一つ下、つまり年下だ。
実の所、詩織は一年留年している。
その原因は二年前の【東京事変】に巻き込まれたショックで塞ぎこんでしまい、一年休学を余儀なくされたからというもの。
もちろんそれは表向きの話。
当然だろう、彼女の身に何が起きたのかなど誰も知るはずもないのだから。
そんな時、ここぞとばかりに海斗が詩織の前に立ち、行く手を阻んだ。
「昔の明るいシオちゃんも懐かしいなぁ~、いつかあの時のシオちゃんに戻ってくれるって俺信じてるから!!」
気付けば、そこは二人が通う高校の前。
他の生徒達がその様子を見て嘲笑する中、立ち止まった二人の間を静寂が包む。
しかし詩織は何を気に掛ける事も無く……彼の横をすり抜ける様に迂回し、そのまま学校へと向けて歩き去っていった。
海斗はどこか不満そうに口を窄めるも、すぐに健やかな笑顔へと戻して彼女の後を追っていったのだった。
お茶の間に流れる朝のニュース番組では、未だグランディーヴァの話題で持ちきりだった。
それだけ日本国内では【救世同盟】に対する反感が強まっているという事なのだろう。
そんな形で始まる曇り空の日。
そこは日本、千葉県北部のとある街。
茨城県にも近いその場所は東京が近く駅もある、活気に溢れたベッドタウンだ。
そんな住宅がひしめく街中にとある一件のマンションがあった。
五階建ての小柄さで、築年数もそこそこ経っているのか外壁の汚れも目立つ。
間取りは三部屋ダイニングキッチン付きといった所で、家族で住むにも丁度いいくらいだろう。
それは何の変哲も無い、どこにでもある様な建造物。
しかし、その中のある一室だけは……何かが違っていた。
他の部屋と変わらぬ間取りの室内。
リビングに備えられたテレビでも、グランディーヴァを話題にした番組が流れていた。
音量は小さめ……というよりも、その部屋に居る人間が耳を澄ませば聴こえる程に小音。
それを眺め観るのは、窓を背にしてダイニングチェアに座った一人の中年女性。
丸めた背に淡い日の光を浴びる姿は穏やかさを伴う。
テレビに見入っているのだろうか……流れる映像に顔を向け、微動だにもしない。
しかしそれは……ただの体裁に過ぎなかった。
テレビへ向けた顔に覗くのは、左右に開いて向かれた瞳。
僅かに開いた口からはよだれが流れ落ち、喉元を伝って服に染みを作る。
体は本当に微動だにしていない……呼吸すらしているのか怪しい程に無動。
その隣、ダイニングテーブルを挟んだ場所には同年代であろう中年男性の姿もあった。
机に腕を乗せ、背筋を伸ばして座っている。
しかし、真っ直ぐ壁に向けられた顔を見ると……何処を見ているかもわからない視線のズレた両瞳が異常さを醸し出す。
時折目玉が痙攣するかの様に「ピクピク」と動き、異常さを物語っていた。
そこは四階……周囲から覗ける建物は遠くに見える別のマンションのみ。
明らかな異常な場である事に、気付ける者は誰一人としていない。
そんな一室で、普通に動く者が一人―――
個室であろう玄関前の部屋からノブの音を「ガチャリ」と微かに鳴らして扉が開かれる。
そこからゆっくりと姿を現したのは……一人の少女だった。
ショートの髪型にスッキリとした細身の体格、血の気を感じさせない程の蒼白の肌。
身に纏うのは普通の学生服……これから通学なのだろう。
玄関へと足を踏み出した彼女はそっとリビングの固まったままの男女へと視線を向ける。
その視線はまるで異物を見るかのように冷たく鋭い。
そんな彼女は何を思ったのか、緩く口角を上げ……微笑みを浮かべていた。
「行ってきます……」
それは気持ちの籠っていない、掠れて聞こえる一声。
外面だけを繕った……愛想の無い挨拶。
だが……その声が上がった途端、先程まで微動だにすらしなかった男女が突然動き出した。
「「いってらっしゃい!!」」
男女がまるで息が合った様に声を重ねて返す。
顔が先程のままなのが不気味さを助長させる。
しかし彼女はそんな事に目も暮れる事無く……玄関の扉を開けて外へと歩み出ていた。
ガタン……
その手によって扉が締められる。
間も無く鍵を掛けたであろう音がガチャリと鳴ったのを最後に、その場は再び静寂を取り戻していた。
男女は先程と同じ様に……既に再び動かなくなっていたのだ。
先程と同じ体勢へと戻って。
その様子は言うなれば、挨拶するためだけの機械。
そこに個人の意思が介在している様には全く見えなかった。
彼女の名は小野崎紫織。
内に異質を秘めし者。
二人の男女……それは詩織の両親だったのだろう。
元は普通の家庭で、普通の家族だったのだろう。
いつからこうなったのかは定かではない。
ただきっと、彼女がこうなってしまった時から。
◇◇◇
「シーオちゃーん!!」
マンションを出て一人歩こうとしていた詩織の背後から、突如元気な声が張り上がる。
続いて影から姿を現したのは……一人の少年だった。
「相変わらず冷たいなぁシオちゃんはぁ……置いて行かないでっていつも言ってるじゃんか~」
そんな小言を言いつつも、少年の顔はどこか嬉しそうなにやけ顔が浮かぶ。
彼の名は小倉 海斗。
小野崎紫織の旧知の仲である少年である。
時間を掛けて整えたのだろう、丁寧に跳ねさせた頭髪はお洒落好きを物語る。
顔立ちや体付きも比較的整っており、彼女の一人くらいは居てもおかしくないスタイルだ。
その性格さえなければ……であろうが。
「まぁでもそんなシオちゃんも大好きなんだけどね~!! あ、今日のシオちゃんいい感じじゃん~、実は髪のセットに力入れたりしてる~?」
黙々と一人歩く詩織、その周囲ををグルグル回りながら海斗が一人しゃべくり倒す。
彼女の視線の前に躍り出ては、視線を外されても幾度と無くそれを繰り返し続けていた。
詩織は不機嫌そうな顔を浮かべているのだが……海斗は一向に気にする事は無く。
「でもさでもさ、やっとここまで元気になってくれて良かったよ~! 俺、二年前にシオちゃんが【東京事変】に巻き込まれて塞ぎこんだって聞いた時、ほんとすげぇ心配したんだから!! 俺としちゃ、同じ学年になったのは嬉しい事なんだけどさ」
海斗の年齢は詩織の一つ下、つまり年下だ。
実の所、詩織は一年留年している。
その原因は二年前の【東京事変】に巻き込まれたショックで塞ぎこんでしまい、一年休学を余儀なくされたからというもの。
もちろんそれは表向きの話。
当然だろう、彼女の身に何が起きたのかなど誰も知るはずもないのだから。
そんな時、ここぞとばかりに海斗が詩織の前に立ち、行く手を阻んだ。
「昔の明るいシオちゃんも懐かしいなぁ~、いつかあの時のシオちゃんに戻ってくれるって俺信じてるから!!」
気付けば、そこは二人が通う高校の前。
他の生徒達がその様子を見て嘲笑する中、立ち止まった二人の間を静寂が包む。
しかし詩織は何を気に掛ける事も無く……彼の横をすり抜ける様に迂回し、そのまま学校へと向けて歩き去っていった。
海斗はどこか不満そうに口を窄めるも、すぐに健やかな笑顔へと戻して彼女の後を追っていったのだった。
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