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第三十節「誓いの門出 龍よ舞い上がれ 歌姫を胸に抱きて」

~一風 全てを薙ぎ払う~

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「ナターシャはそっちを頼む!!」
「あいっ!!」

 内部へ突入を果たした勇達は、その勢いを殺す事無く二手に分かれた。

 勇は腕を正面でクロスさせ、力の限りに足を踏み込む。
 見た目だけで言えば、それはラグビーやアメフトでボールを抱えて走る選手のよう。
 だがその威力は桁違いだ。
 勇の凄まじい突進は、半ば壁を削り取らんばかりに強引なものであった。
 壁にぶち当たる事を前提とし、その反力で強引に進路矯正を行い曲がり角を曲がる。
 上下左右……もはや狭い通路上において方向などお構いなしである。
 ただ愚直に道を突き進む、それだけの為に。

 その威力を前に、道中を進軍する救世同盟兵などものの障害物にすらならなかった。
 遭遇した途端、弾かれ、吹き飛ばされ、巻き込まれて。
 気付けば壁や床に激しく何度も打ち付けられ……勇の体に当たる事も無いまま誰しもが動かなくなっていた。
 勢いを微かにすら留めさせられずに。

 進むべき道はもう既に見えていた。
 カプロ達の願いが刻んだ道しるべが。

 だからこそ勇は止まる訳にはいかなかったのだ。

 その願いを無為にしない為に。
 親友の身を守り抜く為に。

 勇は今……続く道を全力で突き抜ける。





◇◇◇





 空島内部。
 侵入してきた救世同盟兵の猛攻に押され、カプロ達は既に奥深くにまで逃げ込んでいた。
 入り口側から続く白のタイル状の壁は変わらないが、明かりは奥に行くにつれて白から赤へと変化している。
 若干の暗さを伴う通路は圧迫感を与え、彼等の心に燻る焦りを助長させていた。

 なお絶えず発砲音が響き渡り、彼等を追う救世同盟兵が進撃を繰り返す。
 それをグゥエンと呼ばれた男の兵士が通路の角から応戦し、都度その足を止める。
 時には手榴弾や催涙弾を投げ込まれ、時には銃撃の嵐で余裕を奪われながら。
 
 彼等はもはや限界に近かった。
 前線で戦うグゥエンに至っては全身に傷跡が刻まれ、疲労から伴う汗がとめどなく流れて息も荒い。
 カプロも脅える事は無くなったが、走る力ももはや残っておらず。
 ロナーと共に、というよりも彼女に肩を貸しながら足を引きずって進んでいた。

 彼の護衛であるロナーもまた、その最中で足を負傷していたのである。

「私の事はいい……早く逃げてください!!」

「ダメッス……諦めちゃダメッス……!! 今ここで諦めたら、もう故郷に帰る事なんて出来なくなるッスよ!!」

「全く……さっきと言ってる事が全然逆じゃない……ウウッ!」

 足を貫いたのは銃弾。
 ふくらはぎが対命力弾に撃ち抜かれ、大きな赤い染みを作っていた。
 応急処置で布が巻かれているが、このまま放置すれば間違いなく死ぬ。
 それほどまでに深い傷であった。

 だが彼女はそれでもなお諦めず、自身の役目を果たそうと銃だけは離さない。

 『こちら側』にやってきたのは僅か数年に過ぎない。
 しかし彼女はそれ以前から兵士だった。
 そして色々あった結果……今、こうして国連で人と共に平和のために戦う事を誓い、この場に居る。
 
 自分の役目を果たす為に。
 国に帰る為に。

 ロナーはたった一人で……この世界に来たのだから。



ドンッ!!



 その時、カプロの肩に強い力が掛かり……思わずその身を前へと崩す。
 だが寸ででその足を踏み出し支えると、彼は何があったのかと振り向いた。

 そこにいたのは、銃を構えるロナーだった。

「カプロ氏、ここからは貴方一人で逃げなさい。 大丈夫、時間は稼ぎます」

「ロ、ロナーさん……」

「きっと希望はある……そうでしょう? なら、私もそれに賭けます。 賭けさせてください……」

 カプロに向けられたのは、ロナーの優しい笑顔。
 兵士とは思えない程の穏やかな顔を前に、カプロはただ無言で震える事しか出来なかった。

 その最中、遂にグゥエンが膝を突き、壁に背を預けさせる。
 彼ももはや限界……それを悟ったのか、既にその手には手榴弾が握られていた。

「ロナー……後は、頼む……」
「グゥエンッ……クッ!!」

 全てを悟ったロナーはカプロを押し出し……足を引きずらせながらも、すぐ先に在る曲がり角へと進む。
 差し掛かった角の先へと差し掛かると、壁へと身を隠す様に預けた。

「いいですかカプロ氏、貴方が死ぬ事は我々の敗北です。 世界の敗北なのです。 だから絶対に生き延びなくてはならない……!!」

 途端、唖然とするカプロの頭をギュッと抱え、抱き込む。
 胸に押し付ける様に強く強く。

 その最中、グゥエンらしき人物の叫び声が上がり―――

ッドォーーーーーーンッ!!

 ―――そして間も無く、激しい爆発音がその場に響き渡った。
 
 角の向こうで何が起きたのか……カプロにはわからない。
 全てを察したロナーはそんなカプロを胸元から解放すると……そっと彼を押し出した。

「さぁ行って。 貴方が生きる限り……私が今日まで生き抜けた意味が出来るのだから……」

「ロナーさん……うっ……ううっ……」

 しかし感傷に浸る間も無く、通路からは足音らしき音が響き始める。
 ロナーはそれに気付くと空かさず銃を構え、角の向こうへと向けて発砲し始めた。

「行けッ!! カプロッ!! 躊躇している暇は無いのよッ!!」

 フルオートのマシンガンが火を噴き、救世同盟兵を威嚇する。
 油断していた一人の兵に銃弾が直撃してその場に倒れるも、彼等の勢いが止まる事は無かった。

 カプロがその場を離れようとその場を後ずさる。
 だが、目の前で戦うロナーを置いて行く事が出来ず……彼の足は思う様に動かなかった。



 ガチッ!!



 そんな時、恐れていた事態がロナーを襲う。
 そう……弾切れである。

 彼等は【救世同盟】の急襲に対応出来ず、必要以上の弾倉は持ち合わせていなかった。
 手持ちの弾倉が尽きれば終わり……まさにそれがたった今、訪れてしまったのだ。

「クソッ!!」

 予備の弾倉も尽き、彼女の武器はもう己の体のみ。
 とはいえ対命力弾がある昨今で、彼女の持つ障壁など無意味に等しい。

 それであろうとも、ロナーは戦うだろう。
 彼女はそういう人物なのだ。
 先程散っていった仲間達と同様に。

 ガラクタとなった銃器を棄て、己の身に力を振り絞る。
 その身を挺し、カプロを守る為に。
 それは決して愛や慈しみではない。

 彼女が兵士だからである。



ダダダッ……



 既に武器が尽きた事を理解したのだろう。
 救世同盟兵が曲がり角へと差し掛かり、ロナーと相打つ。
 相手は補助魔装具パワードギアを備えた重装兵……殴り合いにでもなれば間違いなく負けは必至。
 そして別の兵士から銃も突き付けられた状況で……まともに戦う事など出来ようか。

「大人しく投降しろ。 そうすれば命だけは助けてやる……」

「ハッ! バカを言う……お前達救世同盟が命を助けるなんてお笑いだね、嘘なんてお見通しなんだよ!!」

 それでもロナーはなおカプロが逃げる時間を稼ごうと必死に食い下がり、抵抗する。
 もう既に死を覚悟しているのだろう、口や肩は僅かに震えを見せていた。

「そうか。 なら慈悲は要らんな……やれ」

ジャキンッ……

 救世同盟兵の構える銃器がロナーの頭部へ向けられる。
 後は引き金を引けば終わり。





 そう、救世同盟兵が思った時……彼等の意識が一瞬にして暗闇に包まれた。





ドッギャァァァーーーーーーンッ!!





 凄まじい轟音が鳴り響き、その場に突風が吹き荒れる。
 余りの勢いに、ロナーの体が大きく吹き飛ばされ、床を転がっていく。
 遠くから眺めていたカプロもまた、その突風を前に堪らず尻餅を突かせていた。

 一体何が起きたのか。
 カプロやロナーがその身を起こし、通路の角へとその目を向ける。

 そこに刻まれていたのは……驚くべき光景だった。



 先程までロナーを追い詰めていたのは兵士三人程。
 それが全て壁に叩き付けられ、まるで押し潰される様に重なってめり込んでいたのである。



 そしてその前に立つのは……一人の青年。



「カプロ……大丈夫か?」

「ま、まさか……もしかして……ッ!!」

 カプロがその身を震わせながらも立ち上がり、青年へと向けて歩み寄っていく。
 転がるロナーを越えて、その歩みは走りへと変わり……彼へと向けて飛びついた。

「勇さんッ!!」
「久しぶりだなぁカプロォ!!」



 それは望むべくして起きた久しい再会だった。


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