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第三十節「誓いの門出 龍よ舞い上がれ 歌姫を胸に抱きて」

~天風 ラーフヴェラの光域~

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 勇達が空島で戦いを繰り広げている頃……。

 洋上、空母の艦橋。
 そこでは逐一送られてくる通信を前に驚愕する副艦長達の姿があった。

「ば、馬鹿な……たった数人だぞ……数人で……!?」

 彼等におごりがあったなど、その場に居合わせなければわかりはしない。
 勇達の実力が常軌を逸しているなどと夢にも思わないのだから。

 だがそんな中、まるでわかりきっていたかの様に……一人の男が静かに笑いを上げていた。
 その声の元は、捕縛された艦長。

「ハハハ……相変わらず頭が堅いなお前は……理解出来ないのも無理は無い、彼等はもう私達の常識を遥かに超えた存在なのだから」

「な、何……!?」

 艦長は全て知っていた。
 そう、最初から知っていたのだ。
 何故なら……彼はだから。

 初めてを知った時から魅了され続けた……ファンだったから。

「そぉら来るぞ、我々の希望めがみが……!!」



―――ィィィィィィーーーーーーンッ!!



 まるで空気を引き裂く様な音が突如としてその場に木霊する。
 それはさしずめジェット戦闘機のエンジン音。

 だが出所は直下に広がる甲板からではない。

 それはたった一人の……空から現れた女性から放たれし炎の音だった。



「救世同盟兵に告ぐ……今すぐ武装を解除し、投降しなさい。 さもなければ、全力を以って排除します!!」



 その声と共に艦橋の外、真上から炎を伴って現れたのは……茶奈だった。



 杖の刃部の突起に足を掛け、杖に乗るような形で姿を晒す。
 その姿は誰しもが知る、魔女と呼ばれし様そのもの。

「な―――ッ!?」

 突如とした茶奈の登場に、副艦長が驚き慄く。
 魔特隊は空島で戦っていたのではないか……そう思っていたから。
 まさかこの場所まで来るとは予想だにしていなかったのだろう。

 途端、救世同盟兵達が茶奈へ向けて銃を構え始めた。

「構わん!! 撃てェーーー!!」

ダダダダダダッ!!
パパパパッ!!
ダァン!! ダァン!!

 間髪入れず、無数の銃弾が茶奈へと向けて撃ち放たれる。
 雨の様に幾多もの光の筋を引きながら艦橋のガラスを突き破り……対命力弾が茶奈へと襲い掛かった。



 だがそのいずれもが……彼女の体に到達する事無く弾かれ消えるのみ。
 それどころか彼女自身はニッコリと微笑み……捕まった軍人達の身を案じてゆるりと手を振る始末だ。



 絶対防壁。
 それは茶奈の装備する魔剣の力によるもの。
 頭部に光る天使の輪エンジェルハイロゥ……それこそが力の根源なのである。

 その名も、魔剣【ラーフヴェラの光域こういき】。

 その能力は普通の魔剣とは異なり、攻撃能力も、防御能力も有していない。
 命力自動制御ソウルオートマチックシステム……それがこの魔剣に備わる力。
 彼女の有り余る力の完全制御を実現した、機械式の魔剣なのである。

 これにより、彼女は魔剣・魔装を装備したまま【命力全域鎧フルクラスタ】の展開が可能となった。

 つまり、彼女は今……常時フルクラスタ状態で戦う事が出来るという事だ。

 それがどれだけ恐ろしい事か理解出来るだろうか。
 彼女の最大の防御能力であり、近接攻撃能力でもあるフルクラスタ。
 それに加え、装備者の衝撃などを吸収する魔装。
 それらを全て備えながら戦う彼女に……もはや隙など無いという事。

 その状態を維持する事が出来る【ラーフヴェラの光域】は、茶奈が最も求めていた最高の魔剣なのである。



 幾度と無く銃弾が放たれようと、たかが鉛弾に極厚の命力の壁となった彼女の表層を貫く事は叶わない。
 今の彼女の硬度は、地球上に存在するあらゆる物質の硬度を遥かに越えているのだから。

 それ程までに強靭。
 それ程までに強固。

 今の彼女の防御を貫く事が出来るのは、恐らく勇と剣聖、それと命力の針を撃ち出せる瀬玲のみ。
 もしかしたらそれも場合によっては危ういかもしれない。
 剣聖と同じ三剣魔であるラクアンツェやデュゼローでさえも、今の彼女の防御能力を貫く事はハッキリ言って不可能なレベルなのだ。

「化け物か……ッ!?」

「失礼ですね……女性を化け物呼ばわりなんて」

 この様に会話をする事も、呼吸する事さえ可能。
 彼女の口元を覆う命力の壁には微細な穴が開いており、それも全て制御の賜物という訳だ。

 すると茶奈はそっと杖から左手を離し、細い指を副艦長達へと向けた。

「さぁ、早く投降してください。 さもなければ―――」





ドッギャァーーーーーーンッ!!





 その時突如、茶奈が凄まじい爆風に包まれた。

 爆風は艦橋の表層すら吹き飛ばし、内部に激しい衝撃をもたらす。
 内部に居た救世同盟兵や捕虜達は突然の出来事を前にただ脅えるのみ。

 たった一人……それを理解していた副艦長を除いて。

「ククク……馬鹿め、いくら人間離れしていようと艦砲射撃をまともに食らって生きていられるものか……ッ!!」

 そう、今のは随伴する駆逐艦から放たれた艦砲射撃。
 副艦長は人知れず彼女への攻撃命令を出していたのである。

「ハッハハハハハ!! 所詮素人が軍人の策略を前に敵うものかよ!!」

 高らかに笑いを上げる副艦長に釣られ、その場に居た救世同盟兵達もが笑いを上げ始めた。
 艦橋内をたちまち嘲笑が包み込む。

 捕虜の艦長達も彼等の高笑いを前に……半ば諦めの表情を浮かばせていた。



「楽しそうで何よりです。 でもこちらとしてはちっとも面白くありません」



 だがその瞬間……場が凍り付いた様な静寂に包まれた。
 救世同盟側の人間に至っては……ただただ驚愕し、ひきつり、茫然とするのみ。

 正面に巻き上がる黒煙が風に吹かれて消えた時……再び茶奈がその姿を晒したのである。
 その身に纏う装備には傷一つ、煤粒一つ、一切付いていない純白の装備のまま。

 無傷。

 それ程までに、彼女の防御能力は常軌を逸しているのである。
 違う所を敢えて挙げるとすれば……彼女が頬を膨らませている所だけだろうか。

「今の攻撃が貴方達の総意と取っても構わないでしょうか?」

「う……ああ……!?」

「でしたら私は実力を行使させて頂きます!!」

「ヒッ!?」

 途端、茶奈が【イルリスエーヴェII】の先端の炎を掻き鳴らし、上空へと飛び去って行く。
 まるでそれを追わんとばかりに、副艦長が艦橋の破砕された窓際へと走り寄り、おもむろに見上げた。

 そこに見えたのは……空に輝く太陽。

 そしてその近くに並び光る……もう一つの眩い光であった。

「太陽が……二つ……!?」

 そこに輝き見える光球には二つの左右に伸びる様な光が伴い、異様な姿を見せる。
 そしてその光球は間も無く……凄まじい光の柱を撃ち放った。

 その先に在るのは、空母の横を航行する駆逐艦。
 先程茶奈を撃ち抜いた船籍である。

 副艦長が見届ける中……その光が駆逐艦へと当たり―――



カッ!!



ドッギャオォォォーーーーーーンッッッ!!!!!



 一瞬にして周囲は光に包まれ、同時に凄まじい爆音が周囲を包み込んだ。
 空母は激しく揺さぶられ、艦内に居た乗組員達を漏れなく掻き回す。
 艦橋に居た者も同様で、立っていた者の一部が勢いの余り艦橋の外へと放り出されてしまう程。
 副艦長は周囲の機器に掴まっていたおかげで難を逃れていた。

 だが、光が収まった後……彼等は総じて目を疑う。

 駆逐艦の甲板が巨大な光の柱に貫かれていたのだから。
 余りの破壊力に……艦の装甲が弾け飛び、溶解し、赤熱化する程。

「あ、あああ……」

 それだけでは収まらない。
 もう一隻が茶奈であろう飛翔物に向けて発砲を続ける中、遂にが動き始める。
 光の柱が貫いた駆逐艦を、空母を迂回するかの様に海上を走り出したのだ。
 激しい水しぶきを打ち上げながら。

 まるでそれは巨大な剣。
 空母の全長ですら凌駕する程の長大な光の剣が海をも斬り裂いているかのよう。

 もう驚きを抑える事など出来ようか。
 あまりにも驚きの連続が続き過ぎて……副艦長並び救世同盟兵達の顔には、諦めからくる茫然自失の表情だけが浮かび上がっていた。

 それ程にわかりきった展開。
 巨大な剣が間も無くもう一隻の駆逐艦へと襲い掛かり、縦に真っ二つにしたのだった。
 全くの抵抗も無く、一瞬にして……である。

 爆発止まぬ中……真っ二つにされた駆逐艦はその船体を維持する事が出来ず、海中へと沈んでいく。
 先程貫かれた艦も同様に。
 副艦長はただ静かに、海の藻屑と化していく友軍艦を唖然と見つめ続けていた。

 そんな彼等の前に、再び上空から茶奈が降下しながら姿を現す。
 先程と同じ、杖に足を掛けながら。

「今すぐ捕虜を解放して投降すればこれ以上手荒な真似はしません。 これが最後の警告―――」
「わかった……従う……」

 もう、救世同盟兵達に戦う意思は残っていなかったのだ。
 それ程までに圧倒過ぎたから。

 田中茶奈という存在……その恐ろしさを垣間見てしまったから。










 空母での出来事が全て終え、艦長と茶奈が甲板で握手を交わす。
 艦長はどこか嬉しそうに彼女の細い掌を何度も何度も握っていた。

「ミスタナカ、おかげで助かった……ありがとう」

「いえ、間に合ってよかったです……」

 茶奈の活躍で洋上の救世同盟兵は全て拘束された。
 アメリカ軍の軍人達も解放され……空母は無事、彼等の手に戻ったのだ。

「さすがはクリーンな核……おっと失礼、これは君達には禁句だったな」

「?」

 彼女も一応は日本人な訳で。
 礼節を重んじる軍人なのだ、冗談の上での『仇名』でさえ気を使わねばならない。
 とはいえ、彼等の間に広まっているその名は、うっかりすればすぐにでも漏れてしまいそうではあるが。

「では、私は空島に向かいます。 そろそろ作戦も完了していると思うので」

「了解した。 最後まで気を抜かんようにな」

「ありがとうございますっ」

 そう挨拶を交わすと、茶奈が駆け出し甲板の外へと身を投げ出す。
 そして素早く杖へと跨ると……そのまま空へと向けて飛び去って行ったのだった。

 それを軍人達が見上げ、静かに願う。
 の武運を祈る……と。


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