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第三十節「誓いの門出 龍よ舞い上がれ 歌姫を胸に抱きて」

~逆風 訪れた不穏~

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 空島【アルクルフェンの箱】。
 『あちら側』の古代人が残した巨大な魔剣とも言える空飛ぶ島。
 航行速度こそ遅いが、妨げられる事を知らず悠々と動き続ける事が出来る。
 原理こそ不明だが、人為的に軌道を操作する事が出来る様であった。

 勇達の拠点として空島が日本へ運ばれてくる。
 その計画を知らされた時、勇達は如何に喜んだであろうか。
 そこで整備をしてくれた親友カプロに再会する為に……彼等はその時を今か今かと待ち焦がれる。

 福留の運んだ風はなお、彼等の心をくすぐるかのように優しく吹き付けていた。





「さて、話せる範囲での計画としては以上ですが、一応幾つか補足を伝えておきましょうかね」

 勇達が見守る中、福留はプロジェクターを使う事も無く概要の説明を始める。
 具体的な資料も無いのか、それとも伏せるべき案件なのか……。
 だが福留の明るい表情が少なくとも悪い話では無いと察せる様であった。

「空島合流後ですが、一時的に居住空間を空島へと移す事となりますので、それなりの時間が必要となるでしょう。 多く見積もって三日……その間に人員と家財具などの搬入を行う予定です」

「本人達への説明は?」

「詳細説明は空島到着後、この場で当人達の前で行うつもりですので、今のうちに関係者と思しき方々に声を掛けておいてください。 ちなみに対象者は親族、友人、恋人など、本人に直接関係のある方々のみとなりますのでご了承くださいね。 なお、搭乗の有無は当人達の意思に委ねるものとします」

 つまり任意同行という訳だ。
 しかしそれを拒否すると言う事はつまり……

「搭乗しない方に関しては、日本政府からの護衛が充てられますが……正直に言えばお勧めはしません。 人間の手で守れる範囲は限られていますからね。 一応、そうも伝えて頂けると幸いです」

「なるほど……じゃあ今の内に連絡しておくのもありですかね」

「もちろんです。 目ぼしい方がいらっしゃったら早めに連絡して頂ければと思います」

 とはいえ、到着は二日後の予定。
 予め知っておくのも大事とはいえ、焦る必要も無い訳で。
 勇達も先程の緊張が解れ、緩やかな空気で仲間達と誰を呼ぶかと話し合う姿があった。

 彼等の姿を前に福留も思わずはにかみ、「ウンウン」と頷く。
 これから戦いの日々が始まるのだ。
 こういった平穏を満喫するのもまた、彼等にとって大事だとわかっていたからこそ。

 ゆるりとした雰囲気が場を包み、様々な想いが駆け巡る。
 福留は穏やかな空気を惜しみながらも、続く話題へ向けて思考を巡らせていた。



ピリリリ……



 だが、そんな中……雰囲気を裂く様に聴いた事も無い電子音が室内に響き渡った。
 それに気付いた福留が素早く懐へ手を伸ばす。
 勇達の注目を浴びる中……福留が取り出したスマートフォンの画面へと顔を向けると、その眉を僅かに細めさせた。

「もしもし、どうしましたか?」

 電話を取り、耳に充てるや否や、福留が鋭く声を上げる。
 それはどこか緊張にも足る一声。
 勇達も何かを察し、自然とその口を紡いでいた。

「えっ……なんですって……!?」

 その時、福留の表情が突然歪み……険しい顔付きへと変貌する。

 不測の事態。
 そう察させるに足る動揺の表情であった。

「はい、わかりました。 早急な対応をよろしく願います」

 その一言を最後に福留はスマートフォンを離し、通話を切る。
 なおその顔は険しいまま。
 それはいつだかのデュゼローとの戦いの前にも見せた事のある、焦りの表情。

「どうやら私達の計画が一部漏れていたようです……現在、空島に【救世同盟】と思しき集団からの襲撃を受けたとの報告を貰いました」
「なっ!?」

 福留にとってそれは想定していても可能性としては低いと思っていた事案だった。

 空島には技術的な規範となる情報はもう残っていない。
 勇達にゆかりがあるとはいえ、有用性の低い空島の確保に力を注ぐほどの余力があるとは思っていなかったからだ。

 しかし現実に襲撃は起きてしまった。

 国連に潜むスパイが空島の動きをリークしたのだろう。
 勇達に空島が渡るのを阻止しようしたあからさまな動きだからだ。
 勇の反攻に伴い、【救世同盟】が急激に行動を活発化させている証拠であった。

「悟られまいと護衛を少なくしたのが裏目に出てしまったようです……さてどうしたものか―――」

 だがその時、福留が全てを言い切る直前……間髪入れず勇が勢いよく立ち上がる。
 その手を力強く握りしめ掲げ、注目する皆を前に大きく振り下ろした。



「皆、行こう……空島に!! カプロ達を守るんだ!!」



 力強い一声が、仲間達の士気を強く押し上げる。
 途端、仲間達もが立ち上がり、勇の一声に呼応するかの如く一斉に頷いていた。

「福留さん、今考えられる最善の方法があったら教えてください!!」

 惜しげも無くそう言い切る勇。
 今の彼には判断材料たる情報が足りないからこそ、一直線に福留を頼ったのだ。
 そんな彼を前に、福留は何の躊躇する事無く頷き、声を荒げた。

「わかりました。 ではまず、マヴォさん、イシュライトさん、確かまだの予備が倉庫にありますよね? それを持ってきてください!!」
「了解だ!!」

 福留の指示を受けるや否や、二人は勢いよく部屋から飛び出していく。

「続いて心輝君、瀬玲さん、そしてナターシャさんは各自装備を。 茶奈さんは【B兵装】での準備をお願い致します」
「「「了解!!」」」

 そこは手馴れたものか。
 茶奈達は指示を受けたと同時に飛び出し、自室へと向かう。
 残るのは勇と福留とディック、そして獅堂のみ。

「残った皆さんは急ぎ正面ゲート前カタパルトへ向かいましょう」

 そう言い放つと同時に福留も足早に歩み出し、勇達を引き連れて廊下へと踊り出たのだった。





 廊下を叩く音が高々と鳴り響く中、勇が並走する福留に向けて眉を潜めた顔を向ける。

「福留さん、すいません……リーダーになるとか言っておきながらまともな指示も出来なくて……」

 リーダーになると公言してからの自分の不甲斐なさに直面したから。
 勇はそこにどこか引け目を感じていた様だ。

 だがそんな勇に対し……彼の気持ちを察した福留はそっと笑顔で応えていた。

「いいですか、リーダーと指揮者は異なります。 リーダーとは皆の代表であるという事。 皆を鼓舞し、統率し、引っ張っていく者なのですよ。 それに対して指揮者とは、その命に従い、より良い道を歩ませる為に最善策を練る者なのです」

 速足で歩く中、福留の声が廊下に響く。
 そして彼等が建屋の外へと出た時……その足が止まり、福留の顔が勇へと向けられた。



「貴方はもう立派にリーダーをしていますよ。 最初の一声があったから、皆はああやって迷う事無く動く事が出来たのですからね」



 最初のキッカケを作ったのは間違いなく勇だった。
 彼が声を上げねば、誰しもが戸惑い、対応が僅かに遅れていただろう。
 例えそれが誤差であろうとも……良い方向に働いていた事は間違いないのだから。


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