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第三十節「誓いの門出 龍よ舞い上がれ 歌姫を胸に抱きて」
~威風 慈しみが根源~
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勇と獅堂の距離は人二人分程の距離しかない。
ほんの少し、勇が飛び出せば一瞬にしてカタが着くだろう。
そんな距離感で、獅堂はおもむろに無防備を晒したのである。
それが彼の覚悟の現れであった。
「僕は自分がやってしまった罪を忘れるつもりも、放棄するつもりも無い。 そしてそれを死で償うべきだと言うのであれば、僕はそれを受け入れるつもりさ。 勇君……君がその裁決を下すのに最もふさわしい人物だと思っているからこそ、僕はこうして君の前に立っているんだ」
心輝すらも驚きの顔を浮かべる中、獅堂が想いの内を語り続ける。
まるで彼が服役していた四年間で募った想いをとめどなく噴出させるかの様に。
「君が下す裁決に、僕は何も異論を持つつもりはない。 全てを受け入れると言ったのはそういう事さ。 さぁ勇君、思うままに僕へ裁きを下して欲しい……それが僕の覚悟だ……!」
羽織る白の上着はまるで死に装束のよう。
敢えてそんな服を選んだのかもしれない。
全ては、勇に身を委ねる……それが、獅堂の望む罪の償いの方法だったのだ。
誰しもが息を飲み、声を殺す。
福留も既に聞き及んでいたのだろう、壇上に立ったまま押し黙ったままだ。
皆がその後に続く『裁き』に不安を過らせて見守る中……遂に勇が席から立ち上がった。
「獅堂……それがお前の覚悟なら……俺はもう、お前に言う言葉は無いさ……」
そして一歩前に踏み出し、獅堂へと確実に歩み寄る。
間も無く二人はすぐ手が届く距離にまで近づき、互いの視線を合わせた。
「そうかい……なら僕は潔く受け入れるとしよう」
獅堂は覚悟を決め、そっと目を閉じる。
その後に続く事を考えぬよう、頭を真っ白にして。
刑務所の中で何も出来ない間、そうなる事をずっと想定し、仮想し続けていた。
だからこそ、こうやって当たり前の様に出来る。
罪の意識に苛まれた人生から解放される……そんな願いが片隅にあったから。
だが、想定外とは常に得てして起こる事である。
「勘違いするな。 言う言葉が無いというのは、お前にこれ以上何かを言うつもりは無いって事さ」
そう聴こえた時、獅堂がゆっくりと目を見開く。
そんな彼の視界に映ったのは……あろう事か、勇の微笑みだった。
「確かにお前は許されない事をやったよ、怨まれても仕方ないだろうさ。 でも、お前はずっと罪を償おうとしていたのは知っている。 そしてお前の覚悟も見れた。 それは間違いなく、お前の本心なんだって理解出来たと思う」
そう語る勇の声も、穏やかさを感じさせるもの。
怒りや悲しみといった感情は一切見えはしない。
「そんなお前に手を加えたら、俺も昔のお前と同じになってしまうから……だから俺はお前を許すよ」
獅堂が収監された後、勇には色々と考えさせる事があった。
人を許すという事。
人を知るという事。
感情に任せる人間には難しい事だけど、時が経てばおのずと見えていなかった道は見えてくる。
それが出来るくらいの時間があったから、勇はこうやって獅堂を許す事が出来るのだろう。
怨みや憎しみが、何も生まない事を知ったから……。
多くを知った感情が勇の心に慈しみを呼び、心を穏やかにさせる。
そこから生まれた声色が優しさすら感じさせ、獅堂の緊張から強張っていた頬を緩ませさせていた。
「は、はは、全く……君には敵わないなぁ……」
獅堂の左右に開かれていた腕は緊張が解れたせいでガクリと垂れ落ち、ぶらりと肩から下がる。
何も起きなかった事から生まれた安堵が、彼の頭をも垂れさせた。
「もしお前が魔剣を手にしなきゃ、きっとこんな事にはならなかったさ。 魔剣を手に入れた時の事、思い出したんだろ?」
「さすがだね、そんな事までお見通しとは……確かに、全て思い出したよ」
獅堂は魔剣を手に入れるいきさつを憶えていなかった。
それはまるで誰かの作為的と思われる程に不自然な形で、である。
思い出そうとすれば記憶の彼方に消え、そして聞かれた事すら忘れるというものだったから。
しかし今、獅堂はハッキリと魔剣を手に入れた当時の事を思い出していた。
それは彼が忘れる原因を取り除いたからに他ならない。
「当たり前だろ、それを解いた所はしっかり見届けたんだ」
それは勇がかつて【東京事変】においてデュゼローと初めて出会った際、彼が持つ魔剣【ラパヨチャの笛】の模造品が破壊された事に起因する。
その魔剣は戦う力こそ無いが、特殊能力を有していた。
それは人の心や体、精神を操るというもので……魔剣が破壊されるか、奏者が解かない限り、効果は切れる事が無い。
デュゼローが持つその魔剣が破壊されるまで、獅堂はその魔剣の効果で忘れさせられていたという訳である。
つまり、獅堂が魔剣を持っていたのは―――
「……お前に魔剣を渡したのは、デュゼローなんだろ?」
核心を突く一言を前に、獅堂が静かに頷く。
「そうさ、僕は彼に魔剣を貰い、そして忘れさせられた。 あれは変容事件が始まった日の事なんだけど……僕はその時、取引先の会社があるフランスに居てね、そこで丁度変容に出くわしたのさ。 そしてデュゼローさんに出会った」
獅堂もまたフララジカに巻き込まれた人間だった。
そして勇が剣聖と出会った様に……獅堂もまたデュゼローと出会い、救われたという訳である。
「彼は数日間だったけど僕に魔剣の使い方を教えてくれてね。 そして僕の野心を知って、力を貸してくれたのさ」
それが当時彼の持っていた本物の魔剣【ラパヨチャの笛】と衛星砲台魔剣【ベリュム】。
おそらくそれらは総じて空島【アルクルフェンの箱】に封印されていた魔剣だったのだろう。
人造魔剣を造れる人間が居た場所に仕舞っていたのであれば、模造品があっても不思議ではない。
そしてそんな魔剣を与えた理由は、デュゼローが計画を別方面から推し進める為。
恐怖や闘争心を煽る……獅堂をその対象に仕立てようとしたのだろう。
野心を持つ獅堂ならそれが成せると踏んで魔剣を渡したのかもしれない。
足が付かぬよう、丁寧に記憶まで消して。
今までのいきさつから考えれば、こう導き出されるのが自然というものだ。
「でも力を得たからあんな行為に走ったのは僕の意思だ。 そこを否定するつもりは無いよ。 それでも君は僕を許してくれるのかい?」
「当たり前だ。 少なくともお前は今俺達の仲間になるつもりでここに居るんだろ? なら責める道理は無いさ。 お前の覚悟が本物だと自負するなら……行動で示してくれよな?」
その時、獅堂の前に差し出されたのは勇の右手。
開かれた掌を前にした獅堂は堪らず顔をくしゃりと窄ませる。
感極まった感情が瞳を潤わせ、瞬きを幾度と無く誘引させていた。
「勇君……わかった、ありがとう……!!」
差し出された勇の手に獅堂の右手がそっと掴まれ、握手が交わされる。
そんな様子を前に、怒りの感情を現していた茶奈達も自然と心を穏やかにさせていた。
その最中で福留は一人静かに笑顔を浮かべ、「ウンウン」と頷く。
もしかしたら、彼にはこうなる事がわかっていたのかもしれない。
気付けば室内を包んでいた緊張は解かれ、和やかな雰囲気を取り戻していた。
嵐は吹き荒れど、いずれは止む。
獅堂という存在の風もまた同じ。
そのしがらみを解き放つ事で、勇達の心に潜む負の感情をまた一つ吹き消す事が出来たのだ。
ほんの少し、勇が飛び出せば一瞬にしてカタが着くだろう。
そんな距離感で、獅堂はおもむろに無防備を晒したのである。
それが彼の覚悟の現れであった。
「僕は自分がやってしまった罪を忘れるつもりも、放棄するつもりも無い。 そしてそれを死で償うべきだと言うのであれば、僕はそれを受け入れるつもりさ。 勇君……君がその裁決を下すのに最もふさわしい人物だと思っているからこそ、僕はこうして君の前に立っているんだ」
心輝すらも驚きの顔を浮かべる中、獅堂が想いの内を語り続ける。
まるで彼が服役していた四年間で募った想いをとめどなく噴出させるかの様に。
「君が下す裁決に、僕は何も異論を持つつもりはない。 全てを受け入れると言ったのはそういう事さ。 さぁ勇君、思うままに僕へ裁きを下して欲しい……それが僕の覚悟だ……!」
羽織る白の上着はまるで死に装束のよう。
敢えてそんな服を選んだのかもしれない。
全ては、勇に身を委ねる……それが、獅堂の望む罪の償いの方法だったのだ。
誰しもが息を飲み、声を殺す。
福留も既に聞き及んでいたのだろう、壇上に立ったまま押し黙ったままだ。
皆がその後に続く『裁き』に不安を過らせて見守る中……遂に勇が席から立ち上がった。
「獅堂……それがお前の覚悟なら……俺はもう、お前に言う言葉は無いさ……」
そして一歩前に踏み出し、獅堂へと確実に歩み寄る。
間も無く二人はすぐ手が届く距離にまで近づき、互いの視線を合わせた。
「そうかい……なら僕は潔く受け入れるとしよう」
獅堂は覚悟を決め、そっと目を閉じる。
その後に続く事を考えぬよう、頭を真っ白にして。
刑務所の中で何も出来ない間、そうなる事をずっと想定し、仮想し続けていた。
だからこそ、こうやって当たり前の様に出来る。
罪の意識に苛まれた人生から解放される……そんな願いが片隅にあったから。
だが、想定外とは常に得てして起こる事である。
「勘違いするな。 言う言葉が無いというのは、お前にこれ以上何かを言うつもりは無いって事さ」
そう聴こえた時、獅堂がゆっくりと目を見開く。
そんな彼の視界に映ったのは……あろう事か、勇の微笑みだった。
「確かにお前は許されない事をやったよ、怨まれても仕方ないだろうさ。 でも、お前はずっと罪を償おうとしていたのは知っている。 そしてお前の覚悟も見れた。 それは間違いなく、お前の本心なんだって理解出来たと思う」
そう語る勇の声も、穏やかさを感じさせるもの。
怒りや悲しみといった感情は一切見えはしない。
「そんなお前に手を加えたら、俺も昔のお前と同じになってしまうから……だから俺はお前を許すよ」
獅堂が収監された後、勇には色々と考えさせる事があった。
人を許すという事。
人を知るという事。
感情に任せる人間には難しい事だけど、時が経てばおのずと見えていなかった道は見えてくる。
それが出来るくらいの時間があったから、勇はこうやって獅堂を許す事が出来るのだろう。
怨みや憎しみが、何も生まない事を知ったから……。
多くを知った感情が勇の心に慈しみを呼び、心を穏やかにさせる。
そこから生まれた声色が優しさすら感じさせ、獅堂の緊張から強張っていた頬を緩ませさせていた。
「は、はは、全く……君には敵わないなぁ……」
獅堂の左右に開かれていた腕は緊張が解れたせいでガクリと垂れ落ち、ぶらりと肩から下がる。
何も起きなかった事から生まれた安堵が、彼の頭をも垂れさせた。
「もしお前が魔剣を手にしなきゃ、きっとこんな事にはならなかったさ。 魔剣を手に入れた時の事、思い出したんだろ?」
「さすがだね、そんな事までお見通しとは……確かに、全て思い出したよ」
獅堂は魔剣を手に入れるいきさつを憶えていなかった。
それはまるで誰かの作為的と思われる程に不自然な形で、である。
思い出そうとすれば記憶の彼方に消え、そして聞かれた事すら忘れるというものだったから。
しかし今、獅堂はハッキリと魔剣を手に入れた当時の事を思い出していた。
それは彼が忘れる原因を取り除いたからに他ならない。
「当たり前だろ、それを解いた所はしっかり見届けたんだ」
それは勇がかつて【東京事変】においてデュゼローと初めて出会った際、彼が持つ魔剣【ラパヨチャの笛】の模造品が破壊された事に起因する。
その魔剣は戦う力こそ無いが、特殊能力を有していた。
それは人の心や体、精神を操るというもので……魔剣が破壊されるか、奏者が解かない限り、効果は切れる事が無い。
デュゼローが持つその魔剣が破壊されるまで、獅堂はその魔剣の効果で忘れさせられていたという訳である。
つまり、獅堂が魔剣を持っていたのは―――
「……お前に魔剣を渡したのは、デュゼローなんだろ?」
核心を突く一言を前に、獅堂が静かに頷く。
「そうさ、僕は彼に魔剣を貰い、そして忘れさせられた。 あれは変容事件が始まった日の事なんだけど……僕はその時、取引先の会社があるフランスに居てね、そこで丁度変容に出くわしたのさ。 そしてデュゼローさんに出会った」
獅堂もまたフララジカに巻き込まれた人間だった。
そして勇が剣聖と出会った様に……獅堂もまたデュゼローと出会い、救われたという訳である。
「彼は数日間だったけど僕に魔剣の使い方を教えてくれてね。 そして僕の野心を知って、力を貸してくれたのさ」
それが当時彼の持っていた本物の魔剣【ラパヨチャの笛】と衛星砲台魔剣【ベリュム】。
おそらくそれらは総じて空島【アルクルフェンの箱】に封印されていた魔剣だったのだろう。
人造魔剣を造れる人間が居た場所に仕舞っていたのであれば、模造品があっても不思議ではない。
そしてそんな魔剣を与えた理由は、デュゼローが計画を別方面から推し進める為。
恐怖や闘争心を煽る……獅堂をその対象に仕立てようとしたのだろう。
野心を持つ獅堂ならそれが成せると踏んで魔剣を渡したのかもしれない。
足が付かぬよう、丁寧に記憶まで消して。
今までのいきさつから考えれば、こう導き出されるのが自然というものだ。
「でも力を得たからあんな行為に走ったのは僕の意思だ。 そこを否定するつもりは無いよ。 それでも君は僕を許してくれるのかい?」
「当たり前だ。 少なくともお前は今俺達の仲間になるつもりでここに居るんだろ? なら責める道理は無いさ。 お前の覚悟が本物だと自負するなら……行動で示してくれよな?」
その時、獅堂の前に差し出されたのは勇の右手。
開かれた掌を前にした獅堂は堪らず顔をくしゃりと窄ませる。
感極まった感情が瞳を潤わせ、瞬きを幾度と無く誘引させていた。
「勇君……わかった、ありがとう……!!」
差し出された勇の手に獅堂の右手がそっと掴まれ、握手が交わされる。
そんな様子を前に、怒りの感情を現していた茶奈達も自然と心を穏やかにさせていた。
その最中で福留は一人静かに笑顔を浮かべ、「ウンウン」と頷く。
もしかしたら、彼にはこうなる事がわかっていたのかもしれない。
気付けば室内を包んでいた緊張は解かれ、和やかな雰囲気を取り戻していた。
嵐は吹き荒れど、いずれは止む。
獅堂という存在の風もまた同じ。
そのしがらみを解き放つ事で、勇達の心に潜む負の感情をまた一つ吹き消す事が出来たのだ。
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