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第二十九節「静乱の跡 懐かしき場所 苦悩少女前日譚」

~その攻防劇 不穏~

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 地下訓練場。
 それは魔特隊本部地下に設けられた広大な空間の事。
 魔剣使いの特訓にも耐えられるよう設計され、並みの攻撃程度では傷はついても壊れる事は無い強固な造りが自慢である。
 勇もかつてはこの場所で訓練を重ね、時には仲間達と模擬戦を行う等をしていたものだ。

 しかし今となっては……滅多に使われない場所となっていた。

 殆どが五・六番隊の訓練に使われ、三・四番隊のならず者が暇潰しにたむろする事がある程度だ。
 内装の至る所に傷が残り、訓練の傷跡であろう弾痕が無数に浮かぶ。
 中央の広場を除き、壁の周りには多くの物資が置かれたまま……中には壊れたガラクタも捨て置かれている。
 痛んだ場所も幾つか見られ、修復もされていない事からもはや物置の様に扱われているのは明白だ。

 

 そんな場所に勇達とバロルフ達が集まり、互いに火花を散らす。



 バロルフへ澄ました顔を向ける勇。
 その後方には敵意を剥き出しにする心輝や瀬玲、静かに事を見つめるイシュライトや、肩にナターシャを乗せたマヴォが立つ。
 茶奈に至ってはしぶしぶ付いて来たものの、部屋の隅で相変わらずキッピーを弄り倒す姿があった。

 それに対し、バロルフは余裕のニタリ顔を見せて勇を見下ろす。
 仲間の魔剣使い達もヘラヘラと笑いを浮かべ、来たる戦いの時を嬉しそうに待っていた。

「よく逃げなかったな豆粒……その根性は認めよう」

「どうも……」

 勇の口からぼそりと声が漏れる。
 どこか呆れにも聴こえる低い声で。

 それに気付いたか否か……バロルフは依然腕を組んだまま微動だにしない。

「さてどうする? 決闘の方法は提案したお前に任せよう」

 確固たる自信は態度だけでなく懐の大きい所も見せつける。
 その意図こそわかりはしないが。

 それに対して勇は……そっと顎に手を充てると、静かに考えを巡らせた。

「まぁ……深い事は気にしなくていいんじゃないか? 気を失うか、戦意を失うか……それともか。 そうなった方が負けで」

 ざっくりと答える勇だが、その一言を前に他の誰しもが思わず閉口する。

 しかし相対するバロルフだけは……その笑みで開いた口を更に大きく広げ、黄ばんだ歯を「ニッカリ」と見せつけた。

「フハッ!! その粋や良しィ!! いいだろう、それで行こうでは無いかァ!!」

 勇の提案がバロルフの感情を掻き立てる。
 それは彼の望む所でもあったのだから。

「よし、じゃあそれでいこう……武器は自由、魔剣を使うのも有りで」

 決まり事を交わすと二人は振り返り、互いに距離を取る様に仲間達の下へと歩み寄っていく。
 決闘の準備を行う為に。



 準備と言っても、仲間達と言葉を交わすだけだ。
 互いが約束した事をそれぞれに打ち明け、双方に誤植が無い様に。

 どちらか負けた方が勝った方に従う……その意思を明確にする為に。

 だがバロルフ側に負けると思う者は誰一人としていない。
 誰しもがニタニタと下卑た笑みを浮かべ、この決闘を嬉々と待ちわびる様であった。
 彼等にとって、【七天聖】とは【三剣魔】にも匹敵する強者の称号だったのだから。

 その中でも頂点……【一天】のバロルフ。

 抜きんでた才能を持ち、多くの魔者を屠って来た。
 今でこそ魔特隊に身を置き、戦いの頻度こそ減ってはいるが……その力が衰える事は無い。
 心輝が認める程の実力者なのである。



「勇、そんな事言って大丈夫なんだろうな?」

「え? ああ、大丈夫なんじゃないか?」

 勇がバロルフと交わした約束を仲間達へ伝えると……空かさず心輝からの心配の声が上がる。
 しかし返るのはどうにも不安を煽る煮え切らない答え。
 勇の緩い態度を前に、思わず心輝は眉間を寄せていた。

「アンタのその自信があるのか無いのかわかんないトコが皆を不安にさせてんのよ。 ハッキリ言ったらどうなの?」

 さすがの瀬玲も不安を隠せず勇へと突っかかる。
 しかし勇はなお誤魔化すかの様に「ニカッ」とした笑みを向けるのみ。

「まぁ大丈夫さ……あちらさんがならね……」

 戦った事も無い相手を前に、勝つと断言するのも勇には憚れた様だ。
 しかしそう言い切った勇の顔は、どこか自信に満ち溢れた爽やかさを伴っていた。

「それじゃ、行ってくる」

 僅かに会話を交わし、勇が振り返る。
 彼の視線に映るのは当然……バロルフ。
 相手もまた話を終えたのだろう、勇の方へと振り向いていた。

 巻き込まれない様にと互いの仲間達が壁際へと寄っていく。
 その中でも、勇とバロルフは互いに睨み合い、微動だにする事は無かった。



 そんな中、バロルフは思う。
 それは願ったりな状況が出来上がった事への喜び。

 そして……目の前に立つまめつぶへの哀れみ。

―――ククク……こんなに上手く事が運ぶとはなぁ……!―――

 表面上は冷静さを感じさせる面構え。
 だがその裏に潜むのは……これでもかと言う程に醜い、相手を蔑み見下す本性であった。

―――豆粒如きが力を付けたと勘違いし、粋がったが最後……!―――

 勇を睨み付け、己の愛刀である長剣型の魔剣を左手に握り締める。
 自身の腕よりも長い、普通の人間であれば大剣レベルの大きさだ。

―――フハハッ……泣いても喚いても逃げられると思うな……死ぬまで刻んでやろう!―――

 既に腕からは命力が迸り、魔剣に伝っていく。
 光が伴い輝く魔剣は……既にいつでも敵を斬れる状態であった。



 だがそんな思考を巡らせるバロルフの目に映ったのは……無防備に屈伸する勇の姿であった。



 その姿と言えば、先程と同じ私服姿のまま。
 靴だけは履いておらず、靴下も脱がれた素足。
 当然手には魔剣が握られているはずも無い。

 それに気付いたバロルフの瞼がピクリと動く。

「おい豆粒……魔剣はどうした?」

「あ、俺魔剣持ってないんで……気にしなくていいよ」

 その時、バロルフの魔剣を掴んでいない右手が震えを呼び、力のままに握り締められる。



 勇の一言が……人知れずバロルフの感情を逆撫でたのだ。



―――魔剣を持っていない……だとォ……!?―――

 その真偽は定かかどうかなど、彼にはどうでもよかった。
 魔剣使い同士の決闘において魔剣を使わないという事は、一つの侮辱にも当たる……それがバロルフの持つ常識だったのである。

 その結果は……言うに及ばず。



―――刻んでやるッ!! 肉片の欠片も残さずこの世から消し去ってくれる!!―――
 


 余りの怒りで思考が表情に漏れ出し、顔の至る場所が「ピクピク」と痙攣をおこす。
 それ程までの激昂。
 瞳から溢れ出る殺意はもはや威嚇の如く、勇へと激しくぶつけられていた。

―――後悔などさせる暇も与えんッ!!―――

―――その澄ました顔を恐怖と絶望に染め上げてやるッ!!―――

 幾度と無く感情を乗せた怒号が心の中で響き渡る。
 もはやそこには躊躇いなど微塵もあるはずなく。
 それがバロルフという魔剣使いの本質でもあるのだから。

 勇は既に準備運動を終え、準備万端の状態だ。
 バロルフを見上げ、鋭い眼光を向ける。

 互いに意思を向け合い、何かあろうものなら衝突かねない程に緊張が場を包んでいた。



「勇さーん、がんばってくださいねー」



 そんな時、緊張をかち割る様なやんわりとした声が場内に響き渡る。
 それに気付いた勇が振り向くと、隅の方で茶奈が手を振っているのが視界に映った。

 思わぬ声援に……高揚した気分を桃色へと換えた勇が「にしし」と笑い、手を振り返す。

 つい先日から付き合い始めたのだ、浮かれるのも無理はない。
 五年間積み重なって生まれた愛なのだから、大きくて当然である。





 そんな勇の背後に……一瞬にしてバロルフが肉迫していた。





 勇に影を落とし、魔剣を振りかざすバロルフ。
 敵意、殺意を乗せた眼光をその頭部に向けながら。
 バロルフの奇襲にも等しい行動に、心輝達も思わず驚愕の声を上げていた。

「かああーーーーーーッ!!」

 そして無情の剣が勇へと振り下ろされる。
 なお勇は茶奈に視線を向けたまま。

ギャアンッ!!

 凄まじい斬撃の斬裂音が周囲に響き渡る。
 命力をふんだんに篭めた斬撃が……勇の首を刈るが如く、斜を描いて刻まれたのだった。



 だが……勇は咄嗟にその身を逸らし、間一髪斬撃を躱していた。



 まさに紙一重。
 髪を靡かせながらその身がよじれる。
 軸足を中心に、躱した慣性で体をぐるりと回転させた。
 鋭く刻まれた足跡が円を描き、床に溜まった土埃を如何なく巻き上げながら。

 そんな勇の顔に浮かぶのは、苦悶の表情。

 奇襲だったのだ、焦りもするだろう。
 それを躱したのはさすがの勇と言った所であるが。

「ほう、今のを躱すとはな……言うだけの事はあるッ!」



 空かさず繰り出される横薙ぎの一閃。



 まるで隙を与えぬかの様な連撃。
 これは躱される事を前提とした牽制の様なもの。
 しかしそうとは思わせぬ鋭い斬撃は、またしても勇の顔から余裕を削いでいく。

 再びの紙一重……身を屈めて躱すも、勇の頭髪の先が僅かに宙を舞った。

 それだけでは止まらない。
 追撃の蹴り上げが勇を襲う。
 バロルフのつま先が勇の顎へと飛ぶが、勇はそれをバック転で躱す。
 床を這う様に低く鋭い旋回で、素早くその体勢を整えた。



 そんな勇へ向けて、強力な力を篭めた魔剣が容赦無く垂直に打ち降ろされたのだった。



ズガァァーーーーーーンッ!!



 余りの激しい威力に、床が弾け飛ぶ。
 砕け散った破片が周囲にばら撒かれ、その威力を物語るよう。

 石屑が場を掻き鳴らす中、勇はと言えば……またしても辛うじて躱し、僅かに距離を離した位置に立っていた。
 如何様にでも体を動かせる様に、身を屈めて床に手を突いて。

 もう既に勇の顔からは余裕を微塵も感じられない。
 強張らせた顔を向け、一心にバロルフを睨み付ける。

 一方でバロルフと言えば、至って冷静であった。
 連撃を躱された事こそ想定外ではあったが、彼はそれだけで動揺する様な未熟者ではない。

 むしろ楽しみが増えたと言わんばかりに……「ニタリ」とした笑みを勇へと向けていた。

「今のはほんの小手調べに過ぎんぞ? 更に速度を上げて行くが……貴様はどこまで避けきれるかなぁ……?」

 強者と戦う事は魔剣使いにとっての歓び。
 バロルフもまた同じ。
 才能に溢れるが故に……力を存分に奮う事の出来る歓びをこの上なく好むのである。



 長い様で一瞬だった攻防。
 観ていた心輝達の息が詰まる。

 しかし彼等を気に留める訳も無く、勇とバロルフの戦いはなお続いていた。

 嵐の様に斬撃が見舞われ、勇がいずれも間一髪で躱す。
 そんな事が目の前で繰り出され続け、息つく暇も無い。
 勇が手を出す隙すら与える事無く、命力の残光が周囲に刻まれ続けた。

「勇の奴……どこが大丈夫だってんだよ……!!」
「ヌゥ……まるで隙が無い……!」

 心輝達の不安が募り、思わず口に出る。
 それ程までのギリギリの戦いに、誰しもが冷や汗を浮かべていた。

 一方、バロルフ陣営では……誰しもが相変わらずの笑みを零している。
 予想していた通りの展開に、彼等の喜びが止まらない。



 ますます激しさを増す二人の戦い。
 どちらかが倒れるまで続くであろうこの戦いは、未だ一寸先すら見えぬ暗雲が如き不透明さを醸し出していた……。


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