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第二十九節「静乱の跡 懐かしき場所 苦悩少女前日譚」

~その異邦人 仲間~

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「藤咲さん、そこで何してるんですか」

 事務室の前でキッピーとの戯れを展開し続ける事おおよそ十分程度。
 痺れを切らした笠本が事務室の中から声を上げる。
 そこで初めて我に返った勇は……自分が夢中になっていた事に気付き、思わず頬を赤く染めていた。

 勇が笠本に言われるがままに事務所へと足を踏み入れると、続いて仲間達が楽しそうな笑みを浮かべたまま彼に続いていく。

「すいません、久しぶりなもので……」

「まぁ、気持ちはわからなくもないですケド……キッピーちゃん可愛いですし」

 笠本の小顔が俯き表情を隠す。
 自分で言っておきながら恥ずかしかったのだろう、眼鏡との隙間から覗く瞳が明後日の方向へと向いているのが微かに見えた。

 笠本に会うのも当然二年ぶりだ。
 以前よりも若干雰囲気が和らいでいる様にも見える。
 元々の小顔にウェービーショートの髪型が似合う彼女、眼鏡のフレームも銀縁から桃色へと変わっている。
 僅かではあるが明るくなった……そんな雰囲気も否めない。
 この二年間で縛られてきたのもあるのだろうが、仲間達との絆もずっと深まったのだろう。

「ズーダーさんもお久しぶりです」

「ああ、勇殿も変わりない様で安心したよ……すまないな、出迎えられなくて」

 ズーダーは相変わらずの様だ。
 彼は全体的に細身で短毛に覆われたグーヌー族と呼ばれる魔物。
 二年半前に勇達がカナダで遭遇し、紆余曲折の後に仲間となった。
 その後色々あり、今もこうして魔特隊二番隊の隊員として働いているが……彼の役目はもっぱら事務なのだとか。
 本人曰く、魔剣を持って鍛錬はしたがどうにも身に付かず……勇達の様に強くなる事は出来そうにないと諦めた模様。
 ただし頭は回る様で……今こうやって笠本の手伝いをしたり、二番隊の司令塔の役割を担っているのだそうだ。

「藤咲さん、色々と募る話はあるかもしれませんが……とりあえず今は福留先生が来られるまで、ミーティングルームで待機願えますか?」

「ミーティングルームで?」

「ええ、先生がもしかしたら遅れるかもしれないとの事ですので……せっかくですから今の魔特隊隊員達と交流を図ってもらいたいのです。 三・四番隊の皆さんはもう待っていますので」

 つまり顔合わせ……という訳だ。
 二年間の間で魔特隊も大きく変わっており、メンバーも茶奈が言った通り増えている。
 五・六番隊はもう無いが……三・四番隊は健在な訳で。
 これから共に戦うであろう仲間達と顔を合わせる事も大切だ。

「なるほど……わかりました。 それじゃあ募る話は仕事の後にでも……」

「ええ。 でしたら良さそうなお店を予約しておきますので、皆さんで飲みにでも行きましょうか」

 そう言うと、笠本の口元に笑みが浮かぶ。
 もしかしたら彼女はこんな大人の付き合いの方が好みなのかもしれない。

 ナターシャを除き、勇達も皆二十歳を越えている。
 酒の席に呼ばれてもおかしくない年頃だ。
 ようやく縛るものが無くなったのだ……こうやって集まった日くらいは羽目を外してもいいだろう。





 笠本の提案に乗り、勇達はそのまま事務室の隣、上階へ続く階段へと足を運ぶ。
 その先、建屋二階にあるのがミーティングルームだ。

 丁度事務室の上の辺りに二つほど部屋がある。
 そこはいずれも似た様式で、椅子一体式の机が備えられ、奥には壇がある。
 用意した図などを映すプロジェクター等も最新機器が備えられており、かつて勇達はそこで福留から指令を受けて戦いに備えていた。

 今となっては人数が増えた事もあって部屋は統合され、一つの大きなミーティングルームへと変貌している。
 元々複数の部屋を同時に使う事など滅多に無かった事もあり……ある意味で言えば最適化と言えるだろう。

 そんな部屋がある廊下に勇達が姿を現すと……空かさず澄ました男の声が周囲に響き渡った。



「お、やっときたなプレイボーイ……随分と遅かったじゃあないかい?」



 それに気付き勇が振り向くと……部屋の前に立っていたのは、彼にとって知らない男。
 背の高いブロンドの男と言えば、もうお分かりだろう。



「えっと……誰でしたっけ?」



 途端、ガクリと頭を落とす男。

「ちょっちょ……セリィーヌに聞いてないのかい!?」

「あ、ごめーん、忘れてたわー」

 瀬玲がいじらしい笑みを浮かべながら勇の背後から姿を現す。
 当然その一言はわざとらしい程に棒読みだ。

「あ、コイツはディック。 ただのオッサンよ」

「セリィ~~~ヌッ!! ちょっと酷いんじゃないかい!?」

 そんな二人のやりとりが可笑しくて……勇達が堪らず「クスクス」と笑いを上げる。

 カッコよく決めたつもりが惨めな展開に真っ逆さま。
 瀬玲にしてやられたディックは思わずこめかみに指を充て、大きな溜息を吐くのだった。

「全くセリィーヌには毎度頭が上がらないよ……イシュも大変だねぇ」

「フフッ、私は常にセリには跪いて頭を垂れているので問題はありませんよ」
 
 さすがのイシュライト……ディックの振りを丁寧に躱す。
 懐の大きいと評判なフランス人もびっくりな応対に、本場人なディックも敵わないとお手上げの様を見せていた。

「ディック、国に帰らないんだ?」

「帰る理由も無いさ。 それに力が必要なんだろう? なら理解者は多い方がいいと思ってね。 幸い、雇用形態は維持してくれるっていうから残る事にしたよ」

「そう……サンキュ」

 弄り回した後ではあるが……ディックの心意気を前に瀬玲が素直な礼を送る。
 微々たる力ではあろうが、今の状況ではそれすらも有り難く感じたから。

 勇もまた、力を貸してくれると宣言してくれたディックに感謝の礼を向けていた。

「ありがとうございます、ディックさん」
「よせよせ、俺はあまり野郎に礼を言われるのは好きじゃあない。 向けられるならハイタッチ程度でいいのさ」

 ディックが頭を下げる勇の肩を「ポン」と押し、その頭を強制的に上げさせる。
 その時、頭を振り上げた勇の視線に映ったのは……掲げられたディックの掌だった。

 それに気付いた勇は意思の赴くままに……彼の掌を叩く。



パァン!



 途端、周囲に乾いた音が鳴り響いた。

「よろしく頼むよ、ユウ=フジサキ」

「ええ、これからもよろしくお願いします」



 こうして、先日の戦いで顔を合わせた者達が揃った。
 しかしまだこれが全てではない。
 
 勇はこれから続くであろう再会や、まだ見ぬ仲間であろう者達と顔を合わせる為に……すぐそこにある部屋へと向けて一歩を踏み出すのだった。


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