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第二十九節「静乱の跡 懐かしき場所 苦悩少女前日譚」

~その参集者 意外~

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 福留から与えられた余暇は、勇達にとってしてみればあっという間の出来事だっただろう。
 しかし彼等は休みを楽しむ事は出来ても、いつまでも甘えを享受する気は無かった。

 夜が明け朝が訪れる。

 玄関前に立つのは身支度を整え終えた勇と茶奈。
 それを見送るのは当然両親だ。

 しかし心配する両親を前に、勇達はにこやかな笑顔で応える。
 茶奈が去った時とは違うのだから。



 勇達はこれから魔特隊本部へと出向く予定だった。
 もちろん、瀬玲や心輝達とも裏合わせ済み。

 日本はこれから落ち着いていくだろうが、勇達の戦いが終わった訳ではない。
 そもそも、勇は元々【救世同盟】をそのままにするつもりは無かった。
 自分達の明日を守る為に世界を救う……それが彼の望んだ道。
 守るべき茶奈や仲間達も共に。



「すぐ帰って来れそうか?」

「いや、まだ方向性も決まってないし……今日、福留さんが何かしらの情報を持ってくると思うから、そこから決めるさ」

 世界を救う……とはいえ、勇達が持つ情報はまだまだ少ない。
 何かをしようにも、まずは目標から。
 勇達はそれを決める為に魔特隊本部へと赴くつもりだったのである。
 
「そうかぁ……じゃあ、気を付けてな。 勇の事だから心配は要らないと思うけどな」

「ああ、何も心配は要らないさ」

「茶奈ちゃんも気を付けてね」

「うん、またすぐ帰ってきます」

 そんな時、ふと勇の手が茶奈の手へと触れ……それに気付いた茶奈がそっと彼の手を掴む。
 勇もまた掌に触れた彼女の親指を包む様に握り返した。
 その時の二人の様子を前に、何も聞かされていなかった両親は唖然と口を開く。
 だが……すぐに理解した両親は何も言う事無く、優しい微笑みを二人に向けていた。

「それじゃ、行ってくるよ」

「ああ、いってらっしゃい」

「皆さんによろしくねぇ」

「行ってきますっ!」

 互いに挨拶を交わし、勇達が玄関の戸を開く。
 二人が去った後も両親はなおその場に立ち続け……彼等の帰還を強く願うのだった。





 勇と茶奈が自宅の外へと出て行くと、途端に彼等に向けてフラッシュの光が何度も焚かれる。
 そう、取材陣は当然まだ諦めてはいなかった。
 彼等が出て来るのを連日待ち続けていたのである。

 しかし、渦中の勇はと言えば……余裕の微笑みを取材陣へ送る。
 メディア露出に馴れていた茶奈も、映像映えで評判の優しい笑顔を浮かべていた。
 先日から居た取材陣への心構えはとうに出来ていたのだろう。

 敷地内に入る事無く、公道側から取材活動を続ける記者達。
 質問の声が飛び交う中、二人はゆっくり軒先の戸へと歩み寄っていく。

 すると……勇達は何を思ったのか、そこで立ち止まった。

 勇には一つ考えがあったのだ。

 今はもう、福留が指示した期間を過ぎた後。
 それはつまり、取材陣に対して何を言っても良いという逆論でもあった。
 当然、福留がそれを知らないはずは無いだろう。

 だからこそ、勇は答えるつもりだった。
 魔特隊の頃には言えなかった、彼等が望む問いに対して。

「皆さん、取材ご苦労様です」

 勇が鷹峰にならい、取材陣に向けて労いの言葉を送る。
 それを聞いた記者達は……勇から答えを聞けると思い、質問の声を更に荒げていく。

「えっと……さすがに全員からの質問をいっぺんに返せないので……」

 そんな彼等を前に、勇はゆっくりと人差し指を目前に掲げた。



「記者さんの中から一人選んで……その人からの質問を一つだけ、、答えますよ」



 突然の勇の提案に誰しもが唾を飲み、思わずその声を籠らせる。

 こういった場合に条件を提示するのは一つの交渉術だ。
 互いの希望に見切りを付け、最低限の成果が約束されるという……言うなれば相互供与ギブアンドテイクのようなもの。
 倫理観の無い者ならいざ知らず、最低限のマナーを重んじる取材陣はこれを反故ほごに出来る程落ちぶれてはいない

 この交渉術はいつだか福留から教えられた事。
 かつて学んだ座学が今になって生きたのだ。

「俺達も言う程時間が無いので……俺から選ばさせて頂きますね」

 誰が選ばれるのか……どんな質問が飛ぶのか……。
 その様な想いが周囲に声も無く駆け巡る。

 勇が辺りを伺う様に首を回すと、記者達は押し黙りながら動向を待つ様子を見せていた。
 そんな時、ふと勇の視界に一人の女性の顔が映り込む。



 それは……どこか知った面影を持ったショートヘアの女性だった。



―――あれ……彼女は確か……―――

 途端、勇とその女性の視線が合う。
 すると彼女は何を思ったのか、そっと視線を外して顔を背けた。
 目尻が下がった細い眼は、何かの疚しさを感じている様にも見える。

 そう……彼女はかつて【東京事変】の時、都庁へ現れた勇達に罵倒を浴びせた記者。

 とはいえ、今は記者というよりも……その補佐係アシスタントの様な身なり。
 手にはマイクも握られておらず、代わりに持つのは反射レフ板。
 彼に視線を向けていたのは、たまたま勇の提案に気付き振り向いただけに過ぎない。

 だが勇は彼女に気付いてしまった。
 あの時、「逃げるな!!」と罵声を浴びせられた事をよく憶えていたから。

 その言葉は……今こうして勇が記者達に応えようとしているキッカケの一つでもあったのだから。

 すると、勇は掲げていた指をそっと彼女へと向ける。
 周囲の記者達の視線を集めながら。

 注目の下に晒された彼女はなお視線を外したまま、身動きも出来ず縮こまっていた。
 その様はまるで、檻に閉じ込められた小動物のよう。
 晒し者にされた様な錯覚を憶えさせる現状に、彼女の心は追い詰められていた。

 しかし、そんな彼女へ向けられたのは……優しさを伴った勇の一言だった。



「俺はあの時の事を怒ってはいませんよ……むしろ、貴女の言葉があったから俺はこうやって面と向かって答えようとしているんです」



 勇の声が聞こえると、女性は視線を上げてそっと振り向く。
 その視界に映ったのは……勇の柔らかい微笑みだった。

「あの時、貴女は言いましたよね……『何か言え、逃げるな』って。 だから俺は答えます。 貴方達が知りたい事を。 あの時は言いたくても言えなかった……でも今なら、俺が知っている範囲でしか答えられないけど、何でも答える事が出来るから……!」

 その声は力強く周囲の人間の心に響く。
 そして直接声を向けられた彼女は……どこか勇気を貰った気がして。

 気付けば……彼女の顔には二年前のあの時の様な、逞しさを伴った決意の表情が浮かび上がっていた。

「あ、えっと……」

 しかし質問の内容までが浮かぶ訳は無く。
 元々考えてもいなかった彼女は咄嗟に周囲を伺い、聞きたい事を脳裏に思い浮かばせた。

 当時の事は既に全て公開済みとなっている。
 昔の事など聞いても何の意味も無い事は彼女でも理解している事だ。

 だからこそ……彼女はふと、その疑問を一言に添えた。





「……その、藤咲勇さんは……田中茶奈さんとお付き合いしているのでしょうか?」





 その時、勇達も含めた周囲が凍り付いた。

「へっ?」

 思わず勇の口から戸惑いの声が漏れる。
 それは先程の落ち着いた低い声とは違う、ハイトーンの呆け声。

 それもそのはず……勇が想定していたのは今回の事件の事に関する質問。
 まさかそちらの方面での質問が来るとは、全く想定していなかったのだから。
 
 予想外の展開に、思わず勇が唇をすぼめる。
 茶奈も小さな口をパクパクとさせ、呆然ぼうぜんとする様を見せていた。
 記者達も、ただ唖然とする他無い。

「あの、お二人が手を繋いでいる所が見えたので……どう、ですかね?」

 そう言われて二人は気付く。
 家から出る前に手を握ったまま、外に出てきた事に。

 今なお、二人が手を繋ぎ合っている事に。

「あ、えっと……そのぉ……」

 先程の自信たっぷりの姿勢はどこへいったやら……勇はただ戸惑い、しきりに周囲へ視線をぐるぐると回す様子を見せていた。

 そんな態度の勇を前に、今度は女性がここぞとばかりに攻勢に出る。

「どうなんでしょうか? 何でも答えてくれるんですよね?」

 遂には周囲に居る記者からマイクを奪い取っては勇に真っ直ぐ向ける始末。
 まさに攻防逆転……完全にイニシアチブを女性に取られ、勇は堪らず首を引かせていた。

「うぅ……」
「藤咲さんどうぞ!!」
「答えろ答えろー!!」

 更には周囲の記者までが彼女側に加わり、笑いながら煽りの声を上げ始める。

 そして逃げる事の出来ない証拠と勢いを前に……とうとう勇は観念したのだった。



「はい……付き合ってます……」



 ガクリと肩を項垂れさせ、自身の恋愛事情を赤裸々に告白する。
 その様はまるでスキャンダルを抱えた芸能人のよう。
 まだまだ経験の薄い彼等にとって、それは自身の使命を語るよりもずっと難しく、恥ずかしい事だった。

「いつから付き合ってるんですか?」

「し、質問は一回って……」

「いいじゃないですかこれくらい!」

「あ、えっと……一昨日おとといから……です」

「それって日本を救った日じゃないですか!! 凄い記念日じゃないですか!!」



 その時、沈む勇の耳に聞こえて来たのは……拍手喝采。



 中でも一番に大きな拍手を送っていたのは当然、質問を打ち上げた女性だ。
 またしても予想外の状況に、思わず勇達の目が見開かれた。

「お二人共おめでとうございます! これからも仲良く居られる事を祈っていますね!」

 思いがけぬ記者達からの祝福。
 まるで二人が結婚するのかの如く……そう思わせかねない程の、とても大きな喝采だった。





 勇達への祝福を終えると……記者達がまるで裏打ちされたかの様に揃って動き始める。
 自分達の仕事はもう終わり、そう悟ったのだろう。
 皆がその場から離れる様に散り始めたのだった。

 そんな彼等を、勇達はただぼんやりと見届ける事しか出来ずにいた。
 もちろん、二人は手を握り合ったままではあったが。

 気付けば取材陣はこぞって姿を消し、周囲はいつもの静寂を取り戻していた。

「えーっと……茶奈、なんかごめん」

「ううん、いいですよ……嘘は言っていませんから……」

 騒動が終わった事を実感した二人が硬直しながらも言葉を交わす。
 しかし、ほんの一間が過ぎると……記者達の計らいを実感し、再びその口元を上げさせたのだった。



「それじゃあ茶奈、行こうか」

「うんっ!」



 こうして勇達の朝は始まった。
 そしてこれから彼等の新しい戦いもが始まるのだろう。


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