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第二十八節「疑念の都 真実を求め空へ 崩日凋落」

~SIDE福留-01 迫る人造兵~

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 現在時刻 日本時間18:11......

 一台のシルバーの車がビルの地下から姿を現した。
 何かをしていたのだろうか……それは福留の乗る車であった。

 公道へと踏み入れると、車は迷う事無く郊外の方向……北上を始めた。

 そこは東京の中でも比較的車通りの少ない道。
 いわゆる過疎街……店などがほとんど無く、日本人よりも海外から移住してきた人間が住む事が多い場所である。
 治安もそれほど高い訳でも無く、外出する人間は少ない。
 わざわざ通りに来る人が居るはずも無く、結果的に寂れた雰囲気を伴う事となってしまった訳である。

「さて……御味君はしっかり動いてくれているでしょうか……」

 いつも自信に溢れる福留らしくもなく、思わず口から不安を感じさせる声が漏れる。

 数時間前、彼は御味と落ち合う約束を交わしていた。
 その時間に合わせる為にビルの中で潜んでいた様だ。

 何を考えての行動だったかは……彼のみぞ知る。



 車は数分走り続け、早くも御味との合流地点に辿り着こうとしていた。
 寂れた街、汚れたビルが周囲を囲む道中……車の中で福留がハンドルを握りながらゆるりとした溜息を吐く様を見せる。

 だがそんな折……彼の乗る車のすぐ直上。
 暗く沈み始めた空に混ざる様に跳ねる影が一つ。
 福留の車を追う様にビルの屋上を駆け抜けていく。

 彼はまだ気付きはしない。
 それ程巧みに、そして鋭く動いていたから。



 福留に気付かれる事無く、徐々に近づいていく影はとうとう……ビルの合間へとその身を投じた。



 福留の顔に微笑みが浮かぶ。
 御味との合流が待ち遠しかったのだろう。

 だが次の瞬間、突然車のボンネット上に何かが落ちた。



ガシャァーーーーーーンッ!!



「なっ!?」

 余りの衝撃に車のボンネットはへこみ、フロントガラスが弾け飛ぶ。
 突如起きた出来事を前に、福留が思わずハンドルを思いっきり切り返した。

 その拍子に車が大きく旋回し、慣性のままに跳ね上がる。
 道路上を舞った車が大きく横転し……道路へと叩き付けられた。

 幸いにも車体は一回転し、運転席はなお天を向いたまま。
 エアバッグによって難を逃れた福留が苦しみながらもドアを開き、這いずる様に姿を現す。
 体を車から引きずり降ろすと……ゆっくりと立ち上がり、後部扉を開いた。
 そこにあったのは小嶋から受け取ったジュラルミンケース。



 それを手に取り、駆け出そうとするが……そんな彼の前に、一人の人影が立ち塞がった。



「あ、貴方は……そうですか、もう完成していたのですね……!!」

 福留も知っていた。
 その開発には彼も携わっていたから。
 改造される前の被験体を前にして、それでもなお見殺しにして。



 彼の目の前に立つ者こそ……小嶋由子達の狂気が生み出した、【魔剣兵】という存在であった。



 目の前に居る者は、歳で言えば15歳行くか行かないか程度の背丈。
 子供ではあろうが性別はわからない……黒装束と黒頭巾を身に纏い、判別など出来ようもなかったから。
 一つ見えるのはその眼。
 精神制御を施され、自我という光を失った眼である。
 片手に光を放つ短剣型の魔剣を携えたのが何よりもの【魔剣兵】である証拠。

 そんな刺客を前に、福留が崩れ落ちる。

「これも報いでしょうかね……私が不甲斐ないばかりに……!!」

 そして彼は知っていたのだ。
 目の前にいる人物がのかを。
 ほんの少しだけ触れ合った、心が死ぬ前の彼の事を。

 魔剣兵の攻撃と横転の影響で車のボンネットに煙が立ち上る。
 石油燃料ガソリンの異臭が鼻を突く中……二人は静かに相対していた。

 魔剣兵は福留が何なのかなどわかりはしない。
 そもそも覚えてすらいないだろう。
 会ったのはほんの少しだけ。
 その彼はもう戦う為だけの道具なのだから。

 怯み、立つ事すらままならない福留を前に、魔剣兵がゆっくりと歩み寄っていく。
 ターゲットである福留に刃を突き立てようと、手に持った魔剣をそっと振り上げて。





 だがその時、小さい何かが魔剣兵に向けて鋭く飛び掛かった。





 それはただの小さな石ころ。
 しかしを乗せたそれは、魔剣兵を警戒させるには十分だった。
 
バッ!!

 魔剣兵が身を反らして襲い来る小石を回避し、その勢いで裏に跳ねる。
 福留と離れる様に飛び跳ねた魔剣兵は、着地するや否や視線を敵意の素へと向けた。



「合流地点よりも離れた所で何かと思いましたけど……ハハッ、福留さんは相変わらず人気ですねぇ」



 その先、ビルの合間。
 日が傾き暗闇に落とすその場から、僅かに低めのウェットに富んだ男性声が上がる。
 そして影から一歩、また一歩と……声の主が踏み出し姿を晒していった。

 そこに現れたのは……刈り上げたかの様に短い頭髪の若い男。

 その身のこなしは気軽さを感じさせる程に柔らかく、対してガタイは特別大きい訳ではない。
 強いて言うなら勇達と同じ、平均的な日本人の体形。
 彼等程筋肉質では無いが、訓練してきたのであろう事がわかる肉体を有している。
 そんな彼の面構えは……僅かに頬に傷跡を残すも、綺麗に整った顔付きだった。

「おお、君はっ……!!」

 その人物の登場に、福留が思わず驚きと喜びを混ぜた声を上げる。
 彼こそ福留が合流しようとしていた人物。
 御味が秘密裏に連れ出した……今彼が持ちうる最高の武器。



「そう……僕が貴方の剣と盾となる為に遣わされた、獅堂しどう 雄英ゆうえいという男さ」
 


 彼は獅堂雄英。
 福留だけでなく、勇達とも大きな関わりを持つ人物だ。
 ただし、悪い意味で……だが。

 かつて勇の想い人であったエウリィと共に『あちら側』の国であるフェノーダラの城を焼いた張本人。
 勇に敗北後、彼は罪を受け入れ、今までその贖罪の為にずっと刑務所に服役していた。
 いつか外に出た時、本当の意味で罪を償う為に……勇達の力になる為に。

 とはいえ今の彼は丸腰。
 魔剣らしき物一つ身に着けてはいない。
 武器の一つ有していないであろう彼を前に、福留が慌てた声を荒立て放った。

「雄英君ッ!! これをッ!!」

 同時に、彼が持っていたジュラルミンケースが宙を舞う。
 大きく回転しながら弧を描き、遠く離れた獅堂の下へ飛び込んでいく。

 だが、その隙を魔剣兵は逃しはしなかった。

 飛び込んでくるケースを迎え入れようと獅堂が手を掲げる。
 そこへ魔剣を構えた魔剣兵が彼目掛けて一直線に飛び込んだのだ。

「まったく、節操が無いっていうのはッ!?」

 獅堂は咄嗟に自身の体を捻る様に飛び、宙を舞うケースを掴み取る。
 そしてそのままそれを盾とする様に……襲い掛かる魔剣の前へと翳した。



ギィーーーーーーンッ!!



 けたたましい金属と金属のかちあう音が鳴り響いた。
 途端、堅いはずのジュラルミンケースが弾け割れ、欠けた破片が落ちていく。

 しかし魔剣はなお、獅堂の前で塞き止められたままだ。



 突き立てられた魔剣。
 しかしその先に在ったのもまた……魔剣だった。



「―――お約束すら守れないんだから困ったもんだよね……!!」

 その時、獅堂が割れたケースを思い切り押し出した。
 飛び出した勢いを抑え込まれ、決定打を失った魔剣兵がその身を飛び退かせる。

 素早い身のこなしはまるで戦い慣れた戦士そのもの。
 まるで本物の亜月の様に……経験を感じさせる動きを見せていた。

 一方、盾となったケースは衝突の衝撃で完全に真っ二つに別れ破片が飛散していく。
 ケースの中から姿を現した魔剣もまた同様に零れ落ちていった。

ガシャァーーーンッ!!

 破片がアスファルトに叩き付けられ、激しい金属音が鳴り響く中……獅堂が目の前に居る魔剣兵に鋭い視線を向ける。



 その手に掴み取った魔剣を振るい構えて。



 何の因果か……彼の手に掴まれたのは、魔剣エスカルオール。
 亜月が有していた魔剣の片割れだ。
 魔剣兵と魔剣……亜月の力と武器が相対した瞬間であった。

 それは戦いの折に行方不明になっていた物。
 しかしその造形は大きく変わっている。
 元々の刀身に機械の様な部品を幾つも這わせてあり、機械的に単品で使える様に改造した物なのだろう。
 恐らくは……魔剣兵に使わせる為に。 

 だが、それも今の獅堂にはおあつらえ向きと言える。

「さて……魔剣は手に入れたけど、果たしてどれだけ戦えるかな……」

 獅堂と魔剣兵……二人が対峙し、互いに敵意を向け合う。
 その時、獅堂の顔に浮かんでいたのは……目を細めた、強張りの表情。
 相手が得体も知れない敵なのだ、畏れもしよう。

 戦いから退いて数年、魔剣を持たず命力が低迷した彼ならなおさらだ。
 
 魔剣兵が再び魔剣を構え、刃を傾ける。
 途端、周囲の光を集めた刃が鋭く輝いた。

 それはまるで殺意の輝き。
 一切の情すら感じさせない。

 そして構えられた刃が鋭く獅堂へ向けられた時……魔剣兵が動いた。



キュゥゥーーーーーーンッ!!



 魔剣から溢れた閃光が跡を引き、凄まじい勢いで獅堂との距離が詰まっていく。
 それはまさに瞬時の如く。

キィンッ!!

 獅堂は咄嗟に斬撃の軌道を見切り、刃を構えて滑らす様にいなした。
 命力独特の白い火花を弾かせながら、獅堂の刃にならって魔剣兵の刃が空を突く。

どごッ!!

 だが……それと同時に鈍い音が響き渡る。
 獅堂の腹部に魔剣兵の膝が撃ち込まれたのである。
 いなされ打ち上げる力を逆に利用されたのだ。

「うぐっ!?」

 涼しかった獅堂の顔が途端に歪む。
 その体を弾かれ宙に舞わせながら。

 しかしその様や不自然……蹴られた衝撃によるものとは思えない程に、舞う体の動きが安定していた。

ザザッ……

 獅堂の足が大地に再び触れ、靴底がアスファルトと擦る音が僅かに上がる。
 蹴られた腹部は別段荒れた様子も無く、服の生地が勢いに伴ってゆらりと揺れるのみ。

 当の獅堂は……冷や汗こそ浮かばせるものの、平然としたしたり顔を浮かべていた。 

 膝蹴りの当たった場所に添えられていたのは、空いた片掌。
 
 今の膝蹴りは獅堂の読み通りだった。
 斬撃を躱されただけで済ませるとは思えなかった獅堂は布石を打っていたのだ。
 躱されたと同時に飛び退き、片手で膝を受け止める……そうする事で咄嗟の奇襲を躱す事が出来たという訳だ。
 頭が回る獅堂ならではと言った所か。 
 
 そしてそれと同時に……獅堂は完全に理解した。
 相手と自身との力の差を。

 魔剣兵が再び襲い掛かり、次々と斬撃を見舞っていく。
 それを辛うじて躱し、いなすが……防戦一方。
 反撃する隙を与えない魔剣兵を前に、獅堂は焦りを募らせていた。

「福留さぁんッ!! 何してるんですかあッ!! 早く逃げてくださいよッ!!」

 襲い来る一撃を弾いて躱し、再び二人が距離を取る。
 完全に劣勢の状況で、獅堂は己の状況を顧みず怒号にも似た大声を張り上げた。

「福留さん!! 悪いんですけどね……僕が稼げる時間は短そうだ!!」

「くっ……雄英君……すまないッ!!」

 獅堂の一言を前に、福留が咄嗟に振り返って車へ駆け込む。
 既に萎んだエアバッグを払い除けて車に乗り込むと、エンジンを再び起動しようと起動キーを回した。

ドゥルン、ドゥルン!!

 どうやらエンジンはまだ死んではおらず、辛うじて車が起動を果たす。
 その間、魔剣兵が福留を逃がすまいと飛び出そうとするが……これみよがしに獅堂が反撃を繰り出し、その動きを止めさせた。

 魔剣兵が動きを止められている間に、隙を見計らった福留がアクセルを踏み込む。
 道路の進路に対して大きく横を向いていた車が縁石へ擦らせながら強引に旋回していった。

ウァアァッァーーーンッ!!

 進路へ復帰した車が不安定なエンジン音を掻き鳴らしながらその場から走り去っていく。
 獅堂はそれを横目に、魔剣兵の反撃を躱し続けた。

「とんだ化け物だ……こんなのが相手だなんて聞いてないよ福留さん……ッ!?」

 思わず獅堂の口から弱音が飛び出る。
 当然であろう……目の前に居る相手は彼にとって真の意味で怪物だったのだから。

 その実力はまさに……当時の亜月に酷似したもの。
 命力珠と亜月の細胞がそう錯覚させ、流れる力が彼女の命力の残滓となって心の死んだ素体に宿った為である。

 命力とは心の力。
 そこに意思が籠るからこその力なのだ。
 魔剣兵そのものは亜月ではない。
 だが間違いなく、彼の力は亜月そのもの。
 彼女の命力タマシイが籠った肉の器なのである。

 デュゼローと渡り合う事が出来た亜月の力の一端を持つ魔剣兵。
 魔剣を久しく使っていなかった獅堂。
 その力の差はまさしく歴然だった。



 街が暗闇を落とし始める時間帯。
 二人の魔剣使いがぶつかり、命を賭けた戦いを繰り広げる。
 一方的とも言える状況で、獅堂が打開する事は叶うのだろうか。





 助けに来た獅堂を置き去りにしてでも逃げた福留。
 しかし彼は願う。
 「どうか生き残って欲しい」と。
 自分が選択した道を悔やみながら……彼はハンドルを握り締め、ひたすら車を走らせた。

 それが叶う可能性は万に一つだったとしても……願わずにはいられなかったのだ。



 その想いは……空を、天を突く程に強く……。


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