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第二十八節「疑念の都 真実を求め空へ 崩日凋落」
~SIDE勇-02 手がかりを求めて~
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現在時刻 日本時間14:36......
勇が茶奈を抱きかかえたまま、東京の街の上空を突き抜けていく。
その体の半身が強く密着する程に抱き締められているからこそ、茶奈は感じ取っていた。
勇の今の力強さが、かつて彼女が体験した出来事で感じたものよりもずっと強い事に。
初めて二人が出会ったその日もまた、彼等はこの様に空を舞った。
剣聖という強烈な存在によって不本意ながら体験させられた出来事ではあったが、当時の記憶は今でもハッキリと思いだせる程鮮明に残っている。
だがその時よりもずっと強く、それでいて緻密なまでの丁寧さを重ね揃えた跳躍。
それはまるで剣聖すらも凌駕しているのではないかとすら錯覚させる程だったのだ。
「勇さん、これからどこへ向かうつもりなんですか?」
「愛希ちゃんの家に行くつもりだ。 今なら多分家に居るハズだから」
茶奈が見上げながら問い掛けると、勇は視線を移す事無くそっと返す。
集中を切らす事無く、連続的な跳躍を安定させる為に。
「電話で伝える事も考えたけど、盗聴されてる事を考えたら得策じゃないし、僅か数分の差ならリスクが少ない方がいいと思ってね」
「なるほど……でもなんで愛希ちゃんに?」
二人の体に浮遊感が襲う。
勢いが落ち、降下しているのだ。
だが二人共慌てる事は無かった。
勇にとってはいつもの事であったし、茶奈はそんな勇を信じていたから。
降下中にも関わらず、勇はなんら口調を変える事無く言葉を返す。
「さっきも話した事だけど、愛希ちゃんは今、ミシェルさんと文通してるハズなんだ。 今はもう外交官じゃないけど、もしかしたら何かを知っているかもしれない……!!」
そう言い切った時、勇の足がビルの屋上床を突く。
だが茶奈の体重が乗ったにも関わらず、衝撃を感じさせない柔らかな着地を見せつけた。
そして再び行われる跳躍。
二人の体が再び空へと舞い上がっていく。
「それなら確かに……でも勇さんは愛希ちゃんの家がどこかわかるんですか?」
空気を裂く音が鳴り響く中で、聞きそびられる事の無い命力を乗せた会話を交わしながら。
「いや……だから茶奈に教えてもらいたいんだ」
「わかりました。 じゃあ私が案内するので勇さんは付いてきてください!!」
茶奈が勇の胸元を押し出すと……彼女の体が勇の腕から零れ落ちる様に落下していく。
しかし彼女は慌てる事無く、落下しながら手に掴んだ魔剣を掲げた。
途端、短杖状だった魔剣が変形し、長杖へと変化したのだった。
たちまち杖の先端から炎が噴き出し……茶奈があっという間に空の向こうへと飛び去っていく。
勇もまたそれに追従するかの様に、踏み台であるビルの屋上床を力強く突くのだった。
◇◇◇
勇達の住む街にある特別大きい訳でもないマンション。
そこの一室に愛希の実家が軒を構えている。
愛希はその日、出掛ける事も無く勉学に勤しんでいた。
法律辞典を机に広げ、書かれていた事に対する疑問をノートに書き連ねていく。
自身がわからない事を書き記し、それを徹底的に詰めていく事で問題に対する認識をただしていく彼女なりの勉強方法だ。
例えわからない事が多くても、そうやって自分の認識を広げながら疑問を解決する事が出来る。
ついでに覚える事も出来る。
一石三鳥……前向きだからそう受け取れる、彼女にとっての最適なやり方だった。
もっとも、この様に休みを潰す事すらいとわない程に努力する事が必要なのだが。
その時、机の上に置いてあったスマートフォンから、今流行りのJ-POP調の音楽が鳴り響いた。
それは着信を知らせるメロディ。
それが流れるや、愛希は視線を移す事無く手馴れた様にスマートフォンを手に取る。
自身の前へと運ぶと、画面に映る通話希望者の名前がチラリとその目に映り……思わずその目を見開かせた。
空かさず彼女は通話ボタンを押し、素早く耳元へとスマートフォンを運ぶ。
「もしもし……勇さん?」
それは勇からの通話。
彼からのお呼びが嬉しかったのだろう、彼女の口元に笑みが浮かぶ。
最初に放った声もどこか、明るみを帯びた高いトーンの声色だった。
しかし、スピーカーから流れて来るのは何かが擦れる様な雑音と、それに掻き消されて聞き取り辛い勇の声。
『愛希……ん、これ…ら君の家に行く…ら家の前に出て…き…れないか?』
「え? え?」
『家の外に出て来てほしい』という意図は読み取れたものの、突然の事で疑問の声を漏らす。
だが、そんな声が届いたのかどうなのかわからないまま……通話は途切れ、通話停止音がスピーカーから流れていた。
「一体何なのぉ……?」
勇が愛希の家の所在を知らないのは彼女も知る所だ。
彼が家に来れる訳はない。
ただ逆にそれがどこか引っ掛かり、愛希に妙な胸騒ぎを憶えさせた。
手に取ったままのスマートフォンを室内着のスウェットの腰ポケットへと忍ばせると、そのまま立ち上がって部屋から外へと向けて歩み出していく。
家の外へと出ると、彼女の前に現れたのは東京の街。
彼女の家は全10階建てマンションの8階にある。
景色を遮る建物も少なく、そこから見える風景は初めて訪れた人からすれば絶景にも見えるだろう。
愛希はそんな家の前、手すりを伴った柵へ腕を乗せる。
家から出たものの別段何かがある訳でもなく……見慣れた景色を前にただ首を傾げるのみ。
するとそんな景色の彼方から何か黒い点が浮かぶ。
それは徐々に大きくなり……あっという間に愛希の居る方へと飛び込んでくるでは無いか。
そして慌てる間も無く、その黒点は一気に彼女の横へと到達したのだった。
ドッガァーーー!!
「ひいっ!?」
飛び込んで来た何かが愛希の真横、家の壁へと激突し、激しい衝撃音と共に突風が吹き荒れた。
愛希が思わず驚き、その場へへたり込む。
目の前で何が起きたのか理解する事も出来ず……ただ顔を引きつらせ、脅える事しか出来なかった。
激突の影響で粉塵が舞い、正面の視界が遮られる中……愛希はただ目の前に飛び込んできた何かをじっと見据える。
すると間も無く彼女の下へ、彼女を気遣うかの様な……優しい旋律が響いた。
「怖がらせちゃってごめんね、愛希ちゃん」
その声を聴いた途端、愛希の瞳が大きく見開かれる。
懐かしい声、優しい声色……それが明らかに敵では無い事を彼女は知っていた。
「……茶奈……?」
粉塵が重力に引かれて床へと落ちていき、視界を遮る物が消えていく。
そして尻餅を突いた愛希の目の前に姿を現したのは……見紛うこと無き、茶奈本人だった。
「うん……久しぶり!」
ニコリとした笑顔を見せる茶奈。
服装はボロボロだが、間違いなく久しく会わなかった親友。
そんな彼女を認識した愛希は落としていた腰を叩き上げるかの様に持ち上げ……茶奈へと向けて駆け出していた。
「茶奈ぁ!!」
そして二人は抱き合い、久しぶりの再会を喜び一杯の笑顔で飾ったのだった。
そんな時、またしても一つの黒点が空の彼方から現れ……茶奈の背後へと静かに飛び込んで来た。
タンッ……
「あ……」
抱き合っていた愛希が再び現れた者を前に、今度は冷静な声を漏らす。
茶奈に次いで現れたのは当然、愛希を呼んだ張本人の勇だった。
「愛希ちゃん、ごめん、突然呼び出して」
抱き合う二人の下へ歩み寄っていく勇の顔に浮かぶのはいつもの様な微笑み。
だがどこか緊張している様にも感じ取れた愛希は、そっと茶奈から離れると二人を前に真剣な面持ちを向けた。
「茶奈が居るって事は……何かあったんだ?」
今や愛希もれっきとした魔特隊の関係者だ。
【東京事変】で勇達の真実を知り、茶奈から隔絶の理由も聞いている。
ただ彼女は友人であるというだけだったから、行動の制限までされてはいなかった。
事情を知る彼女は、本来ここに居てはいけないはずの茶奈が目の前に現れた事で、何かしらの緊急性を直感的に感じ取った様だ。
「いきなりでごめん、でも詳しく説明している時間は無い。 こうやって来たのは、今起きてる問題を解決するには君の持っている情報が必要不可欠だからなんだ」
愛希が察したのを勇もわかったのだろう。
勇もまた真剣な面持ちを浮かべ、愛希の瞳を見つめる。
「愛希ちゃん、ミシェルさんとは今でもやりとりしてるよね?」
勇がそう尋ねると、愛希がそっと頷く。
彼女の反応を見るや否や、勇は言葉を連ねた。
「ミシェルさんの住所を教えて欲しい。 俺達は今から彼女に会いに行かなきゃいけない」
愛希にその願いを否定する理由など有りはしない。
ミシェルは勇の事も知っているし、彼に対して友好的なのも知っている。
そして今、心強いはずの勇が自分に助けを求めている事に……ただ応えたかったから。
愛希はそっとポケットへと手を突っ込み、スマートフォンを取り出す。
画面に触れて何やら操作をすると……何を思ったのか、スマートフォン自体を彼へと差し出したのだった。
「勇さんがスマホに登録するよりも私のスマホを直接使った方が早い。 マップにも登録されてるから、それを便りに向かって。 ロック設定も今解除しといた」
彼女は元々頭が回る方だったのだろう。
咄嗟の判断から、彼女は最善策を僅か短時間で導き出した様だ。
しかし彼女が思い付いた理由はそれだけに留まらない。
「勇さんのスマホ、多分追跡されてるよね? だから私が預かっとく。 勇さんがここに居るって事にしておけば何かしら誤魔化せるはずだから」
すると愛希は勇が取り出していたスマートフォンを半ば強制的に取り上げた。
追跡されているのは真実だ。
【東京事変】以降、監視の為に彼のスマートフォンは常に追跡されている。
今回は電源を落とす事で監視の目から逃れているが、それが続けば当然怪しまれる要因にもなる。
その可能性を示唆した勇は、愛希の提案の理由も加味し……彼女へスマートフォンを預ける事にしたのだった。
「ありがとう愛希ちゃん……この埋め合わせは―――」
「要らない。 けど、必ず帰って来て。 もちろん茶奈と一緒にね?」
相手は恐らく日本政府……愛希は既にそれに気付いていた。
故に彼等の行動失敗は再会を不可能とするだろう。
だからこそ愛希は彼等に全てを託したのだ。
二人とまた楽しく笑い合える日々に戻りたいから。
愛希のお陰で次のステップへの道筋が決まり、勇が勢いに乗る様に声を上げる。
「よし……茶奈、アメリカまでどれくらいで行ける?」
すると茶奈は考える間も無く、勇へと振り向き答えを返した。
「場所にもよりますが、おおよそ30分で行けます!!」
その数値の意味がわかるのは、地球という物がどの様な物体である事を理解している人間だけだろう。
少なくとも、その場に居る三人にはその意味はわかっていた。
だからこそ、二人を笑顔で送り出すつもりだった愛希があんぐりと口を開き、驚きの顔を覗かせる。
「ちょ、え? 30分って……!? ええ!?」
だがそんな愛希の慌てる声を聞き届ける事も無く、勇が彼女に鋭い視線を向けた。
「愛希ちゃん、これから俺の家に行ってそこで待機しててくれ。 出来れば親に事情を話して、心輝達の親も呼んで欲しい!!」
「あ、え!?」
ダンッ!!
そう言い切った直後……二人は空へと向けて跳んでいた。
そして遥か彼方で激しい爆発が巻き起こると、光の粒が一筋の閃光線を描きながら青空の中へと消えていったのだった。
「えぇ~……」
二人の事は知っているつもりだったが……更なる想像を超えた二人の力を前に、もはや呆れた声しか出せない愛希なのであった。
勇が茶奈を抱きかかえたまま、東京の街の上空を突き抜けていく。
その体の半身が強く密着する程に抱き締められているからこそ、茶奈は感じ取っていた。
勇の今の力強さが、かつて彼女が体験した出来事で感じたものよりもずっと強い事に。
初めて二人が出会ったその日もまた、彼等はこの様に空を舞った。
剣聖という強烈な存在によって不本意ながら体験させられた出来事ではあったが、当時の記憶は今でもハッキリと思いだせる程鮮明に残っている。
だがその時よりもずっと強く、それでいて緻密なまでの丁寧さを重ね揃えた跳躍。
それはまるで剣聖すらも凌駕しているのではないかとすら錯覚させる程だったのだ。
「勇さん、これからどこへ向かうつもりなんですか?」
「愛希ちゃんの家に行くつもりだ。 今なら多分家に居るハズだから」
茶奈が見上げながら問い掛けると、勇は視線を移す事無くそっと返す。
集中を切らす事無く、連続的な跳躍を安定させる為に。
「電話で伝える事も考えたけど、盗聴されてる事を考えたら得策じゃないし、僅か数分の差ならリスクが少ない方がいいと思ってね」
「なるほど……でもなんで愛希ちゃんに?」
二人の体に浮遊感が襲う。
勢いが落ち、降下しているのだ。
だが二人共慌てる事は無かった。
勇にとってはいつもの事であったし、茶奈はそんな勇を信じていたから。
降下中にも関わらず、勇はなんら口調を変える事無く言葉を返す。
「さっきも話した事だけど、愛希ちゃんは今、ミシェルさんと文通してるハズなんだ。 今はもう外交官じゃないけど、もしかしたら何かを知っているかもしれない……!!」
そう言い切った時、勇の足がビルの屋上床を突く。
だが茶奈の体重が乗ったにも関わらず、衝撃を感じさせない柔らかな着地を見せつけた。
そして再び行われる跳躍。
二人の体が再び空へと舞い上がっていく。
「それなら確かに……でも勇さんは愛希ちゃんの家がどこかわかるんですか?」
空気を裂く音が鳴り響く中で、聞きそびられる事の無い命力を乗せた会話を交わしながら。
「いや……だから茶奈に教えてもらいたいんだ」
「わかりました。 じゃあ私が案内するので勇さんは付いてきてください!!」
茶奈が勇の胸元を押し出すと……彼女の体が勇の腕から零れ落ちる様に落下していく。
しかし彼女は慌てる事無く、落下しながら手に掴んだ魔剣を掲げた。
途端、短杖状だった魔剣が変形し、長杖へと変化したのだった。
たちまち杖の先端から炎が噴き出し……茶奈があっという間に空の向こうへと飛び去っていく。
勇もまたそれに追従するかの様に、踏み台であるビルの屋上床を力強く突くのだった。
◇◇◇
勇達の住む街にある特別大きい訳でもないマンション。
そこの一室に愛希の実家が軒を構えている。
愛希はその日、出掛ける事も無く勉学に勤しんでいた。
法律辞典を机に広げ、書かれていた事に対する疑問をノートに書き連ねていく。
自身がわからない事を書き記し、それを徹底的に詰めていく事で問題に対する認識をただしていく彼女なりの勉強方法だ。
例えわからない事が多くても、そうやって自分の認識を広げながら疑問を解決する事が出来る。
ついでに覚える事も出来る。
一石三鳥……前向きだからそう受け取れる、彼女にとっての最適なやり方だった。
もっとも、この様に休みを潰す事すらいとわない程に努力する事が必要なのだが。
その時、机の上に置いてあったスマートフォンから、今流行りのJ-POP調の音楽が鳴り響いた。
それは着信を知らせるメロディ。
それが流れるや、愛希は視線を移す事無く手馴れた様にスマートフォンを手に取る。
自身の前へと運ぶと、画面に映る通話希望者の名前がチラリとその目に映り……思わずその目を見開かせた。
空かさず彼女は通話ボタンを押し、素早く耳元へとスマートフォンを運ぶ。
「もしもし……勇さん?」
それは勇からの通話。
彼からのお呼びが嬉しかったのだろう、彼女の口元に笑みが浮かぶ。
最初に放った声もどこか、明るみを帯びた高いトーンの声色だった。
しかし、スピーカーから流れて来るのは何かが擦れる様な雑音と、それに掻き消されて聞き取り辛い勇の声。
『愛希……ん、これ…ら君の家に行く…ら家の前に出て…き…れないか?』
「え? え?」
『家の外に出て来てほしい』という意図は読み取れたものの、突然の事で疑問の声を漏らす。
だが、そんな声が届いたのかどうなのかわからないまま……通話は途切れ、通話停止音がスピーカーから流れていた。
「一体何なのぉ……?」
勇が愛希の家の所在を知らないのは彼女も知る所だ。
彼が家に来れる訳はない。
ただ逆にそれがどこか引っ掛かり、愛希に妙な胸騒ぎを憶えさせた。
手に取ったままのスマートフォンを室内着のスウェットの腰ポケットへと忍ばせると、そのまま立ち上がって部屋から外へと向けて歩み出していく。
家の外へと出ると、彼女の前に現れたのは東京の街。
彼女の家は全10階建てマンションの8階にある。
景色を遮る建物も少なく、そこから見える風景は初めて訪れた人からすれば絶景にも見えるだろう。
愛希はそんな家の前、手すりを伴った柵へ腕を乗せる。
家から出たものの別段何かがある訳でもなく……見慣れた景色を前にただ首を傾げるのみ。
するとそんな景色の彼方から何か黒い点が浮かぶ。
それは徐々に大きくなり……あっという間に愛希の居る方へと飛び込んでくるでは無いか。
そして慌てる間も無く、その黒点は一気に彼女の横へと到達したのだった。
ドッガァーーー!!
「ひいっ!?」
飛び込んで来た何かが愛希の真横、家の壁へと激突し、激しい衝撃音と共に突風が吹き荒れた。
愛希が思わず驚き、その場へへたり込む。
目の前で何が起きたのか理解する事も出来ず……ただ顔を引きつらせ、脅える事しか出来なかった。
激突の影響で粉塵が舞い、正面の視界が遮られる中……愛希はただ目の前に飛び込んできた何かをじっと見据える。
すると間も無く彼女の下へ、彼女を気遣うかの様な……優しい旋律が響いた。
「怖がらせちゃってごめんね、愛希ちゃん」
その声を聴いた途端、愛希の瞳が大きく見開かれる。
懐かしい声、優しい声色……それが明らかに敵では無い事を彼女は知っていた。
「……茶奈……?」
粉塵が重力に引かれて床へと落ちていき、視界を遮る物が消えていく。
そして尻餅を突いた愛希の目の前に姿を現したのは……見紛うこと無き、茶奈本人だった。
「うん……久しぶり!」
ニコリとした笑顔を見せる茶奈。
服装はボロボロだが、間違いなく久しく会わなかった親友。
そんな彼女を認識した愛希は落としていた腰を叩き上げるかの様に持ち上げ……茶奈へと向けて駆け出していた。
「茶奈ぁ!!」
そして二人は抱き合い、久しぶりの再会を喜び一杯の笑顔で飾ったのだった。
そんな時、またしても一つの黒点が空の彼方から現れ……茶奈の背後へと静かに飛び込んで来た。
タンッ……
「あ……」
抱き合っていた愛希が再び現れた者を前に、今度は冷静な声を漏らす。
茶奈に次いで現れたのは当然、愛希を呼んだ張本人の勇だった。
「愛希ちゃん、ごめん、突然呼び出して」
抱き合う二人の下へ歩み寄っていく勇の顔に浮かぶのはいつもの様な微笑み。
だがどこか緊張している様にも感じ取れた愛希は、そっと茶奈から離れると二人を前に真剣な面持ちを向けた。
「茶奈が居るって事は……何かあったんだ?」
今や愛希もれっきとした魔特隊の関係者だ。
【東京事変】で勇達の真実を知り、茶奈から隔絶の理由も聞いている。
ただ彼女は友人であるというだけだったから、行動の制限までされてはいなかった。
事情を知る彼女は、本来ここに居てはいけないはずの茶奈が目の前に現れた事で、何かしらの緊急性を直感的に感じ取った様だ。
「いきなりでごめん、でも詳しく説明している時間は無い。 こうやって来たのは、今起きてる問題を解決するには君の持っている情報が必要不可欠だからなんだ」
愛希が察したのを勇もわかったのだろう。
勇もまた真剣な面持ちを浮かべ、愛希の瞳を見つめる。
「愛希ちゃん、ミシェルさんとは今でもやりとりしてるよね?」
勇がそう尋ねると、愛希がそっと頷く。
彼女の反応を見るや否や、勇は言葉を連ねた。
「ミシェルさんの住所を教えて欲しい。 俺達は今から彼女に会いに行かなきゃいけない」
愛希にその願いを否定する理由など有りはしない。
ミシェルは勇の事も知っているし、彼に対して友好的なのも知っている。
そして今、心強いはずの勇が自分に助けを求めている事に……ただ応えたかったから。
愛希はそっとポケットへと手を突っ込み、スマートフォンを取り出す。
画面に触れて何やら操作をすると……何を思ったのか、スマートフォン自体を彼へと差し出したのだった。
「勇さんがスマホに登録するよりも私のスマホを直接使った方が早い。 マップにも登録されてるから、それを便りに向かって。 ロック設定も今解除しといた」
彼女は元々頭が回る方だったのだろう。
咄嗟の判断から、彼女は最善策を僅か短時間で導き出した様だ。
しかし彼女が思い付いた理由はそれだけに留まらない。
「勇さんのスマホ、多分追跡されてるよね? だから私が預かっとく。 勇さんがここに居るって事にしておけば何かしら誤魔化せるはずだから」
すると愛希は勇が取り出していたスマートフォンを半ば強制的に取り上げた。
追跡されているのは真実だ。
【東京事変】以降、監視の為に彼のスマートフォンは常に追跡されている。
今回は電源を落とす事で監視の目から逃れているが、それが続けば当然怪しまれる要因にもなる。
その可能性を示唆した勇は、愛希の提案の理由も加味し……彼女へスマートフォンを預ける事にしたのだった。
「ありがとう愛希ちゃん……この埋め合わせは―――」
「要らない。 けど、必ず帰って来て。 もちろん茶奈と一緒にね?」
相手は恐らく日本政府……愛希は既にそれに気付いていた。
故に彼等の行動失敗は再会を不可能とするだろう。
だからこそ愛希は彼等に全てを託したのだ。
二人とまた楽しく笑い合える日々に戻りたいから。
愛希のお陰で次のステップへの道筋が決まり、勇が勢いに乗る様に声を上げる。
「よし……茶奈、アメリカまでどれくらいで行ける?」
すると茶奈は考える間も無く、勇へと振り向き答えを返した。
「場所にもよりますが、おおよそ30分で行けます!!」
その数値の意味がわかるのは、地球という物がどの様な物体である事を理解している人間だけだろう。
少なくとも、その場に居る三人にはその意味はわかっていた。
だからこそ、二人を笑顔で送り出すつもりだった愛希があんぐりと口を開き、驚きの顔を覗かせる。
「ちょ、え? 30分って……!? ええ!?」
だがそんな愛希の慌てる声を聞き届ける事も無く、勇が彼女に鋭い視線を向けた。
「愛希ちゃん、これから俺の家に行ってそこで待機しててくれ。 出来れば親に事情を話して、心輝達の親も呼んで欲しい!!」
「あ、え!?」
ダンッ!!
そう言い切った直後……二人は空へと向けて跳んでいた。
そして遥か彼方で激しい爆発が巻き起こると、光の粒が一筋の閃光線を描きながら青空の中へと消えていったのだった。
「えぇ~……」
二人の事は知っているつもりだったが……更なる想像を超えた二人の力を前に、もはや呆れた声しか出せない愛希なのであった。
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