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第二十七節「空白の年月 無念重ねて なお想い途切れず」

~過去の再来~

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 店から出てきた勇達の手にはお土産の品が入った袋が握られていた。

 木彫りと言えば食器だけではなく……大抵の物が製作可能だ。
 彼等が買ったのは『あちら側』の動物を模した拳小サイズの彫像だった。
 茶奈が選んだのは、ウサギの様でウサギではない『あちら側』の動物の像。
 初めて彼女が出会った「謎生物」を模した物である。

 正直、お金を落とすなら何でもよかったのだろう。
 彼等の生活の足しになるのなら。
 とはいえ購入した商品はその店ではなかなか人気が高い様で……値段も張るが、躍動感溢れる造形には目を見張るものがあった。
 その様に彼等の工芸品は単に舐めたものではないと言われる物ばかり。
 観光客が沢山訪れるのも頷けるものだ。



 既に昼は後半……先程まで直上にあった太陽は僅かに傾いていて見える。
 昼食を摂っていた人々も各々の店から出始め、店内の席がちらほらと空く様を見せていた。

 そこは大きな広場。
 元々は広い国道の十字路であったが……共存街となってから車の往来が禁止となり、道路がそのままオープンスペースとして活用されているという訳だ。
 転移によって変質してしまった道路を覆う様に赤レンガが敷き詰められ、今ではビル街の中の憩いの広場という様な小洒落た空間を演出している。
 広さに対して往来する人々の数が多い訳ではないが……悠々と歩けるビル街というのも乙なものである。

 勇達は折角だからとオープンカフェの軒先にある椅子に腰を掛け、軽い昼食を堪能しようとメニューを取る。
 先程のスィーツ食べ放題から間も無くにも関わらず、メニュー表を覗く茶奈の目は好奇心で一杯だ。
 彼女の食べ物に関する話題なら事欠かないのが一つの強みだろう。

 メニューを選び、注文を行うと……二人は再び顔を合わせ、訪れた僅かな憩いの時間を会話で華咲かせる。

「そういえば、今日の場所にこの街を選んだのって何か理由があるの?」

 勇が頬杖を突き、机に身を乗り出す形で問い掛ける。
 すると茶奈はそっと首を引き、肩をすぼめて恥ずかしがる様を見せた。

「理由は二つほどあって……この場所、政府の人間は近づき難い所なんだそうです。 推進してはいますけど、官僚ほどここには来ません。 彼等がまだ心から魔者を受け入れていないって事なんだと思います」

 官僚や、政府の人間はいわば自身をエリートと自負する者が多い。
 そんな彼等がパフォーマンス以外でな場所へ足を踏み入れようなどとは思うはずもなく。
 渋谷は既に魔者が一つの主権を持つ行政特区……そこに住む者の票が政府に生きる訳ではないのだから当然である。

「だからここには監視の目が来辛いかなって……」
「なるほど……それはいいアイディアだね」

 しかし彼女の態度は未だ変わる事無く、もじもじとした仕草を見せたまま。
 次に続く言葉が見つからない様で……二人の間に僅かな静寂が包む。

「もう一つは……ですね……」

「うん?」

 僅かにしりすぼみを見せる茶奈を前に、勇が首を傾げて彼女を下から覗き込む様に見上げる。
 すると不意に二人の視線が合い……二人の顔に唖然とした表情が浮かぶ。

 それにハッとして気付いた茶奈が何を思ったのか表情を和らげ……優しい笑顔が再び姿を現した。

「……この場所は私達が初めて出会った街じゃないですか……あの時、勇さんが優しく声を掛けてくれて、その優しさに惹かれて付いて行ったらフララジカに巻き込まれて……」

「そうか……あれがあったから君も……」

 きっかけは些細なモノだった。
 ただ、一人項垂れて椅子に座る茶奈が心配で声を掛けた……たったそれだけ。
 
 たったそれだけで、二人は出会い、そして凄惨な現場に巻き込まれた。
 
 その出会いが無ければ今こうして話す事も無ければ、彼女や勇ですらこの場に居合わせる事など出来はしなかったかもしれない。
 それだけ、二人がここに至るまでに築いてきた道のりは……言う程までに

「あの時、この街で一杯辛い思いをして、それでも生き抜いて……こうして今、この場所で再び出会う……なんだか今日はまるであの時の再来みたいで……」

 茶奈が背もたれに寄りかかる様にして空を見上げ、懐かしむ様に空を仰いで想いを馳せる。
 勇も気付けば同様に青い空を見上げて健やかな笑顔を覗かせていた。



「こういうのって凄く……ロマンチックだと思いませんか?」
「うん、俺もそう思う……」



 当時の思い出は、思い出せば辛く、心に大きな傷を残した出来事だった。
 だが今、二人はそれを乗り越えてここに居る。
 ここに至るまでに起きてきた事すら乗り越えて、ここに居る。





 ……二人は……ここに





ズズズ……



 その時、僅かな感覚とも足る異音が周囲に響き渡る。
 感の良い魔者はすぐに気付き、周囲を見回し始めていた。

 そして勇達も……その感覚を本能的に感じ取り、その身を固めていた。



ズズズズ……



 次第に異音は振動音となり、気付いていなかった者達までが気付き始める。
 周囲には命力特有の白く淡いモヤがたちこめ、辺りの人々の動揺を買う。

 その状況を、勇達や魔者達は知っていた。
 勇と茶奈が途端立ち上がり、周囲を見渡して状況を再認識する。

「茶奈!!」

 途端、勇が近くの店舗へと向けて駆けようとするが……その反応に反して、茶奈は空を見上げて佇み続けたまま。

「これは……!?」

 その呟きはまるで茶奈が今起きている事の詳細を知っているよう。
 彼女のそんな様子を前に勇もまた立ち止まり問い掛ける。

「何か知っているのか!?」

 勇の叫びにも近い問いに、茶奈が見開いた眼を覗かせながらゆっくりと答えた。



「勇さん……世界はまだ、転移が続いているんです……以前よりもずっと短いスパンで……」



 茶奈の言葉の意味を前に、勇は凍り付く。
 世界の融合……フララジカは今、ほとんど動きを止めたのかと思っていた。
 テレビで報道が無かったのもあれば、そういった情報は一切インターネットにも流れてこない。
 デュゼローが推進しようとしたフララジカを止める方法が【救世同盟】によって実施され続ける限り、平和にならなくても世界が混ざり合い続ける事は無い……そう、思い込んでいたのだ。

 だが現実は得てして非情である。

「でもここはもう既に転移が行われて―――」
「場所とかそんなのはもう関係無いんです……!! 例え転移が行われた場所でも……まるでその恐怖を忘れない様にいさせるために……!!」



ゴゴゴゴ……



 二人が言葉を交わす中……次第に振動が周囲を包み、大きな地震となって渋谷の街を激しく揺らし始めた。
 普通の人では立つ事すらままならない状況で、勇達や魔者達はしっかりと地に足を付けて揺れに耐える。
 多くの人々が泣き叫び、助けを請う。
 そんな中、勇達は次の訪れるであろう瞬間に備えて力を体へ篭めさせていた。



ズズズズ……

 

 激しい揺れが収まり始め、辺りを覆うモヤも晴れていく。
 かつての出来事の再来とも言える状況に、勇の動揺の色は隠せない。
 何故なら……周囲は何も変わっていないから。
 人も店も、自身達ですらも……先程と変わらぬまま、その場に居続けていたから。

 それは以前とは明らかに異なる特異的な状況だった。

 だがそれすらも、茶奈は知っていた。



「その代わり、転移そのものは行われません……行われるのは―――」



 途端、茶奈が全身に命力全域鎧フルクラスタを展開し、戦闘モードへと移行する。
 衝撃で麦わら帽子が高く舞い上がり、周囲に生まれた風に乗って飛んでいく。
 伊達メガネもまた同様に弾かれ、地面へ落ちて砕けた。

 だが彼女の視線はずっと一つに絞られたまま。



 それは浮かんでいたモヤが収束し、地面に吸い込まれて行った場所。



 その時、地震とは異なる異様な振動が周囲に再び響き渡る。

ゴゴンッ!!
ガゴッ!!

 まるで岩と岩を打ち付けた様な、鈍く、それでいてけたたましく鳴り響く音。
 レンガブロック造りのお洒落な街路がせり出し、見る見るうちに何かへと形作っていく。
 次第にそれはしっかりとした造形となって……人々の前に姿を現した。

「―――彼等の……形成です……!!」



 その時姿を現したのは……いつか見た石の巨人【グリュダン】とだった……。


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