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第二十七節「空白の年月 無念重ねて なお想い途切れず」
~彼女に募りし願い~
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気付けば夕刻……日は沈み、辺りが暗さを伴い始める頃。
掃除を終えて片づけを済ませたレンネィがグラウンドへと足を運ぶ。
端に備えられたベンチに腰を掛け、僅かに涼しさを伴った空気を堪能するかのように……その背筋を背もたれへと大きく預けた。
「もう仕事終わった?」
すると……間も無く聞き慣れた声が彼女の耳に届く。
そこに姿を現したのは瀬玲、そして心輝と茶奈だった。
「うん、終わったわよぉ」
少し出勤が遅かったともあり、終わりの時間はいつもより遅め。
だが、どこかそれは好都合であるように……空の色を眺め、僅かに微笑む。
それに相対する茶奈達の格好は、いつに無い程にラフな格好。
瀬玲に至ってはノーブラノーパンのシャツ一枚とスパッツだ。
もちろんそんな格好に至ったのには理由がある。
「これで盗聴の心配は無いわ」
彼女がそう告げると、四人は小さく頷き合い……空を見上げながら会話を交わし始めた。
「勇は……茶奈の事、凄く心配していたわよ。 もうね、他の皆の事なんてそっちのけで……貴女の事ばかり」
「ええ……そんな……」
「きっと彼は貴女に会いたいんでしょうね。 いつも一緒にいた子がいなくなったんですもの、そう思うのも当然よ」
レンネィの言葉を聞くと、心輝と瀬玲も頷いて同調の意思を示す。
そんな三人を前に……茶奈が思わず俯き、両手の人差し指を絡み合わせる仕草を見せていた。
「茶奈は……どう思う?」
「えっ……」
唐突な質問に、茶奈の声が詰まる。
本当は、その気持ちなど誰にもわかるくらいにわかりきった事なのだろう。
でも、それを答えていいのかわからない、そんな気持ちが彼女の口を紡がせていた。
「茶奈……ちょっと話を聞いてもらってもいい?」
「は、はい……」
レンネィからの緩やかな問い掛けに、茶奈のみならず心輝と瀬玲も静かに耳を貸す。
夜空の静かな空気が、レンネィの優しい声色を乗せて……三人の心へと響いていく。
「私も、一度応えあぐねいて……時を逃した事があった。 その時はなんていうか、それでいいんだって思ってたから……それ以上は何も無かった。 けどね、もう二度とそのチャンスは訪れる事は無かったの」
「レンネィ……それは……」
それは彼女の過去の話。
心輝やアンディとナターシャだけが知る、凄惨な事実。
慕っていた人を助けられずに目の前で失った……今なお残る彼女の思い出。
「今はそれでいいと思っても、後でまた後悔する……それはきっと、後で自分の枷になる。 貴女にそんな生き方はしてほしくないって思ってる。 私みたいに過去に縛られて、自分を失う様な……そんな人間には成って欲しくないのよ」
でもそれを払拭する事が出来たから。
心輝が自身を顧みず、過程を顧みず……彼女を受け入れようとしたから。
だからこそ、彼女はこうやって言えるのだ。
茶奈がレンネィとは違う……純粋な子だから。
「レンネィさん……私……一歩、踏み出しても……いいんですか?」
その答えは当然決まっている。
「当たり前よ。 さ、どうしたいの?」
そしてその答えもまた―――
「会いたいです……私、勇さんに……会いたい……!!」
詰まる様な、枯れた様な……それでいて心の叫びにも足る、想いを乗せた一言。
茶奈の口からそれが放たれた途端……彼女の頬に雫が一筋軌跡を描く。
想いは強く仲間達に伝わり、その顔に万遍の笑顔を呼んでいた。
「なら、決まりね……」
「そうだな……」
「えっ?」
噴き出した感情のままキョトンとした顔を覗かせる茶奈に、仲間達が振り向く。
まるでその時を待ち焦がれていたかのように……仲間達の想いもまた決まっていた。
「実はね、ちょっとした情報筋からの情報で……茶奈に恩赦の外出許可が得られる事になるはずよ」
「え、そ、そうなんですか?」
「そう……だからね、そのチャンスを……これを使って生かしなさい」
するとレンネィがおもむろに右手を自分の胸元へと伸ばす。
そしてそれを豊満な胸の谷間へと潜り込ませていった。
まさぐり、そこから現れたのは……一台の小さなプリペイドフォン。
「こんな時の為にずっと用意していた物よ」
「わぁ……まるでスパイみたいだぁ」
わざとらしく相槌を打つ瀬玲に、心輝が堪らず「シシシ」と笑う。
「これなら盗聴の心配も無し。 場所は選ぶけど……ここで使えば問題無いわ」
レンネィが自身の座るベンチをてしてしと叩いてアピールする。
「日付が決まったら……これで彼に伝えなさい。 自分が何をしたいのか。 どうしたいのか。 彼もきっと、貴女の事を待っている。 今は貴女からしかアプローチする事が出来ないから……全ては貴女が決めなさい」
「レンネィさん……ありがとう……ございます……っ!!」
こうして、茶奈はレンネィからプリペイドフォンを譲り受けた。
懐に隠し、近い内に訪れるであろう機会を待ちながら……彼女は想いを巡らせる。
一隅のチャンスを勝ち取る為に……募った想いを形にする為に。
そしてその時は……遂に訪れた。
掃除を終えて片づけを済ませたレンネィがグラウンドへと足を運ぶ。
端に備えられたベンチに腰を掛け、僅かに涼しさを伴った空気を堪能するかのように……その背筋を背もたれへと大きく預けた。
「もう仕事終わった?」
すると……間も無く聞き慣れた声が彼女の耳に届く。
そこに姿を現したのは瀬玲、そして心輝と茶奈だった。
「うん、終わったわよぉ」
少し出勤が遅かったともあり、終わりの時間はいつもより遅め。
だが、どこかそれは好都合であるように……空の色を眺め、僅かに微笑む。
それに相対する茶奈達の格好は、いつに無い程にラフな格好。
瀬玲に至ってはノーブラノーパンのシャツ一枚とスパッツだ。
もちろんそんな格好に至ったのには理由がある。
「これで盗聴の心配は無いわ」
彼女がそう告げると、四人は小さく頷き合い……空を見上げながら会話を交わし始めた。
「勇は……茶奈の事、凄く心配していたわよ。 もうね、他の皆の事なんてそっちのけで……貴女の事ばかり」
「ええ……そんな……」
「きっと彼は貴女に会いたいんでしょうね。 いつも一緒にいた子がいなくなったんですもの、そう思うのも当然よ」
レンネィの言葉を聞くと、心輝と瀬玲も頷いて同調の意思を示す。
そんな三人を前に……茶奈が思わず俯き、両手の人差し指を絡み合わせる仕草を見せていた。
「茶奈は……どう思う?」
「えっ……」
唐突な質問に、茶奈の声が詰まる。
本当は、その気持ちなど誰にもわかるくらいにわかりきった事なのだろう。
でも、それを答えていいのかわからない、そんな気持ちが彼女の口を紡がせていた。
「茶奈……ちょっと話を聞いてもらってもいい?」
「は、はい……」
レンネィからの緩やかな問い掛けに、茶奈のみならず心輝と瀬玲も静かに耳を貸す。
夜空の静かな空気が、レンネィの優しい声色を乗せて……三人の心へと響いていく。
「私も、一度応えあぐねいて……時を逃した事があった。 その時はなんていうか、それでいいんだって思ってたから……それ以上は何も無かった。 けどね、もう二度とそのチャンスは訪れる事は無かったの」
「レンネィ……それは……」
それは彼女の過去の話。
心輝やアンディとナターシャだけが知る、凄惨な事実。
慕っていた人を助けられずに目の前で失った……今なお残る彼女の思い出。
「今はそれでいいと思っても、後でまた後悔する……それはきっと、後で自分の枷になる。 貴女にそんな生き方はしてほしくないって思ってる。 私みたいに過去に縛られて、自分を失う様な……そんな人間には成って欲しくないのよ」
でもそれを払拭する事が出来たから。
心輝が自身を顧みず、過程を顧みず……彼女を受け入れようとしたから。
だからこそ、彼女はこうやって言えるのだ。
茶奈がレンネィとは違う……純粋な子だから。
「レンネィさん……私……一歩、踏み出しても……いいんですか?」
その答えは当然決まっている。
「当たり前よ。 さ、どうしたいの?」
そしてその答えもまた―――
「会いたいです……私、勇さんに……会いたい……!!」
詰まる様な、枯れた様な……それでいて心の叫びにも足る、想いを乗せた一言。
茶奈の口からそれが放たれた途端……彼女の頬に雫が一筋軌跡を描く。
想いは強く仲間達に伝わり、その顔に万遍の笑顔を呼んでいた。
「なら、決まりね……」
「そうだな……」
「えっ?」
噴き出した感情のままキョトンとした顔を覗かせる茶奈に、仲間達が振り向く。
まるでその時を待ち焦がれていたかのように……仲間達の想いもまた決まっていた。
「実はね、ちょっとした情報筋からの情報で……茶奈に恩赦の外出許可が得られる事になるはずよ」
「え、そ、そうなんですか?」
「そう……だからね、そのチャンスを……これを使って生かしなさい」
するとレンネィがおもむろに右手を自分の胸元へと伸ばす。
そしてそれを豊満な胸の谷間へと潜り込ませていった。
まさぐり、そこから現れたのは……一台の小さなプリペイドフォン。
「こんな時の為にずっと用意していた物よ」
「わぁ……まるでスパイみたいだぁ」
わざとらしく相槌を打つ瀬玲に、心輝が堪らず「シシシ」と笑う。
「これなら盗聴の心配も無し。 場所は選ぶけど……ここで使えば問題無いわ」
レンネィが自身の座るベンチをてしてしと叩いてアピールする。
「日付が決まったら……これで彼に伝えなさい。 自分が何をしたいのか。 どうしたいのか。 彼もきっと、貴女の事を待っている。 今は貴女からしかアプローチする事が出来ないから……全ては貴女が決めなさい」
「レンネィさん……ありがとう……ございます……っ!!」
こうして、茶奈はレンネィからプリペイドフォンを譲り受けた。
懐に隠し、近い内に訪れるであろう機会を待ちながら……彼女は想いを巡らせる。
一隅のチャンスを勝ち取る為に……募った想いを形にする為に。
そしてその時は……遂に訪れた。
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