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第二十七節「空白の年月 無念重ねて なお想い途切れず」

~望み生まれし家族~

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 勇の一言でアンディとナターシャが乗り気を見せつける様に両手を振り上げる。
 そんな二人の間で、レンネィは静かに笑みを覗かせていた。

「んふふ、そうねぇ……頑張らなきゃ。 頑張らなきゃねぇ……?」

「レンネィさん……まさか……」

 その話の振りを待っていたかのように……レンネィの目が怪しく光る。
 そんな彼女の様子を前に、勇は思わず首を引かせた。

「私もさすがにこの世界の教育関係はわからないからねぇ……という訳で、最近まで学生だった勇にこの子達の家庭教師をやってもらおうと思って!!」
「出たよ!! 最初からそのつもりだっただろ!?」

 レンネィの魂胆を前に、堪らず勇の本音の口調が漏れる。
 それに対し、レンネィの顔には相変わらずのいじらしい笑顔がにんまりと浮かび上がっていた。

「経費も掛からない、顔馴染みで信頼も厚い!! これ以上に無い家庭教師でしょ!!」

 レンネィが「オッホホ」と高笑いを上げる。
 彼女の様子が誰かさんに似ている事に気付き、思わず勇がその目を座らせた。

「なんかやけに明るいと思ったら……そうか、レンネィさんシンの奴に似てきたんだな」

「あら、そう思う?」

 途端きょとんとした顔付きになるレンネィ。
 どうやら当人は自覚が無かった様だ。

「半年前くらいから急に仲良くなってたもんな……アイツに感化されちゃったんじゃないか?」

「ふふ……そうかもねぇ」

 しかしレンネィはそれを否定するどころか受け入れるかの様に柔らかな笑みを浮かべる。
 勇はそんな彼女の態度が妙に感じ、ソファーの背もたれにもたれ掛かる彼女の姿を目で追う。

 そっと脚を組み、太ももを摩る様に両手を乗せる彼女。
 ……まるで見てくれと言わんばかりに……。

 それに誘われるかのように勇の視線が彼女の両手へと向けられ……そこにある違和感に思わずその目を見開かせた。



 彼女の左手の薬指には……金色に輝く指輪がはめられていたのだから。



「そ、それって……!!」

 思わず勇が身を乗り出し、レンネィの左手に熱い視線を注ぐ。
 ようやく事で、彼女はその左手をそっと見せつける様に持ち上げた。

「これね、例の最後の一週間の時、シンから受け取ったの。 『後悔するくらいなら、過程なんてすっ飛ばしてでもやらなきゃなんねぇ事がある』ってね。 それがプロポーズの言葉。 アイツらしいでしょう?」

 レンネィが重傷を負ってから二人の仲は親密になったのは周知の事実だ。
 でも二人が付き合っているという話は無かった。
 つまり心輝は自身が言った通り、交際期間をすっ飛ばして彼女と結婚を申し込んだのだ。

 そして結婚指輪がそこにあるという事が、その結果という訳である。
 衝撃の事実に、勇の口が塞がらない。

 だが……それは衝撃的でも、事実の一つに過ぎない。
 そこから導き出される新たな事実……それは―――



「じゃ、じゃあ……アンディとナターシャは……心輝の……子供ォ!?」



 その叫びと共に、レンネィとアンディ、ナターシャが揃ってピースサインをビシっとキメた。

 勇が余りの驚きで顔を引きつらせる。
 それも当然だろう……目の前で起きている事実がありえない程に衝撃的だったのだから。

 詰まる所、目の前に居るのは、園部レンネィであり、園部アンディと園部ナターシャという訳である。
 そして子供達は父親となった心輝とはほとんど歳の差は無い。
 現在21歳の心輝、そして推定14~16歳のアンディとナターシャ。

 歳の差おおよそ5歳。

 もはやこれは親子というより友達と言った方が早いくらいの年齢差だ。
 そんな奇想天外とも言える展開に……驚かないはずが無い。

「ま、シンは『二人が外面的に親子である必要は無いし、いつも通りでいい』って言ってたけどねぇ」

 予想通りの反応を見せた勇に満足したのだろう、レンネィがニコリと笑みを見せながら肩を悦びで震わせる。
 アンディとナターシャもまんざらではない様で……彼女の語る真実に笑顔で応えていた。

 しかしそんな時、ふと勇の脳裏に疑問が浮かぶ。

 例の一週間はおおよそ半月前の出来事だ。
 アンディとナターシャが養子になったのはそれよりも後の話である。

「……あれ、レンネィさん……二人が養子になった事、シンは知ってるんですか?」

「えぇ、もちろん。 この話が決まった時に話したし」

 もう既に魔特隊のメンバーには外出・外部との連絡は禁じられている。
 ではどうやってレンネィは彼と会話したのだろうか。

 答えは簡単だった。

「あぁ、言ってなかったわね……私、魔特隊は除隊になったけれど、実績を買われて今は本部付けの施設管理役員の一人になったのよ」

「あぁ……そういう事……」

 レンネィの元々の出自はフェノーダラ……今は亡き『あちら側』の国。
 政府の不手際で救う事が出来なかった国の出身ともあり、彼女に対する温情は厚い。
 それに伴って彼女の実績、功績、そして職務態度から信頼に値するとして……彼女は特別にそういった役割が与えられたという訳である。

「もちろん内部の事は一切話せないし、重要な情報の閲覧は禁じられているけども」

「なるほど……でも良かった。 小嶋総理の事、少しは見直したかな」

 たちまち勇の口から漏れるのは、安堵から来る溜息。
 ただ切るのではなく、その後も考える……そんな対応を行った小嶋総理の采配に、勇はほんの安堵感を憶えていた。

「そういう訳だからこれからの心配は要らないわ。 フララジカの事は気掛かりだけどね」

「それは俺達にはもうどうしようもないですからね……剣聖さん達に全てを委ねるしかない」

 フララジカの解決策を追って姿を消した剣聖とラクアンツェ。
 二人の行方は未だ知れず……魔特隊を離れた今、それを知る術すら持ちえない。
 勇にはそれが心残りであったが、剣聖達であればきっと大丈夫だろうと信じる他無かった。

「そうね……だから私はこうして貴方を呼んで、魔特隊OBお茶会でも開催しようかなぁってね」

 言われて見ればそうだ。
 この場に居るのは揃って魔特隊から除隊された者達ばかり。
 そんな彼女の気遣いに、思わず勇の口元がはにかむ。

「それならそうと早く言ってくださいよ……まぁ、二人の教育くらいなら俺に出来る事はやってみるのも吝かじゃないですけど」

 魔特隊の時からアンディとナターシャの教育は彼に一任されてきたからこそ、その責任は今でもあると彼は思っている。
 だからこそ……レンネィに家庭教師の話を振られた時、既に彼はそれを引き受ける事を決めていた。

「ふふ、じゃあ『善は急げ』ね。 今日からお願いしようかしら」

「でも無償っていうのがなんか引っ掛かりますけどね」

「安心して、せめてご飯くらいは御馳走するから……あ、そうだ、ご飯作ってる途中だったの忘れてた!!」

 話に夢中で忘れてたのだろう。
 レンネィが慌てる様に立ち上がると、ダイニングキッチンへと速足で向かっていく。
 そんな様を三人は笑顔で見送り、彼女が調理する様を遠くから静かに眺める姿があった。





 それからおおよそ半年、勇が二人の家庭教師として集中的に教育を行い、なんとか彼等を一般的なレベルの教養を習得させるまでに至る事が出来たのだった。

 こうして、二人は【東京事変】から一年と三か月後……無事、東京のとある高校へと入学を果たす。
 制約はあるものの……自ら望んだ道を進み始めたのだ。



 制約とは、ナターシャが臨時要員として時折魔特隊の手伝いをするというもの。
 アンディの分も含めて。



 アンディはもう戦う事が出来なくなっていた。

 【東京事変】において彼が受けた右腕の傷はイシュライトによる連鎖命力陣によって癒えている。
 しかしイシュライトが言い残した通り……彼の右腕は完治が厳しい状態に陥っていた。

 その原因は彼の心にあるという。
 どうやら操る魔剣の能力【共感覚】が不幸にも体の構造の記憶をも共有してしまい、その影響で体が壊れた腕の構造の記憶を忘れて完治が出来なくなってしまったのだそうだ。
 簡単に言えば、彼の右腕は今、アンディの物ともナターシャの物とも言えるまぜこぜの腕となっている。
 外見上は普通の腕で動かすだけなら問題無いが、命力は通わないという訳だ。

 彼の心が自身の記憶を取り戻せれば治るかもしれない……イシュライトはそう言い残した。
 


 それでもナターシャは受け入れた。
 自身が慕う兄貴分の為に。
 アンディも自身の状況を受け入れ、彼女に魔剣を託した。

 魔特隊の外でもこうして変化が起きている。

 願おうと、願わずとも……。



 世界はなお、崩壊する事無く……動き続けている。


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