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第二十七節「空白の年月 無念重ねて なお想い途切れず」
~今そこにある平穏~
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東京都西部。
いつもながらの街並みが映り、生活を営む人々の姿が所々に見受けられる。
そんな住宅街の中にある一つの一軒家。
屋内、リビングのダイニングチェアに座る一人の女性の声が響く。
「―――勇君、シン君がテレビに出てるわよ」
その声を聞いたからか、それとも向かっていたのか……一人の男が屋内の階段をゆっくりと降りて姿を現した。
彼の名は藤咲 勇。
かつて起きた【東京事変】において、都庁を占拠した団体【救世】の首謀者デュゼローを激闘の末に打ち倒した者である。
そんな彼の今の姿と言えば……なんて事の無い、灰色のパーカーを羽織った一般人そのものだった。
『―――ええ、私達の活動は基本的に平和的解決が目的であり、戦うのはやむを得ない場合のみとなっています。 なので、争う事が目的の【救世同盟】とは根本から異なると言ってもいいでしょう』
彼等にとって聞き慣れた声が二人の間を割く様に響き渡る。
勇、そして声を上げた女性……彼の母親がリビングに置かれたテレビへと視線を移した。
そこに映っていたのは、彼等にとってよく知る人物であった。
……その態度や口調以外は……であるが。
「アイツ、最近随分と露出増えたな」
「魔特隊も印象良くしようとPR活動に必死みたいだしねぇ~」
テレビに映っているのは、かつて勇と共に戦った仲間の園部 心輝という男。
元々の彼は言うなれば『やんちゃな性格』なのだが……世間体を気にしてか、テレビなどに出演した時の彼の口調はこの様に大人らしい。
そこに、昔から彼を知る勇達はどこか違和感を感じざるを得ない様だ。
「ほんと、シン君も変わったわねぇ……こんな口調で喋れるような子じゃなかったのにね」
「変われるもんさ……これがアイツの望んだ形なんだろ。 二年前……色々あったからさ……」
園部心輝は二年前の【東京事変】で、妹「園部 亜月」を失った。
彼女は好きだった勇を守る為に【東京事変】を起こした首謀者デュゼローへ挑み、犠牲となったのだ。
世間的には被害者は居ない。
だが【東京事変】の関係者として唯一命を失った亜月。
その死は心輝にとって大きく変わる為の一つの要因となったのかもしれない。
「アイツも頑張ってるからさ……俺も負けられないな」
「そうねぇ……今日もロードワーク行くの?」
母親が僅かに首を寝かせながら振り向き、丸い瞳を勇に向ける。
すると勇は僅かに口角を上げ、僅かな微笑みを返した。
「あぁ、夕方には帰ってくるよ」
「そう。 じゃあお土産よろしくぅ」
「あはは……言うと思った」
勇は得意げに重ねた指を振って彼女へ返すと、靴を履き、玄関から外へと歩み出た。
その先に広がるのは前から変わらぬ光景……閑静な住宅街。
東京の一角……今なお変わらず、彼等の家はそこに在り続けている。
勇はゆっくりと小刻みに走り始め、そのまま街中へと消えていった。
後に残された母親は机に頬杖を突いてテレビを眺める。
相変わらず語り続ける心輝の声に耳を傾けながら、小さく声を漏らした。
「……茶奈ちゃん、元気にしてるかしらねぇ……会いたいわぁ……」
一つ溜息を吐くと……彼女は机に置かれた煎餅をつまみ、口に運ぶ。
食べ物を噛む姿は、どこか気力の抜けた様を見せていた。
そんな彼女の直上……屋内二階。
そこには彼女が漏らした人物の部屋もまた変わらず在り続けている。
日の光に当てられて姿を見せる埃が僅かに舞うも、手入れが行き届いた清潔な部屋だ。
だが……その部屋を使った痕跡は長い事刻まれてはいなかった……。
◇◇◇
タタタンタタンタタタッ!
広々とした室内に軽快かつリズミカルな音が鳴り響く。
その場所は勇が住む街にある『倉持ボクシングジム』の一室。
ボクシングだけではなく、エクササイズも視野に入れた一般向けトレーニングジムだ。
様々な機器な並び、多くの人が利用する中……そこで勇が一心不乱にパンチングボールを叩き続けていた。
パンチングボールとは縦に紐で繋がれた球状のサンドバッグの事で、叩くと弾かれるもすぐさま戻って来るので素早く連続で叩く事が出来るという道具だ。
だが勇が叩くそれは一般的な物とは明らかに違っていた。
備え付けられたワイヤーは安物とは違い、明らかに剛性を感じる造りのもの。
バッグ自体も、布というよりもまるでゴムの塊の様な質感を持った普通ではない代物であった。
その様な道具を軽快に叩き続ける勇を、周囲の人々が静かに食い入るように見つめる。
それは好奇か、それとも畏怖か……彼等にとって、その光景はただただ異様だったから。
何故なら……そのパンチングボールは一般人なら簡単に突いた程度では微塵も動きはしない程に強固な物だったから。
だが、勇の素早く繰り出す素の拳が一発一発激しく球を弾き、紐が大きく引かれているのだ……驚きもしよう。
ッタァーン!!
そして最後の一発。
僅かに力を増した一撃がボールを突く。
途端、今まで以上に弾かれた球が大きく引き絞られ―――
―――先程よりも速い速度で勇目掛けて襲い掛かった。
ッパァーーーーーーン!!
その瞬間……激しい衝撃音が鳴り響き、周囲の者達が息を飲む。
だが、当の勇は……至って平然な顔付きであった。
襲い来る球の側面を、勇の左手が掴んで止めていたのである。
己の拳の反力すら掴んで殺す事。
その真の意味を理解出来る者は、部屋の中には誰一人として居はしない。
球から僅かに立ち上る煙が……その事実を静かに物語る。
そんな時、勇の背後……室内に続く階段の下から一人の男性が姿を現した。
「やぁ勇君、今日も精が出るねぇ」
「あ、倉持オーナー……すいません、使わせてもらってますよ」
軽快な声に気付き、勇が振り向き笑顔で応える。
彼は倉持……このボクシングジムを経営する人物だ。
小太りで背は低め、角刈りで如何にもオッサン的な風貌だが、芯はしっかりしている。
とある事がキッカケで【東京事変】前から勇と面識があり、こうして事実を知った今もこの様に関係が続いているという訳である。
「いやいや……ここの機器は全部君の融資で揃えた物だから好きに使ってもらって構わんよ」
そう答える倉持の顔に笑顔が浮かぶ。
【東京事変】以降、魔特隊であった勇に関わっていたという事で倉持ボクシングジムも多少なりに悪影響が出ていた。
その責任を感じ、勇は詫びを兼ねて彼に融資する事を決めた。
だが倉持自身はタダで貰う訳にはいかないと返し、今こうして勇が通う事を受け入れているという訳だ。
「そういや……ロードワークはもう行ったのかい?」
「いえ、事前に体を解そうと思いまして……」
「そうかぁ……そういやアイツそろそろ帰ってくる頃合いだよな、もう会ったのか?」
「路上で少しね。 帰って来るまでやっておこうかなって」
「露骨に避けるなぁ……少しぐらいつきあってやってくれよぉ」
倉持がそう言う人物……それは池上光一という男だ。
このボクシングジムに通う人物で、勇とも面識がある。
そもそもこのジムに来る様になったのは池上がキッカケではあるが。
ダダァーーーン!!
そんな折、鈍さを含んだ激しい音が階下で鳴り響く。
何者かが扉を強く開いた音だ。
「おーい、藤咲ィ!! 帰ったからスパーやろうぜぇーーー!!」
噂をすれば影……池上の帰還である。
途端、勇と倉持の眉間にシワが寄る。
でもどこか嬉しそうに……勇の口角は上がっていた。
「んじゃ、俺行きますね」
「あ、あぁ……今日はどこまで行くんだい?」
そう問われると、勇は思わず顎に指を充てて首を傾げた。
どうやら目的地までは決めていなかった様だ。
「うーん……じゃあ千葉辺りかな、何かお土産買ってきますよ」
「はは……いつもすまないね」
勇はそう応え、階段を駆け下りていく。
途中池上に声を掛けられたのだろう……が、面倒臭そうに手を払いながらジムの外へと退出していった。
「彼はいつも変わらんなぁ……いや、きっとこれでいいんだろう。 世界が変わり過ぎたから……」
倉持は意味深な呟きを漏らしつつ、去っていく勇の背を見つめ続ける。
その瞳はどこか、寂しさを孕む輝きを伴っていた。
いつもながらの街並みが映り、生活を営む人々の姿が所々に見受けられる。
そんな住宅街の中にある一つの一軒家。
屋内、リビングのダイニングチェアに座る一人の女性の声が響く。
「―――勇君、シン君がテレビに出てるわよ」
その声を聞いたからか、それとも向かっていたのか……一人の男が屋内の階段をゆっくりと降りて姿を現した。
彼の名は藤咲 勇。
かつて起きた【東京事変】において、都庁を占拠した団体【救世】の首謀者デュゼローを激闘の末に打ち倒した者である。
そんな彼の今の姿と言えば……なんて事の無い、灰色のパーカーを羽織った一般人そのものだった。
『―――ええ、私達の活動は基本的に平和的解決が目的であり、戦うのはやむを得ない場合のみとなっています。 なので、争う事が目的の【救世同盟】とは根本から異なると言ってもいいでしょう』
彼等にとって聞き慣れた声が二人の間を割く様に響き渡る。
勇、そして声を上げた女性……彼の母親がリビングに置かれたテレビへと視線を移した。
そこに映っていたのは、彼等にとってよく知る人物であった。
……その態度や口調以外は……であるが。
「アイツ、最近随分と露出増えたな」
「魔特隊も印象良くしようとPR活動に必死みたいだしねぇ~」
テレビに映っているのは、かつて勇と共に戦った仲間の園部 心輝という男。
元々の彼は言うなれば『やんちゃな性格』なのだが……世間体を気にしてか、テレビなどに出演した時の彼の口調はこの様に大人らしい。
そこに、昔から彼を知る勇達はどこか違和感を感じざるを得ない様だ。
「ほんと、シン君も変わったわねぇ……こんな口調で喋れるような子じゃなかったのにね」
「変われるもんさ……これがアイツの望んだ形なんだろ。 二年前……色々あったからさ……」
園部心輝は二年前の【東京事変】で、妹「園部 亜月」を失った。
彼女は好きだった勇を守る為に【東京事変】を起こした首謀者デュゼローへ挑み、犠牲となったのだ。
世間的には被害者は居ない。
だが【東京事変】の関係者として唯一命を失った亜月。
その死は心輝にとって大きく変わる為の一つの要因となったのかもしれない。
「アイツも頑張ってるからさ……俺も負けられないな」
「そうねぇ……今日もロードワーク行くの?」
母親が僅かに首を寝かせながら振り向き、丸い瞳を勇に向ける。
すると勇は僅かに口角を上げ、僅かな微笑みを返した。
「あぁ、夕方には帰ってくるよ」
「そう。 じゃあお土産よろしくぅ」
「あはは……言うと思った」
勇は得意げに重ねた指を振って彼女へ返すと、靴を履き、玄関から外へと歩み出た。
その先に広がるのは前から変わらぬ光景……閑静な住宅街。
東京の一角……今なお変わらず、彼等の家はそこに在り続けている。
勇はゆっくりと小刻みに走り始め、そのまま街中へと消えていった。
後に残された母親は机に頬杖を突いてテレビを眺める。
相変わらず語り続ける心輝の声に耳を傾けながら、小さく声を漏らした。
「……茶奈ちゃん、元気にしてるかしらねぇ……会いたいわぁ……」
一つ溜息を吐くと……彼女は机に置かれた煎餅をつまみ、口に運ぶ。
食べ物を噛む姿は、どこか気力の抜けた様を見せていた。
そんな彼女の直上……屋内二階。
そこには彼女が漏らした人物の部屋もまた変わらず在り続けている。
日の光に当てられて姿を見せる埃が僅かに舞うも、手入れが行き届いた清潔な部屋だ。
だが……その部屋を使った痕跡は長い事刻まれてはいなかった……。
◇◇◇
タタタンタタンタタタッ!
広々とした室内に軽快かつリズミカルな音が鳴り響く。
その場所は勇が住む街にある『倉持ボクシングジム』の一室。
ボクシングだけではなく、エクササイズも視野に入れた一般向けトレーニングジムだ。
様々な機器な並び、多くの人が利用する中……そこで勇が一心不乱にパンチングボールを叩き続けていた。
パンチングボールとは縦に紐で繋がれた球状のサンドバッグの事で、叩くと弾かれるもすぐさま戻って来るので素早く連続で叩く事が出来るという道具だ。
だが勇が叩くそれは一般的な物とは明らかに違っていた。
備え付けられたワイヤーは安物とは違い、明らかに剛性を感じる造りのもの。
バッグ自体も、布というよりもまるでゴムの塊の様な質感を持った普通ではない代物であった。
その様な道具を軽快に叩き続ける勇を、周囲の人々が静かに食い入るように見つめる。
それは好奇か、それとも畏怖か……彼等にとって、その光景はただただ異様だったから。
何故なら……そのパンチングボールは一般人なら簡単に突いた程度では微塵も動きはしない程に強固な物だったから。
だが、勇の素早く繰り出す素の拳が一発一発激しく球を弾き、紐が大きく引かれているのだ……驚きもしよう。
ッタァーン!!
そして最後の一発。
僅かに力を増した一撃がボールを突く。
途端、今まで以上に弾かれた球が大きく引き絞られ―――
―――先程よりも速い速度で勇目掛けて襲い掛かった。
ッパァーーーーーーン!!
その瞬間……激しい衝撃音が鳴り響き、周囲の者達が息を飲む。
だが、当の勇は……至って平然な顔付きであった。
襲い来る球の側面を、勇の左手が掴んで止めていたのである。
己の拳の反力すら掴んで殺す事。
その真の意味を理解出来る者は、部屋の中には誰一人として居はしない。
球から僅かに立ち上る煙が……その事実を静かに物語る。
そんな時、勇の背後……室内に続く階段の下から一人の男性が姿を現した。
「やぁ勇君、今日も精が出るねぇ」
「あ、倉持オーナー……すいません、使わせてもらってますよ」
軽快な声に気付き、勇が振り向き笑顔で応える。
彼は倉持……このボクシングジムを経営する人物だ。
小太りで背は低め、角刈りで如何にもオッサン的な風貌だが、芯はしっかりしている。
とある事がキッカケで【東京事変】前から勇と面識があり、こうして事実を知った今もこの様に関係が続いているという訳である。
「いやいや……ここの機器は全部君の融資で揃えた物だから好きに使ってもらって構わんよ」
そう答える倉持の顔に笑顔が浮かぶ。
【東京事変】以降、魔特隊であった勇に関わっていたという事で倉持ボクシングジムも多少なりに悪影響が出ていた。
その責任を感じ、勇は詫びを兼ねて彼に融資する事を決めた。
だが倉持自身はタダで貰う訳にはいかないと返し、今こうして勇が通う事を受け入れているという訳だ。
「そういや……ロードワークはもう行ったのかい?」
「いえ、事前に体を解そうと思いまして……」
「そうかぁ……そういやアイツそろそろ帰ってくる頃合いだよな、もう会ったのか?」
「路上で少しね。 帰って来るまでやっておこうかなって」
「露骨に避けるなぁ……少しぐらいつきあってやってくれよぉ」
倉持がそう言う人物……それは池上光一という男だ。
このボクシングジムに通う人物で、勇とも面識がある。
そもそもこのジムに来る様になったのは池上がキッカケではあるが。
ダダァーーーン!!
そんな折、鈍さを含んだ激しい音が階下で鳴り響く。
何者かが扉を強く開いた音だ。
「おーい、藤咲ィ!! 帰ったからスパーやろうぜぇーーー!!」
噂をすれば影……池上の帰還である。
途端、勇と倉持の眉間にシワが寄る。
でもどこか嬉しそうに……勇の口角は上がっていた。
「んじゃ、俺行きますね」
「あ、あぁ……今日はどこまで行くんだい?」
そう問われると、勇は思わず顎に指を充てて首を傾げた。
どうやら目的地までは決めていなかった様だ。
「うーん……じゃあ千葉辺りかな、何かお土産買ってきますよ」
「はは……いつもすまないね」
勇はそう応え、階段を駆け下りていく。
途中池上に声を掛けられたのだろう……が、面倒臭そうに手を払いながらジムの外へと退出していった。
「彼はいつも変わらんなぁ……いや、きっとこれでいいんだろう。 世界が変わり過ぎたから……」
倉持は意味深な呟きを漏らしつつ、去っていく勇の背を見つめ続ける。
その瞳はどこか、寂しさを孕む輝きを伴っていた。
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