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第二十六節「白日の下へ 信念と現実 黒き爪痕は深く遠く」

~伝えたいよ、この気持ち~

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 心輝が今、猛る。
 白き炎を身に纏い、これ以上に無い闘志を漲らせながら。

 対するギューゼルはもはや戦慄を隠せない。
 まさに不死鳥の如き登場を果たした存在を前にして。

 ただ、驚いている理由はきっとそれだけでは無い。

 先程、ギューゼルは宣った。
 茶奈や心輝には己の防御を突破出来る力は無いのだと。
 それでも茶奈が突破出来たのは、【アストラルエネマ】という特殊技能があったからで。
 その出力を前にすればそう至るのも必然だったのだろう。

 でも心輝は違う。
 そんな特殊技能も無ければ、特別命力が高い訳でも無い。
 戦闘技術に優れている訳でも無ければ、それほど信念が強い訳でも無い。

 なら何故か。

 それがわからない。
 わからなくて、理解出来なくて戦慄している。
 長年生きて来て初めて見る体験だったからこそ。
 
「なんなのだ、キサマはッ!!」

 ただ、そうであろうとも負ける訳にはいかない。
 そんな想いがギューゼルを突き動かさせる。
 破片を撒き散らしながら、壁に埋まったその身を押し出して。
 目の前の敵に再び闘志を燃やして。



 ただし、その目の前の敵とやらは既に懐だが。



「なんッだとッッ―――」

 無駄の無い、鋭い接敵だった。
 音も無く、認識させる間も与えない程の。

 いや違う。
 音を感じさせるより、ただ速いだけだ。

バグォンッッッ!!!

 ただ愚直に、ただ真っ直ぐに。
 そうして突き出された拳が、ギューゼルの腹へと捻じり込む。

「グゥオアアアッ!!?」

 あの心輝が再びギューゼルの防御を貫いた事によって。
 それを体現する力が、白炎にあったからこそ。

 そしてその勢いは留まる事を知らない。
 たちまち反動を利用した拳一閃がギューゼルの胸甲へと打ち込まれる。

ガッキャァァァーーーンッ!!

 そこはさすがの魔剣装甲か、砕く事は出来ない。
 それでもその衝撃、打撃は内部にまで響き渡る。
 ギューゼルに再びの吐血を誘発する程に激しく。

 魔剣【マルクアルグ】は確かに圧倒的な防御力をもたらしてくれるのだろう。
 しかしそれは決して全てを防いでくれるという訳ではない。
 衝撃や熱、慣性などの副作用は受け流してくれないのだ。
 その性能だけで言えば、魔装よりもずっと簡素と言える。

 それらも強靭な肉体があればこそ。
 強靭な肉体ならば、その様な作用など跳ね返す事が出来るだろう。

 だがそれが今、貫かれた。
 ならばもう、魔剣の防御力に意味など成しはしない。

 たちまち胸元がメキメキと軋みを上げていて。

「ごぉふッ!!」

 白炎で焼ききれない程の吐血が吹き出し、心輝へ降りかかる。
 それだけの威力が今の二連撃にあったからこそ。

 でも。
 それでも。
 なおギューゼルは諦めない。

 その二連撃の直後、影が心輝を覆う。
 巨体が強引に前傾し、巨大な頭を振り下ろしていたのだ。

ガッゴォッ!!

 強烈な頭突きである。

 手足に限らず、頭までをも殺傷武器へと換える。
 体を強靭とさせる魔剣あってこその攻撃と言えよう。

 その衝撃は凄まじく、万全状態ははずの心輝を床へと叩き付ける事に。

 しかもそんな心輝へと更なる追撃が。
 巨大なつま先を蹴り込んでいたのだ。

ドッッゴォォッッ!!!

 例え弱っていようが関係無し。
 力を振り絞って打ち抜けば、心輝の体など砕くに容易い。

 直後にはその体が再び壁を跳ねて宙を舞っていく。
 先程の光景にデジャヴを重ねてしまいそうな力無き姿で。

「オグ、うゥお……」

 ただ、ギューゼルも満身創痍だ。
 素直に喜べない程に。
 立つ事さえ苦痛を伴う程に。

 とはいえ、これで魔特隊三人組は全員倒れた。
 ならばもう憂いは無いだろう。



 そう、思っていた。

 そう思っていたのに。

 その認識は間も無く、塗り替えられる。



「ハァァァーーーーーーッッ!!!」

 なんと茶奈が、構内の奥から駆け抜けてきていたのである。
 それも、先程にも劣らない極光裂波の超速度で。

「あ、あああッ!?」

 故にこの時、ギューゼルは恐怖した。

 長い年月を経て忘れていた感情を取り戻したのだ。
 【魔烈王】の銘を冠してから抱く事も無かった感情を。

 その感情が巨体を退かせる。
 本能が、感情が、異常信号を発した所為で。

「なっ、なぜだあッッッ!!??」

 茶奈の足は先程折ったはず。
 なのに今、全力疾走で迫ってきている。

 〝人間ではない、化け物か〟
 〝コイツも不死身なのか〟
 そんな疑念が異常信号を発したのだ。
 有り得ない、常識を超えた存在が迫って来るのだと。

 そこから予感したのは、終わりなき猛攻。
 自分が倒れるまで終わらない、永遠に勝てない戦いだ。

 そう予感させる程に、茶奈達の勢いが凄まじかったからこそ。



「なぁぜだァァァーーーーーーッッッ!!!??」



 それでも応じなければならない。
 戦いを辞める訳にはいかない。
 脅迫概念にも近い衝動が、ギューゼルの身を絶望のままに揺り動かす。

 間も無く裂光拳が肩に撃ち込まれ、骨が、筋肉が軋んで砕けて千切れゆく。
 それでもなお意思が抗う事を止めず、その身を回しては裏拳を見舞って。
 弾いて退かせば、またしても驚愕が襲い来る。

 心輝が、空からまたしても飛び掛かって来たのである。
 しかも更に強大な白炎を巻き上げて。

 炎が体を焼き、打撃が肘を貫く。
 それでもなお抗い、叩き飛ばして。

 その間にも茶奈が膝を打ち、腰を落とさせる。
 それでもなお抗い、地面に叩き伏せて。

 それでもなお、二人が飛び掛かって来る。

 止まらない。
 終わらない。

 何度叩いても、打ち上げても。
 殴っても蹴っても握り潰しても。
 幾度に吹き飛ばそうとも、何度も帰ってくる。

 その現実を前にして、ギューゼルの顔がとうとう絶望の蒼白へ。
 いっそ負けた方が良いのではないか、そう思えてしまう程に。

 しかし体は止まらない。
 本能が止めてくれない。
 きっと四肢が千切れても止まらないのだろう。
 そんな自身の培ってきた本能さえもが恐怖を押し上げる。



「あ、あり、えん……は、本当に、不死―――はッ!?」



 だがこの時、遂にギューゼルが気付く。
 茶奈達の不死身の秘密、そのからくりに。
 その根源であろう存在に。

 迫る相手が〝二人居ない〟という事実に。

「まさか……まさかあッ!!」

 その直感が、予感が、再び体に力を取り戻させて。
 たちまち身を屈ませ、一気に宙へと飛び上がる。
 茶奈が慌てて見上げるその中で。

 そしてギューゼルは見た。
 そのからくりの正体を。

 瀬玲が心輝に命力を送り込むその姿を。

「やばっ、バレたッ!!」

 そう、全ては瀬玲の企み通りだった。
 やられたフリをして二階に潜んでいて。
 【連鎖命力陣ブラデューラン】によって二人を即時再生し、密かに送り込んでいたのだ。



 この秘術の強みは何と言っても驚異の治癒能力だろう。
 傷を負って間も無くならば、即時に元の形へ戻す事が出来る。
 体が、意識が傷を認識していないからだ。

 しかもおまけに命力の補給まで容易に行えるという。
 そこに茶奈が入れば、無限の命力を循環させて全快可能で。
 後は繰り返し交互に治癒させるだけで、この戦術は完成する。

 そう、これが瀬玲の示した作戦。
 圧倒的な格上を相手にする為の捨て身戦法。

 その名も、【魂を敵に捧げよソウルバララージ】作戦。

 常に全力でぶつかり、打ちのめされても再生して繰り返す。
 そうすれば如何な相手だろうといつかは力尽きるだろう。

 茶奈達の強靭な精神力だからこそ出来る、常軌を逸した戦術なのである。



「ま た し て も キ サ マ かあああーーーーーーッッッ!!!!」



 しかしそんなからくりを見せつけられて、ギューゼルが猛らない訳も無い。
 残る力を振り絞り、跳び上がった勢いのままに瀬玲達へと飛び掛かる。

バッギャァァァン!!!

 間も無く拳が二階床を打ち抜き、破片を撒き散らす事に。
 もちろん、瀬玲も心輝も避けた後だが。

 とはいえもうギューゼルの猛りは収まらない。
 その眼は離れ飛ぶ瀬玲一身にむけられたままだ。

 欺かれれば怒りもしよう。
 例えその秘術の正体を知らなくとも。
 ここまで追い詰められたのならば当然だ。

「貴様が何をしたのか知らぬがァッ!! バラバラに引き千切ってしまえばもはや何も出来ぬゥーーーッ!!」

 満身創痍であろうとも、今の瀬玲を砕くには充分な力が残っている。
 ならばその力を振り絞って瞬殺すればいい。

 その猛りが遂に瀬玲へと身を跳び込ませる事に。



 でも、こうして飛び込んだのはギューゼルが何も知らないからだ。
 瀬玲がそれさえも想定出来る、したたかな女であるという事を。



 掴み取らんばかりの勢いで、ギューゼルの両腕が瀬玲に迫る。
 壁に追い詰められた瀬玲へと向けて。

 そうして肉迫した時に初めて気付くだろう。
 追い詰めていたのが自分ではなく、瀬玲だったという事に。

 その不敵な笑みを前にして。



ギャギャギャギャァァァンッ!!!



 この時、突如として二人の空間が烈風音と共に虹色へと包まれる。
 なんと壁から無数の光刃が突き出してきたのだ。
 それも瀬玲だけを避け、ギューゼルの各所を貫きながら。

 そう、これも瀬玲の張った罠の一つ。
 その正体は、無数の光槍を一挙に突き刺す【幻虹閃光陣プリズマエリアライズ】の応用だ。
 それも魔剣無しで実現するという。

 戦闘当初にこの技を使っても、きっとバラバラに砕かれるだろう。
 しかし今は違う。
 茶奈と心輝がこれ以上に無く弱らせていたからこそ、砕く事はままらない。
 それどころかまともに動く事さえ出来ず、笑みを向ける瀬玲を前にして唸りを上げるのみ。

 しかもそこに、心輝の炎の縄もが加われば―――もはや不動は免れない。

「ぐぅおおおッッ!!?」

「今だあああーーーッ!!」

「茶奈ーーーッッ!!」

 でもこれらは所詮、前準備に過ぎない。
 魔特隊が勝利を収める為の。

 決定的な一撃を与えるのは他でも無い―――茶奈だからこそ。

 この時、茶奈が階下で携えるのは魔剣。
 半月の刃を持つ杖型魔剣【イルリスエーヴェ】だ。

 しかしてその特異な形状は決して砲撃を行う為のものではない。
 茶奈の弱点である白兵戦を補う為の、いわば前衛的意匠だからこそ。

 その刃が象る力の形こそ、万物を斬り裂く刃となろう。



 この時顕現せしは、超巨大光刃。 
 己の身の何十倍もあるという、裂断不可避の輝光大刀である。



 その輝き、太陽が如し。
 その威力、推し量れず。

 それこそ【エベルミナク】の光刃など話にならない。
 勇の【片翼の光壁】さえも圧倒する程に強大無比。

 その様な刃が今、茶奈の意思の下に振り上げられる。

 二階床を裂いて、建物をも裂いて。
 何もかもを消し飛ばし、ギューゼルへと迫り行く。

「う、お、おあああ!!?」

 圧倒的な力を誇っていた鬼神を今、断ち切る為に。



ズガゴゴゴッッッ!!!!



 そしてその巨大刃が振り上げられた時―――



 ギューゼルの両腕が遂に、一刀の下で断ち切られたのだった。


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