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第二十六節「白日の下へ 信念と現実 黒き爪痕は深く遠く」

~あの日伝えてくれた~

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 デュゼローによる迫真の演説は、瞬く間に世界に激震をもたらす事となる。
 現代の倫理観を根底から覆しかねない事実だったが故に。

 その震源地である日本では、放送直後から大きな変化を見せ始めていて。
 国の中枢とも言える総理官邸では、既に多くの報道陣が詰め寄っていた。
 日本のみならず、海外メディア記者なども含めた多くの者達が。

 彼等の目的は緊急記者会見。
 今回の騒動に対する政府見解を発表する為に急遽集められたのである。



 これは、魔特隊本部襲撃直前の出来事。
 世界が注目する中で、日本政府の発表が遂に始まる。



「―――間も無く緊急記者会見が始まろうとしています。 先程の声明に対する政府見解がどの様なものなるかは予想も付かず、注目を禁じ得ません」

 会見場に緊張が包む。
 時間までの間延びを並べるリポーター達も、揃って声色がおどおどしく静かめだ。

 するとそんな中、会場の奥からスーツ姿の男が現れて。
 たちまち会場にフラッシュの嵐が巻き起こり、背景を幾度と無く白に染め上げる。

 現れたのは中野なかの官房長官という人物。
 総理の代行として、この様な場で会見を務める事が多い重役である。

「皆さんご静粛に願います。 また重要な話となりますので、私語等慎むよう願い申し上げます」 

 そんな者が壇前に立って間も無くに場を制し始めていて。
 落ち着いている様には見えるが、手を翳す仕草がぎこちない所は隠せていない。
 どうやら中野自身も緊張を隠せない様だ。

 ただ、重大な話である事は報道陣側も重々承知らしい。
 間も無く雑音が周囲から消えていく。

「では……本日行われました、【救世】と名乗るテロリストグループ代表者であるデュゼロー氏の声明に対し、日本政府からの公式見解を発表致します」

 声の代わりに上がったのは、シャッターを切る音だ。
 同時に再びフラッシュも打ち上がり、手の動きだけはどうにも止まらない。

 とはいえ中野も馴れているのだろう。
 光が絶え間無く瞬く中、怯む事も無く一枚の紙へと視線を向ける。
 全員が見える様に、堂々と両手で持ち上げながら。



「結論から申しますと―――声明の内容は論理的、科学的根拠の無い出まかせに過ぎません。 つまり、彼等の言う『世界の滅亡』論は事実無根です」



 そうして伝えられたのは詰まる所、デュゼロー説の否定である。
 それも当然か、これが現在の世界における共通認識なのだから。

 しかしそれで納得出来る訳もないのがメディアというものだ。
 慎んでいたはずが、たちまち場に喧騒を呼び込む事に。

「政府得意の水掛け論か!」
「根拠を見せろー!」

 そんな野次が飛び交い、場の空気を掻き乱す。
 彼等の中にもデュゼローの話に感化された者が居たのだろうか。

 ただ、野次を投げ付けられた中野はと言えば、表情一つ変える事も無かったが。

「世界各国では現在も、変容事件に関する科学的な観測や立証を試みております。 ですが未だ究明には至っておらず、根拠を示す事が出来ていません。 ですが、それはデュゼロー氏もまた同様なのです」

 馴れているという事もあったが、こうして語る事もまた真実であるが故に。

 今まで魔者の凶暴性に関しては伏せられてはいただろう。
 でも、『あちら側』の文化に関しては比較的真実に近い情報を公開している。
 地球の時代に当て嵌め、中世前期あるいはそれ以前の文化しか無いのだと。

 つまり、現代の認識では『あちら側』の者達は原始人扱いなのだ。
 なればこの政府見解にも説得力が生まれよう。

 その事実が報道陣を押し黙らせる事となる。
 原始人が科学的根拠を導けるなど、誰も思う訳も無いのだから。

「彼等がその結論に至った経緯なども不明な点が多々存在します。 例えば、望遠鏡すら造れない彼等がどうして星の事を知ったのか。 どうやって異次元の世界を認識出来たのか。 魔法を使って判明したと言えばそうなるかもしれませんが、それではファンタジーです」

 そう、デュゼローの理論は詰まる所の空想理論ファンタジシティに過ぎない。
 妄想、あるいは話を繋ぎ合わせただけのお伽話だ。
 例え古代にそれを証明出来る超文明空島が存在していたとしても。

 辻褄が合わなければ、ただの空論でしかない。

「また、確かな情報筋からの話では、彼等の文化が〝創世神への信仰〟を母体として形成されている事が判明しており、非科学的な論拠によって導き出された答えである事は明確です。 それらの証拠から、我々はこう結論付けたという訳です」

 故に政府見解は間違ってはいない。
 少なくとも、事実を根拠としている以上は。

 これもまた誰もが覆す事の出来ない、正論なのである。

「日本政府とテロリストのどちらを信用するか。 現代科学と未知の宗教のどちらを信頼するか。 それは問うまでも無いでしょう。 以上が声明に対する政府見解となります」

 この結論に対して反論する者は居ない。
 それ程までに隙の無い回答だったからこそ。
 話の正誤を証明する事など誰にも出来はしないのだから。

 だからこそ皆が首を捻る。
 〝では何故デュゼローはああしてまで声明を行ったのか〟と。

 都庁を制圧するまでして世界に知らしめるという事。
 その行動は声明内容と一貫している。
 計画性と準備規模から考えても。
 とても原始人がやったとは思えない程に、現代人顔負けの行動力で。

 そこから既に説得力が存在している。
 根拠を突き抜ける程に。
 そこが皆どうしても腑に落ちなかったのだろう。

 ただ、そんな好奇心も間も無く別へと移される事になるが。

「それでは質疑応答となります。 質問希望の方は手を上げ、指名された場合は所属と名前の告知をした上で質問願います」

 そう、待望の質疑応答質問タイムである。
 自分達が最も知りたい事を訊ける瞬間だ。

「では……」

 その中で空かさず手を挙げたのは、マイクを携えた一人の男。
 胸に日之本テレビのロゴ章を携えたリポーターだ。

 中野が空かさず手を伸ばして指名すると、わかっていたかの如く男がすぐに立ち上がる。

 恐らくこれは予定調和なのだろう。
 声明動画の事をいち早く伝えた放送局に対する返礼として。

「日之本テレビ報道部の牧田まきたと申します。 先程、彼等の声明を事実無根とおっしゃいましたが、それは声明全てに対しての事でしょうか? 仮に世界滅亡論は事実無根だとして、その後の魔特隊と呼ばれる団体についての言及は成されておりませんが。 如何でしょうか?」

 ただし、この質問内容までがそうとは限らないが。

 世界滅亡論の正誤も大事だが、メディアにとっては魔特隊に関しても関心が高いらしい。
 その質問が飛ぶや否や、同調の声が周囲から上がり始める程には。



「……確かに、魔特隊は存在します」



 そんな関心を、中野の一言が大いに盛り上げる事となる。
 驚きの声が会場一杯響き渡る程に。

 日本政府が認めたのだ。
 あの魔特隊の存在を公式に。
 さすがにもう隠しきる事は無理だと判断したのだろう。
 
「対魔者特殊戦闘部隊、通称魔特隊は前総理である鷹峰氏立案の下、世界各国の協力を得て設立に至った組織です。 その目的は、『世界で起きている魔者問題の解決』。 ですが決して営利目的ではなく、あくまで隊員達の意思・主張を考慮した上で行われるボランティアに近い活動となっています」

「つまり、変容事件で現れた魔者達と話を付ける団体という事でしょうか?」

「その通りです。 ですが、それだけという訳ではありません。 これは初めて公表する事実となりますが……魔者の中には人間に害を成す事を良しとする者達も存在するのです。 魔特隊はそんな魔者を〝討伐〟するという役目も担っております」

 そして続き明かされる事実に、メディア陣営が困惑を隠せない。
 
 確かに、今まで噂や都市伝説などで魔者の恐ろしい部分を露わにした事はあった。
 でもそれは非公式の話であり、一般世間には浸透していない。
 全てがアルライ族やカラクラ族の様な友好的な魔者であると信じて疑っていなかったからだ。

 しかしそれがこの日、遂に覆された。

 この発表は事実上の、魔者への印象悪化の一歩となるだろう。
 実は魔者の半分が〝人類の敵〟なのだと、政府が認めてしまったのだから。

「ですが先程も申した通り、魔者は科学的根拠の解明が出来ていない存在です。 よって不確定情報を開示して国民を混乱させない為にも秘匿する必要があったのです。 そうなれば当然、魔者を扱う魔特隊も同様に、という訳です」

「という事は、つい最近の埼玉の騒動だけでなく、今までの怪物騒動が実は魔者によるもので、魔特隊の活躍によって解決したという事でしょうか?」

「はい、その通りです。 現在は日本のみならず海外へと遠征を行い、数多くの実績を上げています。 それも各国政府から強い支持を受けた上で。 彼等は決して世界を滅ぼす様な存在ではなく、世界を守ろうとしている団体であると我々日本政府が断言致します」

「なるほど、ありがとうございました」

 とはいえ、そのやりとりは実に粛々としたものだ。
 中野という男の語り方が上手いのか、それとも用意した資料が完璧なのか。
 日之本テレビリポーターも訊くに尽きた様で、ようやくその腰を椅子へと戻す。

 となれば次に起こるのは、質問権の争奪戦だ。
 たちまちメディア側から挙手が並びに並び始めていて。
 予想以上の反響に、さすがの中野も思わず首を引かさせる。

 次に指名されたのは女性リポーターだ。
 これもまた有名な放送局の刺客らしい。

「先程、魔者が科学的根拠の解明出来ない存在だとおっしゃいましたが―――それを基本と考えた場合、彼等にしかわかり得ない事があるのではないでしょうか? だとしたら世界の滅亡も彼等にしか観測出来ない事なのでは?」

「それに関してはノーコメントとさせて頂きます。 次の方」

 ただその刺客も間も無く討ち死にへ。
 証明された事、出来ない事に対して再び答える気は無い様だ。

 それは当然、続く質問に対しても同様で。

「デュゼロー氏がすんなりと都庁に侵入出来たのは、政府に内通している者が居るからでは?」

「それは目下調査中です。 次の方」

「もし仮にデュゼロー氏の言った事が本当だった場合の責任問題は?」

「仮定の話にはお答え出来ません。 申し訳ありませんが、質疑応答は以上となります」

 最初の質問ほど盛り上がる事は無く、とうとう質疑応答が終わりを迎える事に。

 中野もこれ以上付き合う必要は無いと悟ったのだろう。
 場を閉めた途端に会場から去っていく。
 似た様な質問や愚問が続けば当然か。

 対して、メディア側はと言えば大荒れだ。
 もっと訊きたい事もあったのだろうが、こうも早々に打ち切られては。
 それに先程の女性リポーターの質問に答えられなかったのも大きい。
 証明出来ないとはいえ、核心とも言える質問だったからこそ。

 とはいえ結局、行われた会見時間はおおよそ二〇分程度。
 これだけ集まったにしては実に短時間だ。
 メディア側が批判の声を上げるのも無理は無いだろう。



 しかしもう、種は撒かれた。
 その批判の芽は記者達のみならず、いずれ国全体から芽吹く事となる。
 無知という名の栄養を吸い続けながら。

 そう、未だ世界は何も知らない。

 無知は理が呼んだ混沌と混ざり合い、互いに傷を抉りあう武器と成る。
 そうして傷付き、歪んで、病んだ人の心は、真実を求め、救いを求める様になるだろう。



 そうして時代が順応した時、根拠に意味など無くなる。
 感情が理屈を覆し、全てを否定する事になるのだから。

 それこそが絶望の始まりであるとも知らずに……。


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