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第二十五節「双塔堕つ 襲撃の猛威 世界が揺らいだ日」
~誓え友よ~
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本部建屋の高さにも匹敵する魔剣【エベルミナク】の光刃。
その力を前に、カラクラ族の戦士達が地に堕ちた。
ジョゾウの昔からの友人だったドウベやロンボウさえも。
その圧倒的な力を見せつけられた今、ジョゾウもボウジも驚愕する他無く。
レヴィトーンを含めてたった三人となった空の戦場が、圧巻の沈黙さえ呼び込もう。
「と―――ムベイ様、このままではいけません、王達の増援に向かいましょう!!」
「ならぬ!! 今は二人を信じるのだ。 我等は我等の役目を果たさねばならぬ!!」
その外れ、地上部隊の討伐に加わっていたムベイとビゾも気が気では無いだろう。
今の攻防を目の当たりにすれば。
しかしムベイはそれでいても冷静だった。
今置かれた状況を分析出来る程には。
自分達が加わった所で、あの戦いには何の役にも立たないのだと。
魔剣使いの戦いとは得てしてそういうものなのだから。
だから今は信じるのみ。
ジョゾウとボウジの二人が空駆ける凶刃を打ち砕く事を。
ボウジが空高くから戦慄し、ジョゾウが悲痛に嘴を噛み締める。
レヴィトーンの圧倒的な強さを前に何も出来なかったからこそ。
「俺の仲間達は無惨に殺された。 そしてその惨劇を前に、俺はあの時何も出来なかった……守ると誓った者達を見捨てたッ!! だから今殺してやるのだッ!! 俺が皆を殺した彼奴を殺さずして誰が殺すというのかあッ!!」
四人を殺した事がキッカケとなり、レヴィトーンの感情が猛り奮う。
まるで更なる血を求めんとばかりに。
その彼が憑りつかれているのはまさしく―――
「一体何が其方をそこまで突き動かすゥ!?」
「怨念だあッ!!」
そう、怨念である。
復讐心である。
この時レヴィトーンが両の眼をかっ開き、その心に潜む凶気を露わとさせる。
これでもかという程に嘴を食い縛りながら。
その様相はまさに復讐の権化そのもの。
鬼の如き形相を浮かべ、ジョゾウを睨み下していて。
「俺は全て怨むッ!! 皆を殺した【鋼輝妃】を殺し、奴を敬った奴を殺し、その仲間を殺す!! その同類も殺す!! 見た奴も殺す!! 俺はその為に【エベルミナク】を手に取ったのだッ!!」
「なんとぉ!?」
その口から遂に怨念の根源までが吐露される事となる。
レヴィトーンを狂わせたのはあのラクアンツェだと言うのだ。
彼の故郷アルアバの里を滅ぼしたのだと。
それはもう年月さえ忘れた昔の事。
かつてレヴィトーンらアルアバ族はとある山奥でひっそりと暮らしていた。
彼等もまた隠れ里として世俗から離れていたのだ。
その時のレヴィトーンは魔剣【エベルミナク】を祭る宮司の様な存在で。
家族や仲間、同族と共に宝剣を崇め奉っていたのだそう。
そんなある日、前触れも無くラクアンツェが訪れる。
しかもあろう事か、そのラクアンツェがアルアバ族達を片っ端から殺し始めたのだという。
もしかしたら【エベルミナク】を要求し、拒否した者達を手に掛けたのかもしれない。
でもその真相はわからないまま、レヴィトーンは一人魔剣を手に逃げる事となる。
家族や仲間達に背を押され、逃げるしか無かったのだ。
〝お前だけが宝剣を真に守る事が出来る、後は任せろ〟と言われたから。
しかし結果は言った通りの惨劇が待っていた。
全てが終わった後にレヴィトーンが戻って来れば、里は既に死体の山で。
任せろと言った者達は全て、物言わぬ腐敗肉の塊となっていて。
この時のレヴィトーンの後悔はもはや―――計り知れない。
どれだけ苦しんだだろうか。
どれだけ悲しんだだろうか。
絶望しない訳が無い。
怨まない訳が無い。
だから彼は決めたのだ。
敵を怨み、斬るのだと。
この世の理も何もかもを。
そして今、その怨みを撒き散らす為にレヴィトーンはここに居る。
全てを屠り、怨念の根源を斬る為に。
その礎を生み出す為に。
「ジョゾウ、貴様も憎かろう!! 仲間を殺した俺を怨むだろう!! 当然だ、それが真理なのだッ!!」
「そ、それは……」
「だから殺せ!! 全てを、俺をも殺して仲間も家族も殺せェ!! そうすれば怨む者など居なくなる!! それが真の平穏だあッ!!」
「気でも狂うたかあッ!?」
「否ッ!! これが全ての真理なりッ!!」
もはや、ジョゾウの声は届かない。
いや、最初から届いていなかったのだろう。
レヴィトーンの持つ信念はそれ程までに不動だったのだから。
怨念は何よりも強い力の根源となる。
それも、どんな感情よりも簡単に、単純に。
自責を問わないが故に、心が気軽で在れるから。
怨みがヒトらしいと誰かが言った。
感情をぶつける事がヒトらしいと誰かが言った。
でもそれは結局は曲論でしかない。
怨み辛みをぶつけて楽になりたい者の詭弁でしかない。
ヒトには感情を抑え込む力がある。
抑え込み、消し去る力がある。
それでも抑えきれなければ、適度に放てる力がある。
だから怒りを抑え、手を取り合う事で文明を築く事が出来たのだ。
抑え込めないのはただ、その力が低いだけ。
まだまだ未熟だと言っている様なものだ。
それも鍛えれば、しっかりと身に付こう。
誰に対しても分け隔てなく。
だが、レヴィトーンはそれさえも自ら放棄した。
今の彼はもはや怨念の権化。
周りに立つ者全てを敵と呼び、斬る事に一切躊躇わないだろう。
これぞもはや猛り狂う獣の如し。
怨念を本能の域にまで昇華し、斬る為に動く殺人マシンと化している。
だからもう聴く耳など持たない。
己の意に介さぬ者の声などは。
求めるのはただ二つ。
同調の声と、断末魔の叫びだけだ。
「他者が居るから怨み辛みが残ろう!! 俺がそれを断ち切ってやるのだッ!! それこそがこの【エベルミナク】を授かった俺の使命!! その為には仲間でさえも両断してやろうッ!! 世界に怨みが必要ならばなおの事だあッ!!」
「それで復讐の魔と化したかレヴィトーンよ!!」
「そうだあッ!! 俺は復讐する!! 怨念を成就する!! それこそが世界の為ならば!! 斬って斬って斬って斬ってェ全てを腐敗肉に還てやる!! 同族達がされた事と同じ様に!! 貴様らもいずれわかる時が来るだろうッ!! それだけこの世界は腐っているのだと!!」
もうその怨念は止まらない。
止められない。
こうして顕現し、力を奮った今となってはもう。
昂るままに魔剣を振り上げ、輝く刃を振り上げるのみ。
「もしかしたら、それは間違いではないのかもしれぬな」
しかしそんな時、場違いとも言える温厚な囀りが耳に届く。
猛り狂っていたレヴィトーンがつい振り向いてしまう様な一言が。
「何……?」
その視線の先に居たのはなんとボウジ。
何を思ったのか、怨念語りに同調をして見せたのである。
一国の王であり、今しがた仲間を討たれたにも拘らず。
ただそれがレヴィトーンの好奇心を誘う事となる。
たちまち振り上げられた刃が降ろされ、瞬く光もが消えて。
業炎昇る本部を背に、ボウジへ向けて一心に見上げる姿が。
「人と魔者がわかり合えなかった様に、魔者同士もまた姿形が違うだけでいがみ合う。 かの様な世界は泰平とは言い難かろうな」
「当然よ。 他者の意思など、邪魔にしかならぬ。 意思があるから怨みが募るのだ。 だから世界は古代より戦いを続けて来た。 それが当たり前だと思う程にな。 故に泰平など夢物語に過ぎん。 もう何もかもが遅いのだから」
「うむ。 その意思があるならばもう世界は纏まっておろう。 しかしてお主の様な者が居るという事は、そういった戦無したる世界などは無縁なのかもしれぬ」
「ボウジ、お前……」
王だからこそ見える事もあるのだろう。
皆の期待と不安を一身に受ける存在だからこそ。
時には敬われ、有難がられる。
でもその一方で不満も不服も不平も訴えられる。
その負の感情はいつまでも消える事は無い。
身内でもそうなのだ、他者ともなればしがらみは更に増えよう。
でも、だからこそ更に見える事もある。
「では何故、お主は今も故郷を想う?」
「何……?」
「仲間を断ち切れと言うお主が何故なお故郷を想う? 断ち切れていないのはお主であろう?」
その不満も不服も不平も、いずれもすぐに消えるだろう。
納得し、理解し、呑み込めたならば。
けれどこのレヴィトーンはそれさえも成せていない。
だから訴えるのだ。
同族を殺した者を殺すと。
何もかもをも斬って殺すなどと。
自分の復讐心すら断ち切れていない者がのうのうと。
矛盾。
それは自身の感情に従ってきたが故に生まれた矛盾。
心のどこかで気付いても、感情で圧し殺し、無かった事にしてきた矛盾。
それを今、レヴィトーンは見事に撃ち抜かれたのだ。
たった今遭ったばかりのボウジという男に。
「何が言いたい……!!」
その様な虚を突かれれば、如何なレヴィトーンといえど動揺しないはずもない。
たちまち顔がじわじわと歪み始め、強張りを生んでいく。
ボウジを一心に睨みつけながら。
それでも、ボウジは止まらない。
その矛盾こそが何よりも納得出来なかったからこそ。
民を纏める王として、認める訳にはいかなかったからこそ。
「仲間を想うのならば、何故新たな道を見つけなかったのか。 仲間の想いを引き継ぎ、別たれし他の同族の下へ馳せ、お主を残した仲間の想いを継がぬのかあッ!!」
「ううッ!?」
「お主ならそれが出来たであろう!! その実力ならば新たな地であろうと生きていけよう!! では何故成さぬ!? それはお主が認めたくないからだ!! 復讐だけが目的なのだと、同胞達の想いを踏み躙ったからだあッ!!」
死んだ者達はもう何も言えない、語れない。
だから彼等を知る者は思い出でしか思い返せない。
その思い出の中で〝怨みを晴らせ〟と言えば、その者にとっての真実ともなろう。
だがそれでも虚実だ。
妄想が生み出した幻想なのだ。
その虚実に縛られ、仲間を歪めた。
死んだ者達を弄んだ。
そんな者が仲間を想うなど、許せる訳が無い。
「怨念は同胞の想いではない、お主自身の意思ぞ!! 同胞をお主の歪んだ言い訳にするなあーーーッッッ!!!!」
だからこそ今、ボウジが咆える。
理不尽で不完全なる怨念へと向け。
王として、魔者として、今を生きる者として。
「―――だ ま れェェェーーーーーーッッ!!!!」
ドォンッ!!
そんなボウジが堪らなく許せなかったのだろう。
己の矛盾を突いた者が許せなかったのだろう。
その瞬間にレヴィトーンが凄まじい勢いで空へと飛び上がる。
突風を掻き立て、轟音を打ち上げて。
ボウジ目掛けて真っ直ぐと。
その手に握る刃にこれ以上無い程のどす黒い光を纏わせながら。
「ボウジィーーーッ!!」
ジョゾウが叫ぼうが喚こうがもう止まらない。
止まる間すら有りはしない。
その速さはもはや誰の目にも止まらぬ程の神速だったのだから。
ズンッ―――
そして鈍い音が僅かに響く。
長い長い刃を最後の最後まで突き通し、肉を裂く音が。
光刃がボウジの腹部へと突き刺さったのである。
その切っ先を空へと向けて見せつけるかの如く高々とさせて。
「俺を否定する者はこのまま死ィねェェェーーーーーー!!」
「ごぉふッ!?」
もはや切れなかろうが貫いてしまえば関係は無い。
怒りに、怨念に身を任せて強引に抉り巻く。
鬼の如き形相のままに力一杯と。
力が籠る度に鮮血が散り、ボウジの顔が歪む。
腹が、内臓が捻り抉られる苦痛に苛まれながら。
「クハハハ!!! 死ねシねシネ死ィねぇええ!!!」
肉迫するレヴィトーンが凶気を見せる中で。
その凶気はもはや理性など欠片も見えはしない。
友として歩む事は愚か、ヒトとして救う事もすらも出来ない程に。
故に決めたのだ。
ならば真の友に託そうと。
それが最も効率的で、正しい道なのだと。
その者、ボウジ。
カラクラが王。
しかして今、ここで凶刃に伏す。
されど王は、討たれてもなお―――王である。
「うぅおおォッッ!!!」
「なあっ!?」
全ては謀略だったのだ。
この一瞬に全てを賭ける為の。
ボウジはもう躊躇わない。
目の前の鬼を討つ為には、己の身を差し出す事さえも。
己と、友が目指す未来の為に
この時、空で光が瞬いた。
強く強く、紅く猛る炎の光が。
魔剣【オウフホジ】の炎光である。
あろう事か、ボウジはその身を挺して魔剣の力を撃ち放ったのだ。
全ての力を振り絞り、己を囮として。
「ボウジィィィーーーーーーッッッ!!!!!」
ッドッゴォォォーーーッッッ!!!!!
瞬く間に空が爆炎に包まれ焦空と化す。
熱が、火の粉が、黒煙が、闇を払って赤く照らし上げながら。
そんな爆炎の中から二つの影が飛び出して。
黒煙を引いて地上へと落下していく。
それは魔剣が突き刺さったままのボウジ。
―――そして、下半身を失ったレヴィトーンである。
どちらも力無く落ちていくのみ。
生きているか死んでいるかもわからない。
でも、それを前にしてあのジョゾウが動かずにはいられようか。
「ボウジッ!!」
見つけた時にはもう飛び出していた。
友を救わんと一心に。
しかしその時、ジョゾウはとある物を目の当たりにする。
ボウジが決死の想いで掲げた手信号を。
〝ここは任せて先に行け〟
それは幼い頃、二人が遊びで交わした約束のサイン。
いざという時に口に出さなくてもわかる様にと。
忘れぬ様にと何度も何度も繰り返して覚えた、思い出の証だ。
そのサインを見た途端、ジョゾウがその軌道を変える。
ボウジでは無く、レヴィトーンへと向けて。
そう、レヴィトーンはまだ生きている。
下半身を失ってもなお、足掻こうとしていたのだ。
その怨念を断ち切る為にも。
これ以上不幸を繋げない為にも。
ボウジは今、その心で訴える。
〝レヴィトーンを討て〟と。
それを読み取ったからこそ、ジョゾウはレヴィトーンへ向けてその翼を仰ぐ。
己の全てを魔剣に篭めて、その怨念を根源から貫き断つ為に。
再びジョゾウが回り廻る。
想いを込めて、回り廻る。
失った仲間達の意思と、ここまでを繋げたボウジの想いと。
そして勇達と交わした誓いと、真にレヴィトーンが求めるべきだった願いを込めて。
その意思が、想いが、誓いが、願いが、糸の様に体を取り巻き力と換える。
「レヴィトォーーーーーーンッッッ!!!!!」
「ジョ……ゾウッ……!?」
こうして生まれた力は竜巻となり、再び戦士を弾丸と化そう。
これは【裂空斬弾】―――いや、違う。
仲間達の想いが重なり生まれた貫通弾頭、その名も―――【想天貫弾】。
その力が遂にレヴィトーンを撃つ。
片翼を、その片身を吹き飛ばす程の威力を以って。
圧倒的な威力だった。
レヴィトーンの怨念をも叩き潰す程に。
その意思を消し飛ばしてしまうまでに。
そんな残り粕とも言えるレヴィトーンの体がぽとりと落ちる。
延々と燃え続ける屋上へと。
「うらみは……みんな……おれは……ヒュー……」
意識が薄れ行く中、最後にそう囁いて。
赤々と照らされる空を見上げながら、その視界は萎む様に閉じられる。
誰も、その言葉に耳を傾ける者は居ない。
誰も、寄り添う者は居ない。
それが彼の望んだ真理なのだから。
レヴィトーンは今、孤独に息絶えたのだ。
誰に知られる事も無く、ただ静かに。
「ボウジィーーーッ!!」
一方のジョゾウは止まってなどはいなかった。
レヴィトーンを貫いた勢いのまま、落ちるボウジの下へと高速で飛んでいたのである。
遂には見事ボウジの身体を受け止めていて。
虚ろ目ながらも笑むボウジを前に、羽ばたき手のサムズアップを見せつける。
これがジョゾウの望む未来だからこそ。
「グフッ……すまぬジョゾウよ、無茶したわ」
「ボウジ……」
そのままゆっくりと滑空し、屋上へと舞い降りる。
戻って来たムベイやビゾもが並ぶ中で。
ボウジの腹部にはなお魔剣が刺さったまま。
下手に引き抜けばそのまま絶命にも繋がりかねない。
だからこそ慎重に身を降ろし、ジョゾウとムベイ二人で肩を支え合う。
「しっかりしろボウジ、今助けてやる!!」
「無駄だジョゾウ……もう、長くは持ちそうにない……」
しかしもう本人の言う通り、息も絶え絶えだ。
指一つ動かす事さえ叶わず、今にも意識が飛んでしまいそうな程に。
「諦めるなぁ!! 共に未来を作ろうと誓ったでは無いか!! お前は王なるぞッ!!」
「ハァ、ハァ、わかるのだ……ワシにはもう、残っていない……」
それはボウジが何もかもを使い果たしてしまったから。
先程の砲撃にはボウジの命力が全て籠っていたが故に。
レヴィトーンを討つ為だけに全てを注いだからこそ。
なればもう死は近い。
例え命力を分けられようとも。
大元の心が消えれば、死は免れないのだから。
「お、おおっ!?」
「これはなんですか!?」
するとその時、ジョゾウ達の身に異変が起きる。
なんと光のもやが彼等を包み込み始めていたのである。
そう、これは魔者の王が倒れた時に起きる消滅現象の前触れ。
あろう事か、その現象が今ジョゾウ達の身に起き始めていたのだ。
王であるボウジが死を迎えようとしていたからこそ。
「ジョゾウ、時間が無い……誓え、生き続ける限り守ると、奴の様になってはならぬと……」
しかしボウジはその中でも静かに、力を振り絞ってジョゾウの手を掴む。
弱々しくも、想いを一心に篭めたその右手で。
その想いはもう既に届いている。
手に触れなくとも、声にせずとも。
だからこそジョゾウはその手を掴み返す。
その両手で、力の限り想いを返さんばかりに。
「誓おう!! 拙僧は―――いや、俺は守ろう、お前の分まで……里を守ろうッ!!」
「それでいい……それで……」
そして今、ボウジは力尽きた。
その頭をゆっくりと降ろしながら。
カラクラの王の心は、こうして空へと還ったのだ。
でもジョゾウ達は消えてはいない。
光のもやがたちまち消え去った事によって。
それはジョゾウがボウジの心を受け継いだからこそ。
そして何より、皆がまだジョゾウをも王だと思っていたからこそ。
なればボウジの肉体もまた彼等の前に在り続ける。
それがジョゾウ達の望んだ形だから。
まだ消える訳にはいかないと願ったが為に。
なれば新王は静かに、旧友を弔おう。
「ボウジよ、今は静かに眠れ。 共に逝った仲間達と一緒に」
そのまま腹に刺さった魔剣を抜き、亡骸を横たわらせる。
安らかに逝った者へと敬意を払い、産羽毛を扱う様に優しくと。
「いずれ俺もお前の下へ行こう。 飽きる程に待つが良い」
そんな祈りと共に空を仰ぎ、仲間達と共に黙祷を捧げて。
再び見開いた時、ジョゾウ達は発つ。
まだ仲間が戦っている。
だから全て終わるまで、まだ剣を置く訳にはいかない。
その一心で今、同胞達と共に空へと駆けよう。
伝説をその手に携えて。
今こそ、正しき英雄となる為に。
その力を前に、カラクラ族の戦士達が地に堕ちた。
ジョゾウの昔からの友人だったドウベやロンボウさえも。
その圧倒的な力を見せつけられた今、ジョゾウもボウジも驚愕する他無く。
レヴィトーンを含めてたった三人となった空の戦場が、圧巻の沈黙さえ呼び込もう。
「と―――ムベイ様、このままではいけません、王達の増援に向かいましょう!!」
「ならぬ!! 今は二人を信じるのだ。 我等は我等の役目を果たさねばならぬ!!」
その外れ、地上部隊の討伐に加わっていたムベイとビゾも気が気では無いだろう。
今の攻防を目の当たりにすれば。
しかしムベイはそれでいても冷静だった。
今置かれた状況を分析出来る程には。
自分達が加わった所で、あの戦いには何の役にも立たないのだと。
魔剣使いの戦いとは得てしてそういうものなのだから。
だから今は信じるのみ。
ジョゾウとボウジの二人が空駆ける凶刃を打ち砕く事を。
ボウジが空高くから戦慄し、ジョゾウが悲痛に嘴を噛み締める。
レヴィトーンの圧倒的な強さを前に何も出来なかったからこそ。
「俺の仲間達は無惨に殺された。 そしてその惨劇を前に、俺はあの時何も出来なかった……守ると誓った者達を見捨てたッ!! だから今殺してやるのだッ!! 俺が皆を殺した彼奴を殺さずして誰が殺すというのかあッ!!」
四人を殺した事がキッカケとなり、レヴィトーンの感情が猛り奮う。
まるで更なる血を求めんとばかりに。
その彼が憑りつかれているのはまさしく―――
「一体何が其方をそこまで突き動かすゥ!?」
「怨念だあッ!!」
そう、怨念である。
復讐心である。
この時レヴィトーンが両の眼をかっ開き、その心に潜む凶気を露わとさせる。
これでもかという程に嘴を食い縛りながら。
その様相はまさに復讐の権化そのもの。
鬼の如き形相を浮かべ、ジョゾウを睨み下していて。
「俺は全て怨むッ!! 皆を殺した【鋼輝妃】を殺し、奴を敬った奴を殺し、その仲間を殺す!! その同類も殺す!! 見た奴も殺す!! 俺はその為に【エベルミナク】を手に取ったのだッ!!」
「なんとぉ!?」
その口から遂に怨念の根源までが吐露される事となる。
レヴィトーンを狂わせたのはあのラクアンツェだと言うのだ。
彼の故郷アルアバの里を滅ぼしたのだと。
それはもう年月さえ忘れた昔の事。
かつてレヴィトーンらアルアバ族はとある山奥でひっそりと暮らしていた。
彼等もまた隠れ里として世俗から離れていたのだ。
その時のレヴィトーンは魔剣【エベルミナク】を祭る宮司の様な存在で。
家族や仲間、同族と共に宝剣を崇め奉っていたのだそう。
そんなある日、前触れも無くラクアンツェが訪れる。
しかもあろう事か、そのラクアンツェがアルアバ族達を片っ端から殺し始めたのだという。
もしかしたら【エベルミナク】を要求し、拒否した者達を手に掛けたのかもしれない。
でもその真相はわからないまま、レヴィトーンは一人魔剣を手に逃げる事となる。
家族や仲間達に背を押され、逃げるしか無かったのだ。
〝お前だけが宝剣を真に守る事が出来る、後は任せろ〟と言われたから。
しかし結果は言った通りの惨劇が待っていた。
全てが終わった後にレヴィトーンが戻って来れば、里は既に死体の山で。
任せろと言った者達は全て、物言わぬ腐敗肉の塊となっていて。
この時のレヴィトーンの後悔はもはや―――計り知れない。
どれだけ苦しんだだろうか。
どれだけ悲しんだだろうか。
絶望しない訳が無い。
怨まない訳が無い。
だから彼は決めたのだ。
敵を怨み、斬るのだと。
この世の理も何もかもを。
そして今、その怨みを撒き散らす為にレヴィトーンはここに居る。
全てを屠り、怨念の根源を斬る為に。
その礎を生み出す為に。
「ジョゾウ、貴様も憎かろう!! 仲間を殺した俺を怨むだろう!! 当然だ、それが真理なのだッ!!」
「そ、それは……」
「だから殺せ!! 全てを、俺をも殺して仲間も家族も殺せェ!! そうすれば怨む者など居なくなる!! それが真の平穏だあッ!!」
「気でも狂うたかあッ!?」
「否ッ!! これが全ての真理なりッ!!」
もはや、ジョゾウの声は届かない。
いや、最初から届いていなかったのだろう。
レヴィトーンの持つ信念はそれ程までに不動だったのだから。
怨念は何よりも強い力の根源となる。
それも、どんな感情よりも簡単に、単純に。
自責を問わないが故に、心が気軽で在れるから。
怨みがヒトらしいと誰かが言った。
感情をぶつける事がヒトらしいと誰かが言った。
でもそれは結局は曲論でしかない。
怨み辛みをぶつけて楽になりたい者の詭弁でしかない。
ヒトには感情を抑え込む力がある。
抑え込み、消し去る力がある。
それでも抑えきれなければ、適度に放てる力がある。
だから怒りを抑え、手を取り合う事で文明を築く事が出来たのだ。
抑え込めないのはただ、その力が低いだけ。
まだまだ未熟だと言っている様なものだ。
それも鍛えれば、しっかりと身に付こう。
誰に対しても分け隔てなく。
だが、レヴィトーンはそれさえも自ら放棄した。
今の彼はもはや怨念の権化。
周りに立つ者全てを敵と呼び、斬る事に一切躊躇わないだろう。
これぞもはや猛り狂う獣の如し。
怨念を本能の域にまで昇華し、斬る為に動く殺人マシンと化している。
だからもう聴く耳など持たない。
己の意に介さぬ者の声などは。
求めるのはただ二つ。
同調の声と、断末魔の叫びだけだ。
「他者が居るから怨み辛みが残ろう!! 俺がそれを断ち切ってやるのだッ!! それこそがこの【エベルミナク】を授かった俺の使命!! その為には仲間でさえも両断してやろうッ!! 世界に怨みが必要ならばなおの事だあッ!!」
「それで復讐の魔と化したかレヴィトーンよ!!」
「そうだあッ!! 俺は復讐する!! 怨念を成就する!! それこそが世界の為ならば!! 斬って斬って斬って斬ってェ全てを腐敗肉に還てやる!! 同族達がされた事と同じ様に!! 貴様らもいずれわかる時が来るだろうッ!! それだけこの世界は腐っているのだと!!」
もうその怨念は止まらない。
止められない。
こうして顕現し、力を奮った今となってはもう。
昂るままに魔剣を振り上げ、輝く刃を振り上げるのみ。
「もしかしたら、それは間違いではないのかもしれぬな」
しかしそんな時、場違いとも言える温厚な囀りが耳に届く。
猛り狂っていたレヴィトーンがつい振り向いてしまう様な一言が。
「何……?」
その視線の先に居たのはなんとボウジ。
何を思ったのか、怨念語りに同調をして見せたのである。
一国の王であり、今しがた仲間を討たれたにも拘らず。
ただそれがレヴィトーンの好奇心を誘う事となる。
たちまち振り上げられた刃が降ろされ、瞬く光もが消えて。
業炎昇る本部を背に、ボウジへ向けて一心に見上げる姿が。
「人と魔者がわかり合えなかった様に、魔者同士もまた姿形が違うだけでいがみ合う。 かの様な世界は泰平とは言い難かろうな」
「当然よ。 他者の意思など、邪魔にしかならぬ。 意思があるから怨みが募るのだ。 だから世界は古代より戦いを続けて来た。 それが当たり前だと思う程にな。 故に泰平など夢物語に過ぎん。 もう何もかもが遅いのだから」
「うむ。 その意思があるならばもう世界は纏まっておろう。 しかしてお主の様な者が居るという事は、そういった戦無したる世界などは無縁なのかもしれぬ」
「ボウジ、お前……」
王だからこそ見える事もあるのだろう。
皆の期待と不安を一身に受ける存在だからこそ。
時には敬われ、有難がられる。
でもその一方で不満も不服も不平も訴えられる。
その負の感情はいつまでも消える事は無い。
身内でもそうなのだ、他者ともなればしがらみは更に増えよう。
でも、だからこそ更に見える事もある。
「では何故、お主は今も故郷を想う?」
「何……?」
「仲間を断ち切れと言うお主が何故なお故郷を想う? 断ち切れていないのはお主であろう?」
その不満も不服も不平も、いずれもすぐに消えるだろう。
納得し、理解し、呑み込めたならば。
けれどこのレヴィトーンはそれさえも成せていない。
だから訴えるのだ。
同族を殺した者を殺すと。
何もかもをも斬って殺すなどと。
自分の復讐心すら断ち切れていない者がのうのうと。
矛盾。
それは自身の感情に従ってきたが故に生まれた矛盾。
心のどこかで気付いても、感情で圧し殺し、無かった事にしてきた矛盾。
それを今、レヴィトーンは見事に撃ち抜かれたのだ。
たった今遭ったばかりのボウジという男に。
「何が言いたい……!!」
その様な虚を突かれれば、如何なレヴィトーンといえど動揺しないはずもない。
たちまち顔がじわじわと歪み始め、強張りを生んでいく。
ボウジを一心に睨みつけながら。
それでも、ボウジは止まらない。
その矛盾こそが何よりも納得出来なかったからこそ。
民を纏める王として、認める訳にはいかなかったからこそ。
「仲間を想うのならば、何故新たな道を見つけなかったのか。 仲間の想いを引き継ぎ、別たれし他の同族の下へ馳せ、お主を残した仲間の想いを継がぬのかあッ!!」
「ううッ!?」
「お主ならそれが出来たであろう!! その実力ならば新たな地であろうと生きていけよう!! では何故成さぬ!? それはお主が認めたくないからだ!! 復讐だけが目的なのだと、同胞達の想いを踏み躙ったからだあッ!!」
死んだ者達はもう何も言えない、語れない。
だから彼等を知る者は思い出でしか思い返せない。
その思い出の中で〝怨みを晴らせ〟と言えば、その者にとっての真実ともなろう。
だがそれでも虚実だ。
妄想が生み出した幻想なのだ。
その虚実に縛られ、仲間を歪めた。
死んだ者達を弄んだ。
そんな者が仲間を想うなど、許せる訳が無い。
「怨念は同胞の想いではない、お主自身の意思ぞ!! 同胞をお主の歪んだ言い訳にするなあーーーッッッ!!!!」
だからこそ今、ボウジが咆える。
理不尽で不完全なる怨念へと向け。
王として、魔者として、今を生きる者として。
「―――だ ま れェェェーーーーーーッッ!!!!」
ドォンッ!!
そんなボウジが堪らなく許せなかったのだろう。
己の矛盾を突いた者が許せなかったのだろう。
その瞬間にレヴィトーンが凄まじい勢いで空へと飛び上がる。
突風を掻き立て、轟音を打ち上げて。
ボウジ目掛けて真っ直ぐと。
その手に握る刃にこれ以上無い程のどす黒い光を纏わせながら。
「ボウジィーーーッ!!」
ジョゾウが叫ぼうが喚こうがもう止まらない。
止まる間すら有りはしない。
その速さはもはや誰の目にも止まらぬ程の神速だったのだから。
ズンッ―――
そして鈍い音が僅かに響く。
長い長い刃を最後の最後まで突き通し、肉を裂く音が。
光刃がボウジの腹部へと突き刺さったのである。
その切っ先を空へと向けて見せつけるかの如く高々とさせて。
「俺を否定する者はこのまま死ィねェェェーーーーーー!!」
「ごぉふッ!?」
もはや切れなかろうが貫いてしまえば関係は無い。
怒りに、怨念に身を任せて強引に抉り巻く。
鬼の如き形相のままに力一杯と。
力が籠る度に鮮血が散り、ボウジの顔が歪む。
腹が、内臓が捻り抉られる苦痛に苛まれながら。
「クハハハ!!! 死ねシねシネ死ィねぇええ!!!」
肉迫するレヴィトーンが凶気を見せる中で。
その凶気はもはや理性など欠片も見えはしない。
友として歩む事は愚か、ヒトとして救う事もすらも出来ない程に。
故に決めたのだ。
ならば真の友に託そうと。
それが最も効率的で、正しい道なのだと。
その者、ボウジ。
カラクラが王。
しかして今、ここで凶刃に伏す。
されど王は、討たれてもなお―――王である。
「うぅおおォッッ!!!」
「なあっ!?」
全ては謀略だったのだ。
この一瞬に全てを賭ける為の。
ボウジはもう躊躇わない。
目の前の鬼を討つ為には、己の身を差し出す事さえも。
己と、友が目指す未来の為に
この時、空で光が瞬いた。
強く強く、紅く猛る炎の光が。
魔剣【オウフホジ】の炎光である。
あろう事か、ボウジはその身を挺して魔剣の力を撃ち放ったのだ。
全ての力を振り絞り、己を囮として。
「ボウジィィィーーーーーーッッッ!!!!!」
ッドッゴォォォーーーッッッ!!!!!
瞬く間に空が爆炎に包まれ焦空と化す。
熱が、火の粉が、黒煙が、闇を払って赤く照らし上げながら。
そんな爆炎の中から二つの影が飛び出して。
黒煙を引いて地上へと落下していく。
それは魔剣が突き刺さったままのボウジ。
―――そして、下半身を失ったレヴィトーンである。
どちらも力無く落ちていくのみ。
生きているか死んでいるかもわからない。
でも、それを前にしてあのジョゾウが動かずにはいられようか。
「ボウジッ!!」
見つけた時にはもう飛び出していた。
友を救わんと一心に。
しかしその時、ジョゾウはとある物を目の当たりにする。
ボウジが決死の想いで掲げた手信号を。
〝ここは任せて先に行け〟
それは幼い頃、二人が遊びで交わした約束のサイン。
いざという時に口に出さなくてもわかる様にと。
忘れぬ様にと何度も何度も繰り返して覚えた、思い出の証だ。
そのサインを見た途端、ジョゾウがその軌道を変える。
ボウジでは無く、レヴィトーンへと向けて。
そう、レヴィトーンはまだ生きている。
下半身を失ってもなお、足掻こうとしていたのだ。
その怨念を断ち切る為にも。
これ以上不幸を繋げない為にも。
ボウジは今、その心で訴える。
〝レヴィトーンを討て〟と。
それを読み取ったからこそ、ジョゾウはレヴィトーンへ向けてその翼を仰ぐ。
己の全てを魔剣に篭めて、その怨念を根源から貫き断つ為に。
再びジョゾウが回り廻る。
想いを込めて、回り廻る。
失った仲間達の意思と、ここまでを繋げたボウジの想いと。
そして勇達と交わした誓いと、真にレヴィトーンが求めるべきだった願いを込めて。
その意思が、想いが、誓いが、願いが、糸の様に体を取り巻き力と換える。
「レヴィトォーーーーーーンッッッ!!!!!」
「ジョ……ゾウッ……!?」
こうして生まれた力は竜巻となり、再び戦士を弾丸と化そう。
これは【裂空斬弾】―――いや、違う。
仲間達の想いが重なり生まれた貫通弾頭、その名も―――【想天貫弾】。
その力が遂にレヴィトーンを撃つ。
片翼を、その片身を吹き飛ばす程の威力を以って。
圧倒的な威力だった。
レヴィトーンの怨念をも叩き潰す程に。
その意思を消し飛ばしてしまうまでに。
そんな残り粕とも言えるレヴィトーンの体がぽとりと落ちる。
延々と燃え続ける屋上へと。
「うらみは……みんな……おれは……ヒュー……」
意識が薄れ行く中、最後にそう囁いて。
赤々と照らされる空を見上げながら、その視界は萎む様に閉じられる。
誰も、その言葉に耳を傾ける者は居ない。
誰も、寄り添う者は居ない。
それが彼の望んだ真理なのだから。
レヴィトーンは今、孤独に息絶えたのだ。
誰に知られる事も無く、ただ静かに。
「ボウジィーーーッ!!」
一方のジョゾウは止まってなどはいなかった。
レヴィトーンを貫いた勢いのまま、落ちるボウジの下へと高速で飛んでいたのである。
遂には見事ボウジの身体を受け止めていて。
虚ろ目ながらも笑むボウジを前に、羽ばたき手のサムズアップを見せつける。
これがジョゾウの望む未来だからこそ。
「グフッ……すまぬジョゾウよ、無茶したわ」
「ボウジ……」
そのままゆっくりと滑空し、屋上へと舞い降りる。
戻って来たムベイやビゾもが並ぶ中で。
ボウジの腹部にはなお魔剣が刺さったまま。
下手に引き抜けばそのまま絶命にも繋がりかねない。
だからこそ慎重に身を降ろし、ジョゾウとムベイ二人で肩を支え合う。
「しっかりしろボウジ、今助けてやる!!」
「無駄だジョゾウ……もう、長くは持ちそうにない……」
しかしもう本人の言う通り、息も絶え絶えだ。
指一つ動かす事さえ叶わず、今にも意識が飛んでしまいそうな程に。
「諦めるなぁ!! 共に未来を作ろうと誓ったでは無いか!! お前は王なるぞッ!!」
「ハァ、ハァ、わかるのだ……ワシにはもう、残っていない……」
それはボウジが何もかもを使い果たしてしまったから。
先程の砲撃にはボウジの命力が全て籠っていたが故に。
レヴィトーンを討つ為だけに全てを注いだからこそ。
なればもう死は近い。
例え命力を分けられようとも。
大元の心が消えれば、死は免れないのだから。
「お、おおっ!?」
「これはなんですか!?」
するとその時、ジョゾウ達の身に異変が起きる。
なんと光のもやが彼等を包み込み始めていたのである。
そう、これは魔者の王が倒れた時に起きる消滅現象の前触れ。
あろう事か、その現象が今ジョゾウ達の身に起き始めていたのだ。
王であるボウジが死を迎えようとしていたからこそ。
「ジョゾウ、時間が無い……誓え、生き続ける限り守ると、奴の様になってはならぬと……」
しかしボウジはその中でも静かに、力を振り絞ってジョゾウの手を掴む。
弱々しくも、想いを一心に篭めたその右手で。
その想いはもう既に届いている。
手に触れなくとも、声にせずとも。
だからこそジョゾウはその手を掴み返す。
その両手で、力の限り想いを返さんばかりに。
「誓おう!! 拙僧は―――いや、俺は守ろう、お前の分まで……里を守ろうッ!!」
「それでいい……それで……」
そして今、ボウジは力尽きた。
その頭をゆっくりと降ろしながら。
カラクラの王の心は、こうして空へと還ったのだ。
でもジョゾウ達は消えてはいない。
光のもやがたちまち消え去った事によって。
それはジョゾウがボウジの心を受け継いだからこそ。
そして何より、皆がまだジョゾウをも王だと思っていたからこそ。
なればボウジの肉体もまた彼等の前に在り続ける。
それがジョゾウ達の望んだ形だから。
まだ消える訳にはいかないと願ったが為に。
なれば新王は静かに、旧友を弔おう。
「ボウジよ、今は静かに眠れ。 共に逝った仲間達と一緒に」
そのまま腹に刺さった魔剣を抜き、亡骸を横たわらせる。
安らかに逝った者へと敬意を払い、産羽毛を扱う様に優しくと。
「いずれ俺もお前の下へ行こう。 飽きる程に待つが良い」
そんな祈りと共に空を仰ぎ、仲間達と共に黙祷を捧げて。
再び見開いた時、ジョゾウ達は発つ。
まだ仲間が戦っている。
だから全て終わるまで、まだ剣を置く訳にはいかない。
その一心で今、同胞達と共に空へと駆けよう。
伝説をその手に携えて。
今こそ、正しき英雄となる為に。
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