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第二十五節「双塔堕つ 襲撃の猛威 世界が揺らいだ日」
~兄妹に忍び寄る巨人~
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時は少し遡り―――
地上で魔者達の襲撃が始まろうとしていたその頃。
アンディとナターシャは地下訓練場にて一心不乱に剣を打ち交わしていた。
それというのも、自分達の感覚がどこまで鋭くなれるかを試してみたかったから。
少し前に勇と全力で打ち合った時、二人は妙な感覚を感じ取っていた。
まるで意識だけが体を置き去りにして先に進んだ様な感覚を。
それはカプロ曰く〝二人の魔剣の力が働いたから〟なのだという。
【レイデッター】と【ウェイグル】の持つ【共感覚】が飛躍した結果だと。
ただその能力は余りにも未知数であり、あのカプロでも予測にしか至っていない。
実証するには、二人が再び力を引き出す他に手段が無いのだそう。
だから二人は今もこうして打ち合っている。
あの時の感覚を再び体現する為にも。
それに、少しでも強くなりたいという気持ちも合わさって。
そのひたむきな姿はもはや、ここに来た時とは大違いだ。
今の真面目さが滲み出るかの様に、無機質の喧騒を絶え間無く響かせて。
リズムさえ感じるその音色は、さながら弦楽器を弾き奏でているかの様に美しい。
心を共有しているからこそ、何もかもが同じ動きで。
故に一切ズレる事の無い旋律が迸る。
これが二人の戦いだ。
二人が彩る合奏だ。
雑音の一切混じえない、ただ高める為だけの二重奏なのだ。
……とはいえ、その高い集中力が時には不都合を呼ぶ時もある。
二人は特訓に夢中で気付いていない。
危機を知らせるジョゾウの叫びが。
肝心のインカムは階段下の荷物と一緒にしたまま。
加えて広い空間が音を吸い込み掻き消して。
剣奏曲に遮られ、微かにも届かない。
今まさに頭上遥かの地上で魔者の軍勢が攻めてきているにも拘らず。
二人はただただ剣を打ち合い、己の心を高め合い続ける。
するとそんな時、二人の耳に突如として異音が届く。
それは拍手の音だ。
空気の弾ける軽快音だ。
それはまるで、演奏に感銘を受けた聴衆の喝采が如く。
拍手に気付いた二人が動きを止め、ふと視線を階段へと向ける。
すると、その先には一人の人影が。
ただし、かなりでかい。
暗めの訓練場とあって詳しくは見えないが。
アンディとナターシャが縦に並んでも半分にしか届かないくらいに。
大きめに作られていたはずの階段の入り口でさえ狭いと思える程に、だ。
そんな巨体の誰かが、開いた傘の様に大きな掌で拍手をしていたのである。
「なんだアイツ?」
「さー……」
けれど二人としては拍子抜けだ。
まだ勇達に褒められるならわかるが、見た事も無い相手ならば。
警戒するどころか呆気に駆られ、ポカンと首を傾げるばかりで。
「良ぉい戦いだったぁ! 実に良ぉい! 殺意があれば、なおさら良ぉ~い!!」
対して巨人はと言えば、遂にはそんな声援まで上げる始末だ。
低くともどこか愉快そうで、それでいて訓練場一杯に響く様な暴声で。
「んん~それ故に惜し~い!! 殺意で戦えれば、是非ともォ仲間に迎え入れたいものなのだがぁ~……残念だけど、戦士ではない者に用は無ぁ~い」
それも、一歩一歩をどしりどしりと踏み出しながら。
近づくにつれ、その姿が明瞭となっていく。
「コ、コイツッ!?」
そう、現れたのもちろん巨大な人間などではない。
当然、魔者である。
「でっか!! アニキ、コイツ魔者だったよ!!」
「んなの見りゃわかる!! でもコイツは……敵だ!!」
……と言っても、常識の無い二人は魔者だとは思わなかったのだろう。
最初は〝あんなに大きい人間が居たんだ〟程度にしか思っていなかったらしい。
でも魔者だとわかれ話は別だ。
いくら二人でも、この状況がおかしい事くらいはすぐにわかる。
自分達の知らない魔者がここに居るはずもない、という事などは。
その事実が二人に再びの戦意を取り戻させ。
共に身構え、腰を低く落とさせる。
臨戦態勢だ。
しかし相手はと言えば―――
「ハハハ!! 勇ましいなぁ~結構結構、若者はぁ血気盛んであ~るべきだぁ」
なお余裕の笑みを浮かべ、頭よりも幅広の大きな顎をワシャリと撫でまわしていて。
戦意や敵意どころか、命力の欠片すら灯してはいないという。
そんな魔者の容姿はと言えば、まさに筋骨隆々が相応しい。
身長にも負けない大きな肩幅と腰幅、それに引き換え比較的短足で。
代わりに腕が長くも見え、巨木の如き太さと合わせて力強さに溢れている。
ただ、魔者には珍しく体毛が一切無し、露出部は濃い黄土色の肌が丸見えだ。
しかも腰部のふんどし前掛けと腕甲以外は身に付けず、ほぼほぼ全裸に近い。
そのねっとりとした口調と合わせ、妙な妖しさを漂わせているかのよう。
曲者。
まるで自身がそう語っているかの如く。
「なんなんだよお前……!!」
「んん? 俺かぁ? 見ての通り、お前等の敵だよぉ~!!」
遂にはその大きな口を開き、「ニカァ」とした笑みまで向けるまでに。
だが、その一言を皮切りに―――状況は既に、動いていた。
アンディもナターシャも既に魔者へと斬りかかっていたのである。
それも、訓練で昂った感情のまま、凄まじい速度で躊躇する事無く。
確かに相手は曲者なのだろう。
けど二人も同様に曲者だ。
こういった時にこそ二人の思い切りが輝ける。
本能にも近い反応速度で行動を起こす事が出来るから。
勇達とは違い、〝考える〟というプロセスを挟まないからこそ。
それも、【共感覚】という能力が同時攻撃さえ可能とするのだ。
並の相手なら、気付いた時にはもう戦いは終わっている事だろう。
並の相手ならば。
ギギィィィーーーーーーンッ!!!
たちまち、訓練場にけたたましい金鳴音が鳴り響く。
アンディとナターシャが驚愕を見せる中で。
なんと、魔者が二人の同時攻撃を受け止めていたのだ。
両腕に備えた腕甲で防ぎきっていたのである。
それも、なお余裕げに「ニヤリ」とした不敵な笑みまで浮かべて。
「フォッハァーーー!!」
それどころか力任せに剛腕で振り払い、二人揃って弾き飛ばす。
周囲が白く輝く程に、命力の火花を打ち放たせながら。
「クソッ!!」
当然、二人は弾かれただけでなんて事はなく。
共に宙でクルリと回って勢いを殺し、なんて事なく床へと着地を果たしていて。
むしろ防がれた事に憤りさえ見せる程だ。
今の奇襲を防がれた事がよほど悔しかったのだろう。
とはいえ、相手は間違い無く強敵と言えよう。
何故なら、今打ち放たれた火花の勢いが並々ならなかったからこそ。
魔剣同士の打ち合いで命力が弾き合うのはよくある事で。
飛び散った光の強さこそが、互いの命力の強度や純度を示す指標ともなる。
それにもし片方が劣っているならば、たちまち魔剣自体が破砕される事だろう。
にも拘らず、この魔者はその指標を二人相手に見せつけたのだ。
〝二人相手でも戦えるぞ〟という余裕をひけらかす様にして。
「さすがだぁ~! 魔特隊所属は伊達ではないという訳かぁ。 俺が今まで戦ってきた魔剣使いの中でも指折りの強さだと思うぞぉ?」
しかし何故か自慢さえもせず、むしろ讃える様な口ぶりで。
二人を前にしながら腕まで組み始め、「ウンウン」としみじみする仕草まで見せつける始末だ。
「へっ、お前の世界が狭すぎんだよ。 皆俺達より強いんだぜ!」
「そうだそうだー!!」
でも謙遜ならば二人も負けてはいない。
もう二人は二度と増長などしないだろう。
実力を見せつけられたから。
強さの意味を教えて貰ったから。
だから二人は真っ直ぐに突き進む事が出来るのだ。
それは純粋に強くなりたいという想いを体現する為に。
その一心で、目の前の敵を真っ直ぐの眼で睨み付ける。
そこにもはや疚しさなど一遍も残してはいない。
「おぉ怖い怖い。 出来ればそんな強い奴とは戦いたくないものよぉ。 命がいくらあっても足りないからなぁ~」
そんな気迫溢れる二人を前に、魔者も眉間を寄せた嫌そうな顔で視線を逸らしていて。
更には赤黒い舌を「んべぇ」と見せつけ、嫌悪観を露わとするまでに至る。
相応にわざとらしい素振りで。
「なんたってぇ強い奴と戦ってロクな目に遭った事がな~いからなぁ。 例えば……そう!! 忘れられんなぁ、あの時の絶望はぁ~!」
続いて唐突に始めたのは、なんと自語り。
敵意剥き出しの二人を前にしてもなおこのマイペースっぷりである。
「初めは勇足だった。 ン有頂天になっていた頃は魔剣使い共を千切っては投げ! あ千切っては投げぇ!! ……と、敵など居ないと思っていたぁ~」
そんな語りも何故かやたらと演劇らしく。
広げた腕さえコネコネと動き回し、体の動きでも語りの印象を見せつけていて。
その腕が、指先が、突如としてビシッと二人に向けられる。
「だが!! あの剣聖とかいう男に会った時!! 俺は知ったのよぉ。 〝自分はなぁんてちっぽけなんだ、なぁんて愚かだったんだ〟となぁっ……ウゥ~ウッウッ―――」
その手も間も無く自身の顔を覆い隠す。
でも指の隙間からは、涙を滲ませた眼が丸見えだ。
声まで震わせ、嗚咽まで漏らし始めていて。
「グスッ……そして気付いたんだ。 俺は強くなりたいんじゃあないってぇ……」
ただし、それもここまでだった。
たちまち嗚咽も涙も塞き止まり、その大きな口が再び「ニタァ」とした笑みを生む。
自身の顔を覆っていた掌をゆっくりと開きながら。
そうして現れたのは―――二人を見下す、曲者らしい嫌味な笑顔。
「―――弱い奴をなぶり殺しにする事が、心から望んでいた事なんだってさぁ!!」
それはまるで子供をあやす「いないいないばぁ」の様に。
それでいて、他者を小馬鹿にするかの如く本性を曝け出す。
しかも雰囲気までをもガラリと変えて。
途端に魔者から命力が溢れ出したのだ。
それも訓練場一帯を震わせる程に強く激しいまでの力を。
アンディとナターシャが冷や汗を流す程に。
「つまりあれだぁ。 指折りの数ってのはなぁ、俺より弱い奴の数ってぇ事なのよぉホッハッハアッ!!」
「てめぇ……!!」
きっとこの魔者は、アンディとナターシャが弱いと理解した上でここまで来たのだろう。
相応の実力者でありながらも、己のポリシーに従うまま。
弱者をいたぶる事を悦びとする、まさに外道の所業。
その歪んだ性格こそがこの魔者の本質なのである。
今までの演技など、それを相手へ知らしめる為の姑息な手段に他ならない。
「そういえば言うのを忘れていたなぁ。 俺の名前はアンドルルゴーゼっていうんだ。 さぁ掛かって来ぉい、二人纏めてすぅぐに血肉に換えてやるからさぁ~!!」
たちまち漲る力を体に巡らせて。
力強いその腕を振り翳し、脚を踏ん張らせる。
訓練場に地響きをももたらしながら。
殺意の瞳は今まさに眼前の敵へ。
でももうアンディもナターシャも抑えるつもりは無い。
これだけコケにされて頭に来ないはずが無かったのだ。
直情型で単純な二人だからこそ。
外道の如き殺意とは違う、戦士らしい闘志を漲らせて戦いに挑む。
「てめぇの名前なんざどうでもいいんだよ!!」
「長くて覚えられないし!!」
「おいおいひでぇなぁそりゃあ。 あぁ、お前等の名前は言わなくてもいいぞ、知ってるし興味は無ぁい」
「てめぇの方がひでぇだろ!! 行くぞナターシャッ!! 俺達の力見せてやるぞ!!」
こうしてアンディとナターシャ対アンドルルゴーゼの対決が今遂に始まる。
圧倒的な力を見せつける相手に、二人は果たしてどう立ち向かうのだろうか。
地上で魔者達の襲撃が始まろうとしていたその頃。
アンディとナターシャは地下訓練場にて一心不乱に剣を打ち交わしていた。
それというのも、自分達の感覚がどこまで鋭くなれるかを試してみたかったから。
少し前に勇と全力で打ち合った時、二人は妙な感覚を感じ取っていた。
まるで意識だけが体を置き去りにして先に進んだ様な感覚を。
それはカプロ曰く〝二人の魔剣の力が働いたから〟なのだという。
【レイデッター】と【ウェイグル】の持つ【共感覚】が飛躍した結果だと。
ただその能力は余りにも未知数であり、あのカプロでも予測にしか至っていない。
実証するには、二人が再び力を引き出す他に手段が無いのだそう。
だから二人は今もこうして打ち合っている。
あの時の感覚を再び体現する為にも。
それに、少しでも強くなりたいという気持ちも合わさって。
そのひたむきな姿はもはや、ここに来た時とは大違いだ。
今の真面目さが滲み出るかの様に、無機質の喧騒を絶え間無く響かせて。
リズムさえ感じるその音色は、さながら弦楽器を弾き奏でているかの様に美しい。
心を共有しているからこそ、何もかもが同じ動きで。
故に一切ズレる事の無い旋律が迸る。
これが二人の戦いだ。
二人が彩る合奏だ。
雑音の一切混じえない、ただ高める為だけの二重奏なのだ。
……とはいえ、その高い集中力が時には不都合を呼ぶ時もある。
二人は特訓に夢中で気付いていない。
危機を知らせるジョゾウの叫びが。
肝心のインカムは階段下の荷物と一緒にしたまま。
加えて広い空間が音を吸い込み掻き消して。
剣奏曲に遮られ、微かにも届かない。
今まさに頭上遥かの地上で魔者の軍勢が攻めてきているにも拘らず。
二人はただただ剣を打ち合い、己の心を高め合い続ける。
するとそんな時、二人の耳に突如として異音が届く。
それは拍手の音だ。
空気の弾ける軽快音だ。
それはまるで、演奏に感銘を受けた聴衆の喝采が如く。
拍手に気付いた二人が動きを止め、ふと視線を階段へと向ける。
すると、その先には一人の人影が。
ただし、かなりでかい。
暗めの訓練場とあって詳しくは見えないが。
アンディとナターシャが縦に並んでも半分にしか届かないくらいに。
大きめに作られていたはずの階段の入り口でさえ狭いと思える程に、だ。
そんな巨体の誰かが、開いた傘の様に大きな掌で拍手をしていたのである。
「なんだアイツ?」
「さー……」
けれど二人としては拍子抜けだ。
まだ勇達に褒められるならわかるが、見た事も無い相手ならば。
警戒するどころか呆気に駆られ、ポカンと首を傾げるばかりで。
「良ぉい戦いだったぁ! 実に良ぉい! 殺意があれば、なおさら良ぉ~い!!」
対して巨人はと言えば、遂にはそんな声援まで上げる始末だ。
低くともどこか愉快そうで、それでいて訓練場一杯に響く様な暴声で。
「んん~それ故に惜し~い!! 殺意で戦えれば、是非ともォ仲間に迎え入れたいものなのだがぁ~……残念だけど、戦士ではない者に用は無ぁ~い」
それも、一歩一歩をどしりどしりと踏み出しながら。
近づくにつれ、その姿が明瞭となっていく。
「コ、コイツッ!?」
そう、現れたのもちろん巨大な人間などではない。
当然、魔者である。
「でっか!! アニキ、コイツ魔者だったよ!!」
「んなの見りゃわかる!! でもコイツは……敵だ!!」
……と言っても、常識の無い二人は魔者だとは思わなかったのだろう。
最初は〝あんなに大きい人間が居たんだ〟程度にしか思っていなかったらしい。
でも魔者だとわかれ話は別だ。
いくら二人でも、この状況がおかしい事くらいはすぐにわかる。
自分達の知らない魔者がここに居るはずもない、という事などは。
その事実が二人に再びの戦意を取り戻させ。
共に身構え、腰を低く落とさせる。
臨戦態勢だ。
しかし相手はと言えば―――
「ハハハ!! 勇ましいなぁ~結構結構、若者はぁ血気盛んであ~るべきだぁ」
なお余裕の笑みを浮かべ、頭よりも幅広の大きな顎をワシャリと撫でまわしていて。
戦意や敵意どころか、命力の欠片すら灯してはいないという。
そんな魔者の容姿はと言えば、まさに筋骨隆々が相応しい。
身長にも負けない大きな肩幅と腰幅、それに引き換え比較的短足で。
代わりに腕が長くも見え、巨木の如き太さと合わせて力強さに溢れている。
ただ、魔者には珍しく体毛が一切無し、露出部は濃い黄土色の肌が丸見えだ。
しかも腰部のふんどし前掛けと腕甲以外は身に付けず、ほぼほぼ全裸に近い。
そのねっとりとした口調と合わせ、妙な妖しさを漂わせているかのよう。
曲者。
まるで自身がそう語っているかの如く。
「なんなんだよお前……!!」
「んん? 俺かぁ? 見ての通り、お前等の敵だよぉ~!!」
遂にはその大きな口を開き、「ニカァ」とした笑みまで向けるまでに。
だが、その一言を皮切りに―――状況は既に、動いていた。
アンディもナターシャも既に魔者へと斬りかかっていたのである。
それも、訓練で昂った感情のまま、凄まじい速度で躊躇する事無く。
確かに相手は曲者なのだろう。
けど二人も同様に曲者だ。
こういった時にこそ二人の思い切りが輝ける。
本能にも近い反応速度で行動を起こす事が出来るから。
勇達とは違い、〝考える〟というプロセスを挟まないからこそ。
それも、【共感覚】という能力が同時攻撃さえ可能とするのだ。
並の相手なら、気付いた時にはもう戦いは終わっている事だろう。
並の相手ならば。
ギギィィィーーーーーーンッ!!!
たちまち、訓練場にけたたましい金鳴音が鳴り響く。
アンディとナターシャが驚愕を見せる中で。
なんと、魔者が二人の同時攻撃を受け止めていたのだ。
両腕に備えた腕甲で防ぎきっていたのである。
それも、なお余裕げに「ニヤリ」とした不敵な笑みまで浮かべて。
「フォッハァーーー!!」
それどころか力任せに剛腕で振り払い、二人揃って弾き飛ばす。
周囲が白く輝く程に、命力の火花を打ち放たせながら。
「クソッ!!」
当然、二人は弾かれただけでなんて事はなく。
共に宙でクルリと回って勢いを殺し、なんて事なく床へと着地を果たしていて。
むしろ防がれた事に憤りさえ見せる程だ。
今の奇襲を防がれた事がよほど悔しかったのだろう。
とはいえ、相手は間違い無く強敵と言えよう。
何故なら、今打ち放たれた火花の勢いが並々ならなかったからこそ。
魔剣同士の打ち合いで命力が弾き合うのはよくある事で。
飛び散った光の強さこそが、互いの命力の強度や純度を示す指標ともなる。
それにもし片方が劣っているならば、たちまち魔剣自体が破砕される事だろう。
にも拘らず、この魔者はその指標を二人相手に見せつけたのだ。
〝二人相手でも戦えるぞ〟という余裕をひけらかす様にして。
「さすがだぁ~! 魔特隊所属は伊達ではないという訳かぁ。 俺が今まで戦ってきた魔剣使いの中でも指折りの強さだと思うぞぉ?」
しかし何故か自慢さえもせず、むしろ讃える様な口ぶりで。
二人を前にしながら腕まで組み始め、「ウンウン」としみじみする仕草まで見せつける始末だ。
「へっ、お前の世界が狭すぎんだよ。 皆俺達より強いんだぜ!」
「そうだそうだー!!」
でも謙遜ならば二人も負けてはいない。
もう二人は二度と増長などしないだろう。
実力を見せつけられたから。
強さの意味を教えて貰ったから。
だから二人は真っ直ぐに突き進む事が出来るのだ。
それは純粋に強くなりたいという想いを体現する為に。
その一心で、目の前の敵を真っ直ぐの眼で睨み付ける。
そこにもはや疚しさなど一遍も残してはいない。
「おぉ怖い怖い。 出来ればそんな強い奴とは戦いたくないものよぉ。 命がいくらあっても足りないからなぁ~」
そんな気迫溢れる二人を前に、魔者も眉間を寄せた嫌そうな顔で視線を逸らしていて。
更には赤黒い舌を「んべぇ」と見せつけ、嫌悪観を露わとするまでに至る。
相応にわざとらしい素振りで。
「なんたってぇ強い奴と戦ってロクな目に遭った事がな~いからなぁ。 例えば……そう!! 忘れられんなぁ、あの時の絶望はぁ~!」
続いて唐突に始めたのは、なんと自語り。
敵意剥き出しの二人を前にしてもなおこのマイペースっぷりである。
「初めは勇足だった。 ン有頂天になっていた頃は魔剣使い共を千切っては投げ! あ千切っては投げぇ!! ……と、敵など居ないと思っていたぁ~」
そんな語りも何故かやたらと演劇らしく。
広げた腕さえコネコネと動き回し、体の動きでも語りの印象を見せつけていて。
その腕が、指先が、突如としてビシッと二人に向けられる。
「だが!! あの剣聖とかいう男に会った時!! 俺は知ったのよぉ。 〝自分はなぁんてちっぽけなんだ、なぁんて愚かだったんだ〟となぁっ……ウゥ~ウッウッ―――」
その手も間も無く自身の顔を覆い隠す。
でも指の隙間からは、涙を滲ませた眼が丸見えだ。
声まで震わせ、嗚咽まで漏らし始めていて。
「グスッ……そして気付いたんだ。 俺は強くなりたいんじゃあないってぇ……」
ただし、それもここまでだった。
たちまち嗚咽も涙も塞き止まり、その大きな口が再び「ニタァ」とした笑みを生む。
自身の顔を覆っていた掌をゆっくりと開きながら。
そうして現れたのは―――二人を見下す、曲者らしい嫌味な笑顔。
「―――弱い奴をなぶり殺しにする事が、心から望んでいた事なんだってさぁ!!」
それはまるで子供をあやす「いないいないばぁ」の様に。
それでいて、他者を小馬鹿にするかの如く本性を曝け出す。
しかも雰囲気までをもガラリと変えて。
途端に魔者から命力が溢れ出したのだ。
それも訓練場一帯を震わせる程に強く激しいまでの力を。
アンディとナターシャが冷や汗を流す程に。
「つまりあれだぁ。 指折りの数ってのはなぁ、俺より弱い奴の数ってぇ事なのよぉホッハッハアッ!!」
「てめぇ……!!」
きっとこの魔者は、アンディとナターシャが弱いと理解した上でここまで来たのだろう。
相応の実力者でありながらも、己のポリシーに従うまま。
弱者をいたぶる事を悦びとする、まさに外道の所業。
その歪んだ性格こそがこの魔者の本質なのである。
今までの演技など、それを相手へ知らしめる為の姑息な手段に他ならない。
「そういえば言うのを忘れていたなぁ。 俺の名前はアンドルルゴーゼっていうんだ。 さぁ掛かって来ぉい、二人纏めてすぅぐに血肉に換えてやるからさぁ~!!」
たちまち漲る力を体に巡らせて。
力強いその腕を振り翳し、脚を踏ん張らせる。
訓練場に地響きをももたらしながら。
殺意の瞳は今まさに眼前の敵へ。
でももうアンディもナターシャも抑えるつもりは無い。
これだけコケにされて頭に来ないはずが無かったのだ。
直情型で単純な二人だからこそ。
外道の如き殺意とは違う、戦士らしい闘志を漲らせて戦いに挑む。
「てめぇの名前なんざどうでもいいんだよ!!」
「長くて覚えられないし!!」
「おいおいひでぇなぁそりゃあ。 あぁ、お前等の名前は言わなくてもいいぞ、知ってるし興味は無ぁい」
「てめぇの方がひでぇだろ!! 行くぞナターシャッ!! 俺達の力見せてやるぞ!!」
こうしてアンディとナターシャ対アンドルルゴーゼの対決が今遂に始まる。
圧倒的な力を見せつける相手に、二人は果たしてどう立ち向かうのだろうか。
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