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第二十五節「双塔堕つ 襲撃の猛威 世界が揺らいだ日」

~仕組まれた裏切り~

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 カプロが廊下を突っ走り、そのまま工房へと駆け込んでいく。
 続いてズーダーらが次々と足を踏み入れる一方、福留達は工房の外で待機だ。
 すぐに逃げられるよう、周囲状況を監視する為に。

 そんな監視行動を行う福留の動きはとても老人とは思えない。
 まるで現役兵士の如く、物陰から周囲を探っては目を光らせていて。
 それでいて笠本と平野、ニャラに腰を落とす手ぶりを見せ、慎重を徹底させる程だ。

 どうやら本棟に流入したのは事務室だけで、まだ他の敵の姿は見られない。
 廊下からグラウンドも見えるが、何かが蠢いている様子もなさそうで。
 アージが正門ゲートを塞いでいるお陰だろう。

「カプロ君、急いでください!! すぐ出なければどうなるかわかりません!!」

 ただ、だからといって悠長にしている暇など無い。
 今こうしている間にも、外壁を乗り越えた者達が走ってきているかもしれないのだから。

 だからこそ当然カプロだって必死だ。
 中央テーブルに置かれた日誌を颯爽と手に取り。
 それどころか、更に工房の奥へと駆け抜けていて。

「こうなったらボクらもやれる事やるしかねえッス!!」 

 それというのも、カプロには策があったのだ。
 この状況を好転させる為のとっておきの秘策が。

 駆け寄った先にあったのは、宅置冷凍庫サイズの白い箱。
 番号式錠ナンバーロックを備えた業務用金庫である。
 それを手早く開いてみれば―――

 なんとその中には、数本の魔剣が納められていたではないか。

 いずれもしっかりとした造りの魔剣だ。
 少なくとも襲撃者達が持っていた魔剣よりもずっと。
 デザインは【翠星剣】に近く、小剣ショートソード級で特殊機構の一切は排されている。
 簡単に言えば、汎用量産型エコノマイズ【翠星剣】といった所か。

「ズーダーさん! こいつを使うッスよ!!」

「なんと! そんな物があったのか!! これなら皆を守れる!」

 これは言わばカプロの趣味の賜物。
 【翠星剣】の改良を目論んだ途上で出来上がった、言わば試行品である。
 魔剣自体は完成したと豪語していたが、諦めた訳でもなかった様だ。

 そんな魔剣がズーダー達に行き渡る。

 独特とも言える翡翠色の刃に心惹かれたのだろう。
 五人揃って、魔剣を手に「おお」と感心の声を漏らしていて。
 カプロもその反応に嬉しがりつつも、再び金庫の扉を閉める。

「盗られちゃ敵わねぇッスからね」

 魔剣自体はまだ残っているが、何分使い手がもう居ない。
 カプロもニャラも戦闘には不向きだとわかっているからこそ。

 これが盗難防止という事は、恐らくは金庫自体にも何か罠があるのだろう。
 魔剣使いであろうとも壊せない、あるいは壊す事で中身が失われるという仕掛けが。



 でも、封をしたからといって必ずしも開けられないという訳ではない。



「「うぐがッ!?」」
 
 その時、突如として工房内に悲鳴が響き渡り。
 それに気付いたカプロとズーダーが咄嗟に振り向けば―――

 なんと視線の先には、仲間二人を刃に掛ける者達の姿が。

「んなあッ!?」

 とても信じられない事だった。
 予想も付かない出来事だった。

 その刃を掛けた者が、同じズーダーの仲間達であったなどとは。

「ベーヨォー!? ゴーマァー!?」

 ズーダーの叫びも虚しく、切り裂かれた二人はもう動かない。
 深々と斬られ、共に白目を剥いて倒れたままで。 

 一方の斬った二人はと言えば、平然とカプロとズーダーを見下していて。
 血糊の付いた魔剣をてしてしと叩きながら、その敵意を露わにする。

「一体どういう事だ!? 何故こんな事をしたあッ!? ボーデェー!? ミービィー!?」

「どうもこうもない、最初からこういう事だったのだ。 知らぬのはお前とこの二人だけ。 里の者も半数が知っている。 長老でさえもな」

「なん、だと……ッ!?」

 そんな彼等から暴露されたのは、ズーダーさえも驚愕する出来事だった。

 そう、全て謀られていたのだ。
 ズーダーに付いてここまでやってきた事から、先日協調を見せた事まで何もかも。

「ズーダーよ。 お前は所詮、一族の足手纏いでしかなかったのだ。 鉄の結束を礎とする我らとお前とでは心持がまるで違う。 情に脆過ぎて、簡単に魔特隊に馴染んでしまったしな。 ……だが、そのお前が有用に動いてくれたおかげでここまで随分と上手くいった。 魔特隊の情報も計画通り持ち出せたしな。 後は同志達にこの魔剣を渡せば仕上げは上々よ」

「そんな、ボーデー……」

 恐らく、この二人が魔特隊の情報流出元なのだろう。
 ズーダーという隠れ蓑を利用し、【救世】に情報を受け渡していたのだ。
 それもグーヌー族の里を介し、こっそりと。

「カナダ政府が悪いかも、などと言っていた時は笑いそうになったわ。 ここまで上手く行くとはな。 ここまで魔特隊が愚かならば滅んで当然と言った所か」

 ずっと信じていたのに。
 疑う余地など無いと思っていたのに。
 まさか同胞の殆どが【救世】と結託していたグルなど思いもしなかったのだろう。
 
 衝撃の事実を前に、ズーダーはもはや茫然自失状態で。
 「そんな、そんな」とぼやき、ただただ震えるのみ。

 もう役にも立たなさそうなズーダーなど、ボーデーもミービーも興味は無い様だ。

「さてカプロよ。 痛めつけられて苦しんで死ぬのと、その扉を開けて苦しまずに殺されるのとどっちを選ぶ? 我等と手を組むなら生かしても良いが、逃げ道は無いぞ。 今の話を聴いたからにはな」

 それというのも、二人の目的がカプロにあったから。
 彼の持つ技術を危険視したからこそ。
 故に逃がすつもりなど無いし、殺すよう指令も受けている。
 もう二度と魔特隊に武器を造らせない様に、と。

「ウググ……」

 しかしカプロとしても、これはいずれも選びたくない選択だ。
 死ぬのは当然の事、魔剣を奪われる事も、迎合する事も何もかもが。

 こんな軽いカプロでも、魔剣製造士としての誇りは一流で。
 ズーダー達が今持つ簡易魔剣さえも、完成度を求めて仕上げる程に徹底している。
 だから日誌に書かれた製造士の誓いも破るつもりは無いし、妥協するつもりも無い。

 故に、諦めるつもりなども―――毛頭無い。

「無言か……ならば死んで貰うしかないなあッ!!」

「ズーダーさんッ!!」

「カプロ殿ッ!? これはッ!!」

 あのカプロが諦めるはずも無かったのだ。
 最も勇達と長く傍に居て、諦めないという在り方をずっと見続けて来たから。



 確かに、カプロは弱い。
 ズーダーだって弱い。

 でも二人は見て来たのだ。
 強く在ろうとする勇を、勇達を。
 仲間と手を取り合い、苦難をも乗り越えてきたその雄姿を。



 ならば。
 同様に弱くとも勇達を見ていなかったボーデー達よりは―――ずっと強い。



 その時、空かさずカプロからズーダーへと一着の装備が投げ広げられる。

 それはなんと、勇が使っていた魔装。

 勇に新品装備を渡した際、古い魔装をずっと懐に仕舞っていたのだ。
 後でかたそうと、腰に巻き付けたままで。
 だから先程、誰よりも速く走れたのだろう。
 魔装の力が僅かに働いていたが故に。

「なにィッ!?」

 そしてそれをボーデー達は予見していなかったらしい。
 意外な伏兵に慄き、遂にはその動きを止める。
 彼等もまた戦士では無かったからこそ。

 となれば―――心強き者に負ける余地などは、もはや無い。

 ズーダーの頭上に一度広げられれば。
 魔装自体が主を求めて吸い付いて、たちまちその身体へと巻き付く。
 例え正しく身纏わなくとも、意思さえ伴えばもはや何の関係無い。

 なればもう、後は駆け抜けるだけだ。
 想いを、覚悟をその手に篭めて。
 ただ強き意思の赴くままに。

 ―――今、ズーダーが心のままに吼え上げる。



「ボォォォデェェェーーーーーーッッ!!!」

「うおおッ!?」



 その時、工房一杯に光が迸った。
 魔装が【アレムグランダ】の輝きを解き放ったのだ。
 ズーダーの想いに応え、力の限りに。

 そうして体現された速度を前には、並みの者など捉える事さえ不可能。

 それは一瞬の事だった。
 たったその一瞬で、ボーデーもミービーも一迅の下に切り裂かれたのである。

 ズーダーの特攻斬烈一閃によって。

「ガハあッ!?」

 たちまち鮮血が周囲に舞い散り、白かった壁を真っ赤に染め上げて。
 間も無く二人が力無く床へと倒れ込む。

 余りの勢い過ぎたのか、ズーダー当人も壁へと激突する羽目に。
 とはいえ、魔装のお陰で全く痛みは無い様だが。

 そのままに振り返れば、床には転がった二人の姿が。

 ミービーの方は傷が深かったのだろう、もう既に事切れていて。
 ボーデーももはや虫の息だ。

「何故ここまでしてデュゼローとかいう奴に従うのだ。 我等は同胞ではなかったのか……!?」

「それは、お前が……無知過ぎるからだ。 無知は、里を滅ぼし……ウウッ―――」

 しかしそれも間も無く途切れて枯れる。
 たった一言、誰も救われない言葉を遺して。

 項垂れるズーダーの前で、静かに。

「無知とは……無知とは何なのだ? 仲間で手を取り合う事が無知なのか!? 同胞を裏切る事は無知ではないのか……ッ!?」

「ズーダーさん……」

 ボーデーはズーダーを殺す気だった。
 つまり、ズーダーの事を友とは思っていなかったのだろう。

 でもズーダーはボーデーの事を友だと思っていた。
 最も頼れる友として信頼していたのだ。
 今までも、そしてたった今も。

 自身で手を掛けた男を、今もなお友達だと思っている。
 現実が余りにも悪夢過ぎたが故に受け入れられなくて。

 遂にはその膝が崩れ落ち。
 悲しみが、絶望が、頬毛をじわりと湿らせて。
 その掌を床に突き、ただただその身を打ち震わせる。

「あんまりだ……こんな事はあんまりだぁ……ッ!!」

 もうそこに慈悲は無い。
 それほど世界は複雑過ぎたのだ。
 子供の如く単純で純情なままではいられない程に。

 情が深いズーダーの様な者にほど、厳しく残酷となるのだから。

「いっそもう……仲間と一緒に死んだ方が―――」



 そう、世界は残酷なのだ。
 全く自分の思う通りといかない程に。



メリゴォッッッ!!!!!



 そんな弱音を吐いた途端、その口に、顎に、強烈な衝撃が突き抜ける。
 頭ごと、上半身ごと床へと叩き付けられる程に強く強く。

「がはっ!?」

 遂には血溜まりの中へと顔を落として。
 薄茶色かった毛色がたちまち真っ黒に。 

「な、なに"が……ッ!?」

 それも間も無く、血の味に嫌気を差して持ち上がり。
 ふと視線を上げれば、そこには―――

 なんと、拳を突き出したカプロの姿が。

「ふざけた事ぬかすんじゃねえッス!! アンタがここまでに勇さんの何を見てきたんスか!! あの人は友達も、好きな人も、仲間も、色んな人を失っても自分を見失わずに今まで戦ってきたんスよ!? アンタはその人の力になりに来たんじゃねぇんスかあッ?!」

 その姿はまさに小さな巨人。
 力も背丈もずっと上なズーダーに対し、殴りつけてもなお憤りを収める事は無い。

「そんなアンタが成すのは誰の為なんスか!? 里の為っスか!? ここで倒れた仲間の為っスか!? 違うでしょお!!!」

 それはそんなステータスなど、カプロには何の関係も無いから。
 目の前で力無く項垂れ、勝手に死のうとしているズーダーが堪らなく許せなかったからだ。

 ズーダーが今日まで頑張って来たのをカプロは見て来た。
 自分の周りで必死に働き、勇達の力になろうとしていたのを。

 最初は長老に言われたから渋々だったのかもしれない。
 でもつい最近までは自発的に働こうとしていたのを知っている。
 今でもカプロを守ろうと戦った事を知っている。

 だから、ズーダーが何の為に今まで働いて来たのかも、もう知っている。

「アンタは自身が信じる者の為に戦ってるってッ!! だったら、今生きてる人の為にだって動けるハズッスよ!?」

「カプロ殿……」

「だってアンタは今みたいに戦えるじゃねぇッスか!! なのに、なのに自分で死ぬとか、情けない事言うんじゃねぇッスよお!!」

 ただズーダー自身が気付いていないだけなのだ。
 自分はもっと強くて、それでいて誰よりも仲間想いなのだと。
 例え戦いの才能が無くとも、気がそれほど強く無くとも。

 二人とも、それでも強く在れる人を知っているから。

 だから言葉一つ一つが力を帯び、ズーダーの心に響く。
 似た者の事をずっと見てきたカプロの言葉だからこそ。

 かの悲しみを身近で感じて来たから、その心を誰よりも強く伝えられるのだ。

「……すまなかった。 カプロ殿の言う通りだ。 私はここで倒れる訳にはいかんのだな。 仲間を捨て置いて先に逝くなど、出来る訳もないものなぁ……」

 そしてその心を誰よりも強く受け取れられるズーダーだからこそ。
 魔剣を杖にして起き上がり、力強く立ち上がる事が出来る。

 どうやら魔剣もその想いに応えてくれた様で。
 握りたてにも拘らず、刀身に光が灯っている。
 奮うには申し分ない程の力強さで。

 それに今は勇が使っていた魔装と魔甲がある。
 例えそれ程に戦えなくとも、意思を貫ける気概があるならば充分だ。

「ベーヨ―、ゴーマー、そして意思を交わせなかった友よ。 今はしばし待ってていてくれ……。 この戦いを終わらせたらまた戻って来るから」

 その力を、心を得た今のズーダーにもう迷いは無い。
 後は、生きる仲間達を守るだけだ。

 力及ばずとも、自身の思うままに。



 だから今、ズーダーは改めて魔装をその身に纏う。
 仲間や友との想いを絶やさない為にも。
 生きて事を成す為に。



 全ての準備を整え、カプロとズーダーが共に工房から姿を現す。

 とはいえいきなり血塗れなズーダーを前に、福留達も気が気でない様子。
 それというのも、工房は特性上、完全な防音対策が施されていて。
 故に中で起きた事に気付けなかったのだろう。

「ズーダーさぁん、かっこいい~!」

「一体何があったのです!?」

「……、あったのです。 でも今は話している時間が無いのでしょう? 後でカプロ殿と説明するので今は脱出を!」

 ただ、今は悠長に話している暇も無い。

 既に覚悟を決めたからか、ズーダーの声に力が籠る。
 そしてその姿の惨状に、福留も何かを察した様で。

「わかりました。 マヴォさん、行きましょう!!」

「よし!! ズーダーは後方を頼む!!」

 空かさず、マヴォ達が事務棟から走り出ていく。
 一気にグラウンドを突き抜ける為に。



 だがそれも、もはや悪手だったのかもしれない。



「なんと、これは……!?」

「マズいな……俺とズーダーだけでこの数から守りきれるのかぁ?」

 工房での出来事で時間を浪費し過ぎていたのだ。
 既にグラウンドにも魔者が流入し始めていたのである。

 外壁には幾つもの穴が開き、魔者達が一人、また一人と入って来ていて。
 それだけに留まらず、事務棟建屋の影からも魔者達の姿が。

 その数、もう数える事すら困難を極める。



 ジョゾウは屋上にてレヴィトーンと対決中。
 アージは入出場ゲート前で応戦中。

 ならばマヴォとズーダーは二人だけで福留達を守らねばならない。
 それも、無数の魔剣使いを相手にして。

 果たして、そこに活路はあるのだろうか。





 一方その頃―――
 魔特隊本部、地下訓練場。

 襲撃の事などいざ知らず、淡々と修行を続けるアンディとナターシャ。
 しかしその二人にも忍び寄る魔の手が。

 この時、小さな二人の前に立ち塞がったのは―――巨人。

 身長四メートルはあろうかという巨大ななりを持つ、一人の魔者であった。


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