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第二十五節「双塔堕つ 襲撃の猛威 世界が揺らいだ日」

~夕日に黄昏れ天に想ふ~

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 冬暮れの訪れは早い。
 斜陽が本部建屋をも覆い尽くし、白かった壁をオレンジ一色に染め上げる。
 更には状況が拍車を掛け、その彩りが建屋の中にまで黄昏を導いていた。

 勇達が去った後はとても静かなままだ。
 福留が全ての用意を済ませ、戻って来たのにも拘らず。
 誰も語る事無く机に座り込み、ただただ無言で時を待つ。

 時計の針が「カチッカチッ」とリズムを囀る中で。

 緊張で各々の息が詰まる。
 一言喋る事すら憚れる、張り詰めた雰囲気の中で。
 まるで吸い込む酸素すら流れを止めたのではないかと思える程に。

 本来なら騒ぎ立てるであろうあの兄妹チビッコ達は今も地下訓練場に行ったきり。
 状況も知らないままだが、今の二人には難しい話など不要だろう。

 アージやマヴォもただじっと体を休ませるばかりで語ろうとはしない。
 少しでも疲労を抜き、万全を期そうと体を滾らせていたのだから。

 さすがに空気を読んだのか、あのカプロが静かとは珍しいもので。
 ひたすらスマートフォンをフリックし続け、健全な動物画像裸婦画を漁り続けている。

 ニャラもいつになく静かで、勇の椅子に座って様子見中。
 潰れた机は若干扱い辛そうだが、それでも頑張って頬杖を突く姿がどことなく健気だ。

 ズーダー達もテレビ前の三人用ソファーに五人で詰めて座ってじっとしている。
 体が細いというのはこういう時に限って便利なものだ。

 そしてあのジョゾウはと言えば――― 

「……少し、外の風を受けとう御座る」

 やはりこの空気には耐えられなかった様で。
 一人そっと席を立ち、福留にそう訴える姿が。

「わかりました。 出来ればすぐに戻ってきてください」

 今は緊急事態ではあるが、だからと言って何もしてはいけない訳でもない。
 なんならテレビを見ても構わないし、談話する事だっていい。

 ただ、そうしたくないだけに過ぎないのだ。
 勇達が死地に向かっている最中だからこそ。

 そうわかっているから福留も無理に引き留めはしない。
 事が起きなければ戻らなくても平気だ、とさえ思っている。
 〝出来れば〟なんて言っているが、そんなのは建前に過ぎないから。

 そんな想いを知ってか知らずか、ジョゾウがのそりのそりと歩き去る。
 纏わり付いた陰鬱な空気を拭い去るかの如く、羽根をさららと流しながら。



「確かに緊急事態かもしれぬがぁ……根詰めてはいざという時に体が動かぬものよ。 かの様な時こそ羽根を伸ばさねばな」

 ジョゾウの様な種族ほど〝羽根を伸ばす〟なんて言葉が相応しい者は居ないだろう。
 その一言通り、自身の腕を伸ばして屈伸しながら階段を昇り行く。

 目指すのは屋上だ。
 特に意識した訳ではない。
 ただ、そこに行きたいと思ったから。
 無意識に高い所へ向かうのは鳥型ならでは、といった所か。

 そして閉じられた屋上への扉を前にして、遠慮する事も無く押し開く。

 その途端、扉の隙間から外風が勢いよく流れ込み、羽根を僅かに靡かせて。
 同時に澄みきった冷気をも呼び込み、小さく開いた嘴が惜しげ無く取り込んでいく。

 ただそれだけでは満足出来なかった様で。
 遂にはその身体全てを外気に晒し、節々に絡んだ火照りをも拭い去る。
 屋上はいつも飛び立つ際に使う離着陸場なのだ、踏み出す事に何の抵抗があろうか。

 出入口の前で果ての黄昏を眺めつつ、内に籠った熱さえ口から吐き出して。
 輝きに瞼を細めながら、穏やかな陽光できめ細かな羽根を解していく。
 保温性に優れた身体であるが故に、暖房の効いた空気はいささか酷か。
 
 この冬の気候くらいが、ジョゾウには丁度良いらしい。
 その証拠に、外気に晒された時の顔には笑みが零れていて。
 どうやらこれだけでも十二分にストレスを吐き出す事が出来た様だ。



「あぁ……なんという美しい夕焼けだろうか。 かつて友と見た昇陽ともたがわぬ」



 だがそんな時、ジョゾウの耳に聴いた事の無い声が届く。
 それに気付き、ふと視線だけを向けると―――

 そこには見知らぬ魔者が一人。

 ジョゾウと同様に夕日を眺め、黄昏る。
 腕を組み、その細い体をしゃんと伸ばしながら。

 その魔者、ジョゾウと同じ―――鳥型。

 漆黒の羽根をその身に纏い、鋭く尖った嘴を斜に構えて空を突き。
 身体は僅かにジョゾウよりも小柄、そうでありながらも力強さを感じさせる佇まい。
 しかして羽根先は荒れ果ててまばら、体のかしこに傷跡も浮かんでいて。
 幾多もの修羅場を潜り抜けて来た事がそれだけで察せる程だ。
 胴羽毛の上には専用の鎖帷子を、首には鈍黄色で燻った襟巻が風で靡いている。
 そして特筆する点は、背に背負っただろう。

 いや、言うなればそれは―――陣太刀か。

 柳色の鞘に納められたその刀身は長く、背負われていながら地を突きそうな程で。
 それでいて反り曲がり、その長さに拍車をかけるかのよう。
 鍔も独特で、金で象られた鱗獣の如き造形が異質を誘う。
 当然柄も相応に長く、全長で見ればその魔者さえ追い越す程だ。

 だがそんな荒々しい風貌にも拘らず、敵意は一切無い。
 ただ静かに黄昏れ、沈みゆく夕日に想いを馳せるのみ。

「幾度ともこの夕焼けを拝みたきものよな。 ……其方、どこから来たのであろうか?」

「果てから」

「左様か。 長き旅であったろうな。 連れは?」

「一人だ……常にな」

 そんな彼の返す言葉はいずれも舌足らずの曖昧さで。
 それでいて滲む孤高感が哀愁さえ漂わせる。

「―――不躾ぶしつけ事を訊いてしもうたな、失礼仕った」

「気にするな。 なぁに、長ければ慣れもする」

 とはいえ、そんな言葉遣いも人によってはこれ以上無く伝わる事も有る。
 むしろジョゾウにとってはこれくらい単純である方がわかり易いのだろう。
 〝常に一人〟という言葉が如何な悲哀を意味するのか、という事も。

 その意味がしっかりと伝わったからだろうか。
 気付けば微笑みを向け合う姿が。
 共に嘴元へと笑窪を浮かばせて。

「拙僧はカラクラ族のジョゾウ。 其方は?」

「俺はアルアバ族のレヴィトーンだ、よろしく頼む」

 果てにはこうして名を語り合うまでに至り。

 沈みゆく夕日へ再び眼を向けながら、二人はなお言葉を交わす。
 黄昏の前に相応しい、しみじみとした小話を。

「なぁジョゾウとやら。 何故、こうも世界は理不尽なのだろうな」

「理不尽、其方はそう思うのだな」

「ああ。 時折であるが、そう思う事がある。 たった今もそうだ。 ああして落ちる夕日の如く、世界は俺達の意思など無視して先へ先へと進んでいく。 これの如何に残酷な事か。 いっそ時など止まってしまえば良いとさえ思う」

 その時ふと、レヴィトーンが視線を大空へと見上げて向ける。
 深藍に染まりつつある彼方へと。

 しかし眺めるのは景色では無く虚空で。
 ぼやけた視界にかつての記憶が浮かび上がってくるかのよう。
 一人ではなかったかつての記憶が、ゆらりゆらりと。

「それ故か、何度も、空が落ちる夢を見た。 飛んでいると、落ちてきた空に押し潰されて、大地に叩き付けられる夢だ」

「それは何とも凄惨な夢よ」

「ああ。 そして、視界が真っ黒になってから、決まって目覚めるのだ。 そこでようやく気付く……〝俺はまだ落ちていない〟と。 そしてその度に、思うのだ。 空を落としてはいけないのだと」

 虚空の景色と、この話に繋がりがあるかは彼自身にしかわからない。
 それだけ曖昧で、抽象的で、ただただ情緒的だったから。
 ただ、詰まっては抜ける様に語られた言葉は、感情さえも押し出していく。

 そうして積み上がり感極まった想いが、目元に雫を呼び、遂には流れ落ちる。
 荒れて燻った羽根の上を、まるで滑り行く宝石の様にぽろぽろと。

 そこに想いしは―――果ての滅びか。



「そうだ、空は……落ちてはいけないのだ。 なれば我等【救世】がそれを防がねばならん」



 例え世界が混沌としようとも。
 孤独である者に、もはや憂い無し。


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