上 下
681 / 1,197
第二十五節「双塔堕つ 襲撃の猛威 世界が揺らいだ日」

~全世界に向けた声明~

しおりを挟む
 〝東京都庁が魔者達によって占拠〟
 この前代未聞とも言える大事件により、東京が、日本全土が騒然とする事となる。

 事件が発覚したのは発生後間も無くの事だった。
 逃げおおせた者達がこぞって警察に飛び込み、あるいはSNSを通して拡散したからだ。

 事態は瞬く間に進み、現在都庁周辺は警察と自衛隊によって包囲済み。
 とはいえ場所が場所とあって完全に封鎖する事は難しく。
 更にその周りを大量の報道陣とやじ馬が囲い込み、都庁周辺を賑わせる。

 きっと誰しもまだ、これはただの占拠事件としか思っていないのだろう。
 当事者になりえるとは思っていないのだろう。
 ただ本物の魔者を見る為だけに来た者も居るのだろう。

 だが、すぐに彼等は知る事になる。
 自分達が見せつけられているのが、決して暴力やテロリズムではないという事を。

 自分達が決して蚊帳の外の人間なのではないという事を。





 都庁が魔者に占拠された話は、勇達魔特隊の下にも当然届いている。
 警察を通して情報がリークされたからだ。

 それに、テレビももう既に緊急特番だらけで。
 どの放送局もがこぞって事件の現場を克明に伝え続けている。
 わざわざ現地に赴かなくとも状況がわかる程に。



 そう、勇達はテレビを通して現場の状況を確認している。
 まだ本部に居たのだ。



 それもそのはず。
 今回の事件がデュゼロー達の仕業とはまだ証明されていないからである。
 これ程の騒ぎの中でも、当人を映した証拠映像が見つかっていないのだ。

 関係している事はほぼほぼ確実と言えよう。
 しかし当人の姿は未だ見られず、画像なども上がっていない。
 庁舎の中で悠長に写真を撮る者など居なかったから。
 
 そうなれば、この都庁制圧が罠である可能性も否定出来ない。
 意図が読めない以上、迂闊に飛び込むのは危険だ。

 そういう事もあって国からの出撃許可はまだ下りず。
 福留も「まだ出撃するべきではない」と待機指示を出したまま。
 今はただ、目前の映像に歯痒さを噛み締める他ない。

 とはいえ、その歯痒さは少し別の方向性ベクトルの話題に対してだが。

「コイツラ、ほんと好き勝手言ってんなぁ」

 こうして心輝がイラつきを見せるのは、テレビそのものに対してだ。

 それというのも、特番に合わせて現場聴取インタビューや〝専門家〟の意見までが飛び交っていて。
 いずれもがどうにも見当違いな事ばかりを述べるものなのだから。

 彼等が宣っているのはこんな意見ばかり。

 〝こんな事件を引き起こして、警察や自衛隊は何をしていたのか〟
 〝政府は何故彼等を侵入させてしまったのか、政治責任だ〟
 〝東京の安全意識に問題があるのではないか〟
 〝テロリストを許す様な税金の使われ方でいいのか〟
 〝即刻魔者達を射殺して都庁を取り返すべき。 彼等は人間ではない〟

 ―――全く以って的外れだ。

 治安を守るのが警察の役目だが、その警備網も完璧ではなく。
 デュゼロー達の様に巧妙に隠れて動かれれば、察知する事は困難で。
 自衛隊に至っては精々海・空域くらいしか防衛行動を起こしていない。

 政治追及に至っては筋違いもいい所だ。
 彼等は日本の統括政治を行うだけで、直接治安を守っている訳ではないのだから。

 安全対策もこれ以上は厳しいだろう。
 国民自身気付かない者も多いが、これでも世界を誇る程に治安維持が徹底されている。
 それでもなお潜り抜けられるデュゼロー達が巧妙過ぎるのだ。

 そして何より、最後の意見が最も無神経で。
 これには勇達もが憤りを隠せない。

「手を出せる訳がないだろ……魔者に普通の武器が効かない事はもう皆知ってる事じゃないか。 それに簡単に殺すなんて、そんな事をどうして平気で言えるんだッ!!」

 そう宣う者に魔者への人権観はもはや存在しない。
 だからさも当然の様にそんな事を言い放つ事が出来る。
 理屈的にも、倫理的にもおかしいと思わずに。

 それに、世界には魔者の特性も既に公表されている。
 直接的な通常兵器は不思議な力で弾かれて、通用しないのだと。
 命力というキーワードこそ伏せられているが。

 故に彼等は〝自衛隊が魔者を殺せる武器を持っている〟とでも思っているのだろう。
 その武器のお陰で魔者達を〝従えている〟のだと。

 だからこそ勇達は憤る。
 自分達の勝手な思い込みで何でも出来ると信じ切っている事が。
 それ程までに、まだ人々が魔者に対して〝同等の価値観〟を持てていないという事に。

 魔者達と手を取り合う為に今日まで戦ってきた。
 それを否定されたかの様で、悔しくてならなかったのだ。

 そうなれば嫌気も差すだろう。
 何も知らずに無責任な事を語る者に。
 何かと政治批判に繋げる報道陣に。
 なまじ全容を知っているからこそ。

「福留さん、俺達は一体いつ出撃出来るんですか……?」

「まだわかりません。 今はまだ相手の目的も意図も読めませんし、中の状況すらわかりませんから。 都知事の姿が無い所を見ると、恐らく人質に取られているのでしょう。 迂闊に手を出して人質に被害が出るのだけは避けねばなりません」

 ただ、だからと言って感情のままに動く事も出来ない。
 動いてしまえば勇達の存在が露呈しかねないのだから。

 やり場の無い焦りが勇達を包む。
 ただ刻々と番組が情報を垂れ流し続ける中で。



 するとその時、突如として室内に電子コール音が鳴り響く。
 スマートフォンの着信音だ。



 それに気付いて筐体を持ち上げたのは、他でも無い福留で。
 手早く通話を始め、淡々と相槌を打つ。
 勇達が静まりかえる中で。

「はい、えぇ……えッ!?」

 しかし間も無く何かに驚き、動揺を見せていて。
 空かさず電話を充てたままテレビのリモコンを手に、チャンネルを切り替える。

 そしてその時初めて、勇達は気付く事となる。
 切り替えた先のチャンネルだけが、他の局とは全く異なる様相を誇っていた事に。

 映し出されたのは、あの日之本テレビのチャンネルだ。
 その伝えていた内容はと言えば―――



「―――繰り返します。 当局の報道員が都庁を占拠したテロリストの首謀者と思しき者達と接触し、彼等の声明を直に伝えるとの事です。 情報ですと、これより……三分後、15:00より報道員からの映像が動画投稿サイトにて生放送されるという事です―――」



 この急展開に、さすがの福留も眉を細めさせる。
 もはや表情は真剣そのもので、いつもの余裕は見られない。

 何せ出し抜かれたといっても過言ではない状況なのだ。
 用意周到とも言える事態の連続に、焦燥感を感じずにはいられないのだろう。

「福留さん、これって……!?」

「えぇ、きっとデュゼローの仕業でしょう。 さて、何をしでかしてくれるのでしょうねぇ」

 そんな事をぼやきつつ、勇達が目の前の画面に釘付けとなる。
 黒い画面を流し続ける番組へと、ただただ静かに。



 これから始まるのは、海外企業運営の有名動画投稿サイトでの生配信動画である。
 つまり国境無しグローバルフリーの動画だという事だ。

 要するに、これから流れる映像は日本のみならず、世界が閲覧する事となる。
 果たしてそれが吉と出るか、凶と出るか。

 勇達にそれを推し量る事は、まだ出来そうにない。 
 




 今この時も、多くの者達が動画開始を今か今かと待ち続けている。
 それは勇達の両親や愛希達、池上や倉持も決して例外では無かった。
 




 藤咲家では―――

 早い時間にも拘らず、父親が帰宅を果たす。
 勤務先の会社が異様な状況に気付き、社員に帰宅を促したからである。

 母親の方は元々休みの在宅中で。
 夫が帰って来た時には驚きを見せたものだ。

 でも、勇達の事情を知る二人としては内心気が気でなかった事だろう。
 魔者による都庁占拠など、明らかに息子の活動範疇と言える出来事だったのだから。
 深くその事情に関わっているだけに、不安を隠せない。

「日本は一体どうなっちゃうのかしら……」

「大丈夫さ、きっと勇達が何とかしてくれるよ」

 ただ、勇達が強い事も知っている。
 これまで幾度と無く苦難を乗り越えてきた事も。
 だから今は信頼し、状況に身を委ねるだけだ。

 心配そうな母親の肩を、そっと父親が腕で包んでその心配を和らげる。
 そうして今は彼の胸に頭を預け、二人は寄り添いながら静かにテレビを眺めるのだった。





 愛希達は―――

『藍:テレビ見た!? ヤバイ!!』

『風香:日本終了ってやつ?』

「バーカ、そんな簡単に日本が終わる訳ないっての……」

 現在、愛希は状況も知らないまま受験勉強中。
 今年度最後の入試に向け、必死に参考書を読み回している最中で。
 そういう事もあって、この時間は仲間とも連絡し合わないはずだったのだが。

 突如グループメッセージが入り、いざ覗いてみれば―――『日本終了』の文字が。
 半ば呆れ気味にシャープペンシルを指先でくるりと回し、スマートフォンをコトリと机に戻す。

 とはいえ、そうボヤキつつもやはり何か気になった様で。
 好奇心のままにテレビの電源を付けてみれば―――
 
「何、これ……」

 画面に映り込んだ現実が、たちまち愛希を愕然へと追い込む事となる。

 余りにも常軌を逸した状況に、もはや絶句する他無く。
 勉強の熱意すら吹き飛び、ただただ画面に釘付けとなっていた。





 倉持ジムでは―――

 池上が一心不乱にサンドバッグを殴り続ける。
 部屋の隅に設置されたテレビに視線を一切移す事無く。
 粗雑な彼の事だ、きっと世俗には一切興味が無いのだろう。

 ただ、オーナーである倉持は別な様だ。
 
「おいコウ、ちょっとこっち来てみろ。 とんでもない事になってるぞ」

「オーナー、試合近いんスよ? ちょっとでも仕上げとかねェと」

「馬鹿野郎、その試合すら怪しくなるレベルでヤバそうだ」

「あん?」

 そう言われ、池上が腕を動かしつつもテレビへ視線を向ける。

 とはいえ、動画開始にはまだ至っておらず。
 画面はまだ黒の映像が続くだけで動きは全く無い。

 ただ、逆にそれが際立って見えたのだろうか。
 腕の動きが次第に緩みを帯びていく。
 それも口をポカンと開かせながら。

 単純に、状況が理解出来ていないが故に。
 なにせたった今からテレビを見始めたのだから無理も無いだろう。





 彼等だけではない。
 日本だけではない。
 事を知った多くの者達が、世界中でこぞって待機中の動画ページを開いていく。
 それは米国外交官のミシェルや、中国軍人の龍なども例外ではなく。

 そんな者達の不安と期待が入り混じえながら、時は過ぎ―――



 そして多くの人々が注目する中、問題の動画が遂に配信開始されたのだった。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

男装の皇族姫

shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。 領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。 しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。 だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。 そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。 なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

龍騎士イリス☆ユグドラシルの霊樹の下で

ウッド
ファンタジー
霊樹ユグドラシルの根っこにあるウッドエルフの集落に住む少女イリス。 入ったらダメと言われたら入り、登ったらダメと言われたら登る。 ええい!小娘!ダメだっちゅーとろーが! だからターザンごっこすんなぁーーー!! こんな破天荒娘の教育係になった私、緑の大精霊シルフェリア。 寿命を迎える前に何とかせにゃならん! 果たして暴走小娘イリスを教育する事が出来るのか?! そんな私の奮闘記です。 しかし途中からあんまし出てこなくなっちゃう・・・ おい作者よ裏で話し合おうじゃないか・・・ ・・・つーかタイトル何とかならんかったんかい!

処理中です...