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第二十五節「双塔堕つ 襲撃の猛威 世界が揺らいだ日」
~東京包囲網~
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「すいません、遅くなりました!!」
勇が本部に辿り着いたのは、亜月を病院に連れて行ってからおおよそ三〇分後の事。
緊急事態ともあって外壁を飛び越え、グラウンドを突っ切っての参上だ。
事務室にはもう既に仲間達が勢ぞろいしている。
本部住みの者達は元より、茶奈や心輝、瀬玲も。
福留も事務所に居たのだろう、笠本と平野も既に待機済みだ。
ジョゾウも丁度帰国しており、フルメンバーでの出迎えである。
それにもう福留から話を聞いているのだろう。
いずれも神妙な面持ちを浮かべている。
電話での話だけでも危機感が充分に伝わった様だ。
「ご苦労様です。 着いたばかりの所を申し訳ありませんが、早速事情の詳細説明を願います」
もちろん話はそれだけで済む訳も無い。
直接語らなくてはならない事も多いのだから。
だからこそ今、勇は語る。
先程起きた事件、その顛末を。
代々田公園でデュゼローと遭遇した事。
デュゼローにイビドとドゥゼナーという魔者二人の仲間が居た事。
【ラパヨチャの笛】の模造品を所持していた事。
亜月が操られた事と、自ら抵抗して負傷した事。
そして井出に助けられた事も。
何もかもをも包み隠さず、淡々と伝えていく。
次々と明らかとなっていく事実に、仲間達も動揺を隠しきれない。
「でも、あずは無事だ。 出血は酷かったけど、空元気を見せるくらいの余裕はあったよ。 今頃治療を受けている頃だし、レンネィさんにも面倒見てくれるよう頼んだから心配は要らないと思う」
「ふぅ~……アイツ無茶しやがんなぁ」
「ホント、どっかの誰かとソックリだわ」
とはいえ、亜月に関する事は良い安定剤となった様だ。
驚きや喜びよりも、安堵の微笑みが面々に浮かぶ。
無事だった事も既に伝わっていたからだろう。
「報告ありがとうございます。 実はあの電話の後、とある調査部へ問い合わせたのですが……やはり勇君の言った通りでした。 既にネットでは勇君とデュゼロー氏達の映った画像が流出しています。 幸い、魔者を焦点に当てているので勇君達の素顔はいずれもわかりませんがね」
それに、どうやら福留は裏も取っていたらしい。
勇の話に加えてそういった画像があれば、信憑性が真実へと繋がるから。
そしてその確定情報さえあれば、政府や公共機関を使う事も可能だ。
「ただその証拠があったからこそ、然るべき機関に協力要請する事も出来ました。 今頃警察と自衛隊が秘密裏に東京中へ配置され始めているはずです」
「良かった、それなら相手も簡単には行動出来ないかもしれない」
「ええ。 しかし油断は禁物です。 何せ東京は狭い様で広い。 隠れ場所も多く、全てを探すのは難しいでしょうから。 なので我々は大事に備える必要があります」
福留はその情報を以って、既に全ての御膳立てを済ませた様子。
その顔には自信を覗かせた真剣な表情を浮かべている。
こういった事に抜かり無い福留なのだから心配は無いだろう。
それを知って勇も安心した様で。
何やら颯爽と振り返り、事務室の外へと足を掛ける。
「勇君、どこへ?」
「俺も新宿付近でもう一度調査してきます! もしかしたらデュゼロー達の痕跡がどこかに残っているかもしれないですから!」
どうやら勇はやる気満々だ。
デュゼローに追い詰められた事がそれほど悔しかったのだろうか。
もう既に気力は戻り、命力も安定している。
ならばと、自らも捜索に加わるつもりなのだ。
「警察や自衛隊だけでは心もとない」という気持ちも少なからず抱いていたからこそ。
何せ相手は普通ではない。
むしろ人間を遥かに超越した存在なのだから。
例え見つけたとしても、目撃者を生かして帰すとは思えない。
だからこそ「自分の様な存在が必要なのではないか」と奮い立ったのだろう。
だが―――
「お待ちなさい。 魔特隊は全員、この場で待機です」
「なっ!? なんでですか!?」
その時、福留が厳しい一言で勇を塞き止める。
これには勇だけでなく、仲間達もが疑問を声で漏らしていて。
たちまち全員の視線が中心の福留へと向けられる事に。
しかし福留は依然として首を横に振って見せる。
「それは、我々の様な少数精鋭が出張った所で何の意味も無いからです。 こういった大規模捜査は人員数こそが全てですから。 それに相手がすぐ見つかるとは限りません。 見つかるのが今なのか、それとも明日明後日になるのかも。 なのに勇君が最初から出払ってしまえば、万全を期す事は出来ないでしょう」
「ですが、もし仮に見つかったら―――」
「見つかったらその時はその時です。 もし彼等が捜査員を手に掛ければ、定時連絡が抜けてすぐに察知されるでしょう。 異変があれば即座にこちらへ連絡するよう伝えてありますから問題ありません。 それから動けばよいだけです」
それは、福留が勇達を暗に特別視していないからこそ。
現実を良く知り、各々の役目を理解しているからである。
福留の言う通り、こういった大規模捜索の要は人員だ。
人が多ければ多いほど、捜索範囲における調査速度も精度も格段に上がる。
それに、もし仮に目撃者が相手の手に掛かる事になろうとも、対処はそう難しくない。
定時連絡手段やGPS追跡など、捜査員だけが持つ情報を持たせれば逆探知は容易で。
手に掛ければそれだけで異変が統括部署に伝わり、然るべき対処が行われる。
つまり、勇達へ正式な出撃要請が下るだろう。
手を掛けずに放置すれば目撃者が伝えて終わりと、道理は簡単だ。
「それにもし皆さんが闇雲に動いて散り散りになれば、いざという時に統制が取れなくなります。 向かうならば揃って行く方が確実で、何より無駄が無い。 あと忘れてはいけないのは、君達が極秘の存在であるという事です。 街中で飛び回るつもりだったとは言わせませんよ?」
「そ、それは……はい、すいません」
それに勇達が行けないのは当然、彼等が魔特隊だから。
本来は街中に魔剣を持って出歩く事は愚か、飛び回る事さえご法度で。
なのに自ら飛び出してしまえば、それこそ問題が噴出する事だろう。
魔者勢が出っ張ればなおの事だ。
今回は夜間だったから幸いしたものの、昼間になれば街を飛び跳ねる事など出来はしない。
すぐに見つかって、写真を撮られて問題視される事請け合いである。
そんな事は考えればすぐにわかりそうなのだが。
冷静な様に見えて、勇はまだまだ頭に血が上ったままの様だ。
「今は待ちましょう。 捜査班を信じてあげてください」
しかし福留がこうして宥めれば、そんな勇でもすぐに気付ける。
如何に自分が冷静さを欠いていたか、という事を。
ご存知の通り、勇はとても感情を顔に出し易い。
当人が気付けなくとも、周りが気付けてしまう程に。
故に、そう気付いていたのはどうやら福留だけではなさそう。
ふと周りを見れば、茶奈達もが「ふふっ」と笑っていて。
そこで勇は改めて気付く事になる。
〝空回りしていたのは自分だけだったのか〟と。
となれば、血が上る先は頭から頬へ。
何とも言えぬ羞恥心に苛まれ、堪らず目を逸らして耳後ろを掻き毟る。
自分の提案が如何に荒唐無稽だったかにも気付かされたから。
遂には誤魔化す様に「ニシシ」と苦笑いする有様である。
「わかって頂けた様で何よりです。 さてそれでですが―――」
そんな恥も福留にはお見通しだった様で。
「ウンウン」と頷きを見せ、いつも通りのゆるりとした口調で場を納める。
でも、その緩い雰囲気はここまでだ。
そう言い切った途端、福留の細い目が見開かれて。
緩んでいた口元がたちまち「キュッ」と引き締まる。
「皆さん、今より暫くこの事務室から退室せぬようお願い致します。 もし許可無く出た場合は、反逆罪を問われかねないのでご了承を」
「「「えっ!?」」」
そうして放たれた一言は、皆を責め立てる様に厳しく、それでいて低く唸る様に重く。
福留の今まで見られなかった一面がまた一つ露わとなったのだ。
だがこれは決して、実際に責めている訳ではない。
これもまた福留の考える〝対策〟の一つに過ぎないのだから。
「これから念の為に全員の持ち物検査と身体調査、自室及び家宅捜索を行わさせて頂きます。 間も無く検査人員がこちらに到着予定ですので、それまでは待機を。 スマートフォン等の使用も避けてください。 藤咲家、園部家、相沢家に関しては私が直接連絡します」
そう、福留は不安要素を徹底的に排除するつもりなのだ。
まずは勇達という最も近しい存在から。
何故ならば―――
「皆を疑っている訳ではありません―――が、この中に内通者が居る可能性も否定出来ません。 なので、皆の潔白を証明する必要があるのです」
どこに内通者が潜んでいるのか、わからないからである。
デュゼローは明らかに魔特隊の事を知っていた。
活動内容こそ明言していないが、だからと言って漏れている可能性は否定出来ない。
ではそれがどこから漏れたのか。
それがまずわからない。
必ず出所があるはずだが、見当も付かないのだ。
だからこそ、先ずは最も情報の濃い所から証明する必要がある。
それが、この魔特隊そのもの。
この中に内通者が居ないと証明するまで、誰も安心する事など出来はしない。
晒された当団体だからと盲点になりやすい対象だからこそ。
「なるほどな。 我々が先んじて白とならなければ他が安心出来んか。 ならば仕方あるまい」
「めんどくせーなぁ。 命力の会話なら『やってない』って言うだけでわかるじゃんか」
「そうはいきません。 私達が示すべき相手は、その命力を持たない相手なのですから」
「ささもっちゃん、そう言うけど、俺達を知ってるのは大体その命力の事を知ってるんじゃないか?」
対する仲間達の反応は様々だ。
心輝の様に直情的な者は怒りを示すし、瀬玲に至っては呆れて鼻で笑う始末で。
ナターシャはアンディに、平野は福留に同調してただ頷くのみ。
茶奈やジョゾウも「仕方ない」とアージに続いて深々と納得する様を見せていて。
ニャラに至っては「身体検査ってどんな事するんですかぁ?」と別方面で悩む姿が。
カプロはそんな彼女の姿に悶々としていて、もはや調査の事など蚊帳の外。
勇も基本的には同意を見せ、むしろ「徹底的にやって欲しい」と願う程だ。
つまり、誰しもが渋々だろうと納得してはいる。
ただし、ある一人を除いては。
「少し待ってほしい。 仲間を疑う様な真似は今後の信頼を揺るがす問題になるのでは……」
それはズーダー。
この魔特隊の中で最も新参とも言える彼である。
そのズーダーがまるで同族の四人を庇う様にして立ち、首を横に振る。
とはいえ、どちらかと言えば頑なというよりも困惑の様相で、だが。
「えぇ、ズーダーさんの言い分もわかります。 ですが客観的に証明するにはこうするしかないのです。 我々は我々だけで活動している訳ではないのですから。 支援してくれている政府や各国に潔白を証明する為にも、これだけは成さねばなりません。 決して疑いたい訳ではないですから、どうか安心して頂きたい」
「だが、だが……」
今の彼に、出会った時の様な覇気は無い。
少なくとも、外敵から里を守りたいと思える程の心意気は。
ただ、それは単に元へと戻ったに過ぎない。
勇達と共に過ごす事で、本来あるべき姿を取り戻したからだ。
彼等もまた争いを好まない隠れ里の住人だったからこそ。
短くとも長い時を共に過ごす事で、勇達を信頼し始めたから。
それでもこうして拒否したのは―――その信頼を失いたくなかったから。
狭い隠れ里で生きるには規律を守り、皆で同調する必要があった。
守らなければ、力を合わせねば里を危機に晒す事にもなり得るからこそ。
そんな世界で生きてきて、その生き方に順応して、今の彼が在る。
だからこそ疑われるのが怖い。
疑うのが怖い。
その感情が根底にあるから、ズーダーは否定する。
仲間を裏切りたくないと、疑う事そのものを否定したのである。
彼はカプロとは違う。
とても繊細なのだ。
その体の細さと同様にして。
すると、そんな悩みを見せるズーダーの肩にぺたりとした感覚が。
ジョゾウがその手を肩に充てていたのである。
「ズーダー殿、疚しき事無きと思わば堂々と受けた方が良かろうな。 疑う事を恐れて否なれば、なお疑いは強くなるばかりぞ?」
「あぁ、わかっている、わかっているとも。 だが、私はそれでも仲間を疑いたくないのだ……」
「うむ、うむ。 ヌシの気持ちはようわかるつもりよ。 拙僧も家族や友を裏切りたくないが故にな」
きっとこうして宥めているのは、ジョゾウ自身にも思う所があるからなのだろう。
つい最近も、そんな擦れ違いから別れたゴゴンを失ったばかりで。
辛いのは一緒なはずなのに。
でも、それでも宥めたいと思ったのは、ジョゾウが一度人の上に立つ事を知ったから。
ただ悲しむだけではなく、心を鬼にする事も必要だと悟ったから。
だからこそ苦悩を共有し、心を軽くさせたいと思ったのだろう。
それがジョゾウという男であるが故に。
「ズーダー、我々は大丈夫だ。 皆で証明しよう、我々は潔白であると。 そして真の魔特隊隊員の一人として認めて貰おう」
そのジョゾウの励ましに続き、今度はズーダーの仲間達までが彼を囲う。
どうやら彼等はズーダーよりも先に覚悟を決めた様だ。
それはもしかしたら、自分達が枷となっていた事に気付いたからなのかもしれない。
「ボーデー、皆……ああ、わかった。 すまない、取り乱してしまって。 福留殿、我儘を言ってしまい、申し訳なく思う」
「いえいえ。 これを乗り越えればきっと確固たる信頼が結べると思いますから。 何も無いと信じていますからねぇ」
その仲間達のおかげで場がようやく纏まる事となる。
全員が一致団結して最初の関門を突破する為に。
この程度では揺るがない信頼が、彼等にはあるのだろうから。
その後、検査員達が到着し、間も無く勇達の検査が行われた。
……が、当然の如く結果は全員潔白。
事務室に揃って安堵の声が上がる。
とはいえ、これで全ての疑惑が取り払われた訳ではないだろう。
既にデュゼローが行動し終えた後で、証拠隠滅後とも言い切れないからこそ。
けれど今はこれでも充分だ。
少なくとも、これを一致団結して受けられた事は勇達にとってプラスだったから。
結果的に絆を深め、信頼を強める事が出来たのだから。
「魔特隊は出動命令があるまで事務所にて待機。 仲間と連携を取って仮眠などを取りつつ、即時出撃が出来る様に準備を整えましょう」
「「「了解!」」」
こうして、勇達は来たるべき戦いに備えて牙を研ぐ。
高揚と使命感、そして不安さえも焼き付けて。
今はただ、迫る苦難を乗り越える為に。
勇が本部に辿り着いたのは、亜月を病院に連れて行ってからおおよそ三〇分後の事。
緊急事態ともあって外壁を飛び越え、グラウンドを突っ切っての参上だ。
事務室にはもう既に仲間達が勢ぞろいしている。
本部住みの者達は元より、茶奈や心輝、瀬玲も。
福留も事務所に居たのだろう、笠本と平野も既に待機済みだ。
ジョゾウも丁度帰国しており、フルメンバーでの出迎えである。
それにもう福留から話を聞いているのだろう。
いずれも神妙な面持ちを浮かべている。
電話での話だけでも危機感が充分に伝わった様だ。
「ご苦労様です。 着いたばかりの所を申し訳ありませんが、早速事情の詳細説明を願います」
もちろん話はそれだけで済む訳も無い。
直接語らなくてはならない事も多いのだから。
だからこそ今、勇は語る。
先程起きた事件、その顛末を。
代々田公園でデュゼローと遭遇した事。
デュゼローにイビドとドゥゼナーという魔者二人の仲間が居た事。
【ラパヨチャの笛】の模造品を所持していた事。
亜月が操られた事と、自ら抵抗して負傷した事。
そして井出に助けられた事も。
何もかもをも包み隠さず、淡々と伝えていく。
次々と明らかとなっていく事実に、仲間達も動揺を隠しきれない。
「でも、あずは無事だ。 出血は酷かったけど、空元気を見せるくらいの余裕はあったよ。 今頃治療を受けている頃だし、レンネィさんにも面倒見てくれるよう頼んだから心配は要らないと思う」
「ふぅ~……アイツ無茶しやがんなぁ」
「ホント、どっかの誰かとソックリだわ」
とはいえ、亜月に関する事は良い安定剤となった様だ。
驚きや喜びよりも、安堵の微笑みが面々に浮かぶ。
無事だった事も既に伝わっていたからだろう。
「報告ありがとうございます。 実はあの電話の後、とある調査部へ問い合わせたのですが……やはり勇君の言った通りでした。 既にネットでは勇君とデュゼロー氏達の映った画像が流出しています。 幸い、魔者を焦点に当てているので勇君達の素顔はいずれもわかりませんがね」
それに、どうやら福留は裏も取っていたらしい。
勇の話に加えてそういった画像があれば、信憑性が真実へと繋がるから。
そしてその確定情報さえあれば、政府や公共機関を使う事も可能だ。
「ただその証拠があったからこそ、然るべき機関に協力要請する事も出来ました。 今頃警察と自衛隊が秘密裏に東京中へ配置され始めているはずです」
「良かった、それなら相手も簡単には行動出来ないかもしれない」
「ええ。 しかし油断は禁物です。 何せ東京は狭い様で広い。 隠れ場所も多く、全てを探すのは難しいでしょうから。 なので我々は大事に備える必要があります」
福留はその情報を以って、既に全ての御膳立てを済ませた様子。
その顔には自信を覗かせた真剣な表情を浮かべている。
こういった事に抜かり無い福留なのだから心配は無いだろう。
それを知って勇も安心した様で。
何やら颯爽と振り返り、事務室の外へと足を掛ける。
「勇君、どこへ?」
「俺も新宿付近でもう一度調査してきます! もしかしたらデュゼロー達の痕跡がどこかに残っているかもしれないですから!」
どうやら勇はやる気満々だ。
デュゼローに追い詰められた事がそれほど悔しかったのだろうか。
もう既に気力は戻り、命力も安定している。
ならばと、自らも捜索に加わるつもりなのだ。
「警察や自衛隊だけでは心もとない」という気持ちも少なからず抱いていたからこそ。
何せ相手は普通ではない。
むしろ人間を遥かに超越した存在なのだから。
例え見つけたとしても、目撃者を生かして帰すとは思えない。
だからこそ「自分の様な存在が必要なのではないか」と奮い立ったのだろう。
だが―――
「お待ちなさい。 魔特隊は全員、この場で待機です」
「なっ!? なんでですか!?」
その時、福留が厳しい一言で勇を塞き止める。
これには勇だけでなく、仲間達もが疑問を声で漏らしていて。
たちまち全員の視線が中心の福留へと向けられる事に。
しかし福留は依然として首を横に振って見せる。
「それは、我々の様な少数精鋭が出張った所で何の意味も無いからです。 こういった大規模捜査は人員数こそが全てですから。 それに相手がすぐ見つかるとは限りません。 見つかるのが今なのか、それとも明日明後日になるのかも。 なのに勇君が最初から出払ってしまえば、万全を期す事は出来ないでしょう」
「ですが、もし仮に見つかったら―――」
「見つかったらその時はその時です。 もし彼等が捜査員を手に掛ければ、定時連絡が抜けてすぐに察知されるでしょう。 異変があれば即座にこちらへ連絡するよう伝えてありますから問題ありません。 それから動けばよいだけです」
それは、福留が勇達を暗に特別視していないからこそ。
現実を良く知り、各々の役目を理解しているからである。
福留の言う通り、こういった大規模捜索の要は人員だ。
人が多ければ多いほど、捜索範囲における調査速度も精度も格段に上がる。
それに、もし仮に目撃者が相手の手に掛かる事になろうとも、対処はそう難しくない。
定時連絡手段やGPS追跡など、捜査員だけが持つ情報を持たせれば逆探知は容易で。
手に掛ければそれだけで異変が統括部署に伝わり、然るべき対処が行われる。
つまり、勇達へ正式な出撃要請が下るだろう。
手を掛けずに放置すれば目撃者が伝えて終わりと、道理は簡単だ。
「それにもし皆さんが闇雲に動いて散り散りになれば、いざという時に統制が取れなくなります。 向かうならば揃って行く方が確実で、何より無駄が無い。 あと忘れてはいけないのは、君達が極秘の存在であるという事です。 街中で飛び回るつもりだったとは言わせませんよ?」
「そ、それは……はい、すいません」
それに勇達が行けないのは当然、彼等が魔特隊だから。
本来は街中に魔剣を持って出歩く事は愚か、飛び回る事さえご法度で。
なのに自ら飛び出してしまえば、それこそ問題が噴出する事だろう。
魔者勢が出っ張ればなおの事だ。
今回は夜間だったから幸いしたものの、昼間になれば街を飛び跳ねる事など出来はしない。
すぐに見つかって、写真を撮られて問題視される事請け合いである。
そんな事は考えればすぐにわかりそうなのだが。
冷静な様に見えて、勇はまだまだ頭に血が上ったままの様だ。
「今は待ちましょう。 捜査班を信じてあげてください」
しかし福留がこうして宥めれば、そんな勇でもすぐに気付ける。
如何に自分が冷静さを欠いていたか、という事を。
ご存知の通り、勇はとても感情を顔に出し易い。
当人が気付けなくとも、周りが気付けてしまう程に。
故に、そう気付いていたのはどうやら福留だけではなさそう。
ふと周りを見れば、茶奈達もが「ふふっ」と笑っていて。
そこで勇は改めて気付く事になる。
〝空回りしていたのは自分だけだったのか〟と。
となれば、血が上る先は頭から頬へ。
何とも言えぬ羞恥心に苛まれ、堪らず目を逸らして耳後ろを掻き毟る。
自分の提案が如何に荒唐無稽だったかにも気付かされたから。
遂には誤魔化す様に「ニシシ」と苦笑いする有様である。
「わかって頂けた様で何よりです。 さてそれでですが―――」
そんな恥も福留にはお見通しだった様で。
「ウンウン」と頷きを見せ、いつも通りのゆるりとした口調で場を納める。
でも、その緩い雰囲気はここまでだ。
そう言い切った途端、福留の細い目が見開かれて。
緩んでいた口元がたちまち「キュッ」と引き締まる。
「皆さん、今より暫くこの事務室から退室せぬようお願い致します。 もし許可無く出た場合は、反逆罪を問われかねないのでご了承を」
「「「えっ!?」」」
そうして放たれた一言は、皆を責め立てる様に厳しく、それでいて低く唸る様に重く。
福留の今まで見られなかった一面がまた一つ露わとなったのだ。
だがこれは決して、実際に責めている訳ではない。
これもまた福留の考える〝対策〟の一つに過ぎないのだから。
「これから念の為に全員の持ち物検査と身体調査、自室及び家宅捜索を行わさせて頂きます。 間も無く検査人員がこちらに到着予定ですので、それまでは待機を。 スマートフォン等の使用も避けてください。 藤咲家、園部家、相沢家に関しては私が直接連絡します」
そう、福留は不安要素を徹底的に排除するつもりなのだ。
まずは勇達という最も近しい存在から。
何故ならば―――
「皆を疑っている訳ではありません―――が、この中に内通者が居る可能性も否定出来ません。 なので、皆の潔白を証明する必要があるのです」
どこに内通者が潜んでいるのか、わからないからである。
デュゼローは明らかに魔特隊の事を知っていた。
活動内容こそ明言していないが、だからと言って漏れている可能性は否定出来ない。
ではそれがどこから漏れたのか。
それがまずわからない。
必ず出所があるはずだが、見当も付かないのだ。
だからこそ、先ずは最も情報の濃い所から証明する必要がある。
それが、この魔特隊そのもの。
この中に内通者が居ないと証明するまで、誰も安心する事など出来はしない。
晒された当団体だからと盲点になりやすい対象だからこそ。
「なるほどな。 我々が先んじて白とならなければ他が安心出来んか。 ならば仕方あるまい」
「めんどくせーなぁ。 命力の会話なら『やってない』って言うだけでわかるじゃんか」
「そうはいきません。 私達が示すべき相手は、その命力を持たない相手なのですから」
「ささもっちゃん、そう言うけど、俺達を知ってるのは大体その命力の事を知ってるんじゃないか?」
対する仲間達の反応は様々だ。
心輝の様に直情的な者は怒りを示すし、瀬玲に至っては呆れて鼻で笑う始末で。
ナターシャはアンディに、平野は福留に同調してただ頷くのみ。
茶奈やジョゾウも「仕方ない」とアージに続いて深々と納得する様を見せていて。
ニャラに至っては「身体検査ってどんな事するんですかぁ?」と別方面で悩む姿が。
カプロはそんな彼女の姿に悶々としていて、もはや調査の事など蚊帳の外。
勇も基本的には同意を見せ、むしろ「徹底的にやって欲しい」と願う程だ。
つまり、誰しもが渋々だろうと納得してはいる。
ただし、ある一人を除いては。
「少し待ってほしい。 仲間を疑う様な真似は今後の信頼を揺るがす問題になるのでは……」
それはズーダー。
この魔特隊の中で最も新参とも言える彼である。
そのズーダーがまるで同族の四人を庇う様にして立ち、首を横に振る。
とはいえ、どちらかと言えば頑なというよりも困惑の様相で、だが。
「えぇ、ズーダーさんの言い分もわかります。 ですが客観的に証明するにはこうするしかないのです。 我々は我々だけで活動している訳ではないのですから。 支援してくれている政府や各国に潔白を証明する為にも、これだけは成さねばなりません。 決して疑いたい訳ではないですから、どうか安心して頂きたい」
「だが、だが……」
今の彼に、出会った時の様な覇気は無い。
少なくとも、外敵から里を守りたいと思える程の心意気は。
ただ、それは単に元へと戻ったに過ぎない。
勇達と共に過ごす事で、本来あるべき姿を取り戻したからだ。
彼等もまた争いを好まない隠れ里の住人だったからこそ。
短くとも長い時を共に過ごす事で、勇達を信頼し始めたから。
それでもこうして拒否したのは―――その信頼を失いたくなかったから。
狭い隠れ里で生きるには規律を守り、皆で同調する必要があった。
守らなければ、力を合わせねば里を危機に晒す事にもなり得るからこそ。
そんな世界で生きてきて、その生き方に順応して、今の彼が在る。
だからこそ疑われるのが怖い。
疑うのが怖い。
その感情が根底にあるから、ズーダーは否定する。
仲間を裏切りたくないと、疑う事そのものを否定したのである。
彼はカプロとは違う。
とても繊細なのだ。
その体の細さと同様にして。
すると、そんな悩みを見せるズーダーの肩にぺたりとした感覚が。
ジョゾウがその手を肩に充てていたのである。
「ズーダー殿、疚しき事無きと思わば堂々と受けた方が良かろうな。 疑う事を恐れて否なれば、なお疑いは強くなるばかりぞ?」
「あぁ、わかっている、わかっているとも。 だが、私はそれでも仲間を疑いたくないのだ……」
「うむ、うむ。 ヌシの気持ちはようわかるつもりよ。 拙僧も家族や友を裏切りたくないが故にな」
きっとこうして宥めているのは、ジョゾウ自身にも思う所があるからなのだろう。
つい最近も、そんな擦れ違いから別れたゴゴンを失ったばかりで。
辛いのは一緒なはずなのに。
でも、それでも宥めたいと思ったのは、ジョゾウが一度人の上に立つ事を知ったから。
ただ悲しむだけではなく、心を鬼にする事も必要だと悟ったから。
だからこそ苦悩を共有し、心を軽くさせたいと思ったのだろう。
それがジョゾウという男であるが故に。
「ズーダー、我々は大丈夫だ。 皆で証明しよう、我々は潔白であると。 そして真の魔特隊隊員の一人として認めて貰おう」
そのジョゾウの励ましに続き、今度はズーダーの仲間達までが彼を囲う。
どうやら彼等はズーダーよりも先に覚悟を決めた様だ。
それはもしかしたら、自分達が枷となっていた事に気付いたからなのかもしれない。
「ボーデー、皆……ああ、わかった。 すまない、取り乱してしまって。 福留殿、我儘を言ってしまい、申し訳なく思う」
「いえいえ。 これを乗り越えればきっと確固たる信頼が結べると思いますから。 何も無いと信じていますからねぇ」
その仲間達のおかげで場がようやく纏まる事となる。
全員が一致団結して最初の関門を突破する為に。
この程度では揺るがない信頼が、彼等にはあるのだろうから。
その後、検査員達が到着し、間も無く勇達の検査が行われた。
……が、当然の如く結果は全員潔白。
事務室に揃って安堵の声が上がる。
とはいえ、これで全ての疑惑が取り払われた訳ではないだろう。
既にデュゼローが行動し終えた後で、証拠隠滅後とも言い切れないからこそ。
けれど今はこれでも充分だ。
少なくとも、これを一致団結して受けられた事は勇達にとってプラスだったから。
結果的に絆を深め、信頼を強める事が出来たのだから。
「魔特隊は出動命令があるまで事務所にて待機。 仲間と連携を取って仮眠などを取りつつ、即時出撃が出来る様に準備を整えましょう」
「「「了解!」」」
こうして、勇達は来たるべき戦いに備えて牙を研ぐ。
高揚と使命感、そして不安さえも焼き付けて。
今はただ、迫る苦難を乗り越える為に。
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我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
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西藤島 みや
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ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
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ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
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大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
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「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
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しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
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セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
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